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第33話

その日、遅番の鈴だったが、昼頃に制服姿の女の子がナイフで一突きで殺される映像を見せられて気分は最悪だった。仕方なく、早めに出勤をして女子学生が刺殺された事件を検索したが検出されない。


「何で出てこないのかな? まだ上げてないって事はないと思うんだけど」


今は一八時で、その日の事件報告は既に上がっているはず。この後は巡回に出るために確認は戻ってからになる。真っ直ぐに帰れないのかと鈴は、加地と警視庁を後にした。

湿度が高く、暑がりの加地のせいで車内は冷えすぎて寒かった。


「そう言えば桜葉さんはどうなった?」


言葉の雰囲気的に桜葉との関係と紗季との失踪の事だろうけど、結局は桜葉のペースに巻き込まれている。それにあの日は結局、首塚にも行くことが出来ずに予定が伸びてしまっていた。


鈴は運転しながらチラチラと見てくる加地に噂好きの主婦みたいですよと、喉まで出かけていた。


「全く何もないですよ。何なんですかねあの人は」

「若いけど、ああ見えてかなりやり手の社長だって評判だからな。で、紗季さんは?」

「結構、加地さんは失踪事件の事を気にしているんですね」

「まあな。夫の桜葉透のあの姿は見ているこっちが辛かったからな」

「そんなに?」

「ああ。おしどり夫婦って有名だったんだ。あの夫婦。だから当時警察も誘拐事件の線で捜査をしていたが、何せ手掛かりがなくてな」

「加地さんは、紗季さんはどうなっていると思います?」


加地は前を見ながら「さあな」とだけ答えたが、生きているとは思っていないのだろうという声だった。


「東和学園高等部にて刺殺体発見の通報。発見者は見回り中の警備員男性。至急急行してください」


入ってきた無線に鈴は赤橙を屋根にだし、加地が車のスピードを上げた。

暗い中に浮かび上がってくる巨大な建物を後方に、門の前で懐中電灯を持った警備員が遭難者みたいに手を振っていた。


「機捜の加地です」

「守矢です」


バッジを提示してパニックを起こしている警備員に、落ち着くように静かに加地は話し始めた。


「刺された遺体を発見したそうですが」

「は、は、はい。お、お、女の子がさ、さ、刺されていて」


普通に生きていたら死体、それも刺されたのはまだ未成年の死体なんて見る事なんてないから、怖いのは当たり前だろう。余程ショックなのか、説明をしてくれている六〇前後の警備員男性の体は小刻みに震えていた。


今日の昼に見たのも学生だった。今回は頭痛が起こらなかったから、怨霊がらみではなさそうだと鈴は加地と警備員のやり取りを見ていた。


「案内をしてください」

「わ、わ、わかり、ました」


警備員男性の後をついて校舎の中に向かった。確か東和学園は中高一貫校で制服が可愛いで有名で、偏差値もそれなりに高い進学校でそれなりの知名度と人気があったはずだ。そんな学校で夜に刺殺体が発見されるなんて、明日は大騒ぎになりそうだ。


緊急の為に校舎の電気を点ければ、綺麗な廊下や扉が目に入ってくる。ビクビクしながら進む警備員男性の案内された場所は、旧校舎と呼ばれている三階にある空き教室だった。呼び方は旧校舎でも、改修工事がされたらしく綺麗な建物だ。

「こ、こです。私はここで待っています」


「わかりました、守矢」

「はい」


教室の電気を点けて入ると、それはあった。


「この学校の生徒ですね」

「ああ。心臓を一突きって感じだ」


夏仕様で白いブラスにベストを着ている。凶器のナイフは胸元に墓標のように突き刺さったままだ。引き貫いていないからか、血だまりは思いのほか広がってはいない。


あれ? もしかしてと見覚えのある顔に首を傾げつつ、鈴は殺された女子生徒のベストの胸ポケットから生徒手帳を取り出した。


「東和学園高等部二年一組、安原奈々ですね」


生徒手帳を加地に渡す。この死体には怨霊の残穢が少し残ってるけど、刺されてだいぶだっているからか消えかかっている。


鈴が見たのは昼すぎで今は二三時過ぎ。そうなるとまだ学校に生徒がいる間に殺された事になる。かなり大胆で絶対に見つからない自信が犯人にはあったのだろう。


それにしても安原奈々の霊体が見当たらない。どこかに彷徨ってるのか少し時間が経っているから移動しているのか、鈴が広くない教室内を見渡した。


「死後、結構経ってるな」

「はい。警備員に話しを聞きましょう」


教室から出ると、警備員が壁にもたれてしゃがみ込んでいた。


「少し、話しを聞かしてください」

「はい」


加地が不審人物の有無や声、音を聞いたかなど初歩的なことを聞いている。鈴は少し離れた場所に移動して、胸ポケットのピーポー君に小声で話しかけた。


「将門さん、どう?」

「怨霊の気配は確かにするが……学校という場所には初めて来たんじゃが、色んなものが入り混じっておって分かりくいっぺ」

「あ~~それは、しょうがないかも」


年齢層と学校という特殊な場所だ。成績、恋愛、他人の家の事情で色々な感情が濃密にあるのは鈴にも分かる気がした。ある意味怨霊にとっては良い餌場かもしれない。


聞こえてくる加地たちの話から、この警備員からは何も聞き出せないだろう。となると生徒と教師からの事情聴取がメインになるはず。報道陣も来そうだし、在校生の親だって黙っていない。賑やかな現場になりそうだった。


しばらくしてサイレンの音が近づいてくる。わざわざこの教室を選んだという事は、犯人はこの学校にいる教師か生徒か出入り業者か。


鈴はこの時、怨霊が付いている人物だろうから、証拠さえ集めれば直ぐに犯人確保にはなるだろうと思っていた。

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