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第21話

 奇喩ははたから彼等を観つつ、混乱していた。

 何が起こったのか?

 間違いないのは、彼が自己の感覚を取り戻したことだった。

 急に、彼はとてつもない罪悪感に取りつかれた。

 内在している人格の六人が総出で彼を責め、泣き叫びだしたのだ。

 馬鹿なと思った。

 彼の犠牲者とはいえ、所詮、彼の人格なのだ。

 何を今更という気分だった。

 むしろ、彼は自己の感情を楽しんだ。

 そして、これから起こるであろう、いや、これから彼が起こす犯罪を思い、

喜びに身震いする。

「ああ?」

 悠真が彼に顔を向けた。

 その目が穴の開いた手の甲で止まる。

 奇喩はワザとらしく手を軽く掲げて見せた。

「待ってろ」

 深羽に言うと、彼は立ち上がった。

 ゆっくりと奇喩のところに近づいてくる。

「……あんたかぁ。まさかご本人から接触してくるとは思わなかったなぁ」

「まぁ、一人じゃ面白くないんでね。ちょっと頑張ってくれる人が欲しかっ

た」

「あ?」

 奇喩はニタリとすると、いきなり身を翻した。

 相手が悠真なら申し分ない。

 あらゆる門を曲がりながら走り、奇喩は大声で笑った。

 残された悠真は、雑踏に目をやりながら舌打ちする。

 また面倒臭いのが現れた。

「ゆっくりできないのかねぇ」

 電子タバコを口に咥えて自嘲にも似た笑みを浮かべる。

 煙を吐くと、言葉を吐く。

「出てこいよ、祥無。そこらにいるんだろう?」

「……いやぁ、探しました」

 人込みの中から現れたパンクロック風の白い青年に、悠真は鼻を鳴らす。

「おせーよ。説明してもらおうか?」

「座っていいですかね?」

 二人はテーブルに戻った。

「よぉ、祥無」

 深羽が手を広げて上にあげる。

 祥無は、パチリとお互いの手の平を叩きあって、席に着いた。

「さて、説明しますと、燈霞は去りました。代わりに我々が出て来ました」

「本的に説明になってねぇ」

「釘打ちは燈霞の中の存在だったのです。それが現実化しました」

「ほぉ」

 胡散臭そうな目を祥無にやる悠真。

「どこまでが現実だ?」

「あなたと深羽がこちらに移動するまで。つまり死ぬまでです」

「なるほど」

 悠真はすぐに納得して苦い顔をする。

 不思議な話ではない。

「じゃあ、ラ・モールの連中は?」

「こちらにいますね」

「始末するか……」

 間髪を入れずに、悠真は応えていた。

 アレは屈辱の出来事だ。

 あんな無力感は、深羽たちと出会う前に戻ったかのようなものだった。

 二度とあの頃には戻りたくない。

「勝てますか?」

「勝てるでしょうの間違いじゃねぇのか?」

 悠真はニヤリとした。




「総員、戦闘用意。我々は燈霞外に出た。ここは全て敵だ。焼き払へ!」

 紗宮耶は命じていた。

 離璃を燈霞に落とし込んでみれば、一緒になって気泡となっていた。

 残された彼女には、何をどうしていいかわからない。

 ならば迷いなく下す判断は一つ。   

 全て敵である。         

 一撃で辺りにラ・モールを轟かせる。

 御堂のコピーが十体、戦闘用イマジロイドが五十体、地上に降りて行った。

 彼女もバレカットの連装機関ショットガンに小型炸裂弾を十数個腰に垂らし

てあとに続く。

 降下途中で、炸裂弾をばらまいた。

 街のあちこちで閃光と共に爆風が起こると轟音が響き、瓦礫やガラスが舞い

散る。

「おいおい、派手に来るなぁ」

 S&Wを抜き、目の前に着地した御堂コピーとイマジロイドを無視して紗宮

耶を眺める悠真。

「あれ?」

 横で深羽が声を出す。

「どうした?」

「あの時だせた怨霊が出せない」

「ああ、それは燈霞の能力ですよ」

 祥無が説明する。

「え、ちょっと待てよ! それじゃあ俺は何すればいいんだよ!?」

 思わず声を上げる深羽。

「うるせーなガキがよ。おめぇ俺に任せてそこで黙ってろ。あそこに唐揚げあ

るし」

「でも……」

「ああ? 唐揚げじゃ不満か?」

 悠真に悪戯っぽく睨まれて、深羽は何も言えなくなった。

 彼は一発、正面に弾丸を放つと一気にイマジロイドを抜けて、御堂コピーの

真っただ中に突入していった。

 御堂コピーたちが一斉に斬馬刀を振り込んでくるのをひらりとかわし、一体

の背中を押すと遠くのイマジロイドたちを連続して五発放って五体を吹きとば

した。

 すぐにスピードローダーで弾を込めると、押してバランスを失い、振り向い

た御堂コピーの顔面に全弾見舞い、その懐に入る。

 斬馬刀がその御堂コピーの肩口に三撃を喰らわした。

 その御堂コピーは絶命する。

 弾丸を込め終えた悠真は、下から除く御堂コピーたちの足首を弾丸で貫き、

立ち上がるとともにまたイマジロイドを打ち倒す。

 後ろに飛びのき、彼は正面に銃を構えつつ、電子タバコの煙を吐いた。

「何か悠真の調子よさすぎね?」

「恐らく、燈霞から離れて彼本来の能力が発揮されているんじゃないでしょう

か。それと逆にラ・モールの方が弱体化してますね」

 建物の影から、深羽と祥無が覗いていた。

 御堂コピーらが悠真のところに殺到すると同時に、足元に小さな塊が転がっ

てきた。

 小型炸裂弾。

 悠真は一人の御堂コピーの腕を取って無理やり引っ張るとそのまま手を放

し、横に飛んだ。

 御堂コピーの胸の下で爆発が起こり、彼は四肢をバラバラにして吹き飛ん

だ。

 足を怪我した連中の動きは鈍く、爆風を避けているところを悠真のHPS弾

が集中する。

 一体、また一体と御堂コピーたちは倒れてゆき、その隙間にイマジロイドの

屍が詰まれていった。

「私を舐めているのか、チンピラ風情が!?」

 紗宮耶が連装ショットガンを構えた。

 悠真は迷うことなく残っている御堂コピーとイマジロイドたちの中に紛れ

る。

 紗宮耶も戸惑いもせず、そこを狙ってショットガンを連発する。

「……無茶苦茶やるなぁ」

 煙を吐きながら這いつくばり、悠真はぼやいた。

 一発、彼女に向けて撃つと、彼は立ち上がった。

「舐めるなだぁ? こっちは勝手に因縁つけられて、仕方なく商売だってのに

ただでことしてやってんだぜ? 特別扱いにもほどがあるってことぐらいわか

ってもらいてぇなぁ?」

「なら大人しく死んでろよ?」

 銃口を悠真に向ける。

「あの、紗宮耶さん?」

 いきなり背後で声がして、彼女は思わず飛びのいた。

 そこには、恰好は派手なくせに無害そうな表情をした祥無がいた。

「なんだおまえ、こっちに来てもまだ生きてたのか?」

 意外そうな顔をする。

「それなんですがねぇ。ちょっとお話があるんですよ」

 怪訝そうな紗宮耶だが、無視できる雰囲気ではない。

 背後に殺気に満ちた深羽がいたのだ。

 彼女は御堂オリジナルを倒した時の紗宮耶を忘れていなかった。

「いきなりこんなところに飛ばされちゃ困りますよねぇ。腹立ちもわかります

よ、僕もなんで」

 紗宮耶は小さくびくりとすると、まじまじと祥無顔を見た。

 心の底を見透かされた気がしたのだ。

「何のつもりだ……?」

 彼女は反射的に聞いていた。

「ことの原因を教えてあげますよ。奇喩が世界を一緒くたにした犯人です。何

故だか知りませんが、彼は世界の支配者になりたがってまして」

 紗宮耶は少しの間、祥無を睨む。   

「……オペレーター、奇喩を探せ」

 彼女はザトウクジラの乗員に命じていた。

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