全てが終わった気がした。
ふらふらとして戻ってきた奇喩を迎えたのは、紗宮耶たちだった。
「さてと。順番だが、この姉ちゃんと俺、どっちの用を先に始末する?」
悠真がからかうように聞いてくる。
「奇喩、あんたヴァリスになにをした?」
紗宮耶は横目を彼に向けていた。
「紗宮耶、良いことを教えてやるよ。おまえらがこの世界でずれないで存在す
る簡単な方法は、そこにいる深羽とかいうガキの存在を消すことだよ。まぁ不
可能だけどね」
「……へぇ」
短く答えた紗宮耶は、言葉の終わりに凄まじい殺気のこもった視線を少女か
ら感じた。
駄目なのだ。
紗宮耶のラ・モールはあまりにやり過ぎた。
彼女は凄みのある笑みを称えて奇喩に向き直る。
「あんた、ヴァリスになにをした?」
「なにも。ただ、欲しがってたものを上げただけさ。釘打ち事件というモノを
目前にして、ヴァリスは自己世界に改まって籠った。俺のやってきたことはヴ
ァリスから否定された。紗宮耶よ、おまえは言ったよな? この世界の神にし
てやると? してもらおうじゃないか?」
「……なら望み通りに」
部屋のドアが開き、銃を持った伊瑠コミュニティの人間が多数現れた。
彼等は問答無用で拳銃を放つ。
弾丸は奇喩に集中して、体中から血を散らした彼は衝撃に舞うようになって
から、床に倒れた。
「……あーあ。最後の俺の仕事が取られちまった」
悠真はぼやくように言った。
「悠真、そろそろオレの出番で良いか?」
深羽は低い声で紗宮耶を睨みつつ言った。
「おまえの仕事はまだあとだ。次は俺の番だよ」
悠真は電子タバコを吸い、煙を吐きながら敢えてのんびりとした雰囲気で言
った。
「……どうやら結局、相成れなかったってわけね」
「結局も何も最初からだけどな」
鼻で笑う悠真。
S&Wを手にぶら下げる。
「湖守がいなくなった時点で、おまえは存在価値がそれこそなにもなくなった
んだよ、俺の恨みの的として以外はなぁ。あんな屈辱は初めてだよホントに。
腹立つわー」
「あたしを殺したところで、御堂コピーは幾らでもいる。おまえに殺し尽くせ
るか?」
「面白いこといってくれるじゃねぇか。なぁ、祥無?」
白いパンクロック風の青年は頷いた。
「あなたを殺すことはしません。その代わり、全力で逃げてください。僕たち
に殺されないように。なにしろ、悠真も深羽も心底あなたを恨んで殺したくて
たまらないのですから」
ようやく、紗宮耶はゾッとした。
機会さえあればいつでも殺せる。
たった今この瞬間でもだ。
それは全て彼等の意思、気まぐれに支配されている。
一片たりとも紗宮耶の意図は含まれないのだ。それは完全に蚊帳の外であ
り、どうあがいても操作不能であり、危険なまでに気まぐれなものだった。
「……最悪な最後ね、まったく」
紗宮耶は髪をかきあげて深い息を一つ吐いた。
そして、三人をちらりと睨むようにすると、ニヤリとした。
「そんなことよりも、もっと良いものくれてやるよ。下手な鬼ごっこよりもよ
っぽどオモチャになる」
彼女は拳銃を明後日の方向に構えた。
御堂コピーもイマジロイドもそれぞれ構えた。
それは一発の銃声に同時に幾つも重なったものだった。
瞬間の発射音は、それぞれがそれぞれの眉間を撃ちぬき、全員が崩れるよう
に倒れた。
「クソが!」
悠真は吐き捨てた。
よりによって自殺しやがった。
よりによって、最悪の傷をつけてくれやがった。
悠真には、もう御堂への復讐を果たせない。
深羽を護れなかった事実を曲げることもできない。
全ては現実の過去となり、過ぎ去った記憶となった。
この上ない呪いと言って良い。
怒りのあまり、悠真は紗宮耶の死体にS&Wの全弾を撃ち込んだ。
「……気が済みましたか?」
祥無が冷静に聞いてくる。
「……済むわけがねぇじゃねぇか」
力ない言葉だった。
自嘲と苦笑とそして虚無すら除く声。
「……やれやれだよ」
疲れたとばかりに、悠真は息を吐いて腕をぶら下げた。
そんな彼らを無視して、伊瑠コミュニティの者たちは奇喩らの死体を運びだ
していた。
これから彼らなりの処理をするのだろう。
だが、もう悠真の知ったことではない。
祥無は軽く天を仰いだ。
「悠真、もういい。紗宮耶は死んだ。ラ・モールももう存在しないよ」
それを聞いていたのは悠真ではなく、祥無だった。
彼は敢えてそのままにしていたことに対して、改めて手を伸ばした。
「悠真。離璃と接触します」
「離璃?」
彼にとっては初めて聞く名前だった。
「ヴァリスと同じ燈霞の住民で、我々が燈霞で酷い目にあった後で処理をして
くれた人ですよ」
「今更、燈霞のそいつとまた連絡とってどうしようというんだよ?」
祥無は何も言わなかった。
ただ、確かに彼は燈霞都のチャンネルを開いていた。
「……僕が説明するよ、悠真」
少年の声が脳内に響いた。
幾分の歪みが空間的距離を感じさせた。
「紗宮耶はこちらで生き残ってる。燈霞内じゃ、銃弾ぐらいじゃ死なないんだ
よ、あの人たち。だから、燈霞は完全分離させない。そしたら、大変なことが
起こるんだよ。わかる?」
「わからねぇ」
もったいぶった言い方に、多少の苛立ちを含めて悠真は応えた。
「本当は奇喩の死で燈霞は満足していたはずなんだ。なのに、紗宮耶がそちら
で死んだ。永遠に君たちには手に入らない存在になったんだ。全て意味がなく
なるんだよ。そしたらどうなると思う? 全ての崩壊だ。燈霞も、燈霞外世界
も全てが壊れる。祥無がいる以上ね」
「祥無が、だと?」
「彼が今や、燈霞とそちらを重ねることができている唯一の存在だ」
「まてまてまて、どういうことだ?」
「祥蕪がいなければ、別世界として君たちのすべてを否定されるだろうね。祥
無がいる以上、いや、祥無が存在している以上、二つの世界は繋がったままと
いうわけだよ」
悠真は乾いた笑いを上げた。
「祥無よ、おまえ最後に何考えてたんだよ!」
「いやぁ、物は流れてゆくものです。役割をすませたなら終わりにするつもり
だったんですけどねぇ」
「ふざけんな祥無! なに勝手に消えようとしてんだよ! 悠真だっておまえ
だって黙ってどっかに行くのはゆるさないからな!」
「やれやれ」
祥無は息を吐いた。
ホッとしたような、戸惑ったような、複雑なものだった。
「とりあえず、リンクは祥無の存在で起こってるからそれだけは認識してて
ね」
離璃は言った。
つまりは、祥無が存在している間に紗宮耶をどうにかすれいいのである。
その悠真の考えを読んだかのように、祥無は笑んで言った。
「燈霞の時間についてですが、こちらから干渉するときに自由に設定可能で
す」
「……つまり?」
「好きなときに好きなタイミングをいつでも狙えるって事ですよ」
「……つまりはだ……」
話を聞いていた深羽はいかにもわかったかのように続ける。
「好きなときに好きなタイミングで何をしても良いということだよ、悠真君」
「そこまで拡大解釈するか?」
悠真は思わずツッコミを入れていた。
「でな、下にザトウクジラが乗り上げてるんだよ」
「そうだな」
「行こうじゃねぇかよ」
「ザトウクジラに何か用ねぇよ」
深羽はつまらなそうな顔をする。
「車より便利だろうが」
「何にだよ」
「全国お祭り巡りにきまってんだろう!?」
「……マジ?」
「マジ」
「アレで行くの?」
「当然」
何の疑問があるかと言いたげな深羽だった。
悠真は電子タバコを深々と吸い、ゆっくりと煙を吐き出した。
「まぁ、それも面白れぇか」
「決定だ!」
深羽は喜色を込めて叫んだ。