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第36話

夜、所轄での報告を終えて戻ってきた鈴は、将門がまだ戻っていない事に気が付いた。


「将門さ~~ん。将門さんや~~」


ソファの下にも冷蔵庫に中にも、トイレにもいない。北橋にまだ憑いているんだ。今日一日の話を聞きたかったのに。仕方がないかと、鈴は風呂に入って早々に寝る事にしたがまたあの頭痛が鈴を襲った。


「もう! 痛いなっ!」


見えたのは黒い手袋をした手が、男子学生の首を絞めている。そしていつもの鼻歌。これって北橋だよね?! 将門さん! 北橋に憑いているなら止めて! 頭痛に耐えながら必死に届いているかどうか分からない将門に呼びかけるが、反応はない。


北橋の手は首を絞め続け学生の顔は苦悶にあえぎ、見開かれた目は充血をしている。そして動かなくなり学生は崩れ落ちた。


「嘘、でしょ」


将門は北橋に憑いているはず。なのに止める事が出来なかった。あの怨霊の全てを祓えなかったとしても、多少は弱体化できたはす。なぜなら以前にそうした事があったから。鈴がソファに凭れ掛かるようにして崩れ落ちていた所に将門が戻ってきた。


「鈴! 鈴!」

「――将門さん。何で、何で祓わなかったの! 弱体化くらいできたじゃん!」

「すまん、すまん鈴。じゃが儂も頑張ったんじゃ。少しでもと祓おうと頑張ったんじゃ! じゃが呪いが強すぎて駄目じゃった。すまん、すまんかった……」


将門の表情を見れば本当にどうにもできなかったのは理解できた。それに自分こそ、ただいつも映像を見るだけでどうにもできないのだ。将門を責めてもしょうがない。それに将門だって目の前で殺されていく人を助けられなくて悔しいはず。


「――私たち、無力だね」

「そう、じゃな」


落ち込んでいた鈴に「首を絞められていた坊主じゃが、どうも自宅近くの公園のようじゃったぞ」と分かる範囲で状況を話し始めた。


「自宅って首を絞められた子の?」

「そうじゃ」

「場所は分かる?」

「この建物から東の方じゃが、儂には住所が分からんっぺ。じゃが北橋の自宅からは車で移動して少し、時間が掛かっていたっぺ」


鈴はパジャマから着替えて、将門の言葉に賭けてみる事にした。


「将門さん、出かけるよ」

「あいわかった」


車に乗り込んだ鈴が向かったのは、北橋が住んでいるマンション前だった。助手席にいる将門に聞いた駐車場には、まだ北橋の車は戻っていない。


「戻ってきたら、とっ捕まえるのか?」

「それは出来ないから、北橋が出かけていてこの時間にマンションに帰ってきた証拠だけを作る」

「どういうことだっぺ?」


鈴がバックミラーを指さした。


「鏡?」

「違うよ。この裏に車載カメラを着けているのよ。これで北橋を録画しておく」


二〇分くらいして一台の車がマンションへと入っていく。


「鈴、あの男だったぞ」

「よし。これで映像は撮れた。これはタイミングをみて情報提供されたって提出する。あとは防犯カメラからを辿れば何とか北橋に辿り着けるとは思う」

「真か?」

「うん」


本当はこのまま事件現場には行きたいけど、そうなると付近の防犯カメラに自分の車が映ってしまう。鈴はこのまま戻るしかなかった。


「あ、そうだ」

「なんだっぺ?」

「ついでにこのまま首塚に行こう」

「そうじゃな。時間も遅くていいかもしれんの」


エンジンを入れた鈴は、そのまま平将門の首塚に車を走らせた。時間の遅いオフィス街でも、ビルの窓にはまばらに電気が点いている。


今の時間、路上駐車をしても問題がない。車を降りようとした時、ちょうどスマホが鳴った。画面には桜葉と暗い車内で光って主張が激しい。


「はあ~~」

「どうしたっぺ?」

「桜葉さんから電話」

「出てやればいいっぺ」


仕方なく鈴はスピーカーにし通話をすることにした。


「はい」

「鈴さん、こんばんわ」


こういう挨拶をしっかりしてくるところは、育ちと上に立つ人間としては尊敬できる。


「はいこんばんわ。桜葉さん、カナダですよね?」

「飛行機が遅れて、少し前にやっと日本に着きました。それで鈴さんのマンションにお土産をと思ったのですが、車がなかったので加地さんに連絡をしたら、家にいるはずだと言われました」


時間を確認すると一二時前。桜葉さんの常識はどうやらカナダに忘れてきたみたいだ。


「時間を考えようよ。こんな時間にお土産を渡すっておかしいから」

「すみません。お土産はありますが口実です。顔を見たかったんです」

「いや、だから、時間がさ」


例えばこれがラブラブな恋人同士なら、テレビドラマみたないに嬉しい! 私も! などの展開はあるかもしれないけど、どう想像しても私にはそんな展開は一生ないと思う。そもそも寝ていたら起きない。本当にこの人、どうしたらいいのか? と鈴は本気で悩み始めた。


「すみません。ところで今、どちらに?」


いつも謝る割には強引なのよねと、鈴は投げやりに「首塚」と答えた。


「首塚って、平将門のですか?」

「そう」

「僕、ちょうどその付近にいますので、行ってもいいですか?」

「何でこの付近にいるのよ」

「鈴さんがいなかったので少し、会社にも寄ってから家に帰るつもりでした」


そう言えば、この付近に、桜葉関連のビルがあったなと鈴は何となく思い出した。


「そうですか」

「あ、鈴さんの車が見えました」


バックミラー越しに車のヘッドライトが近づいてきた。鈴の車の後ろに止まり、後部座席から桜葉が降りてきた。


「将門さん。また邪魔が入った」

「夫殿は熱心だっぺ」

「誰が夫じゃ」


コンコンと窓を叩かれて、鈴は諦めて車を降りた。


「お久しぶりです、鈴さん」

「そうかな? それより出張で疲れたでしょ? 早く帰って寝てたほういいんじゃない?」

「心配してくれるですね。嬉しいです」

「――はは」


もう乾いた笑いしか鈴からは出てこない。


「ところで何故、首塚に?」


もうどうにでもなれと鈴は「リニューアルされたって聞いて、どうせ来るならこういう夜のほうが首塚って迫力があるかな? と思って」と場当たり的に答えた。


「そう言えば、工事をしていましたね。僕も見てみたいです。一緒にいいですか?」

「はいはい。ご勝手にどうぞ」


せっかくここまで来たのに引き返すのも嫌だった。桜葉の肩にいるハンドさんを見れば、動かずに大人しい。

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