あの首を切られた女性の服装とか、山姥女がいた浴槽もそんな昔の人間じゃないはず。
でも事件一覧から検出されない。本当に夢だった? いや違う。あれは絶対に本当にあったはず。何で出てこないのかな? 腑に落ちないと鈴が伸びをすると、縫った場所が伸びた。
「いたたたっ! 忘れてた。でも案外に遺体損壊って多いもんだね」
鈴はもう少し遡って検索を掛けてみたが、結果は変わらなかった。
「鈴、調べものは終わったか」
ピーポー君のキーホルダーが鈴のポケットから出てきた。周りには鈴しかいないので、キーボードの上に乗せた。
「見つからなかった。もしかして事件になってない? え~~でもな~~」
もしそうなら、行方不明者から探さないといけなくなる。年間八万人近くの中から、性別と大体の年齢から検索しても探すのは困難。
時間をかけても探してみようかと一瞬頭に過ったが、鈴は無理だと諦めた。
「どうしたっぺ?」
「無謀だと悟ったところ。あ、そうだ。怨霊が関わった感じの事件も探してみようっと」
これは直近から犯人が自殺したもので、首にまつわる死亡と変死体でも調べてみた。
「あ」
少し前の男性の変死体の報告書があった。被害者は自分で自分の首を絞めて死亡したと書かれている。検死結果にクスリの反応は無しと記載されている。
「将門さん、私この人を見た」
「何処でじゃ?」
「ここにきて初めて起こった時。将門さんが猫に入った時の事件」
「そうなのか?」
あれ? と鈴は首を捻った。
「どかしたか? 鈴」
「あのさ、薄い、濃い関係なく黒い靄は怨霊が憑いているって事でいい?」
「そうだっぺ」
「この自分で首を絞めて死んだ男、子供を虐待していた元キャリアウーマンの母親、虐待していた父親を殺した子供。これは全部怨霊が絡んでいたけど、私が見た映像が山姥女からの視点だった」
「山姥女とは前に言っておった、子供の頃から見ているというやつか?」
「そう」
「でも何故、山姥女の視点だと分かるんだっぺ?」
「鼻歌。山姥女は鼻歌を歌っているから。でも何故、怨霊がらみの映像を見る時に、山姥女の視点だろうって今思ったの」
「初めて見たのは一〇歳前後と言っておったな?」
鈴は頷いて、将門が話していた事を思い出した。
「怨霊の力が強くなりだしたのが数十年前くらいからって言ってたけど、一八、一九年くらい前とかじゃないよね?」
「それくらいかのう。こうもずっといると、時の流れというものに寛容になってしもてな」
もしかしてあの山姥女が首塚の怨霊を取り込んだのではないか。仮にそうだとして何故、自分が怨霊の本体になっている山姥女の視覚とリンクするのか。それが分からない。
怨霊とリンクとかめっちゃ怖い。気持ちが悪い。
怨霊が消えないとずっとリンクした映像を見せられるってこと? そんなの嫌なんだけど! あくまでも仮説だが鈴は間違いがないような気がした。
視覚のリンクを止めるには、山姥女を突き止めなければいけない。
年間八万人の文字が頭を過る。女性だけでも三万人ちかく。そこからさらに二〇代から三〇代に絞っても一万人がはいる。鈴はそのまま机に突っ伏した。
「どうした?」
「私が見ていた山姥女が、怨霊の本体かも」
「なんじゃと?! 真か?」
「分からないけど、そうだと思う」
「何処の誰じゃ?」
「知らない。山姥女に首を切られた人を調べたけどデータにはなかった。そもそも私、首を切られた女の人探す目標もあって、警察官になったんだよ~~身元が分かって墓参りにでも行けば、夢に出てこなくなるかと思って。でも女の人はデータには無かった」
「山姥女はどうじゃ?」
「それをパソコン調べるとなると、一万人以上のデータを見ないといけない」
「鈴! 頑張るのじゃ! それよりさっきからスマホ、が震えておるぞ」
そう言えばバイブにしていたなと、バッグからスマホを取り出すと、着信履歴に桜葉の名前が並んでいた。
まあいいか。もう今日は病院に戻って寝ようと鈴はそっとスマホを鞄に入れた。
「将門さん。とりあえず首塚に明日にでももう一度行こう。夜のほうがいいじゃない?」
「そうじゃな。しかし傷は大丈夫なのか?」
「痛いよ~~もう、でもこの機会に調べておきたし」
重くなった気分のまま帰る準備をしていたら加地が資料室に入ってきた。
「守矢~~! 何で! 病院で寝ていないんだよ! 昨日の今日だろうが」
「そう怒らないで下さいよ~~ハゲますよ」
「ハゲたらお前のせいだからな! ほらお迎えが来てるぞ」
促されるまま部屋を出ると、壁にもたれて腕を組んでいる桜葉が立っていた。
そう言えばお迎えって加地が言ったけど、そういう事? 何か怒ってるぽいけど何で? 特にハンドさんの圧が今日は凄い。革靴の音がコツコツと鈴に近づいてきた。
「では加地さん。僕がしっかり鈴さんを、責任をもって養生させますので」
「お願いします。守矢、抜糸ができるまで本庁立ち入り禁止な」
「何でですか? ちょーーっと病院からここまで散歩に来ただけじゃないですか」
「何が散歩だ! 馬鹿! 傷をなめるな。では桜葉さん、よろしくお願いいたします」
「わかりました」
加地と桜葉の不穏な会話が終わると、鈴の体が宙に浮いた。
「は? ちょっと!」
「暴れないで。傷が広がります。大人しくして」
「自力で全然! 歩けますから!」
「駄目です。ほら、騒ぐと注目されます」
お姫様抱っこをされている時点でかなり注目されている。絶対に下ろしてもらえなさそうだと判断した鈴は、桜葉の肩の顔を埋めるしかなかった。