退屈な入院生活を終えた鈴は、登庁してすぐに資料室に足を運んでいた。将門が入ったピーポー君をキーボードの端に座らせて、桜葉紗季の失踪事件について調べていた。
「やっぱり身辺はかなり調べ上げてはいるけど、情報はなかったんだ。防犯カメラにも映ってなかったのか」
一八年ほど前ならまだ、そんなに防犯カメラも今みたいに多くはないから仕方がないかもしれない。捜査内容の中で一つ気になる点があった。
「将門さん。死者の服装って、死んだ時の服装でいるよね?」
「そうだっぺ。なので儂は甲冑姿じゃ! カッコイイじゃろ」
「夏は暑そうだけどね。この画像なんだけどさ、失踪当時に来ていた服なのよ。白いパンツに淡いブルーのシャツ。でも私が見てきた紗季さんの映像は、ベージュのワンピースだった」
「という事は、死ぬ前に何処かで着替えたんじゃろな」
資料に載っている当時の持ち物には服が入りそうないバッグはない。小さめのハンドバッグのみ。スマホの通信履歴、メールも調べられているけど有力な情報はなし。最後に電波を捉えた通信基地は都内のため参考にならず。
「本当に手がかりがない状態だったんだ」
「そうなのか?」
「うん。今はデジタル社会だからある程度情報は調べれば掴めるけど、十八年前とはいえ今よりは少し遅れているくらいだから」
「刑事ドラマでやっておったぞ! 鈴もあの刑事ドラマみたいにぱぱっと解決だっぺ」
「現実とドラマは違うからね」
見た目は兜を被ったイカツイ顔なのに、現代ドラマに染まっている平将門ってどうなんだろうか? 全てが片付いて神社に戻ったら将門が生活できるのか心配だった。ピーポー君に入った将門は、興味津々に画面を覗いている。
それにしても紗季さんが着替えたのなら、元々着ていた服に何かがあって買って着替えた、もしくは何処かに着替えを置いていたか。金持ちだから別宅があったとか、まさか不倫相手がいたとか? 調べられた人の中に確かに男性の名前もある。これ以上、記録から情報を得るのは無理だと鈴は悩んだ。
「おう守矢。そろそろ時間だぞ」
「加地さん。もうそんな時間ですか?」
「まだ少し時間はあるけどな。で、何を調べてるんだ?」
呼びにきた加地が、鈴の後ろから画面を覗き込んできた。
「ちょっと加地さん。加齢臭くさい」
「うるさい! 俺はまだ気を使っている方だぞ。お、桜葉さんに聞いたのか? 紗季さんのこと」
「聞いたというか、中野さんに」
「あの人か。年をとったよな」
「知ってるんですか?」
「紗季さんの失踪事件は、世間ではほとんど騒がれなかったが、警察内部では結構な捜査が行われてな。俺もその一人だった」
「マジですか?」
「マジな。それで聞きたいことがあるなら聞いてみるか? 俺に」
まさか加地さんが捜査を担当していたなんて、ツイてるかも。鈴は気になっている事を聞いてみる事にした。
「加地さんは、紗季さんの失踪事件は本人の意思だと思いますか? それとも誘拐か」
「本人の意思じゃないだろうな。誰かが桜葉紗季に何かをして姿を消した。そもそも紗季さんが姿を消す理由が全くなかったからな。なら誘拐か怨恨、または顔見知りの犯行か。身辺を徹底的に洗ったが何も出なかった」
「あの、紗季さんが不倫をしていた可能性は?」
加地は暫く悩んでから口を開いた。
「ないな。桜葉夫婦を知っている屋敷の人間さえ、夫婦仲は良かった、ラブラブですって答えてたからな」
あれ? 桜葉さんの話してくれたイメージと何か違う。桜葉さんの話のニュアンスでは父親、夫の方がそうでもない感じだったけど。鈴は、齟齬があるのが気になったが、今はい置いておくことにした。
「紗季さんの関わりがありそうな関連施設とかも、全部調べたんですか?」
「もちろんだ。紗季さん自体、恨まれるような人間じゃなかったしな」
「なら夫の、えっと桜葉透は? 夫の方面で妻が何かに巻き込まれたとかは」
「経営者としても問題はなし。社長なら恨まれそうではあるが、そこまで深い恨みを買うような事は見当たらなかったし、人柄にも問題はなし」
「金持ちで人格者な夫婦。美男美女でこんなに完璧な人達って本当に存在するですね」
感心している鈴に加地が続ける。
「完璧も完璧。児童施設やら寄付にも熱心だったな。あれだ、金持ちがするノブなんとか」
「ノブレス・オブリージュですね」
「そうそう。オマケに息子もイケメン。世の中は不公平だよな~~」
「加地さんもそれなりにすれば、イケてますよ」
「まじか?! よし! 今日は俺が運転してやろう」
「ありがとうございます」
鈴はパソコンの電源を切って加地と部屋を出た。