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第3話

 アスカフート沖海戦と名づけられた、この戦いは、ホーゥグロウにとって二重に不名誉な結果だった。

 提督が消え去ったため、降伏してきたアスカフート艦隊を曳航し、フールーエラーが、スフィルの軍港に戻ってきた。

 マートゥルクが部下とともに出迎えに来ていた。

 他に野次馬の市民達が大量に押しかけている。

 彼らは皆、衛星から戦闘を観戦していた者たちだ。

 マートゥルクは、まさかこれほど完全に近い勝利を得られるとは思ってもいなかった。

 複雑な内心を抑え、軍楽隊に港に上がってくる兵士たちを祝福させる。

 意外なことに、この歓迎をフールーエラーは、露骨に嫌がる態度でマートゥルクのところまで来た。

「あのー、この派手なの、止めません?」

「何を言っている。おまえたちはそれだけのことを成し遂げたんだぞ?」

 意外だとばかりにマートゥルクは軽くのけぞった。

「嫌いなんですよ、こういうの」

「おまえただけじゃない、部下たちを褒めてやって何が悪い」

「ああ、それなら良いんですがね」

 フールーエラーはあっという間に野次馬に囲まれた。

「にぃやん、人気者になったなぁ。あたしはうれしいぞ」

「なんでだよ?」

 ミリシィリアは意地の悪い笑みを浮かべる」

「これでいい商売ができそうじゃない?」

「人を悪用する気か、こら?」

「そーんな。あたしをそんな目でみてたのか、にぃやんは・・・・・・」

「おまえなら、やりかねん」

「信用ないなぁ」

 これといって傷ついた風もないのに、彼女はコンクリートの足元を軽く蹴った。 

「とにかく、おまえは明日の祝典の主賓として参加してもらうからな。今日はゆっくり休め」

「それが嫌なんですって言ってるんですよ」

 フールーエラーは疲れたように訴えたが、無視された。

 彼は諦めて首を振ると、人込みをかき分けて、自分の大型水上バイクが係留されているところまで歩いて行った。

 その間、誰に何を訊かれても、声をかけられても、すべて無視を決め込んだ。

 代わりにミルシーアが過剰なまでに愛想を振りまいていたが。

『苦労した点は?』

『いやぁ、余裕っすたよ。余裕。へはははは』

 レポーターの質問に答える、嬉しそうなミルシーアが映っている。

 リューシリィは、ソファに寝ころんだまま、頭を垂らして逆さまな状態で見ていた。

 ロルライカも傍にいて、呆れた顔をしている。

 フールーエラーの不機嫌顔が気に入らないのだ。

 せっかくの諸都市にばらまかれる宣伝だというのに、愛想がなさすぎる。

 といってもミリシィリアのはしゃぎっぷりも、生理的に鬱陶しい。  

「・・・・・・まさか、完勝に近い成果を上げてくれるとはねぇ」

 リューシリィが何か思うところがあるような言い方をする。

「ああ、正規軍の方はどうだ?」

 察したロルライカがスキットルを傾けて訊く。

「そらーもー、おーさわぎー、だよ。特に背後に何かあるんじゃないかって、参謀本部二部が動き出すほどにねー」

 ロルライカは酒を飲む手を止めた。

「・・・・・・おい、それはヤバイんじゃないのか? 参謀二部ったらないことも探し出す情報機関だろうが」

「あー、そうだねぇー」

 呑気に寝転がったまま、ロルライカに思わせぶりな笑みを向けた。

「ロルライカ君の悪行も出てくるかもねぇ」「つまらん話だな」

 だがロルライカは、無意識に舌打ちしていた。

 ロルライカの品行不良は誰でも言っている、折り紙付きなほどだった。

 それを理由に彼と付き合わない公人が多い。

 それでも仕事をなすのは、彼の有能さの証だが、表社会では通用しない性格をしているのは確かだ。

「で、何か引っかかるところがあるんだな?」

 鋭くリューシリィが指摘してくる。

 投げやりな口調も姿勢も変えずに。

「んー、ちょっと番組変えるぞ」

 空中のタッチパネルで、ロルライカが操作する。

 テレビは、大勢の聴衆の画を映し出した。

 サイロイドの権利主張団体指導者クファイルドの番組だ。

『・・・・・・この勝利は、我々の協力なしになしえなかった奇跡である。フールーエラーは我らサイロイドの力によって今度の勝利を収めたのである・・・・・・』

「・・・・・・なーんだよ、こいつー」

 リューシリィが下らない奴と、続けてつぶやく。

 ロルライカは失笑した。

「早速、我田引水かい。なかなか、さすがの根性だなぁ」

「鬱陶しいなぁー。こいつこそ、参謀二部はどうしているんだよー」

「あんたの部下じゃねぇか」

「わたしは、権力から一歩引いた身だよ」

「すっとぼけてるんじゃねぇよ。一歩引いたが、おかげで絶大な発言権持ったじゃねぇかよ」

「それが邪魔して、下手に動けないんだよー。わたしが参謀二部に訊き出したら、連中、勘違いするか要注意人物のリストに入れるのは確実だぞー」      

「それはキツイな」

 ロルライカはまだフールーエラーを捨てる気にはなっていない。

 それどころか、これからもっと使えると、テレビを見ながら考える。

「まー、どっちにしろー、これでしばらくはどうにかなる」

「どうにかねぇ。ところで、アスカフートはこれからどうするんだ? 止めを刺そうという気が無いっぽいけどよぉ?」

「ああー、あれなー。考え、というかー、願望がある」

「どんなだよ?」

「ほしいなぁ、あそこ」

 ロルライカはニヤリと笑って、スキットルからウィスキーを一口飲んだ。

「欲深いなぁ、やっぱ総督ともなると」

「無理だと思うかー?」

 リューシリィは頭を上げて、ロルライカの目を見てくる。 

「さぁなぁ。やってみないとわからねぇ」

「期待してよーと」

「勝手にしてろよ」

 フンと、ロルライカは鼻を鳴らす。

 彼女の願望は、ロルライカに対する密かな命令と一緒だった。




 ホーゥグロウは、何とかたどりついたアスカフートの提督室で、ワインを飲みつつ黙考していた。

 苦境である。

 艦隊は退却時に使った鉄甲戦艦一隻というありさまだった。

 アスカフートは元々、四隻の鉄甲戦艦が城塞展開してできた浮島だ。

 防衛用の施設は、小ぶりながらできている。

 この状態を解体しするか、どうか。

 住人も増えて来たために、移動型に戻すとしても三隻が限界である。

 スフィルがどれだけ動員力を持っているか、正確にはわからないが、従属する都市もあわせれれば、二十隻は超えるだろう。

 本国に救援要請したが、丸一日、返答はない。

 部屋の奥には、リンドルとイルファネがそれぞれ、黙って座っている。

 イルファネは本棚から適当なものを選んで読み続けている。  

やがて、呼んでいたリンドルお気に入りの闇医者がやってきた。

「・・・・・・こんにちは提督閣下。なんでも、ゴーストの瘴気に当てられたとか」

 彼は明らかに酔っていたが、足腰も口調もしっかりしている。

「ああ、診てくれるか?」

「一応。本当なら祈祷師に頼むのが一番いいのですがね」

「残念ながらいないからな、ここには」

 ホーゥグロウは、まさかスフィルの艦隊がゴーストを使うとはと、驚き呆れていたところだった。

 闇医者が処置を施しているあいだ、ホーゥグロウは浮遊ウィンドウを開いた。

 連絡用に番号を入力すると、イードルハームという男を呼び出す。

『よう、待っていた。どうだ状況は』

 相手の男は憂鬱そうな表情を隠しもしていない。

 何かあったなと、ホーゥグロウは思った。

「どん詰まりだよ、まさにな。で、そっちもあまりよくないようだが?」

イードルハームは困ったように頭を掻いた。

『捕まった同志達が先日、全員処刑された。我々も、今、逃亡中だ』

「ベラルミルコ氏は無事か?」

『ああ、何とかな。だが確実に当局が狙ってるよ。以前あった我々の私塾社が、爆破されたしな』

「爆破だと!? 被害者は?」

『ちょうど深夜だったので、誰もいなかったが、嫌がらせにしては最悪なものだろう』

 ホーゥグロウは黙って聞いていた。

『それで、調度よくスフィルのある人物が、我々ベラルミルコ派を丸ごとアスカフートとともに保護するという話があってな。現在、我々幹部が思案中だが、おまえはどう思う、ホーゥグロウ?』

「・・・・・・少し考えさせてくれ」

 あまりに性急な話だった。

 彼としては、歓迎したいところだが、まだもう一つ、思案していることがある。

 それを試してからでも遅くはないはずだ。

「終わったよ」

 闇医者が道具をカバンにしまいつつ、言った。

「良かったな、遺伝子レベルまではぎりぎりで侵入されていなかった。まぁ、簡単な除去だった」

「ああ、済まない」

 ホーゥグロウは礼をいって、あとで金を持たせると付け加えた。

「いい酒代になったよ。またな」

 闇医者は笑い、室内から出て行った。

『今のは?』

 イードルハームが気にしてくる。

『これは秘密の通話だぞ、ホーゥグロウ』

「安心しろ、ただの闇医者だ」

『・・・・・・軽率なことは控えてくれよ』

 彼は多少の非難の入った調子で言った。

「わかっている。でだ、戦力はどれぐらい保持して来れそうだ? とりあえず、おまえの話には返答に三日ほしいんだが」

『三日か。戦力は、鉄甲軍艦が、五隻だよ。良い返事を待って準備しておく』

 言ってイードルハームは通信を切った。

 戦艦五隻はまぁまぁな数だろう。元々の戦力と大差ない。

 ホーゥグロウは、イルファネに顔を向けた。

「おい、ちょっと話があるんだが」

 イルファネには声が聞こえていないのか、反応がない。

「おい、呼んでるんだぞ!」

 多少大声をだしたが、まだ無視する。

 ホーゥグロウは苛々としながら、机を指先でく。

 ようやく、煩そうな様子でイルファネが顔を上げる。

「・・・・・・私は、おい、じゃない。ちゃんと名前がある」

 不快げに言うと、ハードカバーの本を閉じた。それは童話集の一冊だった。

「ああ、すまなかったな」

 ホーゥグロウは、素直に謝った。

 そして、新たに話を切り出す。

「イルファネは、ハユーリ艦隊に居たとき、何をしていた? 主に担当だ」

「・・・・・・艦長補佐官よ」

「どんな?」

 イルファネは顔をそむけて、再び本を開いた。

「普通のよ。それがどうかした?」

 ホーゥグロウはどこか歯がゆい答えにも、黙って納得のフリをすることにして言う。

「ハユーリ艦隊に接触したい」

 イルファネは、文字を追っていた目を止めた。

「・・・・・・やめておいた方がいいんじゃない?」

 そのままの態勢で、イルファネは答えた。「何故だ?」     

「そんなことすれば、スフィルと完全な敵対関係に入るわ。今は、様子を見るだけでもいいんじゃない?」

 正論だった。

 ホーゥグロウはまた考えた。

 ベラルミルコ派を収容してからでも、遅くはないかと。




 フールーエラーの事務所にその男が尋ねてきたのは、深夜の0時過ぎだった。

 ミリシィリアが丁度寝ようと、部屋の掃除を終えたところだ。

 二階のインターフォンが鳴り、思わず、二人は顔を見合わせた。

「にぃやん、囲ってる人いる?」

「いねぇよ」

 フールーエラーは反射的に答えた。

「じゃあ、この時間に誰だろう」  

「ほんとだよ、勘弁してほしいもんだ」

「まぁ、ちょっと行ってくる」

 彼女は階段を下りながら返事をして、鍵が開いていることを伝えた。

 客人はソファのそばに立って、待っていた。

 長身で髪を後ろに撫でつけ、三つ揃いのダークスーツ姿で、黒い縁の眼鏡をかけている。

 ミリシィリアが見たところ、二十二歳ぐらいだと思った。

「いらっしゃいませ。私どもの事務所にご用件で?」 

「はい。私は、メロウリと申します。フールーエラー氏にお話しが・・・・・・」

「どうぞ、お座りください。いま、彼を呼んできます」

 ミリシィリアが階段を上がりかけたところで、彼が現れた。

 一緒に事務所に入ると、フールーエラーとメロウリは挨拶した。

「で、今回はどうしましたか?」 

 執務机に着いて、フールーエラーは早速、尋ねた。

 メロウリは頷いた。

「実は、お話というのは、私の上司からのものでして」

「上司?」

「はい。貴方に我々を助けてもらいたいのです」

「どのように? 上司というのは?」

 フールーエラーは言葉とは裏腹に口調はゆっくりだった。

「上司というのはクファイルドです」   「ほう。あの・・・・・・」

 サイロイドを擁護する演説家の名前に、さすがのフールーエラーも驚いたが、何とか胸の奥で押しとどめて表に出ないようにした。

 背後で遠慮なく驚愕しているのは、ミリシィリアだった。

「ウチの事務所は、探偵と名乗ってはいますが、事実上、軍事専門です。お役に立てるかどうかと思いますが?」

 フールーエラーは落ち着いていた。

 今はクファイルドといえば、サイロイド擁護で有名だが、以前はファミリー、いわゆるマフィアといっていい集団の弁護で活動していた。

 今もその関係は続いていると噂されている。

「ええ、存じ上げています。先のギフス戦で見事な勝利をなされたこと、お祝い申し上げます」

「下手な尊上語はいいですよ」

 フールーエラーはウンザリしたように、一瞬視線を外す。

「失礼しました。では、仕事のお話にしましょう。いま、ギフスはハユーリの艦隊と対峙して五年たちます。おかげで、スフィルの戦力本体が動けない状態にある。我々は、それをどうにかしようと思っているのです」

「今度は何を企んでいるのです?」

 メロウリは、とんでもないとでもいうように、軽くのけぞった。

「企んでいるだなんて、誤解です。クファイルドの活動にハユーリ艦隊が支障をきたすのです。しかし、彼は直接の対抗手段を持ってません。それで、あなたが必要だと結論付けたのです」

 それでも、フールーエラーの沈んだ表情に変わりはない。

 ミリシィリアが、軽く肘でつついて来る。

 気付かないふりをしていると、思い切り足を踏まれた。

 そういえば、クファイルドは祈祷師の保護もしているはずだった。

 何やかやと人脈の多い人物である。

 痛みを表面に出さないよう、フールーエラーは重々しく椅子にもたれる。

「考えておきましょう。こちらから連絡いたします」

「良い返事を待っております」

 メロウリは眼鏡の位置を指で直しつつあっさりと答えて、連絡先を告げた。

 彼が事務所を去ると、フールーエラーは、椅子を回してミリシリァに身体ごと向けた。

「なんだよ、痛ったいなぁ」        わざとらしいまでの非難がましさで言う。

「にぃやん、なにあんな奴のことを真面目に聞いてたのさ。クファイルドなんて、ウチの仲間を保護するとか言いながら、搾取してたとんでもない詐欺野郎だよ!」

「まぁ一応、意図とか確認したかったしなぁ」

 フールーエラーは、ぼんやりとした言い方に変わった。ミリシリァが激高寸前だったからだ。  

「俺だって、やりたくないよ。ただ、理由はな。確かめておかないと」

「全部ホラにきまってますー」

「それの確認をするか」

 フールーエラーは有無を言わさず、そこで会話を止めて、机の上に浮遊ディスプレイを広げた。

『なんだよ、用があるなら、出向いて来いよ』

 画面には、込み合った飲み屋の室内を背景に、泥酔しかけているロルライカの顔が映った。

「ウチにクファイルドの部下が依頼を持ってきた。おまえ、何か知らないか?」

『おー、今を時めく一流役者がおまえのところに? おめでとう、これでもう一発屋で終わらないぞ、フールーエラー』

 ロルライカは楽し気に嗤った。

「確実に何か知ってるだろう? 吐けよおい」

『残念だが、何も知らんよ』

 ロルライカは、コップの純米酒らしきものを口にして、もう知らんとばかりに通信を切った。

 フールーエラーが舌打ちすると、外で銃声がいくつか鳴った。

「なんだよ、うるさいなぁ」

「ん、なんか下の店のあたりだね、この大きさは」

 ミリシィリアが言うと、彼は椅子から立ち上がって、一階に降りる。

 そのまま、道路に出ると、電灯からの光の残りにてらされたところで、メロウリの拳銃をもった手をぶら下げた姿があった。

 一階の店のそばに、男たちが三人倒れている。

「・・・・・・ああ、フールーエラーさん、来ちゃいましたか」

「これは、どういうことです?」

 フールーエラーは再び怒りで爆発しそうな感情を強引に消して訊いた。   

「藍国社の連中ですよ。何かおかしいと思ったら、このビルを監視していましてね。私が来たことが広まると、もしも依頼を断られたときに面倒が起こるのではないかと思いまして」

 メロウリは明かりを背後にして答えた。

「・・・・・・それはどうもご丁寧に」

 余計なことをと言いたいのをフールーエラーは我慢する。 

「藍国社は何故、うちを?」

 代わりに、素朴な疑問を口にした。

「わかりませんが。彼らの愛国はスフィルではなく旧帝国のことですからね」

「ああ、なるほど」

「彼らの乗り物は、そこに繋がってますから、どうぞ。では今度こそ私はこれで」

 メロウリは近くの水路に止めていたクルーザーに乗って、去っていった。

 礼儀ただしい態度を取ってはいたが、遠のくエンジン音は常識外れに派手だ。 

フールーエラーは、倒れた三人の所持品を調べる。

 サイレンサー付きの拳銃だけで、あとは何もない。

 乗り物といわれた水上バイクは、登録が消されていて、鍵の部分は壊されていた。

 監視にしては、その備品も見つからず、代わりに跡を消す用意のみをしている。

 完全に襲撃要員だ。

 フールーエラーは一気に面倒くさくなった。

 藍国社は極右結社の代表のようなものだ。

 だが、フールーエラーには、彼らに狙われる理由がわからない。

 いや、理解はできるが、わかりたくもないというのが正直な話だ。

 近くの警察を呼び、死体を処理してもらうと、彼は自宅に戻る。

「見てたよ。やばいじゃん、にぃやん。とりあえず、お菓子ある?」

 ミリシィリアはソファーで、人の身の丈ほどあるクマのぬいぐるみを抱きしめて、胡坐をかいていた。

「お菓子との関係はなんだよ」

「やばいのはいいとして、お腹減ったから」

「意味わからんわ。キッチンのどっかにあるだろう。勝手に食え」

「誰かさんがあたしのアイス勝手に食べてから、補給物資が尽きたままなんだよ。ほら、多分最近忙しかったと慈悲深いあたしは思っているんだけど、そろそろいいかなーとか期待してるところなんだけどね」

「あー、わかったわかった。お菓子のことだがな、ミリシィリアよ。実は、今日、もう買ってきてある」

「おおう、さすがにぃやん、やるねぇ! とりあえず、明日の楽しみにして、あたしは寝るよ」

 気を付けてねと、最後に言い残した彼女は、リビングをあとに私室に入っていった。




 やはり少なくとも、手土産は必要だ。

 ホーゥグロウは考えていた。

 戦力もなしの身一つ同然の者に、相手が興味を示すとは思えない。

 ハユーリと手を組むには、ベラルミルコ派は必要だ。

 決断して約束の三日よりも早く、その日の深夜に、イードルハームに連絡をいれた。

 彼は普段見られないぐらいに喜んだ。

 といっても、イードルハームは基本、冷静で静かなため、一瞬破顔して笑っただけである。

 それから四日後だった。

 アスカフートの軍港に鉄甲戦艦と輸送艦が

彼の言う通りの数で入港していた。

 急に増えた人員である人間は、サイロイドの数を軽く上回った。

 イードルハームは超然とした様子で、袖と裾の長い私服を着て、水上城塞に降り立った。

 出迎えたホーゥグロウは、このベラルミルコ派の中でもトップレベルの秀才との再会に喜んだ。

「いい要塞だ。さすが、ホーゥグロウだな」

 潮風の中、歯に着せぬ男が褒めるので、ホーゥグロウは一層、気分を良くした。

「ありがとうよ。おまえに会えてうれしいよ」

 イードルハームは軽く笑っただけだった。

「で、これからのことだが・・・・・・」

「それは、提督室で話すことにしよう」

 ホーゥグロウは勧めて、歩きだした。

 部屋では、リンドルとイルファネが待っていた。

 イードルハームは室内を見回す。

 先にいた二人は、挨拶もせず、それぞれに、黙っていが、彼に気分を害した様子はない。

「あの子か。ハユーリ艦隊からのというのは」

 代わりに、物でも見るような冷たい視線でイルファネに一瞥をくれてから、ホーゥグロウに確認した」

「そうだ。これからハユーリのところに行くのに、一緒してもらう予定だよ」

「考えは悪くない。もう一つ、加えれば、完璧だ」

「なんだ、それは?」

「スフィルにいるクファイルドという男ともこの際接触すべきだ」

「ああ、あの人権派か」

 クファイドルの噂は、遠くギフスにまで轟いていた。

「いいだろう、それはイードルハームに任せる」

「任された」

 一瞬、含み笑いを見せて彼はうなづいた。

「あと、留守も頼む」

「わかった。上手くいくことを願っている」

 ホーゥグロウは、さっそく席を立った。

「おーい、二人ともいくぞ」

 リンドルとイルファネは黙って、彼についていった。

 リンドルは、イードルハームとすれ違う一瞬に殺気を見せた。

 だが、相手は気付かないのか無視したのか、反応はなかった。

 ホーゥグロウは、大型クルーザーに乗り込むと、事前に調べ上げていたハユーリ艦隊の本体がいる海域へと向かった。

 クルーザー内では、沈黙が支配していた。

 当然のようにリンドルは喋らず、イルファネも本に夢中だ。

 話相手のいないホーゥグロウは、口を閉ざすしかなかった。

 ただ、どこかリンドルが警戒しているのが、長い付き合いで分かった。

 ホーゥグロウはそういう面には鋭いのだ。

 何故か彼に訳を尋ねる気にはならなかったが。

 ハユーリはスフィル水上都市群のうち、七個の都市を支配下におさめている。

 その一つであるリベッカに、彼は総司令部を置いていた。

 到着まで、クルーザーのエンジンを増強しているとはいえ、八日はかかる。

 四日目の昼食の時である。

 相変わらず日差しが強いが、凪いでいる海面は静かだ。むしろ、こうも凪ぎが続くと、不気味ですらある。

 甲板でバーベキューを始めるホーゥグロウに、イルファネがウンザリしたように脱力して横に立ちつつ見下ろしていた。

 リンドルはすでに皿とフォークを一緒に片手で持って待っていたが、彼女は手ぶらでかといって手伝うわけでもない。

「どうした、イルファネ」

 ホーゥグロウは、作業の手を止めず火をおこし終えて、用意した海産物を主に、網の上に並べてゆく。   

「またですか、閣下・・・・・・」

 イルファネの口調は敬語で堅かった。

「またって?」

 ホーゥグロウは逆に無邪気とも感じられる調子だ。

「出発から朝昼晩と同じ具材焼きを続けられてるんだけどさぁ、さすがにもう飽きたんだけど! 普通に肉とかないの、肉! もしくは甘いもの!」

 ホーゥグロウはリンドルの顔を見た。

 少年は一切、関心がないといった無表情だ。

「君ねぇ、少佐? 船乗りなら食い物に贅沢言ってられないだろう」

「今時、食堂のない艦はないよ!」

「補給が切れたときは?」

「そういうことじゃない! 私はあんたの準備が手抜きだって言いたいんだよ!」

「あー、そうかい。悪かったな。ハユーリのところに着くまで我慢していてくれ。あと来た時の半分の距離だ」

 ホーゥグロウは鈍感なのか相手にしていないのか、アスカフートにいた頃の日常よりも気楽そうな様子で言う。

「あと四日もずっとこれか・・・・・・」

 憎々し気に網の上で焼かれている魚や貝類を見て、彼女はつぶやいた。

 だが言葉とは裏腹に、焼きあがると、皿に山のように移し替えて、挙句上品この上ない手つきで食べ始める。

 なんなんだよと、ホーゥグロウは思ったが、口には出さなかった。

 やがて、同じメニューに文句も出なくなり、クルーザーは順調に進んで、リベッカを水平線の上で目にとめた。

「ようやく着いたか・・・・・・」

 疲れ切ったようなイルファネの言葉と、ホーゥグロウの決心を込めた思いが重なった。

 遠くからでもリベッカの、高い太陽の光を反射させるビルが多数立ち並んでいるのが見える。

 クルーザーはそのまま街の入り口から、大通りを走り抜ける。

 その間は自動航行にして置き、ホーゥグロウはイルファネに、ハユーリとの連絡を取らせた。

 イルファネは音声画像ではなく、しばらく文字でやり取りをして、面会の許可を取る。

 場所の地図を、都市支給の物で浮遊ディスプレイで確認し、クルーザーを走らせた。

 イルファネの指示でまず向かったのは、高級服飾店だった。

 それまで鋭い目で街を睨んでいたリンドルが一人、急に挙動不審になった。

 イルファネは別として、意外なことに庶民出のはずのホーゥグロウは、まるでなれたような足取りと店員への指示で、手早く一流のスーツ姿となる。

「リンドル、おまえも早く着替えろ」

 彼は部屋の片隅で黙っている少年に声をかける。

「俺はいい。そんな恰好で奴に会うなら、行かなくてもいい。クルーザーで待っている」

 一方的に言って止める間もなく、逃げるように店から出ていく。 

 ホーゥグロウは消えた少年に軽く肩をすくめるしかなかった。

 空色と白の鮮やかなドレス姿で現れたのは、イルファネだった。

 挑発的な相貌をした少女だが、逆にそれ故に、魅力的な姿になっている。

 パーカー姿で隅に座っているリンドルをしり目に、クルーザーは再び発進した。

 約束の午後一時半に到着したところは、有名な会員制の高級レストランだった。

 イルファネが名を名乗るとウェイターがすぐに個室に案内する。

 ビロードで飾り付けられた部屋は広く、中央に置かれたテーブルは丸いものだった。

 彼女らが入ると同時に、別の扉から二人の若い男女が現れた。

 肉体年齢がイルファネと同年代か少し上とみられる少女は長い髪をポニーテールにして先をざっくりと切り揃え、サマーセーターにプリーツスカート姿だった。同じぐらいの年齢の少年の方は薄い生地の民族柄のシャツにパンツにサンダルという恰好だった。

 気取らない態度で、少女だけがテーブルに着き、少年は壁のそばに立った。

「ようこそいらっしゃいました、ギフスの方。私がハユーリです、どうぞよろしく。まずはお座りください」     

そして、イルファネの方を向いて喜色満面の表情になった。

「ひっさしぶりだなぁ、イルファネー、元気だったか、おい?」

「閣下もお元気なようで」

 イルファネは満面の笑みを返す。

「もちろんだともさ。しっかし、二人とも、気合入れて来たなぁ。それならそうと、あたしたちももっといい恰好してくるんだったのに」

 大きな瞳で涙袋が印象的なハユーリはまじまじと二人の姿を見つめながら言った。

 ホーゥグロウはイルファネの気合を入れ方には何も言わないようにしながら、ハユーリを観察し、なるほどと思った。

 彼には一目で相手の本質を見抜く特技がある。一人、ハユーリが五年も中核部隊から裏切りや脱落者を出さずに活動できていた理由を知った。

 となると少年の性格だが、苛烈で容赦のないタイプとホーゥグロウは感じた。

「だっせ。田舎もん丸出しじゃねぇかよ。こんなところに来るんだ。私服だよ、私服。何着飾って浮かれてんだかな」

 まるで吐き捨てるように、少年が言う。

「あら、ランティーヒル、あなたこそこの店にふさわしくないわよ、その言葉遣い。お里が知れるわ」

 ツンとしたすましてイルファネは反撃する。

「なにがお里だ。知ったことかよ」

 ランティーヒルと呼ばれた少年は、鼻で嗤う。

「それで、まぁゆっくりと食べながらでも、お話しましょうか、ホーゥグロウ提督」

 ハユーリは二人を放っておくという鷹揚な態度で、ホーゥグロウだけウィンクしてに言う。

 二人が日常会話を交えていると、出てくる料理は、海鮮料理がメインだった。

 イルファネは、げっそりとした顔をまともに表に出す。

 ようやく、肉か野菜のものが食べれると思ったのにである。

「それで、戦力はどれほどお持ちでしょうか。できれば正確に近い数字を。先日、スフィアの傭兵相手に残念なご様子でしたが」

 ハユーリは難しそうな話題をサラリと出してくる。

「鉄甲戦艦七隻と、兵士四万人ほどでしょうか」

「それは嬉しいですね。もう、張り切っちゃいたいですよ」

 彼女は美味そうに太刀魚の揚げ物に塩を振って、口に入れる。

「よろしくお願いします」

 ホーゥグロウは、辞を低くする。

「随分と控えめな態度をお取りになる。良いのですよ、お互い提督同士なのですから、遠慮なさらずに」

「ハユーリ提督こそ、丁寧にありがとうございます」

 ハユーリはホーゥグロウに魅力的な笑みを浮かべて見せた。

「で、どうします? 私としては、糾合した戦力としてではなく、互いに別方向からスフィルに攻め入るほうが良いと思っているところですが」

「そうですね。それがいい。たた、同時に動き出さないと、意味はありませんな」

「なら、来月に入った時にでもどうですか? 現在は十二日である。

 すでにイードルハームがその辣腕で、準備を進めているはずだ。

「よいでしょう。連絡はみつに取ったほうがいいですね」

「ええ、同感です」

 その後は互いの笑いばなしで盛り上がる。

「おい、その辺にしとけよ、クソ女。こっちゃぁ忙しいんだ。要件が終わったなら、帰るぞ」

 ランティーヒルが壁にもたれて腕を組みながら言ってくる。

「まぁ、それもそうだ」

 ハユーリは頷いて、デザートのオレンジに「というと事で、実に有意義な会合でした。感謝します」

 彼女はイルファネに視線をやった。

「悪いけど、しばらくそっちの方にいてくれないか? たのむわ、イルファネ」

「えー・・・・・・まぁ、他の身だっていうなら仕方ないけど・・・・・・」

「頼む!」

「もう、しょうがないなぁ。わかったよ」

「もうイルファネは良い子だなぁ、大好きだわー」

「ハイハイ。あとでちゃんと埋め合わせはしてもらうからね」

「なんでもいって。私、頑張るから!」

 急な張り切りように、イルファネはつい笑い声を漏らしてしまう。

 壁際から露骨な舌打ちが聞こえた。

「では、そういうことで、お互い協力し合いましょう」

 席から立ち上がったハユーリは右手を差し出した。

 ホーゥグロウはその手をとって、握手した。


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