「鈴さん?」
「あ、うん。霊とか頻繁に見ていたから特には」
「そうですか?」
桜葉の様子からあまり納得はしてないように見えたが、母親以外から気持ち悪がられる事が常だったから桜葉の反応にどう答えればいいのか、鈴は少し戸惑っていた。
「それよりさ、聞きたことがあるんだ」
雰囲気を変えたくなった鈴は話しを戻すことにした。
「なんでしょうか?」
「桜葉家ってボランティアっていうか慈善事業をしていると思うんだけど、どういう所を支援してるの?」
「主に子供関連が多いかもしれません。児童養護施設もそうですが小児がんなどへの支援もあります」
「それって全国的にしてるの?」
「はい。もちろん全ての施設ではありません。こちらで状況を調べて援助するに値するかどうか、改革が必要な施設は私たちが介入して改善してという感じです」
「紗季さん、お母さんもその活動に参加は?」
「はい。していました」
「紗季さんがいなくなった時って三七歳だったよね?」
「はい」
二〇年前の鬼塚の年齢が二九歳だから年齢差は八歳。施設は高校を卒業すると出て行くから一八歳なら紗季は二六歳だ。仮に紗季と鬼塚が施設で出会っていたとしたら結婚前からの慈善事業ではないだろうか。
「紗季さんって結婚前にも施設への支援とかしてたりする?」
「結婚前の事は父や中野さんなら分かるかもしれませんが、何かそれで分かるんでしょうか?」
「――かも? 知れないけど、今は何とも言えない」
桜葉を盗み見すると、珍しく眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。まあ桜葉さんとしては、母親の情報は欲しいとは思うけど過度な期待はさせられない。鈴はもう一つ、一番重要な事を聞くことにした。
「桜葉さん、鬼塚って名前を聞いた覚えはある?」
「鬼塚ですか?」
「うん。紗季さんの友人とかで」
手を顎に当てて名前を繰り返し呟き始めた。
「僕の知る限り、聞いた覚えはありません」
紗季さんと鬼塚の接点がどこで生まれたのか分からない。ここが分かれば少し進展する気がするんだけど。鈴も腕を組んでどう跡を追っていくが思案した。
「なら坊主の父親に聞けばいいっぺ」
その言葉にハッとした鈴は「ナイス将門さん!」と指をさした。
「鈴さん、平将門様は何とおっしゃったんですか?」
「桜葉さんのお父さんに会いたいんだけど、今から会えたりする?」
え、そんな急にですか? 僕はまだ心の準備がと桜葉の挙動がおかしくなり始めた。
「あ、あの、まだ父にはまだ鈴さんの事は伝えてはいないんです」
「ん?」
「中野さんは、僕たち事は報告はしているとは思うんですが」
「何を言ってるの? 紗季さんの事を聞きたいから会えるか聞いてるんだけど? 何の勘違いをしてるのよ」
桜葉は「すみません」と申し訳なさそうに小声で謝っていた。
そんなやり取りの後、中野に連絡を取った桜葉から今日は屋敷に戻っているというので、直ぐに二人は移動することになった。桜葉邸について出迎えてくれたのは中野だった。
「お帰りなさいませ。旦那様はリビングでお待ちです」
桜葉さん、お父さんに会うのが嫌なのか車の中で少し機嫌が悪い感じだったし、中野さんに対しても表情は硬い。エレベーターで会った時、悪い感じがする人ではなかったのに。鈴は前を歩く桜葉の背中を追った。
リビングに入ると私服に着替えた桜葉の父親が、ソファでコーヒーを飲みながら優雅にタブレットを見ていた。タブレットをテーブルに置く姿はテレビ俳優みたいだと鈴は思った。
「久しぶりだな顕」
「一ケ月振りくらいなので、久しぶりと言う程ではないのかと」
「そうか? それでそちらの方は――ん?」
その反応に鈴がエレベーターで会った事を少なからず覚えているんだと、自分から挨拶をすることにした。
「今日エレベーターでご一緒した、守矢鈴です」
「ええ覚えてますよ。中野さんから顕に未来のお嫁さんが出来たと聞いていましたが、もしかして守矢さんの事かな?」
「そうです。ですがまだ、彼女からいい返事はもらえていません」
嬉々と桜葉が反応している横で、鈴の眉間に皺がよった。
「すみませんが、何か勘違いをされているようですが、私と桜葉さんはただの友人です。付き合ってもなければ、彼氏彼女でもないので誤解しないでください」
急に嫁とか訳がわからない。というか中野さん、私を話題に出さないで欲しい。鈴が側で立っている中野を睨むと、ただニッコリとして流れた。
そして桜葉透の肩のハンドさんは手を振っていて、桜葉の肩のハンドさんも手を振っていて再会を喜んでいるように見えなくもなかった。
胸元のピーポー君からは「何か役者がそろったという感じだっぺ」と呑気な声が聞こえてきた。
「そんな事より、奥さんの紗季さんの事で確認したい内容があって来たんですが」
その言葉に桜葉透の動きが止まった。
「あなたが何故、紗季の事を?」
確かに当時、子供で紗季さんの行方不明に関わるのも当事者であり夫である桜葉透からすれば、疑問に思うのも当たり前だろう。だからと言って、子供の頃からある女性の映像を見てきてそれが最近になって紗季さんだとわかりました。
なんて言える訳でもない。それに当時みたいに捜査がされている訳でもなく、あくまでも目撃情報など市民からの情報提供のみになっている。それなのに急に若手の警察官が足取りを追い始めたというのも不自然。
どう説明をしようかと鈴が思っていたら、横にいた桜葉が話し始めた。
「母の事を僕が話しました。既に昔の事なのでいくら桜葉家、桜葉透の妻でも今では風化しています。なので僕が事情を説明して時間がある時でいいので一度調べて欲しいとお願いしました。その流れで気になる事があると鈴さんがおっしゃったので、連れて来たんです」
驚いたような顔をしたあと、桜葉透は今にも泣きそうな顔をして俯いてしまった。隣の桜葉を盗み見ると表情を顔に出してかなり驚いている様子だ。
「――どうぞおかけ下さい。何でも、何でもお答えします」
向かい合わせる形で、鈴たちはソファに座った。
「それで、どういった事をお聞きになりたいんでしょうか?」
「はい。奥様、紗季さんが生前に贔屓にしていたか、携わった支援先の施設をひとつ残らず教えて欲しいんです。でも一番重要なのは結婚前に携わっていた施設です。分かりますか?」
桜葉透は少し唸ったあとに中野を呼び寄せた。
「中野さん、紗季が私と結婚した後に携わった施設一覧を作成してください。あと聞いたかと思いますが、紗季の実家にもどんな施設に関わっていたかの資料を送って貰うように手配を」
「かしこまりました旦那様」
中野は恭しく頭を下げて部屋から出て行った。
「他に何か必要な物はありますか?」
「紗季さんの交友関係です。当時の資料を読んだんですが、交友関係として紗季さんと同じような世界の人たちの交友関係ばかりでした。夫の桜葉さんとの会話とかのやり取りの中で、何か毛色が違うような友人だなと感じた人がいたなら、思い出せる範囲でいいので」
記憶を辿っているのか、ソファにもたれて腕を組んで目を閉じ始めた。隣に座っている桜葉は目の前の父親をただただ見つめている。
「――私もそして息子の顕もですが、意図している訳でないのですが、どうしても一般の方たちと友人関係になる、というような機会はありませんでした。妻も同じような環境で育ってきてましたし、それに妻の両親は少し選民意識が強い人たちでしたので尚更、同じような環境で育ってきた人間との関りしかしてこなかったかと思います」
住んでいる世界が本当に違うんだなあと、話しを聞いていた鈴は改めて感心してしまった。
となると、こうして自分が桜葉と知り合って一緒に行動しているのも、こういう世界に住んでいる人からすれば奇跡に近いのか、それともただの物好きに見られるのかもしれない。とは言っても、好きで一緒に行動をしている訳ではないのだが。