総督執務室の机でリューリシィはポテトチップスを食べながら、浮遊ディスプレイで戦況を見ていた。
二艦が降伏旗を掲げた瞬間、彼女はポテトチップスの袋を放り投げ、椅子に両手を挙げてもたれかかった。
「あーあ」
嘆息する彼女は、もう嫌だという感情をそのまま顔に出した。
そのとき、ドアがノックされて、ロルライカが現れる。
「参った事になったな」
彼は言うほど危機感を持っていない口調だ。
「もう戦力はフールーエラーに渡した分しかないぞ。終わったなぁ、スフィル」
リューリシィは自嘲した。
「まぁ、別に悲観する必要もないかもしれんぞ」
ロルライカは机に散らばったポテトチップスの一枚を拾って口に放り込んだ。
「どー言う意味でだ?」
他人事のように、全てを放り投げた様子のリューリシィも、シャツの上のお菓子の破片を摘まんで、食べた。
「ゴルゴダ会だが、スフィルの保護を決定した」
「ほぅ。どういう経緯があって?」
リューリシィはやけっぱちになっているので、驚きもしない。
「条件は、ここに彼らの本拠地を造ることだ」「本拠地? そんなもの持たないのがゴルゴダ会だろう?」
「連中も事情が変わったらしい」
「意図がわからない以上、幾らスフィル存亡だろうが、易々と承諾するわけにはいかないなぁ」
ロルライカのリューリシィを見る目が鋭くなった。
この後に及んで、この少女はなにを守りたいのか。
彼には理解不能だった。故に軽く怒りもわいてくる。
だが、感情を表に出さずに、ソファにどかりと、腰を下ろす。
「あいつらは、本拠がほしいんだよ。それもできるだけ、中立の。『二年間の平和』を実現させたスフィルは、そのめがねにかかったって訳だ」
「で、ゴルゴダ会はなにをしたいんだ?」
リューリシィは冷静だった。
通常なら、藁にもすがる思いでロルライカの言葉に乗っているだろう。
しかし、リューシリィは違う。
そこがロルライカの癪に障るところであり、興味を引くところでもあった。
「それがわかりゃ、苦労しねぇよ」
ロルライカは吐き捨てるように答えた。
リューリシィは椅子にもたれて、服を払のに集中している様子を見せた。
しばらくそうやってから、息を吐いた。
「嘘つけよ。大体ベラルミルコ派が、ウチにちょっかい掛けた時点でおかしいんだよ。『二年間の平和』締結の時、あいつは本気で国内を手中に納める気でいたはずだ。それが、まだ達成されていないというのに、自ら破るような事をするか? 急に仕事が増え出したのは何故だ、おまえだがな、ロルライカよ」
もっともな疑問を呈され、ロルライカ思わず舌打ちしていた。
「最近、うるさいのが俺の周りをうろちょろしてると思ったら、あんたか」
リューリシィは無言で、ロルライカへの質問の答えを待つように、机に頬肘をついて偽悪的な笑みを浮かべつつ彼を見つめた。
ついでだと言わんばかりに、彼女は口を開く。
「ゴルゴダ会とベッタリなんだってなぁ、おまえ。そんなに連中が気に入ったのか。エリートの仲間入りといったところか、ドブ河生まれの人間がねぇ」
「・・・・・・うるせぇよ」
ロルライカは静かに殺気を込めた言葉を吐いた。
リューリシィはわざと彼のコンプレックスに触れたのだ。
ドブ河生まれの人間とは、人間の中でも卑賤と言っていいの出身を意味する。
彼らはサイロイドよりも社会的に見下されて、当然、まともな職にも就けないような未来が約束されているのだ。
最も喜ぶのはサイロイドで、人間狩りと称し、しばしば彼らの鬱憤のはけ口になっていた。
その時だった。
浮遊ディスプレイに映っていた、アスカフーロ艦隊が、急にバラバラな方向に進み出した。
リューシリィもロルライカも、何事かと無言で映像に見入る。
もはや艦隊の姿をていしていない鉄甲戦艦達は二隻を残して、それぞれ来た道を戻りだしていた。
ホーゥグロウは提督室で、苦虫を嚙んだような表情をしていた。
圧倒的勝利を収めた彼は、このままスフィルの首都に向かおうとしたのだが、ベラルミルコ派の艦長たちが急に命令を無視し、回頭を始めたのだ。
唯一、連絡が取れたのはイルファネだけで、あとは通信に出もしなかった。
『ちょっと、どういうこと!?』
イルファネも困惑して不機嫌丸出しだ。
「君が聞いてくれ、俺は通信すら繋がらない」 同じく怒りを押さえているホーゥグロウは、命令にしては雑さを隠していなかった。 イルファネは鼻を鳴らし、しばらく通信士とやりとりをして、再びホーゥグロウにディスプレイ上で向き直ると、ため息を吐きだした。
『あんたねぇ、司令官なら部下の統率ぐらいちゃんとしなさいよ!』
「どういうことだよ」
『あんた艦長たちはあんたと同列気分で、これ以上あんたに功績をやる必要も義理もないとか言ってるわよ!』
ホーゥグロウは舌打ちした。
まさか、連中に足下をすくわれるとは思ってもみなかった。
「通信士、ベラルミルコ師に連絡を取れ」
「・・・・・・繋がりません、閣下」
ホーゥグロウは絶望した。
貴方もですか、師よ・・・・・・。
『・・・・・・で、どうするの?』
イルファネの声に、ホーゥグロウは現実に引き戻された。
頭はすぐに回転し、解答がでる。
「こうなれば、我々はハユーリ艦隊に合流し、そちらからスフィルを攻める」
『了解したわ・・・・・・先導するから付いてきて』 イルファネは言うと通信を切った。
衛星からの映像を見ていたフールーエラーは、多少の元気を取り戻した。
「ホーゥグロウも難儀なことだ」
彼は急な艦隊崩壊に、なにが起こったか、見ているだけで正確に把握した。
だが、沈んでいる気分は隠せない。
走狗煮られないために手は打っていたが、何故、自分がそこまでしなければならないのか、よくわからないのだ。
「にぃやん、アイスあるよ?」
提督室で、ミリシィリアが棒についたアイスバーを小さく嚙んで食べていた。
「いらないよ」
「アイスっていっても流氷だけど」
「いや、冗談だろう? 買ったとか」
ミリシィリアは含み笑いをして、浮遊ディスプレイを一つ開く。
そこには、補給艦が二隻ロープで曳航している巨大な氷の山があった。
ホーミーエラーは一瞬、絶句した。
「・・・・・・おい、おまえ!? ふざけるなよ、なんだこれは!?」
「だから、アイス」
「買ったって、マジなのか!? まさかこんな物、本当に買ったのか!?」
「大丈夫、経費で落ちたから」
こともなげに言うミリシィリアに、ホーミーエラーはため息をついた。
よく見ると氷には、幾枚もの黄色い紙に赤い文字で書かれたお札が貼られている。
「・・・・・・なんか、禍々しいな」
「綺麗でしょ、にいやん。かき氷にして食べる?」
「聞けよ・・・・・・」
ミリシィリアは偽悪的な笑みを浮かべる。
「沈んだ旧帝国の墓場の上に多い数去ってた奴だけどね」
「喰うか! 誰が喰うか! よりにもよってなんだその無駄な付加価値は!?」
「アイス食べないなら、別にいい」
急にツンとして、ミリシィリアはアイスバーを口に咥える。
しかし、こんな物どうするつもりなのか。 フールーエラーはそこまで突っ込んで考えなかった。
とにかく、彼女のおかげで、少しは気が紛れた。
これで不器用な面もあるフールーエラーは、黙っただけで、彼女に感謝の言葉を出す事は無かった。
ミリシィリアは全てわかっているとでも言いたいのか、アイスバーが美味いのか、満面の笑みを浮かべて一人、何度か頷いていた。
トロップスの街に近づくにつれ、海はだんだんと荒れてきた。
なんとか踊る水面を割るように進んでいるフールーエラーの艦隊だった。
いつもの通り、彼はプランをいくつか用意して、状況によって使い分けるつもりだった。
そのために毎度のことならが、艦長たちと何度も入念なブリーフィングを重ねてきていた。
突然に激しい雨が降り注ぎ、視界が狭くなる。
同時に、提督室で開いていた浮遊ディスプレイに異変が起こった。
急に雲も突き抜ける衛星からの映像が入らなくなったのだ。
フールーエラーは技術士官に即刻修理を命じたが、いつまで経っても復旧の報告がなく、催促しても目処が立たないという。
「・・・・・・まぁ、しゃーないか」
ホーミーエラーはしばらくすると、急にあっさりと諦めた。
天候不良も想定のウチに入っているのだ。
防水の帽子と長い裾のジャケットを用意させて、脇に置いておく。
「ミリシィリア、敵は近いぞ」
「はいな」
元気に頷いて、彼女は食べ終わったアイスバーの棒を床に放り投げる。
ホーミーエラーが預かった六隻の鉄甲戦艦は、単縦陣で進んでいた。
監視に力を入れるように言って、突撃艇での索敵も命令した。
『提督、敵艦隊を発見しました! 相対距離約二十分!』
「おやおや・・・・・・」
思った以上に至近での遭遇になった。
フールーエラーはそれでも驚かない。
「プランCで行く。全艦一級先頭用意」
防雨服を着て船尾楼に昇ると、ミリシィリアはインバネスコートを羽織りフードをかぶり、ハーフパンツに軍靴という格好で、あとに追いてきた。
雨は激しく、船体も波に大きく揺すられていた。
フールーエラーは濡れた提督用の席に座る その真横に、ミリシィリアが立つ。
望遠鏡でのぞくと、漆黒に塗られたハユーリの艦隊が見えた。
射程距離に入ると、同行戦を挑んでくるハーユリー艦隊に対し、回頭して真横で円陣を組ませた。
ハユーリの艦から最も近距離に位置するフールーエラー艦隊の鉄甲戦艦に、突撃艇と砲火が集中する。
ほぼハユーリの半分の艦から白兵要員や砲を食らった鉄甲戦艦だったが、手応えはなかった。
ハユーリ艦隊が攻撃すると同時に、反対舷から突撃艇に乗員がことごとく乗り去り、艦はものけの空だったのだ。
ホーミーエラーが見ていると、各艦長は作戦通りに、最外側にいる戦艦に遠慮の無い砲撃を集中する。
鉄甲戦艦は、あらゆるところから爆発を起こし真っ二つになって、ハユリーの白兵戦要員とともに、荒れる海の底に沈んでいった。
「よし、今だ」
停止しているハユーリ艦隊に、機関を暖めていたホーミーエラーの艦隊は、円陣から、そのまま相手の単縦陣の船尾にくねるように移動した。
各艦から突撃艇が、ハユーリ艦隊の最後尾艦に突入し、全艦の砲がそれを援護する。
ハユーリは提督室で、いちいち報告を聞いて、頷いているだけだった。
圧倒的人員を送ったので、船尾艦の制圧はたやすいとみられていた。
だが、漆黒のハユーリ艦隊に乗り込んだ白兵戦要員は、戸惑っていた。
相手はサイロイドのはずである。
だが、彼らは銃弾の一二発喰らおうが、首をカトラスではねてれようが、かまわずに向かってくるのだ。
ホーミーエラーの白兵戦隊は戸惑った。
報告も、提督であるホーミーエラーのところに行った。
まるで悲鳴だった。
『提督、相手は死なない!死なないんです、なにをしても!!』
彼は困惑して、ミリシィリアに顔を向けた。「どういうことだろう?」
「決まってる、相手はゴーストだってこと」「どうすれば良い?」
ミリシィリアは、ニコリとした。
「持ってきた流氷、ハユーリ艦隊の人員の形代として術を施しておいたから、あれを砲撃して、破壊しまくって」
ホーミーエラーは疑問も持たすに頷き、全艦に命令を与えた。
途端に離れた補給艦が引っぱっていた流氷に砲撃が集中する。
爆発は、炎と一緒に真っ赤な鮮血も吹き上げさせた。
ホーミーエラーの指揮下の者達は血を流す流氷に驚いたが不気味さに、一層激しく攻撃した。
後尾の艦で、急に倒れるハユーリ艦隊の白兵戦隊が続出した。
ホーミーエラーの兵士達は戸惑ったが、一応、止めを差し、艦の乗っ取りに成功した。
だが、その時である。
後尾の艦が突然に大爆発を起こした。
今度、白兵戦隊を奪われたのは、ホーミーエラーのほうだった。
彼は提督の椅子に座り、表情も変えない。
提督のホーミーエラーが慌てれば、部下達も戸惑って戦意が下って艦隊戦どころではなくなる。
やっと機関を発動させて動き出したハユーリ艦隊は、そのまま、まっすぐに激しい雨の中に消えていった。
ホーミーエラーはしばらく同海域を回遊してから、スフィル本国に戻ることにした。
ハユーリ艦隊を撃退した。
その報はスフィル中を駆け巡り、指揮を執っていた勝利の提督、ホーミーエラーは前回の「アスカフート海戦の勝利者」の記憶が新しいままに、「対ハユーリ戦の英雄」となった。
盛大に軍港に迎えが来ていたが、ホーミーエラーの姿はいつまで経っても群衆の前に現れなかった。
彼はミリシィリアを連れて、先に水上バイクで艦隊から抜け出し、民間の港からスフィルに入っていたのだ。
そして、そのままホーエンの用意したホテルに潜伏した。
一応、相手を撃退し勝利という名で国内を喜びに沸き立たせたが、もちろん、別の予想していた事態も起こっていた。
ホーエンの部下から、ホーミーエラーの事務所が何者かに放火されて、焼失したと知らせがあった。
彼は別段、驚きもせずに聞いていた。
フールーエラーはどこの誰がやったのか想像もつかないし、まだ犯人は捕まっていない。
警察はやる気が無く、事件の解明は難しいだろうと、ホーエン・ファミリーの一人が報告してきた。
「笑えるもんだなぁ。上手く仕事をやるほどに、一般世間から、公的世界まで文字通り生き辛くなるって」
自嘲するフールーエラーはTシャツにハーフパンツ姿で、あてがわれたスイート・ルームのソファで、シャンパンを三分の一ほど一気にラッパ飲みした。
「ジャグジーの泡風呂楽しかったよ、にぃやん!」
その様子を眺めつつ、パジャマ姿のミリシィリアは、声を上げた。
「あー、でも飲んじゃったからお風呂はだめだねぇ」
上気させた顔で、別なもので紅くなったフールーエラーの顔を見る。
「あー、いいんじゃん。シャンペンも風呂に入れてしまおうか」
名案だとでも言いたげに、意外としっかりした足取りで、フールーエラーはバスルームに向かう。
「だーめ、にぃやん。どっちかにしなさい!」
ミリシィリアは鋭い声で、止めるとフールーエラーの肩を押して四人用のソファに倒し込んだ。
「・・・・・・なんだよ、酷いなぁ。まぁ、良いか。ところでミリシィリア、聞きたいことがある」
「なんだい?」
彼女は向かいの椅子に腰を下ろし、脇に置かれた小さなテーブルの上のマスカットから粒を取り口に入れた。
「ハユーリだが、あの依り代に攻撃したのって、やっぱりアレか? ハユーリ艦隊の連中は人間じゃないのか?」
「んー、ちょっと想像してたんだけど、そうだねぇ」
「想像って何故?」
「だって。戦争が始まって七年、スフィア領に侵入して五年、その間、ろくに反乱も起こされず変化もなく存在し続けるなんて、尋常じゃないからさぁ」
「まぁ、確かにそうだな」
それが一般的な見方かもしれなかった。
だが、フールーエラーなどの軍事畑の者は、見ていて、単純に卓越した統率と指揮能力と分析しがちだった。
「あれは確実にゴーストだよ。怨霊だよ」
「なるほどねぇ。わかった」
ミリシィリアですら不安になるほど、簡潔に納得した。
「あの、にぃやん?」
シャンペンを左手に握り、ソファに寝転がっているフールーエラーは、逆にどうしたのかといった顔を向けてきた。
「いや、にぃやん、そうじゃなくさ。なんか、どーしよー!? とか、ないの?」
「ゴーストの艦隊が相手なら相手で、手段がないわけじゃない。しかもこっちには、おまえがいるからな、ミリシィリア」
「うん、まぁ、任せなさい!」
半分、納得いかない様子だったが、他よたれたようで、ミリシィリアは喜び勇んで返事をした。
その時、フールーエラーの携帯通信機がなった。
着信はホーライからだった。
「もしもし?」
『ああ、フールーエラーか』
重く低いが、どこか焦っているような口調の声が返ってきた。
次の瞬間には巨大なドアが派手に開けられた。
「お二人とも、我々がお守りするので、すぐに逃げてください!!」
屈強な体つきでスーツ姿をした四人の男達が慌てて部屋に入ってきた。
『部下を送ったから、その指示に従ってくれ』
ホーライはそれだけ言って通話を切った。
フールーエラーとミリシィリアは、訳がわからないが、とりあえず、言われるがままに足下をスリッパのまま、スイート・ルームを彼らに前後挟まれて出た。
「どうしたんだよ?」
フールーエラーは、非常口から蛍光灯で照らされている階段で駆けるように降りていかされつつも、訊いた。
「侵入者です。それもただ者じゃありません」 漠然とした返事に、フールーエラーは眉をしかめて憮然としつつも従う。
ただ、なにも情報をくれないのが不満だった。
最上階のスイート・ルーム近くから、一本、まっすぐに地上まで、永遠と続く階段だ。
なんとなく自分が間抜けに思え、フールーエラーは、ヘラヘラと笑う。
護衛の者たちは、それを酒のせいだと思い、無視する。
十階ほどの踊り場まで降りた頃、すぐ下で、派手な悲鳴が聞こえた。
護衛らの足が止まる。
二階分の下、踊り場に灰色で袖の広い上下を着た鋭い眼光をした少年が鉈を持って立ち、彼らを見えていた。
足下には拳銃を持ったスーツの男が二人、血だまりを作って倒れている。
各階の要所に配置していた護衛だった。
「にぃやん、あいつはやばい・・・・・・」
少年は急ぐでももったいぶるでもなしに、普通に階段を昇ってくる。
「くそっ!」
護衛の一人が手にした拳銃のトリガーを連続で引いた。
少年は鉈を軽く二回振る。
それだけで全ての弾丸がはじき返された。「何者だよ・・・・・・」
場違いなまでに冷静に、フールーエラーは呆れた。
「俺はランティーヒル。ハユーリの部下だ」
少年は自ら名乗った。
「ハユーリのだと?」
どこに紛れて侵入してきたのか。
「死んでもらうぜ、二人ともよぉ」
ランティーヒルは嗜虐的な笑みを浮かべて見上げてくる。
他の護衛達も拳銃を抜いて、彼に弾丸を撃ち込む。
銃声が連続して響くが、全て同時に振られた鉈の前に、一発の弾も当たらず、ランティーヒルが近づいてくる。
護衛らが焦って銃を撃つ中、ミリシィリアは両手の指先を嚙んで、鮮血を塗った。足と頭にも、触れてこすり付ける。
「邪魔だよ、みんな!」
ミリシィアは階段から一つしたの踊り場に飛び降りた。
ちょうどランティーヒルが昇ってきたところだ。
ミリシィアは、正面から顔に向けて回し蹴りを相手に打ち込む。
だが、ランティーヒルは上身を反らしてよける。
ミリシィリアは、回転を止めずに反対の足で、また蹴りを出す。
鉈が上段から振り下ろされてきたので、慌てて、膝を折って一撃を避ける。
身体を伸ばして、ランティーヒルの鉈を持つ右手に左手を添えると、そこを支点に、顔面に正拳突きを叩き込む。
ランティーヒルは左腕で受けたが、瞬間、腕に炎が上がって服が焦げ穴が空くと、肉が焼ける臭いがした。
「何だ嬢ちゃん、祈祷師か。ひでぇな、あまり虐めないでくれ、これでもか弱いんだぜ、俺は」
ヘラヘラと笑いながら、鉈を横薙ぎにする。
膝を上げて相手の手首のところで残撃を布防ぐ。
その手を握ると再び炎が上がり、ミリシィリアは再び固定した相手の顔面に拳を叩きつけようとする。
ランティーヒルは首をかしげて、よける。
鉈の先で、ミリシィリアは腹を突かれて、呻き声をあげて、数歩うしろにさがった。
ランティーヒルは、上から彼女の頭をたたき割ろうと、渾身の力で鉈を振った。
ミリシィリアは転がって、避けた。鉈は彼女のいた床にめり込んだ。
間髪を入れずに、ランティーヒルに横から頭を刈るような回し蹴りが再び遅う。
彼は顔面にもろに喰らい、炎に巻かれた。
忌々しげな舌打ちがした。
「邪魔くせぇガキだなぁ」
頭部を燃やしながら、ランティーヒルは言うと、素早く階段を駆け下りて行った。
「おい、大丈夫か、ミリシィリア!?」
フールーエラーが珍しく心配げな声を掛ける。
振り返ったミリシィリアは、手を上げてピースサインを掲げ、満面の笑みをみせた。
「あたし強い! 最強だ!」
「良いから昇ってこい」
護衛達はランティーヒルを追って行ってしまった。
ミリシィリアは鼻息荒く、フールーエラーのところまで来た。
「さて、とりあえず部屋に戻るか。あとで別な場所を手配してくれるだろう」
フールーエラーは、いつもの若干やる気の見受けられない様子になりつつ、訊く。
「おまえの術で撃退できたってことは、あいつは・・・・・・」
「ゴーストだねぇ」
フールーエラーは少し考えたようだった。
スイート・ルーム前に来ると、別の護衛が扉の表にところに五人も立っていた。
挨拶もせずに、二人は中に入った。
ホーゥグロウとイルファネは、トロップスの街に着いていた。彼らの後ろには、無言でリンドルがついてきていた。
ハユーリが、フールーエラー相手に撤退してきていると知ったホーゥグロウは、驚きを隠せなかった。
「あいつ、どこまで・・・・・・」
ホーゥグロウに感嘆と憎悪の感情が同時にわき上がる。
トロップスの街は、一見、サイロイドで賑わった極一般的な様子に見える。
天気は良く晴れて、ささやかに吹く潮風が
心地よい。
だが、ホーゥグロウはどこか正体不明の不気味さを感じていた。
イルファネを見ると、彼女はあっという間に街の雰囲気に馴染んで溶け込んでいる。 ホーゥグロウは、クルーザーでハユーリのいる接収した教会を宿舎にした建物まで水面を走った。
門には陸戦兵が歩哨として二人立っており、ホーゥグロウ達を敬礼で迎えた。
扉を開けると大聖堂が水兵達であふれかえり、一応備え付けられた受付カウンターに士官候補生らしき少年が四人ほど詰めていた。
ホーゥグロウは名を名乗り、ハユーリとの会見を申し込んだ。
すぐに内線で連絡が入れられる。
二三の受け答えだけで、少年は案内すると、カウンターから出てきた。
イルファネと同年代の少年は、きびきびと歩いてゆき、執務室に使っている奥の部屋に通された。
ポニーテールの先をバッサリ切てそろえているハユーリの格好白いブラウスに濃紺のプリーツスカートで、机についたまま笑顔で三人を迎えた。
「こんなところまでわざわざ。どうしたの?」
すでにソファのテーブルには、珈琲にビール、コークとウィスキーのロックが自由に選べるように置かれている。
彼は座るように言った。
「お久しぶりです、提督。いやぁ、知ってのことと思いますが、アスカフートの艦隊から見放されましてねぇ」
ホーゥグロウが苦笑しながら説明した。
遠慮無く、ウィスキーのグラスをとって、一気に半分ほど喉に流し込んだ。
「お疲れだったねぇ。まぁ、ゆっくりとしていってよ」
ハユーリは労りの言葉と同情する表情を見せて聞いていた。
「それで、我々三人は提督の指揮下でスフィルと戦おうと思いまして」
ハユーリは頷いたが、口にしたのは別のことだ。
「事情はわかったけど。まだ理解できないところがあるね、ホーゥグロウ大佐」
彼自身は香り高い紅茶を飲んでいる。
「何でしょうか?」
「大佐がそこまでスフィルに敵対心を持つことに関してだよ」
ホーゥグロウは彼女の柔らかな声を聞いて、ふと、気づいた。
何故だ?
まるで今まで当たり前のようにスフィルを滅ぼそうという考えでいた。
ベラルミルコに裏切られた以上、すでに彼の思想に同調する必要などないのだ。
頭ではわかっている。
だが、彼の感情部分はスフィルへの憎悪でいっぱいだった。
負けたから? 違う。そんな名誉心からではない。
では一体・・・・・・。
沈黙したホーゥグロウに、ハユーリは微笑みを浮かべた。
「冗談だよ、冗談。そんなに深く考えないでいいよ。君の要望は叶えよう。是非、我が旗下で存分に能力を発揮してほしいな。私も助かるし」
「良かったね、ホーゥグロウ」
彼は釈然としなかったが、イルファネに言われて、我に返った。
「あ、ああ・・・・・・」
宿舎をあてがうのであとは自由にしていてくれと、ハユーリが言いったので、三人は退出した。
途中、リンドルは珍しく二人から別れて、一人で水上バイクを手に入れると、街の奥に進んでいった。
彼は大体どこら辺が街のどんな区域かは、雰囲気でわかる。
リンドルは直感に従ってうらびれたいっかくにある、病院をいきなり訪ねた。
看護師もいない、開店休業に見えるところだった。
奥からここの院長兼医者といった風の白衣を着た老人が一人、現れた。
何のようかと、表情が語っている。
「突然だが、頼みがある。カネならある。身体改造を処置してほしい」
「あー、そういうことね。わかった」
あっさりと医者は了解した。
リンドルが服を脱いで上半身裸になったのを見て、医者は眉をしかめた。
「随分と、派手にいじってるな、あんた」
「そういうのはいい」
面倒くさそうに、リンドルは一蹴する。
「頼みだが、ゴーストを喰うモノを植えてほしい」
「・・・・・・龍虫かね?」
リンドルはうなづく。
老人は難しそうな顔になる。
「だがなぁ、若いの。これだけ身体をいじった上に、そんなものを宿したら、寿命が縮まるぞ。正直、何時死ぬことになるか、予測持つかない」
「かまわない。やってくれ」
リンドルは無表情で抑揚の薄い喋りかただった。
迷う医者を、その鋭い両眼で見つめる。
医者は諦めたように首を振った。
「本当にどうなっても知らんぞ」
ホーゥグロウは、そのまま宿舎に向かった
リンドルと、イルファネが同じ部屋だった。 二階と併せて六部屋ある広々とした建物で、宿舎というよりは、デザイナーによる一戸建ての雰囲気だ。
すでに家具も生活用品も全てそろえられていたので、不足な物もない。
あえていえば、好みの本がなかったぐらいか。
早速、一階のリビングでソファに座り、自作のギムレットをちびりちびりと飲んでいるときだった。
インターフォンが鳴ると浮遊ディスプレイが目の前で開き、黒い三つ揃いのスーツに白い容貌をした若い黒髪の青年が映った。
「どちら様?」
ホーゥグロウは軽く酔いていたが、超然とした様子で相手を観察しつつ訊いた。
無表情で姿勢が正しく、美男子といえるが、どこか無機的な雰囲気がある。
『ホーゥグロウさんに用事なのですが。私はルキムゥトという者です』
「なんのご用で?」
『トロップス政府来ました。一言、挨拶に』「そうか、お疲れ様」
言ってすぐに視線を大きな窓の外の樹木に目をやったが、ルキムゥトは動く気配を見せない。
「・・・・・・で、どこから来たんだ?」
ようやくホーゥグロウはこのしつこそうな青年に目を戻した。
『入れて頂けますか?』
「あら、ルキムゥトじゃない。久しぶりね」 いつの間にか背後に立っていたイルファネが、微笑みを浮かべていた。
「知り合いかね? どうぞ、入りたいなら」 ドアを開き、彼はリビングに姿を現した。
ホーゥグロウは、ソファ近くの椅子をグラスを持った手で指し示した。
ルキムゥトは遠慮なくそこに腰掛ける。
「いや、珍しくも無いのですが、貴方のような方がいらっしゃるならと思いまして」
彼は意味不明の言葉を喋った。
ホーゥグロウは黙っている。
イルファネも、彼がグラスを持って座る四人掛けのソファの隅に座っていた。
「全くよね。普通はすぐに気づくのに」
何の話か。
ホーゥグロウは艦隊戦で地に付いたポーカーフェイスのまま、様子をみていた。
「ホーゥグロウさん。貴方は不思議に思われませんでしたか?」
「何をだ?」
「ご自身のことです」
酔いが回る。
頭がクラクラする。
この男は何を言っている?
ホーゥグロウは、ルキムゥトを見つめるうちに、どこか夢の中にいるような気分になってきた。
「実は貴方にお話を持ってきたのです」
「ゴルゴダ会から?」
言ったのはイルファネだった。
ゴルゴダ会?
あのゴーストの集団が自分に何のようだというのか?
その時、ホーゥグロウの頭の中で爆発が起こったような衝撃が起こった。
彼は炎に巻かれている。
周りにいた士官達は次々に砲弾に倒れてゆく。
彼も、最後は斬り込みに突入してきたスフィルのサイロイドに袈裟斬りにされた。
自らの血だまりの中に、焼けた身体を沈める。
ホーゥグロウは呆然となった。
思わず、グラスを落とし、自分の両手に目をやる。
自分は死んでいる。
すでに殺されていた。
なのに今こうして、トロップスまで来て、ハユーリに会っていた。
「これは一体・・・・・・」
声がしぼんでゆき、最初の部分しか口にできなかった。
「貴方はすでに、ゴーストとなったのですよ」
ルキムゥトの口調にはやはり感情が無い。
「ゴーストだと? 俺が怨霊に?」
思わず顔を上げたホーゥグロウに彼はうなづき、口を閉じたままだった。
ホーゥグロウはしばらく呆然としていたが、突然、低く嗤いだした。
「これは傑作だ」
まるで哄笑にまで大きくなり、最後に鼻をならす。
「で、私にゴルゴダ会? とか言うのが何のようだね?」
もちろん、ホーゥグロウはゴルゴダ会を知っているが、あえて格好をつけた。
ルキムゥトは確認するように、一瞬、視線を外してから、またホーゥグロウを見つめた。
「貴方に我々からお願いがあります。是非とも、我々ゴルゴダ会をお救いください」
「君の話は迂遠でわかりづらい。もっと簡潔に言えないのか?」
ホーゥグロウは多少、皮肉げに言う。
「ゴルゴダ会はご存じの通り、人間を超越した存在、ゴースト達の集まりです。しかし、多くは古きゴースト、実際の怨霊として存在していた者が多く存在するのです。彼等はその憎しみを、人間やサイロイドに向かわせている。このままでは、第三回目の大洪水が起こってもおかしくないほどになっているのです」
多くの人間は成長をとめ、ゴーストにならないように予防処置をしている。
その分、ゴルゴダ会の怨霊は古くなるのだろう。
「具体的に私にどうしろと?」
「彼等を人間に戻すために、手を貸してほしいのです。具体的に言えば、大量の人間を確保してほしい」
「いまのハユーリが占領している地域では足りないのか?」
ルキムゥトは首を振った。
「足りません。ただ、何割かは落としました。それでも足りない」
「ではどこからその人間を持ってくればいいんだ?」
「スフィル全域なら、足りるかと」
「・・・・・・なるほど」
ホーゥグロウは皮肉な表情を見せる。
「それに、問題もあります。スフィルでは、人間の数を超えて、サイロイドが増えすぎている。最近、サイロイドの運動が激化してきて、拍車を掛けている」
クファイルドとかいう、サイロイド擁護のの運動家の事をいっているのだろう。
「スフィルの征服なら、望むところだ」
言って、ホーゥグロウは疑問を口にする。
「だが、なぜハユーリ提督にそれを依頼しない?」 ルキムゥトは苦しい顔になった。
「ハユーリは、我々をこの征服地に縛り付けている元凶だからです」
「ハユーリが!?」
意外な話だった。
彼女がゴーストなのは知っているが、すっかりゴルゴダ会の一員として動いているのかと思っていたのだ。
「何のために?」
「わかりません・・・・・・」
言われてホーゥグロウは黙った。
すぐに愚問だと気づいた。
ハユーリはゴルゴダ会の現状を認識しているのだ。
そこで、余計な行動に移される前に、動きを阻止しているのだろう。
「そうか。ところで、スフィル征服は望むところだが、私は戦艦を一隻持っているだけの身だ」
「ハユーリの艦隊を使うことを、ゴルゴダ会が許可します」
「いいのか、勝手に」
「彼の艦隊は、すでに我々のモノです。問題はありません」
「まぁ、そういうことなら、納得しておこう」
「では、私はこれで」
ルキムゥトはゆっくりとした歩調で、部屋を出て行った。
イルファネは、終始不機嫌な様子だった。
途中から黙ったのも気にくわないことがあったからだろう。
「どうした」
ホーゥグロウは、彼女に尋ねる。
「・・・・・・一方的過ぎる話だなって。まるで、ゴルゴダ会に対してハユーリが全て悪いみたいじゃない」
「違うのか?」
「老ゴーストはいるけど、ハユーリはその人たちが無駄な行動を起こして、消滅されないようにストップを掛けてるのよ。いわば、ゴルゴダ会を守っているの」
「・・・・・・なるほど」
ホーゥグロウは、一つ頭を縦に振った。
「で、ハユーリはどうしたいんだ?」
「それ訊いてどうするの?」
イルファネは、急に拒絶するような態度になった。
「・・・・・・まぁ、良いなら別に良い」
ホーゥグロウはそれ以上、追求しなかった。「君はハユーリと仲がいいんだな。どうして、ウチの艦隊のところに逃げてきた? ハユーリ艦隊からの脱走者なんて、はじめてだろう」
イルファネは、偽悪的な笑みをみせた。
「脱走する奴を使ったけど、あたし自身は脱走じゃない」
「ほぅ・・・・・・」
「あんたの存在は、ハユーリと協力させるにのちょうど良かったから、行ったの」
「なるほどね。見事にはまったわけだ」
ホーゥグロウは苦笑した。