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第6話

 フールーエラーはミリシィリアを連れ、クファイルドの背後に立っていた。

 彼は演説の途中でいったん言葉を止め、十字路にひしめく幾万の聴衆の拍手や歓声に応えて手を振っているところだった。

「・・・・・・先もゴーストこと怨霊が現れ、民家が焼失、尊い命が四つも奪われた。我々はこの事態に対処しなければならない。具体的には、怨霊の元になる人間の管理と、怨霊にはならないサイロイドの一般化である。人間は管理されなければならない時代にはいっているんだ。もはや、老化阻止処置だけでは生ぬるい!」

 言ってくれる。

 フールーエラーは苦笑していた。

 その人間はクファイルドやフールーエラーなのだが。

「ここで、ゴーストを一層する人物を皆に紹介しよう。フールーエラーだ」

 手を伸ばして指し示され、フールーエラーは、小さく頭を一度下げただけだった。

「『二年間の平和』を達成し、『アスカフート沖の勝利者』であり『対ハユーリ戦の英雄』だ。これほど、心強い人物がいるだろうか!?」

 街頭の張り出したベランダに設置された演台にいるクファイルドは、眼下の聴衆が熱狂している様を見渡した。

 聴衆のサイロイド達は、何者を相手にしているか、わかっているのだろうか?

 フールーエラーは彼等に軽く息を吐いた。

 やがて、フールーエラーとクファイルドの名の連呼が起こった。

 まるで、街の一角が崩れてしまいそうな声だった。

 演説が終わり、部屋に戻るとクファイルドが笑顔を、フールーエラーに向けた。

「見たかね? 君の評価もこれで国の連中だけで無く、一般サイロイド達にもゆきわたっただろう」

 いかにも良かっただろうと、クファイルドは邪気のない表情だった。

 冗談ではない。まるで袋小路だ。

 フールーエラーはそう思ったが、あえて何も言わずに笑顔を返した。

 彼はミリシィリアを連れ、ホテルに戻ることにした。

 クルーザーには、クファイルドの警備艇が護衛として、二隻付いてくる。

 彼等はホテル前で待機した。

 何時までもいるつもりだろう。

 気にも掛けないでスイート・ルームに戻ると、人の気配がした。

「・・・・・・良いとこ住んでんじゃないの。うらやましいなぁ、私もここでゴロゴロしたいなぁ」

 四人がけのソファで、寝転がりながら、ポテトチップスを食べている少女が、振り返りもしないで、テレビに視線をやったまま言う。

 ダボダボのTシャツとハーフパンツ姿の、リューリシィだ。

「ああ、先にやらせてもらってるぜ?」

 奥から野太い中年の声がした。

 ロルライカだ。

 シャンペンを上手そうに、ラッパ飲みしつつ、ベッドの上に上半身をもたれさせて、あぐらをかいている。

「あー、なんだ、何の用さ?」

 フールーエラーはもう慣れているとばかりに、適当な椅子に座った。

 人前では意外と臆するミリシィリアは、彼のそばに立っていた。

「別班からの催促さ。今日の演説中にやるのが、一番効果的だったというのに、何しているってな」

 ロルライカは皮肉な笑みを浮かべている。「頼まれてはいるがね、俺はやらないよ、言っとくけど」

 フールーエラーは面倒くさいとばかりに、軽く手を振った。

 その動きを真似たリューリシィは、楽しげに嗤う。

「知ってるかぁー、フールーエラー。クファイルドの奴は、サイロイドのみの勢力を使って、このスフィルを支配するつもりなんだとさ。

人間には、ことごとくゴーストになってもらって追放ーだぞうだー」   

「希有壮大だな、あいつも」

 聞いていた話なので、フールーエラーは驚きもしなかった。

「でー、殺りもしないのに、どうしておまえはクファイルドのところにいるんだー?」

 リューリシィは床に置いたワインをラッパ飲みする。  

「俺の目的は一つだよ。アスカフートからスフィルを守る。これだけで、あとのは全て流れのままに押し込まれた状況だ」

「気をつけろよ、フールーエラー」

 ロルライカの口調は、珍しく静かなものだった。

「別班は、おまえの身代わりになるはずだった男を解放するつもりでいる。意味はわかるだろう?」

 彼の様子で、スイート・ルームは盗聴器か監視カメラかが仕込まれていると、フールーエラーにはわかった。

「・・・・・・わかったよ。やるから、それはちょっと待ってくれ」

 彼は仕方が無いとばかりに息を吐いた。

「まー、よろしく頼むわー。何か知らんけど、私も危機らしいからさー」

 身体を起こしたリューリシィは言って、ソファから降りた。

 二人が去ると、フールーエラーはベッドに身を投げた。

「にぃやん、ご飯はー?」

「いらんわ。寝る」

 ミリシィリアは何も言えなくなっていたのか、そのまま黙った。




 今日は何が食べたい?

 お肉ぅー。

 元気な返事を聞いた中年の女性は、微笑んだ。

 その優しい顔に少女は両手で、抱きしめる。

 おなかのあたりに顔が当たり、母からは良い匂いがした。

 用意された料理はどれも美味しく、少女は全てあっという間に食べてしまった。

 母はあらあらと苦笑し、父はもっと味わってたべろよと、笑いながら言う。

 だって、美味しかったんだもん。

 少女は正直に言う。

 夜も更け、うとうととしてきた彼女を、母親は抱きかかえて、布団に入れた。

 少女は首に回した腕を離さず、母親を困らせた。

 しかたがないので、母親はしばらく添い寝することにして、少女を喜ばせた。

 母の体温は暖かく、そのぬくもりに安心しきった少女は、いつの間にか眠っていた。

 大量の泡が目の前から上に上ってゆく。

 苦しい。助けて。

 少女は深い水の中にいた。

 幾らもがいても、潮流に流されて身体は浮かない。

 そのうちに、意識が遠のいてゆく。

 視界に入る水面からは、紅い月の光が届く。

 少女はそのまま、深海で息絶えた。




 イルファネは朝を迎えたが、機嫌が悪かった。

 ホーゥグロウが、朝食のために起こそうとノックしたが、食べたくないと言って、再びベッドの布団に入った。

 突然に壁が爆発して、巨大な穴が空いた。

「どうした!?」

 あわてて、またホーゥグロウが扉の前に立って、派手に叩いていた。

「何でも無いったら!」

 扉も吹き飛ばす。

 だが、ホーゥグロウはその場に怪我一つ無く立っていた。

 彼は呆然として、これがゴーストかと妙な納得をし、リビングに戻っていった。

 そこではリンドルが、黙々と目玉焼きにトーストとサラダのメニューを食べていた。

 彼は服が半分焦げたホーゥグロウに一瞥をくれただけだった。     

「やれやれ・・・・・・」

 座って、自分も再び中断していた食事を取り出す。

「・・・・・・で、怨霊になった気分はどうだ?」 珍しく、リンドルが挨拶代わりなのか、素朴な疑問なのかわからないが、尋ねてきた。

 ホーゥグロウは、唸った。

「んー。正直、わからん。何が変わったのかもな」

「それなら、それでいい」

 リンドルはまた、無言の状態に戻った。

 ホーゥグロウは訊かれて、同じ疑問をもった。

 ゴルゴダ会も含めて、どこかどう良いのか。

 人間の最終段階の進化といわれても、実感がない。

「まぁ、そうでしょうね」

 突然にルキムゥトの声がした。

 彼は、ソファに座って、出してもいない珈琲を受け皿を持ちながら口にしていた。

「おまえ、いつから・・・・・・」

 ホーゥグロウが驚きに絶句する。

「これは面白い。提督にして、さらにはこれだけ不思議な体験をしたり聞いたりしながら、私が来ただけでそのざまとは」

 ホーゥグロウは不快げに鼻を鳴らした。

「それで?」

「大抵のゴーストは、ハユーリや貴方のように、地上にはいません。ご案内さしあげましょう、朝食が済んだなら」

 リンドルは、興味が無いとばかりに席を立った。

 その背を眺めつつ、食べ終わったホーゥグロウは、視線をルキムゥトにやった。

 かれは、カップを皿に戻し、空いた手の指を鳴らした。

 途端に、ホーゥグロウは上下左右の間隔がなくなり、ただ浮遊しているだけの塊となった自覚がわいた。

 その代わり、視界は提督室のように三百六十度全てが見渡せる。

 いままで、満腹で眠気もあったのに、そのような感覚がなくなっていた。

 辺りは光が転々としていて、それが何か意思を持つものだと感じる。

「ここが、幽星界です。旧帝国の遺産ですがね」

 光の一つから、言葉と感情が全身に流れ込んできた。

 ルキムゥトのものだと、すぐにわかった。

「ここでは一切が全て、全てが一切という世界です」

 ホーゥグロウは、広がった感覚のうちの一つが急に膨張し、それに集中し出した自分を確認できた。

「ちなみに、旧帝国の首都はスフィル首都に有ります。ハユーリが狙っていた理由もわかるでしょう」

 そんなことよりも、ホーゥグロウは怒りと憎しみに捉えられていた。

 巨大で押さえがたい衝動で、あっという間に飲み込まれた。      

 スフィルへの憎しみだ。フールーエラーへの怒りだ。

 復讐したい。今すぐにでも。

 憎悪は際限なく広がって、ホーゥグロウを蝕んだ。

「おやおや、早速、取り込まれましたか。人間、一度は体験する思いです。そして、それを叶える能力も与えられる。遠慮せずに、やるべきです、ホーゥグロウ。それが貴方の望みなのだから」

 ホーゥグロウは、なんとか我に返ろうと、必死になった。イメージで自分の手の甲にナイフを刺す。

 激痛が手だけではなく全身に走り、彼は自分を取り戻した。

 気がつくと、リビングに座っていた。

 手の甲からは、血が流れていた。

「なんだ、あそこは・・・・・・」

 ホーゥグロウは、同じく戻っていたルキムゥトに言った。

「何が進化だ! まるで地獄じゃないか!」

「初めのうちは、そう思うものです。なにしろ、怨霊になったのですから。しかし、そこを超えると、この上のない充足した快感がえられるのです」

「冗談じゃない。私は二度と行かないぞ!」

「おやおや、お気に召しませんか。残念です」

 ルキムゥトはそう言うと、姿をかき消した。

 何もやることがない日だった。

 手に一応、包帯を巻いて処置し、彼は日が名一日、本を読んで過ごした。

 次の日の朝である。

 結局それまで姿を見せなかったイルファネが軍港に行ったと、リンドルから聞かされた。

 別に行きたいなら、ゲームセンターでもクラブでも構わないので、ホーゥグロウは気にしなかった。




 薄暗いなか、水が流れる音に、不快な雑音が混ざっている。

 ランティーヒルは地下水路の壁にもたれて、四肢を投げ出していた。

 ミリシィリアから受けた火傷は癒える事無く、炎は小さいが、延々と彼の身体を焼き続けている。

 彼はゆっくりと自分の消滅を待っていた。

「あーいたー!」

 急に少女の陽気な叫び声が響いた。

 水を蹴るような足音が一つ、声の主のところに近づいてくる。

「よー、ランティーヒル。こんなところにいたとはねぇ」

 聞き覚えがある二人のそれは、ミリシィリアとフールーエラーのものだった。

 ランティーヒルは、二人を見上げて鼻を鳴らした。

「・・・・・・おせぇな、みっけるのがよぉ。もうちょい放っておいたなら、また襲いに行くところだったんだぜ?」

 ランティーヒルは、強がってなんとか立ち上がろうとした。

 だが、身体に力が入らず、途中で失敗し、元の姿勢に戻ってしまった。

「ムリだよ、今のおまえの状態じゃ」

 フールーエラーが無表情で言う。

 ランティーヒルは嗤った。

「なら、さっさと止めをさせよ。その為に来たんだろう? ほら、俺は手も足も出ねぇよ「おまえ、自分がゴーストになったの、気づいているか?」

「・・・・・・ああ、それがどうした? そこのクソ女なら止め刺せるだろう?」

「おまえを助ける代わりに一つ頼みたいことがあってなぁ」

「しらねぇよ」

 ランティーヒルは素っ気なく拒絶した。

「実はスフィルのここ、首都だけど、旧帝国の首都の上にできているんだが・・・・・・ちょっと問題があってな」

 フールーエラーは無視して続ける。

「ゴーストがここに住むには向いてない事がわかった」

「・・・・・・あん?」

 ランティーヒルは興味を持ったという風に、フールーエラーを見上げた。

「旧帝国もゴーストには手を焼いたようで、自動怨霊抹殺システムといって良い物が埋め込まれているんだよ。名前は、『H・O』由来はわからないが」

「俺はまだ存在しているぞ?」

「稼働させていないからだ。だが、総督の意思でいつでも稼働可能な状態にある」

「・・・・・・で?」

「稼働させないでほしいんだよ。俺は、ゴルゴダ会がなんだか知らないが、むやみに消滅させる気にはならない。あんたが、ウチのH・Oを守って、ハユーリ達をどうにかしてほしいんだ」

「・・・・・・ほぅ」

 ランティーヒルは、ゆっくりと足を曲げてあぐらをかいた姿勢になる。

「ぶっちゃけちまうが、ハユーリに本気でスフィルを占領する気はねぇぞ。そのシステムのことを知っているのかどうかわからねぇがな」

「わかっている。ハユーリは、ゴルゴダ会でいろいろしたいんだろう?」

 フールーエラーは偽悪的な笑いを浮かべる。

 ランティーヒルは、鼻を鳴らしただけで、何も答えなかった。

 しばらくフールーエラーはわざと無言だった。

 彼に考える時間を与えたのだ。

 十分近くまで、そうしていると、彼はミリシィリアを振り返った。

「やってくれ」

 少女は頷く。

 コートの内ポケットから、御符を取り出すと、ランティーヒルの身体に張った。

 すると、くすぶり続けていた炎は鎮火し、火傷の跡も綺麗に消え去った。

 身体の変化を自ら見下ろして確認したランティーヒルは、一つ息を吐くとよろよろと立ち上がった。

「・・・・・・礼はしよう。だが、ハユーリが空いてなら断固拒否する」

「安心してくれ。相手はホーゥグロウという男だ」

 ランティーヒルは頷いた。




 それより数時間前のことだ。

 スイート・ルームでゴロゴロとしていたフールーエラーに、ミリシィリアが急に声をあげたのだ。

「どうした!?」

 ソファの上から身体を起こし、ベッドにいる彼女に視線をやる。

「ホーゥグロウが死んでる・・・・・・」

「なんだと? やったのか、あの時に?」

 ミリシィリアは頷いた。

「でも何で今わかった?」

「あたし祈祷師だよ、にぃやん。それぐらい気配でわかる」

 言う割に、気づくのが遅いのではないかと、フールーエラーは思った。

「なんだにぃやん、その疑惑に満ちた目は」

「いや、どうして今頃って思ってな」

「ゴースト達がいる幽星界に新顔が来たとおもったら、ホーゥグロウだったんだよ!」

 ミリシィリアは語尾に、遅くて悪かったなと付け加える。   

「いや、そういうことならわかるが・・・・・・」

「んー、ゴースト?」

 芯がないという表現がぴったりな声が、別のソファから上がった。

 リューリシィだった。

「あんた、まだいたのか? てか、さっき帰って行ったよね? 行ってたよね?」

 フールーエラーが派手に驚く。

「あー、戻ってきたんだがなぁ。気づかなかったか」

「全く気づかなかったよ! 何か言ってよ、居るなら居るって!」

「不都合でも?」

 リューリシィはいやらしい笑みを浮かべて、ミリシィリアに一瞬視線をやる。

「うっさい、ないわ! そんなことないわ! 常識的なことを言ってるんだよ、俺は!」

「あっそー、つまんねー」

 リューリシィは、もう興味が無いとばかりに黙った。

 だが、フールーエラーは彼女が先に挙げた言葉の内容が気になった。

「リューリシィ、ゴーストがどうしたって?」

「あー、それな。ウチには、H・Oというゴースト殺しがあるから、大丈夫だ」

 彼女は、フールーエラーがランティーヒルに語った事と同じ事を言った。

「あとねぇ、にぃやん。ハユーリのところのあの剣師の居場所もわかったよ」

「あいつも、幽星界に行ったか?」

「ちゃう。H・Oを調べてたら、システムがもう発見して警告を出してた」

「おまえ、H・O知ってたのか・・・・・・?」

「知ってたよ、祈祷師だもの」

 当然のように、ミリシィリアは言った。

 突然、フールーエラーの眼前に浮遊ディスプレイが開いた。

「やぁ、同志。悪い知らせだ」

 通信の相手は、クファイルドだった。

「クラップスから、ハユーリの部下の艦隊が出動してきた」

「・・・・・・へぇ」

 先ほどまで、騒いでいたフールーエラーだが、クファイルドの言葉に、目が覚めたように、冷静になった。

 そして、いかにも悪そうな笑みを浮かべる。




 イルファネが一隻で出港したと聞いて、ホーゥグロウは慌てた。

 すぐにでも艦隊に出動を命令し、自分もクルーザーを飛ばして、旗艦に乗り込む。

 いつも一緒に居るはずのリンドルの姿が見えないままにである。

 なんとか五隻を率いる提督シートに座った彼は、イルファネの突然の行動が理解できなかった。

 慌てて追った自分もどうかしている。

 彼は、沖の高い波間の中で、やっと通信に彼女を捕まえた。

「どうした、一隻だけで出て。まさか、脱走じゃないだろうな!?」

 ホーゥグロウは心配と同時に湧き上がった不審をあらわにした。

『思い出したのよ! クラップスからスフィル寄りの都市コミュニティに、私の仇がいる!』

「危険だ、そんなところまで行くと、スフィルが侵攻されたと勘違いして、艦隊を派遣してくるぞ!」

『そのまえにさっさと引き返すわよ!』

「追ってくるに決まっている!」

『うるさい! 私に構うな!』

 必死なものが混じった口調で叫ぶと、イルファネは一方的に通信を切った。

 ホーゥグロウは舌打ちした。

 彼は情報参謀に命じて、この都市とイルファネの関係について調べさせる。

 報告はすぐに上がってきた。

 内容を知ったホーゥグロウは絶句した。




 イルファネは、一つの非武装と思われる水上都市の近くで停泊し、砲と突撃艇で攻撃を始めたのだ。

「全艦、イルファネ艦の後方、二十海里地点で待機」

 ホーゥグロウは万が一だが、これでスフィル艦隊が出てこない事を祈った。

 その間、水上都市は炎に包まれ、切り込み隊が、住人を虐殺してゆく。

『急に何事だい、提督』

 眼前に、浮遊ディスプレイが開くと、はユーリの顔が映った。

「何でも無い気にするな」

『そういうわけにはいかない。君が勝手な行動をとっては、我々の艦隊にも影響が出る。特に今、イルファネが標的にしている都市は我らの保護領だ。勝手は許されない」

 ホーゥグロウは思わず一度、口を強く結んだ。

 イルファネを取るか、ハユーリを取るかの選択を迫られたのだ。

「イルファネはあんたの部下だろう?」

『だからこそ、命令違反者は罰しなければならないんだよ』

「一度、貴女のところを離れたのは?」

『あれは功績があった。だから、目をつぶっただけさ。それに、君はウチの艦隊を持って行ってしまった』

「つまりは?」

『引き返すなら、今だ。イルファネの首とともにね』

 通信が切られる。

 ホーゥグロウは迷った。

 後ろに立っていたリンドルが一言だけ、口にした。

「・・・・・・呑み込まれたいか?」

 ホーゥグロウは、はっとした。

 同時にイルファネの艦と都市を映していたディスプレイに変化が起こった。

 海上都市から噴き上がる煙から、様々な怨嗟の声が直接脳に響いてきた。

 それこそ波のようで、もしこれがハユーリ達やゴルゴダ会から発せられるのならば、第三回目の大洪水と言っても良いと、ホーゥグロウは想像できた。

 自分はすでに死んでいる。不老化処置が遅すぎたのか、ゴーストとして、存在している。

 だからといって、あのような波として、今の都市や街を呑み込み、支配する気にはならなかった。

 海上の全てが灰になると、イルファネから通信がきた。

『悪かったわね・・・・・・』

 彼女はわざと不機嫌な態度を作っているようだった。

「理由だけ聞かせてもらおうか?」

 ホーゥグロウは提督や艦長にありがちな余裕ぶった鷹揚な態度を示した。

 このやりとりは、他の艦長や乗組員が見ているのだ。

『・・・・・・あたしの、仇の街だったのよ』

「そうか、わかった。では、イルファネ小佐」

 頷いたホーゥグロウは、すぐに鋭い目に変わり、声質も命令口調になってつづけた。

「我々は、ハユーリ将軍からスフィルを叩くべく出撃を命令された。任務が終わったならば少佐の艦も従うがよい」

 イルファネは、一瞬意外な表情を作ったが、すぐに、真顔になって敬礼した。




 フールーエラーはロルライカから浮遊ディスプレイから通信を受けた。

『一個艦隊を預ける。軍司令官からの依頼だ。わかってるな?」

「ああ、了解」

 短く答えるフールーエラーの表情は上機嫌だった。    

 ホテルのスイート・ルームから軍港にクルーザーを自動航行で走らせている途中、フールーエラーはブツブツと一人ごとを呟いていた。

「うわー、にぃやん、キモっ!」

 ミリシィリアはアイスバーを口にしながら、蔑むような目をフールーエラーに送る。

「何とでも言えば良いさ」

「うわっ、さらにキモ度が倍! キモ言われて喜んでるよ、この人!」

「誰もよろこんでないよ!」

「褒め言葉だよ、キモいにぃやん」

「・・・・・・褒め言葉か、それならいいが」

「うわ、真に受けたよ! しかも喜んでるし。ドMだわ、にぃやん。本物だ・・・・・・引くわー」

「おいコラ、どういう意味だよ!」

 ミリシィリアはケラケラと笑った。

 軍港につき、早速旗艦に乗り込む。

 艦隊の艤装は緊急時のために一個艦隊が交代で、約一週間ずつ完全に整えられている。

 フールーエラーは、そのうちの一個艦隊六隻を率いて、出港した。

 いつものように、プランをいくつか用意して、艦長たちとのブリーフィングをみっちりと、航行中に行う。

 その中に、機嫌の悪さを隠しもしない、ランティーヒルの姿もあった。

「クソが・・・・・・つけ込まれるようなことしやがって・・・・・・」

 小さいつぶやきはやっとフールーエラーのところまでかすかに届いた。

 暴風雨に近い、ハユーリ支配域を超えたイルファネ艦とホーゥグロウの艦隊は、縦に単縦陣を取ったまま、機関を停止させていた。

 フールーエラーは、同じく単縦陣を敷く事を命令する。

 提督室に戻り、シートに全身をもられ掛ける。

 足下で、ミリシィリアが座りながら、何かをしていた。

「にぃやん、一日ちょうだい」

「ん? なんだ?」

「必要なんだよ。相手がゴーストだとしたら、そのための対抗処置をしなきゃならないでしょうに」

「やってくれるのか。ただ、一日は長いかもしれんないなぁ」

「わかったよ。半日、いや、その半分にしとく」

「航行しながらならいいぞ」

「・・・・・・無理難題をふっかけるなぁ、にぃやん。まぁいいか。その分苦労するのは、水兵達だし」

 言って、ミリシィリアは提督室から出て行った。

 浮遊ディスプレイは衛星からの鳥瞰図映像を映し出していた。

 旗はハユーリではなく、ホーゥグロウ野茂のだ。

 その一隻が、小さな水上都市にまっすぐ向かっているのがわかる。

 本体は少し離れて同じ方向に進んでいた。

 接敵まで一日半だ。

 それほど深く、ホーゥグロウは侵入しているのだ。

 緊急事態といっていい。

 航行しながら、水兵達が艦の周りにわらわらとひっつき、作業をしている。

 甲板でも同じだった。

 一体何事かと、この一大事でまた気分が滅入ってきたフールーエラーは、艦内を映しているディスプレイを拡大してみた。

 それは、呪符だった。

 六隻の艦は、まるで紙でできたかのように、所狭しと呪符が張られ、黄色と赤のまだら模様に見えた。

 理由のわかっているフールーエラーは、思わず笑ってしまったが、サイロイドの乗務員達のほとんどが、訳のわからない作業をさせられ、不平不満だった。

 しかも美しい艦の外観が台無しだ。

「あんなみっともない艦にできるか!」

 二人の艦長が部下にやめさせ、二隻が本来の姿のままだった。 

 フールーエラーはことさら責めること無く、乗員達に三交代で休憩するように命じた。




『戦頭艦の射程圏内に入るまで、あと十分!』

 提督室に報告が入る。

「じゃぁ、いくかぁ」

 後ろのミリシィリアはうなづく。

 ホーゥグロウの艦隊は、五隻が単縦陣を作り、三隻目の左翼に一隻だけ横にならんでいた。

 フールーエラーは呪符の張られていない二隻を最後尾においた単縦陣で、このままで行けば、平行戦の形をとることになる。

 凪の水面を、蒸気の鉄甲戦艦がファンネルから黒煙をなびかせて、お互い戦闘速度で近づいてゆく。

 沈黙しつつ、二隻目まで互いにすれ違う寸前だった。

「撃て!」

 両提督が同時に命じる。

 轟音が鳴り、腹部に並べられた砲が射撃を開始して爆音が轟いた。

 両艦の間に黒煙が舞い、一気に砲手から視界を奪う。だが、関係なかった。

 撃てば当たる距離で、反行しているのだ。

 ただ不思議な事に、フールーエラーの艦隊は、敵砲弾の損害がほとんど無かった。

 外側に位置することになったホーゥグロウの左翼艦は、スピードを上げて、先頭を追い越そうとする。イルファネの艦である。

 両艦隊は、準備を終えた突撃艇の発射を伺う。

 乗り込んだ方が有利だが、ヘタに白兵戦部隊を突入させたあとに、同じく突撃艇を喰らった場合、艦上の兵力が足りずに、互いに自滅という羽目になりかねない。

 だが、この時ホーゥグロウが先に決断した。

「突撃艇全艇、射出!」

 発射官から、鋭い衝角をもった細長い単座式の小型艦艇が、水面に落ち、すさまじい馬力で、フールーエラー艦隊の艦腹に突き刺さる。

 ただ、多くの突撃艇は、一瞬輝いたかと思うと、吹き飛んで行ったが。

 ここに来て各艦長は、全てミリシィリアの呪符のおかげとわかった。 

 だとすると、相手をしているのは、人間ではない。もちろん、サイロイドでも。

 呪符の防御を突破してきた者たちが、フールーエラー艦隊の海上要塞といっていい鉄甲艦に乗り込んでくる。

 最も乗り込まれたのは、後尾の呪符を張っていない二隻だった。

「おのれ、化け物どもめ!」

 次の瞬間、黒雲が二艦の頭上に発生したかと思うと、連続した落雷が起こった。

 何回もの稲妻に、艦の伝達系がまず壊れ、次には機関が爆発した。

 呪符を貼り付けた艦列の最後尾に位置していた座乗艦で、船尾楼にある椅子に座ったフールーエラーは、黙ってその様子を見ていただけだった。

 多分、ホーゥグロウ自らか、それに準じる者の能力だろう。

 こちらは呪符の力で、たとえ雷を落とされても、無傷でいられるはずである、

 フールーエラーの艦隊に乗り込み部隊が、侵入している。

 だが、あらかじめミリシィリアが教えておいた、退魔の自己の血を武器に塗ったり、爆薬を使う方法で、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 フールーエラーの座乗艦にも、多数の切り込み隊が呪符を爆破しながら、乗り込んでくる。

 古銅銭剣を握ったミリシィリアが船尾楼から降りて、一の丸に入る。

 L字の虎口から、二の丸を眼下にて、第三甲板まである溝と、鉄菱がいくつも貼り付けられている雑嚢で壁の作られた空間だ。

 ちょうど縄ばしごしか通路のない船尾老から簡単に狙撃できる位置にある。それは、二の丸の側面に対しても同じだった。 

 二の丸では、足下を炎に焼かれながら、ホーゥグロウ指揮下の元人間の切り込み隊がが、フールーエラーの白兵戦部隊と乱戦となった戦いを繰り広げていた。

 さすがに、銃撃は無理になり、二の丸は無力化されたと行って良い。  

 やがて二の丸は、ホーゥグロウ艦隊の切り込み隊が制圧した。

 炎に巻かれたままの者、身体の一部を欠損したものなど、まるで地獄から来た化け物のような集団が、一の丸に殺到する。

 中隊長が、後込めライフルの一斉に射撃を命じる。

 だが、通常弾では彼等にダメージを与える事ができず、大量のはしごが掛けられて、一の丸に次々と突入される。

 ミリシィリアは最後の銃弾が撃たれ終わり、煙が立ちこめたと同時に眼前に飛び出してきた相手に、古銅銭剣を振う。

 カトラスで受けられたが、火花が散ってその刃を折った。

 そのままに胴に入るところを握りを一瞬で変えて、突きにして刺し貫く。

 血を塗った銅銭を結って剣の形をさせただけのものだが、不思議と強化繊維の服の上からも、剣以上に鋭く斬れた。

 相手がすでに人間ではない証拠だ。

 ミリシィリアが二人目を切り倒して、ハシゴを外すように、一の丸の人間に命令すると、 渡ってくる途中の切り込み隊が次々と、第三甲板まで落ちてゆく。

 突然に悲鳴が上がった。

 一の丸に詰めていたサイロイドの兵士達の皮膚が、細かく泡立ち出して膿と血を同時に流し出す。

 ミリシィリアは舌打ちした。ウィルスによる疫病だ。

 二の丸から凄まじい瘴気が流れ込んできた。

 彼の立つところ、周りの呪符は自然と剥がれて灰になり、道を作っていた。

 ゆっくりと、一の丸に少女が現れる。

 瞳を紅く輝かせたイルファネだった。

 強化繊維でできた空色のドレス姿で、風が出てきた

「ゴースト・・・・・・」

 ミリシィリアの周りに居た白兵戦員達は呪符を身体に張っていると言うのに次々と、皮膚に泡を立たせながら、肉体が溶け出して、そのまま床に倒れてゆく。

 ミリシィリアは袖の広い長衣そのものが呪符代わりになってるため、数倍の防御力をもち、ゴーストの影響から逃れる事ができていた。

 イルファネは獰猛ともとれる笑みを浮かべる。

 黒雲に覆われた天が轟き、雷撃が同時に四回、ミリシィリアを襲う。

 古銅銭剣を一振りするだけで、ミリシィリアはそれを無力化する。

 イルファネの笑みが消えた。

「なんだ、貴様・・・・・・」

「ただの祈祷師だよ」

 ミリシィリアは古銅銭剣を構えて、イルファネへの間合いまで駆け出す。

 イルファネは腰からカトラスを抜き、彼女の古銅銭剣の一撃を払いのける。

 次の瞬間には、頭部側面を狙った左からの蹴りがきた。

 身体を反らすと、イルファネはカトラスを下からすくい上げるよに足の付け根を狙う。

 ミリシィリアの膝がかくりと折おれると、イルファネがカトラスを握っていた手の首を踏みつけた。

 そこを支点にして、跳び上がったミリィシアは冗談から剣を叩き付ける。

 イルファネは彼女に体当たりして吹き飛ばして、斬撃から逃れた。

 その隙に、雷撃が数回、艦に落ちる。

 吹き飛ばされたミリシィリアは、身軽に、手をつきながらも、後方に着地する。

 周りを見て、彼女はわざとらしい舌打ちをする。

 一の丸を守っていた呪符がほとんど焼枯れてしまったのだ。

 さらには、足下で激しい音が鳴り響き、艦が揺れた。至る所の隙間から黒煙が吹き出す。

 機関が破壊されたらしい。  

 チラリと、船尾楼フールーエラー視線をやると、余裕ぶって参謀士官らと冗談でも言い合っているかのように笑っている。

 提督も艦長も、どんな状況でも乗務員に余裕を見せるのが艦隊戦のセオリーだ。

 問題は無い。

 ミリシィリアは、呪符が残っている床の上を走って、再びイルファネに接近した。

 しゃがんで突きを繰り出したところを、勢いよくカトラスで払われる。

 だが、そのまましゃがんで、イルファネの足を蹴り、彼女のバランスを崩させた。

 倒れたところを馬乗りになり、胸に剣をむ突き立てた。

 イルファネの口から血ではなく、水泡が大量に漏れ出した。

 手足を激しくばたつかせる。

「苦しい、苦しい! 息が息がぁ・・・・・・」

 喉をゴボゴボ言わせて、イルファネは見開いた目で虚空を見つめた。」

 突然、ミリシィリアは後ろから抱きかかえられ、一気に投げ捨てられた。

 そこに居たのは、長めの髪を後ろで縛った、水色と赤の軍服で、コートを肩だけに羽織った長身で細身の男だった。

 紅い瞳を輝かせ、瘴気を放っている。

 彼は身体を炎に包まれながら、イルファネを抱きかかえた。

 ミリシィリアはなんとか片手を床に付かせ、しゃがんだ格好で着地した。 

「ホーゥグロウ!?」 

 彼の姿は、船尾楼に座っているフールーエラーにも見えた。

「ホーゥグロウを倒した者には、金塊三つだ!!」

 フールーエラーは上甲板中のサイロイドを激励した。

 だが彼の心情は複雑だった。

 ギフスを代表するベラルミルコの弟子の中でも一二を争う秀才であった。だというに、今、そのベラルミルコが存在を悪とするゴーストとして、姿を現したのだ。

 驚異よりも、哀れみを覚える。

 ホーゥグロウから離れたところに、少年の姿も現れた。リンドルだ。

 少年は、素早くまだ取り外されていないハシゴを駆け上がると、一の丸に侵入した。

 数名があらゆる方向からカトラスで襲いかかるが、一回転するかのような動作で、抜いた刀を振り、一刀の元に、全員を斬り倒した。

 ミリシィリアは、無言で返り血を浴びた無表情の顔を向けてきた少年に、気圧された。

「・・・・・・あんた良く自分の主人がゴーストになっても平気ね! ベラルミルコも泣いているんじゃないの!?」

 周りの喧噪の中、一人静かにたたずんで、リンドルは、口元を手で拭った。

「わかっている。ただでホーゥグロウを渡す気にならなかっただけだ・・・・・・」

 リンドルは鋭く言って、前屈みで瘴気を吐き出しつつ、一の丸に歩いてくるホーゥグロウに視線をやった。

「わかっている?」

 ミリシィリアは、彼が何のことを言っているのかわからなかった。

 船尾楼からの一斉射撃は、彼の身体に衝撃を与えただけで、傷を付けることは無い。

「・・・・・・フールーエラー! 私はここまでだ。たのみがある!」

 少年の提督は、無言で彼を見つめた。

「どうか、この子を救ってほしい」

 ホーゥグロウは言うと、リンドルに向かって一つ頷いた。

 少年は、珍しく一瞬ためらったが、すぐに普段通りの平静な態度に戻った。

 そして、腰の鞘にいったんいつも使っている妖刀を収め、柄を握りしめる。

 次の瞬間、一歩踏み出したリンドルは、腰を回転させて刀を抜き、後ろからホーゥグロウの首をはねた。

 ホーゥグロウの身体はゆっくりとイルファネを甲板上に寝かせると、煙のようになって霧散していった。

「俺も降伏する」

 リンドルはいって、妖刀を放り投げ、無防備な格好をさらした。

 ホーゥグロウが消滅したのが感覚でわかった彼の部下達は、それぞれ、動く三隻の艦に集まり、よたよたとした心ともない進み方で逃亡しようとした。

 だが、フールーエラーは追撃を命じ、容赦の、ミリシィリアの札で強化された砲の容赦ない射撃で、一時間とせずに撃沈された。


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