「荒魂(スピリツト)が一つ、領内から消えた」
ミリシィリアはリビングで、ゲームをしている時に、いきなり天井の虚空に目をやって、つぶやいた。
「ああ、プレイヤー死んだな」
彼女の操るキャラクターが、敵に倒されて、コンテニユー画面になる。
隣に座ったフールーエラーは、シューティングアクションゲームのストライカに夢中だ。
「ちげーよ、にぃやん。ハユーリ艦隊のものだわこれ」
「ほほぅ・・・・・・」
ハユーリの名前は、フールーエラーでも無視するわけにはいかない。
だが、依頼は彼のことではない。 アロカフーロだ。
スフィル・コミュニティ領内に設置された、ギフスの拠点。
依頼を持ってきた二人の政府関係者から見れば、正規軍が出ると『二年の平和』の均衡が崩れるのが怖いのだろう。
「ああ、めんどくさい。めんどーなものに、めんどーなものが関わってくくさい。で、どうしてハーユリー艦隊のゴーストがだよ?」
「うわ、結局、訊くんかい!? にぃやんが一番めんどくさい!」
「やかましいなぁ。ぼやくぐらいタダだろう」
「あなたですねぇ、例えばよ? 例えば街にひとり他人に囲まれて、周り全員がぼやきだしたら、あー今日はどいつもこいつもタダdで行ってる感満載だーって思えるんかい?」
「言ってることがわからんな」
「てめぇ!?」
「ほら、ゲーム始まったぞ、説明はよ」
「どっちだよ、どっちが重要だなんだよ!?」
「両方」
フールーエラーは当然のように答えて、あっさりとタッグを組んでるはずのミルシア―ミを背後から撃つ。
「・・・・・・にぃやん、このあたしに喧嘩売ってるな?」
「おまえ、俺のアイス勝手に食っただろう?」
「あ~ん、撃たれちゃったぁ~。もう、にぃやんたら~仕方がないなぁ~」
「気持ち悪いぞ」
「面倒くさい奴に言われたくねー」
「やる気か、おまえ」
「おー、面白い。やったろうじゃないか」
ゲームスタートと同時に、二人のキャラは撃ち合い、一瞬で殺され合った。
ムキになって、互いにそれを三度ほど繰り返してから、改めてコントローラーを放り投げた。
「飽きる・・・・・・まったく進まないし」
ミリシィリアはぼそりと言った。
「だから、説明しろよ。ほらほら、アイスのことは忘れてやるから」
ミルアーミは、フールーエラーの目をじっと見つめてきた。
「・・・・・・なんだよ?」
「ソーダ味もいいけど、ゆず味がいい」
「・・・・・・実は、隠している奴があってだな・・・・・・特別、それをやろうじゃないか」
「わ~い、にぃやん大好き~!」
「うわ、キモ! なんだコイツ!?」
「てめぇ、キモとかいうな! 普通に傷付くわ!」
フールーエラーはそれを無視して、テレビのまえから、ソファに移った。
「ギフスの奴らなぁ、ハユーリ無視して相手するわけにはいかないんだよなぁ」
「ふーん、すごいねぇ」
ミリシィリアは満面の笑みになった。
「でもあたしの知ったことじゃね」
「おい、ざけんな! ハユーリがどうなったんだよ」
「んっもー、仕方ないなぁ」
ミリシィリアーは、フールーエラーとの間に浮遊ディスプレイを広げる。
鮮やかに指を動かして操作すると、文字列がずらりと並び、素早く流れて行く。
彼女はそれをすべて目で拾っていた。
「あー、ハユーリーの艦隊から一隻、逃げたのがいたみたいだね。珍しい。どうやら、ゴーストは、そこのらしいよ」
「ウチのコミュニティから徴収した艦もあるだろう。本体の艦隊からじゃないはず」
「だね。ウーファベスって都市から引っ張ってこられた艦みたいだよ。それも無理やりじゃないね。コミュニティのの執政が自主的に提供したみたい」
「それが、艦ごと逃亡したと。それがゴーストだったと・・・・・・」
人は皆、死ねば霊となり、中には怨霊(グレイト・ゴースト)と化ししてゴーストになる。よって、かれらは若いうちに成長を止めて、ゴースト化を防ぐようになっていた。
ハユーリがゴーストだという、噂は以前からあった。
だが、彼と出会ったという人間もいて、フールーエラー達に確証はない。
「調度、タイミングが一緒なんだよねぇ」
ミリシィリアは浮遊ディスプレイの前で、唸る。
「ハユーリのものか、ウーファベスのものかわからないな」
フールーエラーも、頭を掻く。
「といっても、うちらの仕事とは関係がない。こっちはこっちでさっさと済ませてしまうか」
彼はのんびりしているようでアスカフートが孤立するのを待っていた。
いま、ギフスの本国と交渉しているところでは、ホーゥグロウという過激派の一人が強引に作ったもので、自分たちは知らないの一点張りだった。
交渉はロルライカがしているはずだ。
報告は入っている。
準備は明後日に終わる。
いよいよ、出番がきたとフールーエラーは思っていた。
アスカフート城塞は城下街をそのまま胸壁が囲い堀が二重で、曲輪が四つ作られていた。堡塁は星形に設置されて、それぞれ砲を備えている。
即興の拠点としては、小ぶりだが重装備だった。
到着して艦から降りたホーゥグロウは、司令部に戻ると、さっそく本国からの報告を受けて、不機嫌になったところだった。
「ギフス政府からの援助はないとさ。なんでも、我々で勝手にすればいいとのことだ」
そばにいたリンドルに、偽悪的な笑みを浮かべてみせた。
ホーゥグロウは、ギフス内の過激派といわれる在野の指導者ベラルミルコの門下生だった。
ベラルミルコは優秀な官僚として、内務省で出世していったが、出世の代わりに自ら人材育成のために私塾を開いた異端者だった。
塾生からは優秀なものが多数輩出されて、ギフスの政府中央に入っている。
だが、執政から見れば、彼らは理想論を追う過激派に見えた。
たしかにベラルミルコにそのような面がないとも言えない。
そのために、旧政府関係者の反動派と、ベラルミルコ派がギフス政府内でしのぎを削って争い、冷戦状態にあるのだった。
今回、ベラルミルコ派から命令を受けたホーゥグロウは、反動派に梯子を外された状態になってしまったのだった。
ホーゥグロウはとりあえず、ハーフリー艦隊所属のウーファベスからきた戦艦の艦長を提督室に連れてくるように命じた。
艦長は細い身体をした、若い少女だった。 三白眼で八重歯が生え、ショートカットの髪をして、ぶかぶかの軍ジェケットを身にまとっている。
機嫌が悪そうな顔をかくしもしていない。
「初めまして。兵士の反乱で、監禁されていた艦長とは、私のことですが何か用ですか?」
ふてくされたままに、自虐的な自己紹介をする。
彼女が見渡した室内は、白い壁紙に雑多な種類の本が詰まった棚に、酒瓶が並べられたサイドボード、調度品はあちらこちらに形だけ並べられたという風な置き方をされている。
「とりあえず、事情を説明してもらおうか。兵士たちからも聴収を受けているところだ。中には、化け物がどうしたとかいう錯乱寸前の者もいる。まずは名前と何があったか知りたい」
少女は軽く顎を上げて、ホーゥグロウを見下ろした。
彼女の背後にはリンドルが無言で腕を組んで壁にもたれている。
「名前はイルファネ。十六で歳を止めたわ。ウーファベスの第一艦隊旗艦艦長だったけど、反乱を起こした兵士に捕まって、別の艦に監禁されてたわ。あと、兵士の反乱についての詳細はわからない。彼らに直接聞いてよ」
彼女は不遜そうな口調で、一気にしゃべった。
「・・・・・・ほう。旗艦艦長閣下だったか。階級は?」
「大佐」
「私は少将だ、イルファネ殿。ならば、事情は今調べている者に訊くことにする。
「そうしてもらって」
イルファネは相手の階級が上としっても、傲慢そうな態度は崩さなかった。
ホーゥグロウは相手のその態度を超然としていると思い、それなりの感銘を受けていた。
「で、事が終われば、ウーファベスかハユー里艦隊に戻るかね?」
意外だとばかりに、イルファネは驚いて見せる。
「あら? 捕まるのかとばかりおもってたけど」
「そういう趣味なのか? 我々としては、ハユーリ艦隊と事を構えたくはないのだよ」
「折角だけど、戻る気にはならないわ。といっても、当てがあるわけじゃないけども」
ホーゥグロウは、立ち上がりサイドボードの前に立った。
「どうだね、飲むかい? ソフトドリンクもある」
タンブラーにバカルディを入れつつ、彼はイルファネに言った。
「どういう意味で? ワインなら、一杯頂きたいわね」
「貴女を歓迎する。宿舎も用意しておくよ」
イルファネは、顎を上げたまま微笑んだ。
「あら、ならよろしくお願いしたいわね」
ワイングラスに、一杯、赤い液体を注いでホーゥグロウは彼女に差し出す。
乾杯してグラスを合わせると、二人は一口づつ口をつけた。
机にワイングラスを置くと、イルファネは、じゃあこの辺でと言って、提督室を辞した。
「いいのか? 何者かまだわからんぞ?」
黙っていたリンドルが、やっと口を開いた。
「調度いいんだ。ハユーリ艦隊とのパイプ役にな」
言うと、ホーゥグロウは浮遊ディスプレイを開き、イルファネ艦の乗員調査がどれほどになったか、現場の担当官に尋ねた。
『今のところ、皆言うことは同じです』
「何と言っている?」
『スピリットがハユーリ艦隊から乗り移ったという話が最も多いです・・・・・・』
もしこのアスカフートにスピリットがゴーストとなって憑りついたなら、ほおっておくわけにはいかない。
どんな災厄を起こすかわからないのだ。
ホーゥグロウは本国から連れて来た祈祷師に、調査するように命じた。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
リンドルがそれだけ言って提督室を出ていく。
彼は城塞から出て、中心街の裏手に回った。
そこには、軍艦に必ず小さくても一隻はついて来る闇商人たちが造った小さな歓楽街ができている。
路上にいる大半の人は酔客で、アルコール臭とガソリン臭が混ざった不快な空気が籠っていた。
リンドルが入ったのは、闇医者の一軒だった。
「おー、よく来たな」
馴染みで資格を取っていない自称医者の中年男性が、待合室で酒を飲んでいた。
もと海軍の軍医として徴用されたが、艦の就役が終わったとたんに追い出されて、今更堅気の職業には戻れない癖の着いた男だった。
「頼みがある」
リンドルは短く言う。
「また機能付与をしてほしい」
医者は、愛想のよかった酔った顔を、急に厳しくし、身体をそむけて座りなおした。。
「おまえ、それ何度目だ?」 「さぁね・・・・・・」
「今でもとっくに肉体の限界値は超えてるはずだ。これ以上は、あまり勧められんなぁ」
「・・・・・・判断するのは俺だ。気にすることはない。やってもらうおうか」 医者は諦めたように、ため息を吐く。
「どうなっても知らんぞ。で、今回の付与はなんだね?」
「ゴーストが見える、見鬼を」
「怨霊なんかと係わりを持とうというのか、おまえは!?」
リンドルは無言だった。
「あー、わかったわかった。余計なことはいわんよ。早速やってやる。準備してくるから手術室に入って置け」
「恩に着る」
医者はふんと鼻をならした。
ロルライカが、アスカフートと本国のベラルミルコ派との断絶の情報をフールーエラーにもってきていた。
フールーエラーは今洋上にいる。
石炭で黒煙を吹く鉄甲戦艦五隻、補給艦十五隻を二列の縦に並べてスフィルから二日の位置まで進んでいた。
だが全てが彼のもではなかった。戦艦はスフィルから借りたものだ。
フールエラーは指揮だけをする。彼自身、それだけで十分だった。
実際に兵力など持っていないのだから。
「すげーのがいる・・・・・・」
全包囲外部ディスプレイになっている艦隊司令艦室で、ミリシィリアが水平線を眺めてつぶやいた。
「どうしたって?」
フールーエラーは出航の時から、いまいち元気がない。
「船酔い提督は黙ってろ」
「船酔いじゃないっての・・・・・・」
彼はたまに鬱っけがあり、今回の時期と重なったのだ。
それでも強引に出動したのは、機会を与えられた使命感からだった。
「ほんとにそんな状態で指揮できるのかね、にぃやんは」
ミリシィリアは悪戯っぽく疑いの目を向けてくる。
作戦計画はフールーエラー自身がすでに数種考えて、各艦長とブリーフィングをしていた。提督としては、あとは命令の発動、停止をするぐらいだ。
「・・・・・・できるに決まってる」
少し不機嫌にフールーエラーは答える。
「まぁ、できるよね。そうだね、うん、そうだそうだ」
軽いノリでミリシィリアは頷く。
「大体、にいやんが駄目でもあたしがいるしな。まぁ、ウチ等が組んだら最強だし」
どこから根拠がわいてくるのか、フールーエラーにはわからなかったが、一応、ミリシィリアの実力は評価している。
彼女は一流の祈祷師で、能力はその辺の街で拝み屋や祓いをしている者たちの追随を許さない。
もともとの生まれついた才能らしい。
真偽は不明だが、母方も祈祷師の家系でミリシィリアを宿したとき、胎児にゴーストの一体をその身に憑りつかせたという話もある程だ。
ディスプレイ上に艦隊内での報告や命令のやり取りが流れている。
今のところ異常はないらしい。
あと、数時間で、アスカフートの勢力圏に入る。
なんだかんだで、ミリシィリアは景気づけに珈琲を一杯、フールーエラーに持ってきた。
礼を言って口をつける。
香りが鼻をくすぐり、ちょうどよい温度の珈琲は美味しく、幾らかはフールーエラーの気持ちも和んだ。
「さてと。全艦に第一級警戒態勢を命じてくれ」
副官でもあるミリシィリアに命じる。
「アイアイサー、提督閣下」
二人しかいない空間で、わざわざ正式の敬礼をした彼女は命令を伝えた。
途端にディスプレイ上の乗員たちが忙し気に動きだした。
ホーゥグロウは報告を受けたとき、イルファネと一緒に街でランチ中だった。
本国ギフスでベラルミルコ派が一斉に弾圧されたというのだ。
それも、アスカフーロに進出したホーゥグロウの単独行動が、本国を危機に陥れるというものだった。
彼らの意見によれば、『二年間の平和』を積極的に破ったのが、ベラルミルコ派でホーゥグロウということになっていた。
「馬鹿らしい」
彼は思わず吐き捨てた。
テーブルの正面に座っている少女、イルファネが、軽く首をひねる。
彼女はすこし勘気が強いが、年頃の少女としてなんら変わったところもない。ホーゥグロウとしては、何処か一安心したものがあった。
「いいのか? 貴官の足元だろう?」
「そう簡単にやられるとは思っていない」
断言する。
むしろ逆にこれを機に活動をさらに激しくしてほしいと、ホーゥグロウは思っていた。
子羊のトマトチーズ焼きを上品に口にするイルファネの向かいで、スズキの丸焼きとコンソメスープを食べていると、眼前に緊急用の浮遊ディスプレイが開いた。
『スフィル籍の艦隊が、領海内に侵入してきました。数五隻。全て鉄甲戦艦です!』
イルファネが厳しい顔をしてホーゥグロウを見る。
彼女が何か言い出す前に、彼は連絡参謀に告げる。
「全艦隊出撃準備。急げよ。整い次第、私が指揮するので、軍港へ向かう」
命令を下すと、再び落ち着いて何事もなかったかのように、食事を続ける。
「・・・・・・まぁ、さすが提督といったところね」
イルファネは珍しく不器用に褒めて見せた。
ホーゥグロウに何の反応もない。
「ちょっと、少しは見直したんだから、なんか言ったらどうなのさ」
「今まで俺を何だと思ってたんだ」
「ただのアル中提督」
ホーゥグロウは失笑した。
そのようなものも少なくないという事実があるからだ。
「なに、艦隊の提督などそれぐらいでちょうどいいのだよ」
鷹揚に認めつつ、彼は持論を吐いた。
「ふん。酔っぱらいながらサイロイド同士の殺し合いを高みの見物だなんて、最低の職業ね」
イルファネは何かというと人間の批判をする。
「君のところの兵士に対してもかね? イルファネ」
訊いたのは、イルファネの乗っていた艦の乗員の三分の二が人間だったのだ。
「私は違う。それはおって話すとする。忙しいのだろう。今日はそろそろ、あなたの前からおいとまするよ」
「そんなに気をつかわなくてもいいんだがな。まぁ、また会おうか」
イルファネはすっかり皿の料理を平らげたあとだったので、ホーゥグロウに止める理由が見つからなかった。
彼女が店から出て行ったしばらくの間、報告をまとめるのに時間を使った。
三十分もかからずにさっさと終えさせると、彼も通りにでた。
店の前には、リンドルが無言で立っていた。
「・・・・・・びっくりするだろう」
ホーゥグロウは、言葉とは裏腹にほほ笑んでみせた。
リンドルは左目に眼帯をしていた。
「それはどうした?」
「ちょっとな・・・・・・」
ホーゥグロウは察したが、経験上、無駄とわかっているので何も言わなかった。代わりに軍備の状況を訊く。
「・・・・・・なんで、俺がそんなことを知らなきゃならない?」
少年は当然のようにいう。
それももっともで、リンドルはただの白兵隊員の一人である。
「まぁ、いい。ついて来い」
ホーゥグロウは言って、歩き出した。
スフィルの艦隊は、明確な敵意をもって近づいてきていると確信されていた。
本来なら、拠点をつくった後に外交政策をするはずだったのだが、本国のごたごたでそれも沙汰止みになりそうだ。
ならば一戦は確実である。
ホーゥグロウは、堂々とした歩調で軍港に向かった。
どこの水上都市だったろう。
記憶はわざとあいまいだ。
人間はまれで、ほぼサイロイドが占める。
城壁に囲まれ、彼らは非常に閉鎖的な社会をつくっていた。
彼らは素朴に、三回目の大洪水を恐れていた。
少女は友達の男女と河状の水路で遊びまわっていた。
彼女はそうしたときに時折、仲間とはぐれて一日、二日と姿を消すことがたまにあった。
加え、実の家でも虚空を見つめて笑い、何者かに話かけているところを両親にも目撃された入る。
両親は非常に心配になり、祭主に売段した
都市は祭主と呼ばれる者が代々の指導者となっていた。
同時にすべてのことに支配権を及ぼし、判断の主導権を握っていた。
「そのイルファネという少女、もしや、ゴーストと話ができる巫女かもしれん。もしくは。ゴーストが送ってきた鬼子か、どちらかだろう」
年配の祭主の言葉は両親をさらに不安にさせた。
「まさかと思いますがそれでは、・・・・・・このコミュニティに災いをもたらすことになるのでは?」
父はしばらくして、恐る恐る尋ねた。
「・・・・・・残念ながら、その通りだ」
祭主の口調は重々しく両親の胸に響いた。
「一体どうすれば・・・・・・」
「ゴーストの者はゴーストのところに帰せばいい。ここはあの子の住むところではないということだ」
察してすぐに泣き崩れた母親を放って置き、父親は両こぶしに力を込めて何かを我慢していた。
しばらくして、父親は祭主に頭を下げる。
「どうか、祭主さまの一念にすべてお任せします」
母親も父親と同じく床に手をつく。
祭主は頷き、部屋を出ていった。
或る日、いつまでたっても両親が帰らず、イルファネが一人の時があった。
夕方、突然に祭り衆という男たちが現れる。
「おや、キミはまだここにいたのかい? ご両親はすでに祭主のところにいるよ。ついておいで」
イルファネは訝しがりながらも、祭主のところに連れて行いかれた。
そこは港だった。
一隻の小舟が係留され、コミュニティの人々が集まっている。
「よく来たね、イルファネ」
祭主の猫なで声は、今でも頭に残っているほどに不気味なものだった。
同じく係留されていたもう一隻の中型船に立てられていたマストには、重そうな人影が二体、ぶら下がっていた。
イルファネは全てを理解した。
「おまえらぁ!!」
彼女はポケットからナイフをとりだして、奥に祭主のいる人垣に飛び込んでいった。
一気に人々が割れて、祭主と祭り衆だけが彼女の眼前に立った。
祭主は恐れおののき、金切り声を上げる。
「いかん! 蹴落とせ!! そのまま海に落とせ、災厄を起こさせる前に!!」
祭り衆が言われた通りに、少女をはじき返し、そのままの勢いで、港の海の中に放り込んだ。
水柱が立ち、泡が水面に浮かび上がるが、何故か肝心のイルファネが上がってこなかった。
祭主はそれを証拠に、彼女が鬼子であると、街の人間を説き伏せた。
彼らは不気味がり、そそくさとその場から立ち去った頃、やっと海から顔を上げたイルファネは小舟にしがみついた。
そして、暗闇の中、一人で涙をこらえながら、コミュニティを跡にした。
ホーゥグロウは、戦力の全てである蒸気鉄甲戦艦六隻と補給艦二十隻で、アスカフロートを出航した。
旗艦の提督室には従僕とともに、腕を組んだリンドルもいた。
「早速だが、ワインを一杯」
従僕に命じると、リンドルが一瞬、鋭い目を向けて来たが、お互い何も言わなかった。
代わりに口を開いたのは従僕の士官候補生である少年だった。
「提督、まだ早いと思います。出航したばかりじゃありませんか」
「ああ、そうか。おまえが禁止するのか、それならそれでいい。従うよ」
ホーゥグロウは苦笑するしかない。
彼は衛星から海図と映像を幾つか開いている浮遊ウィンドウの一つに落として、映し出していた。
まだまだ接敵まで時間のあるスフィル艦隊の影が確認できる。
この間の時間を利用して、ホーゥグロウは本国のベラルミルコ派の一人と連絡を取った。
「久しぶり、イードルハーム。そっちは大変そうだが、ウチとしては、どうすればいいんだ?」
画面に現れたのは、二十一歳で老化を止めた若い男の顔だった。
『お手上げだよ。おまえを援助したくとも、まったく動きが取れない。あと、以前から事件を起こしていた浪人たちが一斉に政府に捕まった。こちらも何とか巻き返す。悪いが、それまで耐えてくれ』
イードルハームは困惑しきった表情だった。
今度こそ、ホーゥグロウは酒を持ってこさせる。
しばらく考えている様子で、タンブラーのウォッカを一口喉に流し込む。
「・・・・・・わかった。精々なんとか生き残ることにするよ」
ホーゥグロウは言葉は穏やかだが、捨て台詞のような口調だ。
そして、そのまま通信を切ってしまった。 リンドルの方をみて笑む。
「どうやら俺たちは見捨てられたらしいぞ」
『提督、アスカフート領海内に入りました』
部下からの報告で、フールーエラーは起こされた。
ミリシィリアは、遠慮なく提督室の片隅で寝息を立てている。
「・・・・・・あー、そうか。わかった」
いまいち晴々しないといった様子で、フールーエラーは答えた。
「敵艦の位置は?」
『このままで行くと四時間後には視界に入ります』
「他に警戒すべき、艦影や天候は?」
『他艦は見えません。天候は晴れ。風力一で凪ぎ状態が続く模様です』
「ご苦労」
フールーエラーは、報告を聞いていよいよかと思った。
「各艦橋に告ぐ、今のうちに兵士に食事をとらせて置け」
短く命令を下す。
フールーエラーは食事を拒否したが。
やがて正確に四時間後、敵艦隊発見の報が入った。
「各員第一級戦闘配備、砲雷撃戦用意だ」
彼の声で、やっとミリシィリアが目を覚ました。
「・・・・・・あれ? ご飯は?」
眠気眼であたりを見回しながら、彼女はぼんやりと訊いた。
「ないよ。てか、もう戦闘だ」
ディスプレイ上では、各艦の各所で兵士たちが緊張した面持ちで持ち場について、命令を待っている姿が映されていた。
「うっそ、はや! なんか知らないけど、はや!」
「寝てるからだろうが」
その時、縦隊二列のフールーエラー艦隊のはるか向こうの水面に巨大な水柱が上がった。
『敵、射撃を開始した模様です』
情報参謀が連絡を入れてくる。
「無駄な弾は撃つな。もっと十分接近してからにしろと厳命しろ」
『了解です』
相対位置を映すディスプレイ上では、フールーエラー艦隊のはるか遠くにまっすぐ向かってくる同じく二列縦隊の六隻の鉄甲戦艦が見えた。
ミリシィリアは寒気を覚えた。
風邪でも引いたかと、彼女は思った。
今の状況では、それ以外に理由が見つからない。
アスカフーロからの敵艦は、二列をゆっくりと間隔を開けて行き、三隻ごとの単縦陣をつくろうとしていた。
「艦隊提督より命令。我が艦は、作戦プラン・Aで行く」
フールーエラーの声は全艦の艦長に届いた。 二列のまま、最後尾で真ん中にあった艦が急速で先頭を進む。
ホーゥグロウは艦首の砲を撃ちながら、両側から挟み込めるように、艦を展開していった。
フールーエラーの艦隊の周りに水柱が幾本も立つ。
ホーゥグロウは、右翼の最後尾の艦にいながら、機会を待っていた。
ワインは五杯目になる。
リンドルは、提督室から突撃艇格納庫に降りて行った。
フールーエラーは、敵の右翼に自艦隊がまっすぐに波立たせながら進んでいることを確認して満足した。
そして、全ての艦が小型間接敵防止の鎖を水面下に張りだした。
やがて、フールーエラー艦隊と、ホーゥグロウ艦隊の先頭が、接触寸前になった。
「全艦白兵戦用意、準備次第、各艦から敵艦に乗り込みを仕掛けろ!」
フールーエラーがこの場にふさわしく、力強い声を出した。
先頭艦が押し込むように艦体をきしませながら相手先頭艦に接触した時、鉤の点いた鎖を迫撃砲で打ち込み、固定して、ゼロ距離砲撃を連続で喰らわせながら、次々と武装したサイロイドたちが乗り移っていった。
相手の第一甲板は四つに柵で区切られて、四方を機関銃が配置された曲輪に降り立ったサイロイドたちは、次々と銃撃に倒れて行った。
だが、他の曲輪に攻め込んだサイロイドたちが後ろから攻撃して、援護すると、機関銃は一つまた一つと黙らせていった。
ホーゥグロウは、左翼の艦隊から砲撃で援護しつつ、突撃艇の発進を命じた。
発射管から、小型艇が着水し、水面をすべるように走りだす。
フールーエラーの右翼列は、主砲を敵艦に、副砲、機銃は突撃艇に集中させる。
銃火をくぐり抜けて来た突撃艇は、鎖に乗り上げてそのまま突破し、艦腹に突き刺さる。
最も初めに乗り込んだのは、またしてもリンドルだった。
彼は、とにかく目に入った相手を抜いた刀を振るい、斬りまくっては走った。
三体をあっという間に倒して彼は気付いた。
抵抗があまりに弱いのだ。
「・・・・・・」
そして、見鬼の能力が反応した。
「ゴースト・・・・・・どこだ?」
踊りかかってくるサイロイドを、一刀で斬り伏せて、あたりを見回した。
ミリシィリアは悪寒の正体がつかめた気がした。
明らかにゴーストだ。
ただ、どこにいるのかまではまだわからない。
フールーエラーを見ると、戦闘服に着替えつつ、白兵戦の用意をしているところだった。
彼が考えた作戦は、全艦隊麾下の乗組員を、敵艦隊に乗り込ませて、乱戦に持ち込み、あわよくば乗っ取ろうというものだった。
そこまでいかなくとも、アスカフーロ艦隊をできる限り無力化すれば事足りると思っていた。
「にぃやん、何処かに居るよ。気を付けて」
彼女は二本用意した鞘を履いていたが、白刃の方はそのまま床に落とし、古銅銭剣をその場で抜いた。
「ゴーストか・・・・・・」
長い刃のカランビットと拳銃を握っていた彼は、驚くかわりに、ただ面倒くさげな様子だった。
「まぁ、どうにかなるだろう。ってか、鬱陶しいのが出て来たな。とにかく、俺たちもそろそろ行くか」
アスカフート艦隊の左翼先頭艦から派手に火の手があがって、煙突からとは関係なく黒煙が舞い上がっていた。
二列の最後尾艦はこの間に回頭を済ませていて、敵右翼艦隊に向かう。
艦砲射撃に集中していたホーゥグロウが先頭に乗る三隻は、砲弾をものともしないで接近してくる敵艦から、畏怖と混乱を巻き起こし、あらぬ方向でも構わず、とにかく撃ちまくっていた。
そのうちに熱を持ち、爆発して自滅する砲が連続した。
フールーエラーは、甲板に立ちながら、飛んでくるライフル銃にも大砲の弾も気にせずに立ち、周りに指示を出し続けていた。
両艦隊部隊が互いに顔を識別できる距離までくると、フールーエラーの艦隊から鉤が迫撃砲でホーゥグロウ艦に掛けられる。
固定すると、フールーエラー艦から一気にサイロイドたちが突入していった。
ホーゥグロウの右翼部隊は、白兵戦要員を残りの別の艦に突入させてしまってたので
防御が薄かった。
フールーエラーも相手艦の甲板に降り立ち、指揮を続ける。
ミリシィリアは彼の近くに居ながら、指を小さく針で刺して、古銅銭剣に血を塗って、相手を探していた。
彼らは四つある曲輪のうち、一つに大量に押し込まれたために、あふれるようにして、他の曲輪に突入して奪取していった。
だが、一部で急にサイロイドたちの勢いが弱った。
フールーエラーが見ると、そこには、ギフス軍の将校服の上から強化繊維のコートを肩にかけ、ブロードソードを握った男が、無数のサイロイドの死体のそばに立っていた。
「提督か・・・・・・」
フールーエラーは、つぶやいて軽く、浮遊ディスプレイを開いた。
映し出された戦況は、まさに混乱で、彼が描いた通りの展開になっていた。
いや、それ以上のものだった。
それを確認すると、彼は男に向かって歩を進めた。
ホーゥグロウも、彼を認めたように、凄みの有る笑みを浮かべた。
「待って、にぃやん!」
辺りの怒号や砲声に満ちてよく声が聞こえないなか、ミリシィリアの声はよくとおった。
思わずフールーエラーは足を止めて振り返った。
「あの人、憑かれてるよ!」
「なに!?」
ホーゥグロウは、ブロードソードを振り回して、さらに手近なサイロイドをなぎ倒していた。
「・・・・・・俺の手には負えないってことか」
「ここは、アタシの出番だね」
古銅銭剣を構えて振ってゆっくりと瘴気を断ちつつ、ホーゥグロウに近づいてゆく。
だが次の瞬間、小柄な人影が艦に降り立ったかと思うと、素早くホーゥグロウのところまで駈けていく。
リンドルだった。
彼はホーゥグロウの正面から勢いよく柄の先でみぞおちをえぐるように突きあげる。
ホーゥグロウは呻いて、前かがみになった。
リンドルは素早くブロードソードを払い、彼を肩に乗せて、驚くべき怪力でそのまま一緒に突撃艇に乗り込んだ。
フールーエラーらが余りのことに、茫然と見ていると、生き残っている右翼後尾の艦に引き上げた。
鉄甲戦艦は汽笛を上げて黒煙を吹きあげながら、フルスピードで先頭海域から離れていった。