薄暗いどこかの部屋。狭い脱衣所。機嫌を表すような楽し気な鼻歌が聞こえてくる。
まただ、と
先にある小さ目な風呂場で、女の人が山姥みたいに髪を乱してのこぎりを引いている。浴室内の鏡には目を血走せ一心不乱に何かを切っていた。
何をしているんだろう? 分かっているのにいつも初めて見る光景のように思ってしまう。鈴は恐る恐る
ゴトンと重い何かが落ちた音がした。鈴の足元に髪の長い真っ白な顔の女の人の首が転がってきた。
「ッ!」
叫びたいのに声がでない。山姥女は落ちた首を大事そうに拾って、シャンプーをして洗い始めた。
「あ、あぁ……」
持っていた首が声を出した。
「た、すけ。あ……ら」
怖くて仕方がないはずなのに、あまりにも悲しそうな声に鈴は思わず逃げるのも忘れて聞き入ってしまった。そしてポロりと生首の女から涙が落ちた。
「あ、」
喉の奥が引っ付いて掠れた声が出た。
「――ん! 鈴!」
自分の名前を呼ぶ母の声に鈴は我に返った。目の前に心配そうにした母が、やっと焦点のあった鈴を思いっきり抱き締めてきた。
「あ、うあ……いやーーーーっ!」
「鈴! 鈴! 大丈夫!大丈夫だから! お母さんを見なさい! 鈴!」
「おか、あ、さん」
「大丈夫! 大丈夫だから」
母親に抱きかかえられた鈴は、しがみ付いて泣き続けた。
「鈴の声、うるさいんだけど何?」
「
和明はわざとらしく大きく溜息を吐いた。
「またかよ。母さんも鈴に甘いんだよ。だからそんな馬鹿みたいな嘘を吐くんだ」
「和明」
鈴は母親の腕の中から兄の和明を覗き見た。
「お、にいちゃん」
「お前、母さんに構って欲しいからっていい加減止めろよな。この前も自殺の真似事をして、お父さんにバカにされてたじゃん」
お兄ちゃんは私の事を信じてくれない。お父さんも誰も……お母さん以外は。
「そんな事を言わないの。鈴は……敏感なのよ」
「あのさ、母さんも何、本気にしてんの? こいつ学校でも似たような事をして気持ち悪るがられてんだよ? オマケに俺までこいつのせいで揶揄われて」
和明が嫌悪に満ちた目で鈴を見ていた。
私だって好きで見ているんじゃない。お兄ちゃんもお父さん達はいつも私の事を馬鹿にした顔で見てくる。
憎いよ。憎くて仕方がない。死んでしまえばいいの。
ハッと汚い感情に鈴は自分が嫌になった。
「お前なんか、生まれて来なければよかったのに」
「和明!」
鈴はさっきの映像のショックと慣れているとは言え、兄の冷たい態度にギュッと母親の服を掴んで胸に顔を埋めた。