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第32話

「僕が送ります」

「タクシーを拾うから大丈夫です。それに寄るところもあるんで」

「なら、そこにも寄ります。とにかく僕の車で帰りませんか?」


近づいてきた桜葉に鈴はギョッとした。ハンドさんのご機嫌がメチャクチャ悪い。指のトントンが凄い速度で動いている。


「鈴さん?」

「あ、はい」


桜葉さんよりハンドさんの圧が怖い。鈴は渋々、桜葉の車に乗る事になった。


「あの、何処に寄るんですか?」

「あ~~平将門の首塚に」

「え?」


そういう反応になるのは当たり前だろう。でも行ったら行ったで、桜葉がは付いてきそうだった。付いて来られたら将門と鈴は話ができない。


「というのは嘘で、コンビニでデザートを買うつもりだったから」

「わかりました。マンション近くのコンビニでいいですか?」

「お願いします」


マンションまで結構時間が掛かるから気まずい。桜葉さんの神経が本当に分からない。鈴は流れる景色を見るしかなかった。


「鈴さん」

「な、何でしょう?」

「そんなに気まずい雰囲気にならないでください」

「だって、私は断ったし」

「恋人は、今は無理かもしれませんが友人からならいいですか?」


え? そう来るの? それに今はって言ったけど、桜葉さんの今後の予定では恋人になる予定なの? 恋人には絶対にならない自信があるのに。でもここで友人も嫌ですとは、流石の鈴でも言いにくかった。

鈴は降参のポーズを取りながら「友人なら」と答えるしかなかった。


「ありがとうございます。いずれは友人以上になれるように、頑張りますね」


少しだけ口角が上がっている桜葉に、鈴は笑うしかなかった。


「そう言えば鈴さんが警察官になったのは、やはりお父様の影響ですか?」

「また急に、話しを変えてきた」

「書面上じゃなくて、鈴さんの事を知りたいと思っていたので」


拒否するのもおかしいし、このまま会話がないまま乗っているのも辛い。鈴は溜息をしてから話し始めた。


「遠からず近からず。私さ、お父さんに嫌われてるのよ。それで警察官になったら認めてもらえる、自分を見てもらえると思って警察官になった。だから別に高い志があってなった訳じゃない。あと探している人がいたから。あまり大した理由じゃない」

「それでも努力はしてきたのなら、凄い事です。僕を助けてくれた時の動きを見て、常日頃から訓練をしているとわかりましたから」

「警察官だもん。危険な仕事なんだから自分を守る為に鍛えるのは当たり前」

「自分を鍛えるためでも、その行いで僕は助かりました。それで探している人は見つかったんですか?」


鈴は思わず桜葉を見た。会えたとは言えない。手だけだもん。鈴は「会えてない」と返した。

鈴はこの流れでハンドさん、紗季の事を聞くいいチャンスかもしれないと思った。


「桜葉さんのお母さんの話を聞きいたよ」


車内の空気が硬くなった。桜葉の体にも力がはいったように感じた。


「きっと母は、桜葉の家が、父に嫌気がさして出て行ったんだと思います」

「お父さんとお母さんって仲が悪かったの?」


ハンドさんが左肩に移動してきて指を一本立てた。


「――父は母に冷たかったので」


ハンドさんが抗議するみたいに指を一本立てている。これってノーって事だよね。ハンドさんの動きが気になって「ラブラブ?」と聞いたら、指で輪っかを作って丸の返事が返ってきた。


「え?」

「ラブラブじゃなかったんだ、って事」

「それからは程遠い夫婦関係でした。」


何故、桜葉さんだけの認識が違うんだろう。中野さんも夫婦仲は良かったって言っていたし、本人である紗季さんもイエスと答えている。でももし子供の前だけで違う態度を取っていたとしたら? でもそんな事をする理由ってあるかなあ。桜葉夫婦仲の疑問が深まるばかりだ。


「出て行ったお母さんから連絡はないの?」

「ありません。もしかしたら父が取り次がないようにしているかもしれませんが」


何故か、桜葉のお父さんへの信頼度がない。これ以上突っ込んだことを聞くのもおかしいだろうと鈴は質問を変えた。


「お母さんが行きそうな場所とか仲の良かった人とかに心当たりは?」


桜葉はフフと笑って後で「まるで尋問されているみたいですね」と初めて笑い声を出したのを聞いた。


「ごめんつい癖で。それに友人の母親の行方が気になるから」

「そうですね。僕はまだ子供だったので母の交友関係は。大学生の頃に捜査記録を見せてもらった事があるんですが、僕には母がこういう人たちと交流があったのかとしか」


そうだよね。子供が親の交流関係とか親しい友達とか知っている事のほうが少ない。詳しく聞くなら中野か夫の桜葉透しかいないと、鈴は母親の話をするのを止めた。


翌日は非番で雨も降っていて、外出も億劫で家で映画を見ていた時、鈴をまたあの頭痛が襲ってきた。


「痛いっ!」


学生が水場で押さえ付けられている。水辺に雨の波紋が絶え間なくあるから外の水辺だろう。そしてまたあの鼻歌も聞こえる。大きい泡が勢いよく出ている。それが次第に小さくなって勢いもなくなって静かになった。そこで映像は終わってしまった。


「あれだけの情報じゃ全く何処か分からない」

「どうしたっぺ鈴」

「学生が殺されたのを見たの」

「何処じゃった?」

「それが全く周りの情報がなくて。出勤したら調べてみる」

「そうか……また命が奪われたのお」


悲しそうにボソっと呟いた将門の声が、雷の音と重なった。



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