桜葉顕は、桜葉グループという日本でも有名な企業の一つの御曹司だった。今はエネルギー開発に力を入れていて、それが成功したとかしないとかテレビで流れていたのは鈴も知っていた。
でもそもそも何故そんな御曹司が、百貨店に足を運んでいたのか。ああいう人達って、百貨店の外商という人たちが直々に足を運ぶんじゃないんですか? と加地に言えば、たまたま店に寄ったんじゃないか?
そのたまたまな時に犯罪に遭ってお前が助けに入った。ドラマみたいだな! と加地は楽しそうに笑って腹が立った鈴はスピードを上げてやった。
しかしあれだけハッキリと言えば、今後接触はして来ないだろうと鈴はこの時考えていた。
翌日、出勤した鈴は少し緊張したが、桜葉の訪問もなかったので分かってくれたのかと安心した。
加地と任務から警視庁に戻ってきた鈴に、来客だと言われて待たせている応接室に行けば、桜葉が待っていて思わず鈴は悲鳴を上げそうになった。どおりで周りの人間がニヤケていた訳だ。
戻ってきた鈴たちが注目を集めていたのもこのせいだった。
「桜葉さん。今日は何しにここに?」
質問したところでロクな返事がくるとは思ってないけど。それより今日も肩の手は元気そうというかご機嫌斜めなのか、しきりに人差し指をトントンとリズムよく弾んでいた。
肩の手は長いからハンドさんと心の中で呼ぼうと鈴は決めた。
鈴の問いかけに桜葉は立ち上がると「昨日は突然すみませんでした」と頭を下げた。
「いや、今もかなり突然ですけどね?」
飲み込もうと思っていたのに、思わず口にしてしまった鈴に対して、ハンドさんは少し怒っているように思えた。桜葉は申し訳なさそうに眉を下げた顔になっている。
桜葉さんに対しては少しだけ申し訳ない気がするけど本音だから。でもハンドさんに関してはちょっと怖いというか圧を感じる。一体あの手は、誰の手なんだろう。鈴が桜葉より手が気になっていた。
「あの鈴さん? 僕の肩に何か?」
「え? あ、いや別に。それでご用件は?」
「はい。昨日は突然プロポーズをしていました。よくよく考えると、お互いを、僕をよく知ってもらう必要があると考えました」
なんだろう。凄く聞きたくない。この場から去りたいと思いつつ鈴は仕方なく耳を傾ける。
「まずお付き合いから始めましょう」
昨日の会話は何だったんだろうと、鈴が静かにドアの前まで移動してドアノブを回した。
「お付き合いしません。さっさと帰りがれ下さい」
本音と丁寧語が混ざった言葉で桜葉の退場を促した。その時またあの頭痛が起きた。
「ッ!」
怪我をした子供を見下ろす大人。手には果物ナイフを握っている。
「――鈴さん!」
桜葉の声で引き戻される瞬間だった。テーブルに置かれた郵便物が見た。
「――すみません。大丈夫ですのでお帰りください」
「ですが」
鈴はこめかみを押さえながら、桜葉に帰りを促した。ちらっと見えたハンドさんは何か怒っているようだったが、もう鈴は何も考えたくは無かった。
職場で桜葉の事で揶揄われながら帰宅した鈴は、ソファに体を投げ出した。
「鈴! モテ気じゃ! 逃がしてはならんぞ!」
ここにも鈴の頭痛の種がいた。部屋ではピーポー君から出てきた将門が、今日も元気に生首で飛び回っている。
「――もう本当に何なの! ここ最近、本当にいい事がない!」
「何故じゃ? 顔よし家柄よし! 財力よし! 性格も良さそうじゃった。伴侶には申し分ないっぺ?」
そういう事じゃない。性格が良いなら、相手の職場に押しかけるようなことはしないよ普通。こう回りから取り込もうとする姿勢が鈴には気に入らなかった。
「とにかく興味ないから~~疲れた」
ソファでぐったりした鈴に、さすがに将門も心配になったのか「大丈夫か?」と聞いてきた。
「う~~ん……」
「そう言えば、頭を押さえておったようじゃが」
「う~~ん……ここ最近、急に頭が痛くなってさ。嫌なモノを見るのよ」
「嫌なもの、とは?」
そう言えば話してなかったなと、鈴は子供の頃から見ている山姥女の話をした。