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第7話

「あいつは、ただゴーストになった己に絶望していたんだよ」

 リンドルが、重々しい口調で言う。

 ホーゥグロウ戦死の報は、スフィルに開戦直後すぐに広がった。

 ホーミーエラーは、今度は監視衛星の映像が追ってくるので、クルーザーでの逃亡が不可能と知る。

 仕方が無いので覚悟を決め、軍港の正面から降りることにした。

 それは不思議な光景だった。

 軍港ではサイロイドが軍港の整理をしつつ警護も担当していた。

 その為に、人間の群衆と真っ二つにわかれる光景ができあがっていた。

 作られた、フールーエラーようの道には、絨毯が敷かれ、先に正装をしたクファイルドの姿があった。

 脇には護衛やお付きに混じり、メロウリの眼鏡を掛けた姿もある。

 彼等サイロイドを擁護する団体の外に、機嫌の悪さや苛立ちを隠しもしないスフィル正規軍の高官達の姿が見える。

「今回の勝利は、サイロイドにとって記念すべき勝利である。サイロイドが我らが祖国、スフィルを救ったのだ。二重に祝福すべき記念日だ!」

 クファイルドは、群衆に向かって言うと、鉄甲戦艦からも乗組員のサイロイドが身を乗り出して手を振り、港に集まったサイロイド達も答えて歓声を上げた。

 期せずしてフールーエラーは、大勢の大衆が集まる中で、クファイルドと握手を強制されることになった。

 カメラが一斉にフラッシュを焚く。

 フールーエラーはまるで乗り気ではない表情まるだしだった。

 全くもって本意ではない。

 人間対サイロイドの争いに巻き込まれるではないか。

 その隙に、ミリシィリアに連れられたイルファネとリンドルが港から消える。

「あー、何だ。何なんだ、コレ」

 肩の力を抜いた猫背で、呆れたようにリューシリィがつぶやいた。

 脇にいたロルライカは、暑いために手を振って顔に風を当てている。

 二人は、賓客席として設置された、露天の椅子で、サイロイドに囲まれて軍港のいっかくに来ていた。

 人の頭の位置まである高い壇上ではあるが、演説の予定があるわけでもないため、リューシリィはただの飾りとしてそこに添えられているとしか思えなかった。

「全くもって笑えんぞ、ロルライカ」

 晴天の下、容赦無く太陽の光が降り注ぐ。

「しばらく待てよ、別班が動いているところだ」

「綺麗に処理するんだぞ。変な汚点は認めないからな」

「任せておけ」

 サイロイドをかき分けて、ミリシィリアが、壇の裏手に現れた。

「閣下、閣下! お願いがあるの!」

 潜めた割に強い口調で、唐突に呼びかけてくる。

 リューシリィは首を曲げて、隠しもしないやる気の無い態度で、ミリシィリアを見た。

「どーしたぁ、嬢ちゃん」

 周りで護衛という名目の監視をしているサイロイドを、あえて無視する。

 彼等もミリシィリアの姿を監視衛星での映像で見ていてので、様子を伺う程度で、黙認していた。

「アレ、あるでしょ、アレ。H・2Oとか言う奴」

「ああ、H・Oな。まぁ、おまえカンが鋭いんじゃないか?」

 スフィルの他国に対する、重要な抑止装置の名前だ。

 にやりと、リューシリィは笑む、。

「そうそれ。お願いだから、しばらく動かすのやめてほしいんだ」

「やめるもなにも、な。ありゃ、ホラだホラ。そんなもん、存在しないわ」

「え?」

 ミリシィリアは目が点になった。

 彼女はホーゥグロウから託されたイルファネのために、必死に考えた末、たまたま見えたリューシリィに藁をも掴む思いで頼んだのだ。

「あのねぇ、本当でしょうね? 適当な駄法螺だったら許さないよ?」

 言葉の割に、疲れた口調のミリシィリアだった。

「ホントだよ。だいたいそんなもんがあれば、ゴルゴダ会とか言う連中が、ウチの領土でまでうだうだやってないだろう」

 リューシリィは、鼻で笑う。

「はぁ。まぁいいや、どうもね。はい、ありがと」

 がくっと力が抜けて一気に疲労が来たミリシィリアは、すぐに総督閣下に背を向けて、手を振りながら去っていった。




 フールーエラーにクファイルドがもう用はないとばかりに、手を放して、群衆に身体を向けたときだった。

 突然に壇上に少年が上がったかと思うと、 手に持っていた巨大な鉈が、衆目の前でクファイルドの脳天を真っ二つに割った。

 フールーエラーは、身が固まった。

 クファイルドは、そのまま人形のように後ろに倒れた。

 途端に護衛のサイロイド達が少年に拳銃を発砲する。

 数発、弾丸を喰らった少年だが、そのまま群衆の中に消えていった。

 フーフーエラーは見覚えがあった。

 ランティーヒルだ。

「ランティーヒルだ! ハユーリの部下が犯人だ!」

 護衛らも、一瞬で相手がわかったらしく、混乱する群衆をかき分けて追跡に躍起になっていった。

 フールーエラーは、隙を見てその場から離れていく。

 感傷などなかった。ただ、これからの騒ぎを考えると、憂鬱になるのだった。

 ロルライカは、リューリシィに笑みを見せる。

「な、綺麗なもんだろう?」




 水上バイクで事務所ビルに戻る途中、フールーエラーの視界の脇に浮遊ディスプレイが広がった。

『良くやってくれた。我々は君らを祝福するぞ』

 音声だけで、映像はない。しかし、相手がゴルゴダ会の男だというのはわかった。

「別に俺は何もしてませんよ」

『いや、これで、悪しきサイロイド達にスフィルを奪われないですんだ。何しろおまえ達の住んでるところは、旧帝国の首都だからな』

 どんな哀愁をもって言っているのかフールーエラーには理解できない。

「まぁ、これでどうしようというのかは知りませんけどね」

『なんだ、伝えてなかったか』

 意外だと言う風に、男は驚いた。

「知る必要もありませんでしたからねぇ」

『いよいよ、我々が地上に降りる時が来たのだよ、フールーエラー』

「降りる? 何のことです?」

 不穏な言葉を聞いて、フールーエラーはする必要も無い不安に駆られる。    

『より高い存在として、ゴーストになった我々だが、当然、地上も恋しくてな。特に旧帝国となると、望郷の念が強くなると言う者だ。サイロイドの存在が邪魔だったが』

「そうですか。それは大変楽しみですね」

 フールーエラーは事務所ビル近くまで来ると、通信を一方的に切った。




 リビングには、イルファネとランティーヒル、そしてリンドルの姿があった。

 ミリシィリアが彼等に珈琲を振る舞っている。 

 フーフーエラーは、ゴルゴダ会からの話を彼等に伝えた。

 意味があるとは思わなかったが、次に何が起こるかわからない以上、注意を投げかけたつもりだった。

 話を聞き、リンドルは無言で席を立つ。

「どうした? どこに行く?」

 リンドルは、振り返りもせずに、ビルから降りて行った。

「愛想のない奴だなぁ」

 フールーエラーは、ソファに座って息を吐いた。

「・・・・・・で、私たちをどうする気?」

 イルファネが猜疑心丸出しで訊く。

 彼女は望んで来た訳ではない。

 フールーエラーとの戦いで、己の存在を最後にしようとしていたのだ。

 それが、期せずしてホーゥグロウの所要滅という羽目に陥り、自己嫌悪によって逆に自滅を留まっている状態だった。

 彼女は、自ら滅びるよりも、世界を滅ぼす欲求のほうが強くなっていた。

 ランティーヒルは、そんなイルファネを冷たい目で眺めていた。

 死ぬなら死ぬで、さっさと誰にも迷惑掛けずに消えろと言いたいのだ。

「そんなに世の中が気にくわないのか?」

 二人の心を読んだように、フールーエラーは訊いた。

「気にくわないわね。むしろ憎いわ」

 イルファネは、改めて怒りが沸いた様子だ。

「いい話がある。ゴルゴダ会のことをさっきいったんだが、どうだ?」

 フールーエラーは思わせぶりに言う。

「何がどうなのよ?」

 当然のように、彼女は訊いてくる。

 フールーエラーはうなづいた。

「奴らが今占めているところが空くって話だ。そこに行く気はないか?」

「ちょっとー、にぃやん!」

 さすがにミリシィリアが口出ししてくる。

「それも面白いわね。是非そうしてほしいわ」

 イルファネは偽悪的な笑みを浮かべた。

「そこで、スフィルに対する唯一のゴーストとなって、永遠に呪い続けてあげるわよ」

 フールーエラーは笑った。

「ざんねんだけどなぁ、イルファネよ。俺が居る限り、許せる話じゃねぇなぁ」

 ランティーヒルがようやく口を開いた。

「あんたはどうするんだ、ランティーヒル?」

 フールーエラーは、訊いた。

「ハユーリのところに戻る。ただそれだけだ」

「なるほどね。まぁ、しばらく匿うから、好きにしなよ」

 テレビが付けっぱなしになっているが、またフールーエラーが凹むニュースが流れていた。

 曰く、クファイルド暗殺の首謀者はフールーエラーだと。

 主にサイロイド達が騒いで、識者達が憶測での結論に至ったようだった。

「・・・・・・コレだから、嫌なんだよ・・・・・・」

 フールーエラーはため息をついて、手でうつむいた顔を覆った。

「にぃやん、証拠がないんだから・・・・・・」

 そう言いかけてると、彼女だけに見えるよう指をランティーヒルに向けられ、言葉を詰まらせる。

「で、実際のところ、ゴーストを人間に戻すことはできるの、ミリシィリア?」

 少女に向かってフールーエラーは顔を上げた。

「サイロイドになら、できる」

「冗談じゃない!」

 イルファネは即答で拒絶した。

「なによー、助けてあげようとしてるんじゃないかよー」

 ミリシィリアは憤慨した表情を真似る。

 これぐらいで怒る彼女ではないのだ。

「あたしは、元人間として人間の愚かさやエゴをそのままもって居たいのよ。サイロイドになんかなったら、ただの人間蔑視じゃないのよ」

「それが、覚悟か?」

 フールーエラーは今度は真剣に訊いた。

「ええ」

 イルファネは力強くうなづく。

 ため息をつき、諦めた風なフールーエラーは、それ以上何も言わなかった。




 スフィルにいくつもある高層ビル屋上の一つに立ち、リンドルは星々が輝く空を見上げていた。

 深夜一時半。

 いきなり接触してきたロルライカが伝えてきた時間ぴったりだった。

 暗雲が水上都市の上に立ち込み始め、渦を巻いている。

 ゴースト達のたまり場だ。

 リンドルは、右手を挙げた。

 そこには、彼の身体を十分に自己の物として食い尽くし、さらなる食欲に飢えた龍虫が皮膚の下で蠢いていた。

「俺をくれてやる。その代わり、存分に喰え」 自己に巣くうモノに呟き、一気に龍虫を解放した。

 皮むきでそがれるかのように、右腕から巨大な龍の顎が現れ、次に長い身体がリンドルを呑み込んで作られた。

 龍は天の雲に昇り、その顎で黒雲を端から呑み込んでゆく。

 一通り喰い終わると、龍はさらに空の上に向かって上昇し、星の中に姿を消していった。




 まるで一つの船だった。

 永遠に溺れたままかと思われた自分は、水中から掬われて、今、海上にいる。

 息が吸える!

 揺れる足下は、どこまでも浮上して行くが、そんな波の下のことは構わない。

 灰の中に入る空気が、全てを浄化してくれる思いだった。

 自分の憎しみも恨みも、もうどうでも良いことだ。この快楽に比べれば。

 彼女は両手を広げて、くるくると回り自由になる呼吸と、身を包む空気に歓喜した。




 昼過ぎに起き、フールーエラーは、携帯通信機をつかったロルライカのメッセージを受け取った。

 リンドルがゴルゴダ会を全て消滅させたと。

 最初信じられず、自らアクセスしようと、浮遊ディスプレイで、接触しようとするが、全く反応がなかった。

 フールーエラーは私室を出て、朝食も済んだ三人が居るはずのリビングに入った。

 しかしそこには、ミリシィリアだけが、一人ゲームに夢中になっているだけだった。

「あれ? 連中は?」

 その背後に声を掛けながら、フールーエラーは部屋を見渡す。

「もう、いっちゃったよ、にぃやん」

 振り返りもしないで、ミリシィリアは言う。 窓の外は、人々の船でいっぱいだった。

 フールーエラーは舌打ちする。

「嗅ぎつけてきたか・・・・・・」

「にぃやん、もう荷物はクルーザーに乗せておいたけど、どうする?」

 ミリシィリアは振り返って、微笑んだ。

「ああ、俺たちも行こう。こんな都市よりも、船の上のほうがよっぽどましだ」






                了  

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