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第11話

 通報者はピザの配達人で、出てきた住人が血だらけで包丁を持って出てきたらしい。


 制服警官を廊下に待機させ、加地がゆっくりドアノブを捻る。開けた瞬間。鉄臭い良く知っている匂いに生臭さ、それとピザの匂いが混ざって何とも言えない匂いが充満していた。


 カーテンが引かれた薄暗い部屋。リビングに通じる扉は開け離れたままになっている。廊下を見ると、血の足跡があった。そして血の足跡には、黒い靄が煤のように残っていた。


 鼻と口をハンカチで塞いでも、匂いがきつくてあまり意味をなさない。

 先にリビングに入った加地が顔を背けて蹲った。数秒遅れて入った鈴は、加地が思わず顔を背けた理由が分かった。


 リビングが血の海になっていた。そしてベランダの窓の前に多分人だと思われる死体。汚れていない場所がないので、鈴も靴のまま血の海の中を歩いた。

 重点的に何度も刺された顔はもはやスプラッターだった。華奢な手足とロングへアで死体が女性だと判別できるくらいには酷い状態だ。


 胸元から陰部まで同じ状況でうっすらと黒い靄が付いる。黒い靄の残穢があるという事は、犯人は怨霊に憑りつかれているのか。こんな殺し方は、通常ならあり得ない。


「――守矢。お前凄いな」

「私も驚いてますよ」


 突如、頭の中を直接針で刺されたみたいな痛みが鈴を襲った。


「ッ!」


 頭に浮かんできたのは、自分で自分の首を絞める男の姿。そして聞き覚えのある鼻歌。これはあの山姥女の目線だ! でも何で急に? 今まで日中に見る事なんてなかったし、山姥女の視点なんかで見た事がなかったのに。


 今度は胸元に火を当てられたような熱さを感じると、頭痛は嘘のように無くなった。


「――や? 守矢? 大丈夫か?」


 加地が心配そうな顔をして、鈴を呼んでいた。


「大丈夫です。ちょっと頭痛がしただけなんで」

「あんま無理するな。こん何酷いのは、俺も初めてだ」


 機捜にいる加治さんが初めてといのなら、もしかして怨霊の質が悪くなってきている? 将門さんに聞きたいけど、何処にいるか姿は見えない。朝からの気がかりは、姿を見せない将門の事だった。


 鈴は死体から黒い靄の残穢が、リビングの奥にある部屋に続いているのに気が付いた。


 もしかして犯人はまだいる? 引き戸になっている部屋に近づいてゆっくりと扉を開けると、中で血だらけの一人の女が黙々とピザを食べていた。


「加地さん。多分、被疑者です」


 黒い靄に覆われた女は、ただ黙々とピザを食べていて異様な雰囲気だった。ピザの箱の横には殺害時に使ったと思われる刃物が、三本ほど転がっていた。


 鈴は女の黒い靄の中に、うっすらとロングヘアの女性の姿が見えた。ハッキリとは識別できないくらいに靄が濃いけど、多分リビングで殺されていた女性だろう。


「――守矢。初っ端からドキツイもん引き当てたな」


 加地の言葉にもしかすると今後も、ドキツイのに当たる確率が高くなるかもしれませんよ、とは言えなかった。


「おい。そこで死んでる女を殺したのはあんたか?」


 女は声が聞こえてないように、ピザを食べ続けている。どうしたらいいの? 鈴も昨日の今日で怨霊が関わる事件に遭遇するとは思ってもなかった。


 声を出して将門さん! と呼ぶわけにはいかないし。何のために付いてきたのよ将門さん! 頭でごちゃごちゃと考えている間に、加地が質問に答えない女に近づいて行く。


「うるさいうるさいうるさいうるさい」


 声を荒げる訳もなく、ぼそぼそと女が話し始めた。


「あんたが殺したのか?」


 女はブンッと顔を上げて加地と鈴を交互に見た。


「うるさい!!! 私にしゃべりかけるなあぁぁぁ!!」


 大声で驚いた一瞬をついて、女は置いてあった包丁で自分の首を横に切り裂いた。同時に「シャアァーーッ!」と真っ白い猫が飛び込んできて、女に猫パンチをした。


 女の首は中途半端に切れ、血を吹き出しながら息苦しそうにもがいている。猫は部屋のベッドの上で座ってその様子をジッと見ていた。

 鈴は上着を脱いで、女の首元に当てた。


「な、何だ?! どこから入ってきたんだこの猫は!」

「それより救急車!」

「そうだな!」


 止血しながら鈴は女と目が合った。その目にはハッキリと鈴が映っている。


「――い」


 首を切ってしまっているから声が出ていない。でも何かを必死で言おうとしているのが伝わってくる。鈴は耳と口元に近づけた。


「ご――さい」


 多分ごめんなさい、と言おうとしたんだろう。その目から涙がポロポロと流れ瞳にはもう何も映ってはいなかった。



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