しばらくして、集まる野次馬の中にいる少年が目に付いた。黒い靄を纏っているあの子、もしかして孫じゃないのかな? 家の中を見た時に写真はなかったからこの家のお孫さんですか? と急に聞くのも変だからどうしようかと迷った。
鈴は腕時計で時間を確認した。
不規則な仕事をしていると日付感覚が鈍るけど、今日は普通に平日の昼前じゃん! 閃いたとばかりに鈴は、野次馬たちから少し離れた場所にいた少年に鈴は近づいて声を掛けた。
「君、学校は?」
「え?」
「平日のお昼前でしょ?」
「あ、えっと、俺の家なんですけど」
「そうだったのね! 今、刑事さんたちも来てるから案内するよ」
「――はい」
黄色いテープを少し上げて中に通してあげた。
「お婆さん、お腹を刃物で刺されていて亡くなったみたい」
「え? 刃物?」
「そう。強盗が入ったのかもしれないのよ。一階の部屋が荒らされていたから」
「強盗?」
「お婆さん抵抗したのか、腕も傷だらけだった」
「そんな訳がない!」
「え?」
少年が急に興奮し始めて大声を上げ始めた。
「俺がばーちゃんを殺したんだ! 俺が首を絞めて殺した! ちゃんと死んでたのに、抵抗する訳ないだろ!」
少しカマをかけてみるつもりで嘘を言ったら、あっさりと自白してしまって鈴は、少年の手を掴んだ。
「君」
「いつもいつもいつも小言ばかり言ってウザいんだよ! 食べ物もババアくさいもんしか用意しやがらなかったし」
鈴の胸元が熱くなったが、一瞬だったので気のせいかと少年に集中した。
周りには刑事も当然いる。聞いていた玉井が素早く動いた。
「さっきの話、本当か?」
「本当だ! 二階の和室、タンスの前でくたばってただろ? 最後、おしっこを漏らしやがって臭いったらなかった」
玉井が、日時を告げて少年を緊急逮捕した。家の中から騒ぎを聞いた母親は、少年の言葉にただ唖然と立ち尽くしていた。
勤務を終えて本署に戻った鈴は、休憩していた玉井とバッタリと会った。
「お疲れ様です玉井さん」
「おう、お疲れさん」
「何か、凄く疲れた顔をしてません?」
「マジで疲れたわ~~」
「何かあったんですか?」
あの状況から見て、そんなに疲れるような取り調べになる事はないと思うけど、何か他にも事件が重なったのかな? と鈴は不思議に思いながら玉井に声を掛けた。
「いやなあ……あの坊主、田中薫たなかかおるっていうんだがな、女が、男が、アイツらが俺の中に入ってきたんだ。俺はお婆ちゃんを殺していない。俺じゃない。アイツらが俺を操ったんだって訳の訳らんことを言いだしてな」
「錯乱してるって事ですか?」
「そうでもない。現実はしっかり把握していた」
「そう言えばリビングが荒らされていたじゃないですか?」
「遊ぶ金を探していて、ああなったらしい。まあ本人がどう言おうが、家族以外の指紋は出ていない訳だしな」
「演技って事はないんですか?」
「――ないな。俺が見た限りそんな感じじゃないな。おまけにペンで首に刺しやがった」
「は? どう言う事ですか?」
「そのままの意味だ。事情聴取をしていた刑事が持っていたペンを取ったと思ったら、そのまま首にブッスリ」
玉井がその時の様子をジェスチャーで表した。
「そう言えば救急車のサイレンの音がしてましたね。取り調べ中に自殺未遂ですか……」
顔を顰しかめた玉井がゆっくりと横に首を振った。
「分からん。それまで容疑を必死に否認していたんだが、一瞬静かになったと思ったらあっという間だった。始末書だし精神鑑定決定だろうな」
玉井は長椅子に横になって疲れたと呟いた。