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第46話

 貰ったデータには紗季が携わった施設一覧が、細かく纏められていた。あまり量自体は多くはなく、せいぜい一〇件程度、その中で廃園になって別の施設に統合されているのが四件。廃園になった職員も一緒に移動しているか否かの記載もある。


 本当に纏められた資料だ。六件くらいなら今から周ってもいくつかは行ける。鈴は一番近い施設から行くことにした。


 順番に三件回りそろそろ遅番の出勤の時間が近づいてきていた。あと一件だけ回ってから出勤しようと決めた鈴は、葛飾区にある森の家という施設にアポを取って車を走らせた。


 大体どこも構えは同じで、門に森の家と書かれた年季の入った看板があり、広くもなく狭くない運動する場所とちょっとした遊具があった。

 門をくぐって正面にある入口で靴からスリッパに履き替え、事務所の扉をノックしてからゆっくりと開ける。


「お電話した警視庁の守矢です」

「こちらにどうぞ」


 応対してくれたのは六〇前後の女性だった。応接室に通されると、直ぐにお茶を持って来てくれた。


「私、園の代表をしている西村です。未央ちゃんの件でしたね」

「未央ちゃん? 知っているんですか?」

「ええ。私がよく知っています」

「え?」


 まさか生き証人に会えるとは鈴も思ってはいなかったので、かなり驚いた。


「少しお待ちください」


 西村が部屋から出て行った。


「将門さん、当たりがきたよ。出ておいでよ。一緒に話しを聞こう」

「あいわかった」


 生首の将門がテーブルの上を陣取った。


「お待たせしまた」


 戻ってきた西村の手には、年季の入ったファイルらしきものがあった。


「これ、未央ちゃんの資料と写真です」


 渡された写真は少し色褪せはしているが、鬼塚の姿は鮮明に残っている。赤色の長ズボンに白シャツ。目線を隠したかったのか長めに切りそろえられた前髪のオカッパヘアだ。三井が言っていたように活発で明るい子供ではなく、人見知りをして内に閉じこもり気味な子供という印象ではある。


 ただ、施設にきた子供なのだから、普通の家庭環境ではなかったはずで、未央のこの姿は特別という訳ではないだろう。


「あの鬼塚は、どうして施設にきたんですか?」

「ネグレストと父親からの暴力です。母親はそれを見ているだけでした。まあ自分が痛めつけられない為の未央ちゃんは生贄みたいなものでした」

「そうですか。どんな子供でしたか?」


「家庭環境が環境でしたから、物静かでよく一人でいました。他の子供たちと遊ぶように促しても興味を示しませんでした。でも中学に入る少し前くらいからこのままでは駄目だと思ったようで、少し積極的になりまたね」

「あの、伊藤紗季さんってご存じですか?」

「ええ。伊藤家には色々と支援をしてもらっていました。そう言えば、お嬢様の紗季さんが来ると、未央ちゃんは嬉しそうにして話している姿をよく見ました」


 やっと掴めたと思った。読み通りではあったけど、しっかりとした証拠はなかったが、ここでやっと紗季と未央の接点を掴めた。


「その紗季さんとは喧嘩とかしていた記憶はありますか?」

「全くないですよ!  どちらかと言えば、姉妹みたいな感じでした。紗季さんが未央ちゃんを凄く可愛がってくれていました。本当はいけないんですが、こっそりと未央ちゃんにだけプレゼントを渡したりしていたくらいです」

「本当でしょうか?」


「そりゃあ小さい喧嘩みたいなのはありましたが、直ぐに仲直りができるようなものでした」

「なら鬼塚が伊藤さんを恨む程に憎むことは?」

「とんでもないです。 本当に仲が良かったですから」


 嘘を言っている感じもなければ、嘘をつく必要もないはず。なら何故、鬼塚は紗季さんを殺したのか? その動悸が全く浮かんでこない。


「あの紗季さんはお金持ちで鬼塚とは正反対の立場ですよね? その事で紗季さんを妬んでいた可能性は?」

「なかったとは言えませんが、それよりも憧れの方が強かったと思います。いつもお姫様みたいとか別世界の人みたいだとか言っていたので」


 他にも質問したが考えていたような返事はなく、これ以上は何も聞き出せないと判断した鈴は、連絡先を伝えて施設を出た。

 車の中で一緒に聞いていた将門に鈴は感想を聞いた。


「将門さんはどう思った?」

「鬼塚が紗季を殺したいほどに怨んでいたとは、思わなかったっぺ。しかし」


 言葉を切って眉間に皺を寄せて唸る将門の答えを待った。こう見ると戦術を考える武将ぽく見えるんだけど、何せ首だけだから何か間抜けというかビシッと決まらないんだよね将門さん。


 今の将門さんの顔を見える人が見たら叫ぶような顔をしてるとは思うんだけど、この顔で忠犬ハチ公の映画を見ながら涙を堪えていたのを知っているから可愛く見えるから慣れるって怖い。


 真剣に悩んでいる将門を見ながら鈴は、いずれいなくなると思うと寂しいかもしれないと考えていた。


「――好んでいるからこそ、殺してしまいたいと思ったのかもしれんのう。ドラマでそんな展開があったんじゃ」

「それはドラマだからで、そんな事で普通は人を殺さないから。ドラマは創作で現実じゃないよ」

「本当にないとは言い切れんじゃろ。儂の時代にはあったんじゃ」

「マジで?」

「マジじゃ。今の時代の男女よりもっと本能的に動いていたかもしれんなあ。そう思い返してみると、中々に苛烈ではあったな。あははははっ!」


 確かに時代的にあったかもしれないが、鈴が知っている限りそんな殺人はない。あってもストーカー殺人だ。


 でもストーカー殺人も心理は同じじゃないか? と言うことは鬼塚が紗季さんを殺す動悸であっても不思議じゃない。


 でも男女間ではなくて同性同士であり得るのか? 鈴は別れたばかりの西村に電話をかけて、鬼塚が同性を好きな性思考だったか聞いてみたが、答えは否だった。


「何か紗季さんとの間で決定的な事があったのかもしれない」

「例えばどんな事だっぺ?」


 しばらく考えて出た言葉はありふれたものだった。


「紗季さんの環境に本当は嫉妬していたとか?」

「あの職員は鬼塚が紗季を怨む事はないとは言っていたが、実際には人の心の中までは他人には分からんからのう」


 紗季は首を切り落とされているという事は、かなりの恨みなりがあったはずだと鈴は思っている。ただそれが何のか全く出てこないのが謎だった。

 やはり鬼塚を見つけなければ真相も、紗季がどこに隠されているのかも不明のままだ。


「鬼塚を見つけないと、やっぱり解決はできないね」

「そうじゃな」


 スマホに桜葉から今日、夕食を一緒に食べましょう。持っていきますとセージが届いていた。相変わらず自分の返事を聞く気がない内容に、鈴は何故か口角を上げていた。


 鈴のスマホに珍しい名前が表示されていた。その名前に動きが鈴の動きが止まった。


「どうしたっぺ? 電話に出ないのか鈴?」

「――あ、うん。出る、出る」


 応答ボタンをタップしようとした瞬間、電話は切れてしまった。


「兄と出ておったが」

「――うん。滅多に連絡がないからびっくりして」

「仲が悪いっぺか?」

「まあ、嫌われてはいる」


 登録はしてあるが、年に一回も電話はかかってこない兄の和明からの着信に、驚きとどう対応していいか分からなかった鈴は、電話に出る事は出来なかった。


 そもそも何で通話? メッセージでいいのに。そんな鈴の思いを無視するかのように、もう一度、和明から着信があった。鈴は深呼吸をしてスマホをタップした。


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