疑問はあった。
ただただ、衝動もなければ感動もない。事務的な作業という殺人行為。
何故だと、常に自問していた。
どうして、このようなことをしなければならないのか。
そのたびに仲間が増えて行った。
内に。
正直気に入らないものも居たが、仕方がない。
多分必要な者なのだろう。
奇喩は殺すたびにその人格を内包して孤立した自己の世界を広げていった。
「疑問は解消しなかったのかい?」
離璃が彼の前に立っていた。
後ろには祥無がいる。
『おやおや。ニカラの一部が登場だね』
ヴァリスが声にした。
「先程はどうも」
祥無が不敵な笑みを浮かべる。
そして奇喩に向き直る。
「あなたも、ヴァリスの為にここまで来てご苦労さまですね」
「……おれがヴァリスのために?」
奇喩は不快さを超えて怒り混じり繰り返した。
杭のような、握りの部分を布のガムテープで巻いた者を懐から取り出す。
「ふざけるなよ……俺は最初から俺の意思で全てやっている」
怒りは爆発寸前だった。
「では、何に対する感情です、それは?」
祥無が聞く。
「証を見せてやるよ」
ヴァリスに向き直る。
相手は先程のことがあったというのに、やっとこちらに関心を向けたという
風である。
その時に、奇喩の意識にある思いが沸きだした。
いや、以前からあったが敢えて無視していたものだ。
とてつもない怒り。その源泉は孤独だった。
初めて人を殺した時の感覚はここに捨てられていた。
覗けば、耐えるのも難しいほどの過剰な興奮と同時に解放から来る喜びの快
感があった。
これだ。
自分が人を殺してきた理由は。
他のものになどわかるわけがない。この溢れんばかりで自己まで侵食する表
裏一体の依存性ある快楽を。
ヴァリスが微笑む。
嫌な笑みだ。嫌らしく、気持ちが悪い。
突然、何が起こったか理解した。
ヴァリスは彼の心象に潜入して彼の感覚を我が物にしたのだ。
「貴様!」
思わず怒鳴っていた。
土足で踏み込むなんてものではない。
自分を奪われた。
どんなに酷く醜く汚い自分でも、この自分を奪われた!
生きている以上、これを超える屈辱と怒りがあるだろうか。
奇喩は逆手に持った杭をヴァリスに撃ち込もうとした。
彼と同時に現れた六人が同じくヴァリスを囲んで腕を振り上げた。
途端、壁のようなものに彼等は弾かれる。
だが、何度もそれに杭を叩きつけている奇喩たちがいた。
『なるほど、こういうものか。これもまた楽しいねぇ』
ヴァリスは恍惚とした表情だ。
黙ってみていた離璃は戸惑っていた。
手はある。
だが。
珍しく険しい顔の彼に、祥無が微笑んだ。
「今更何かを望んだのですか、離璃?」
言葉も出ない。
その通りなのだ。
元から彼には何もない。
だというに、何時からだろうか。
悠真と深羽の二人を観て、望みだしたのだ。
「代わりましょうか?」
祥無に向かって思わず顔を挙げる。
「代わるって……」
「僕は元々、燈霞のものですし。連中もヴァリスには手こずってきましたし
ね」
離璃は笑った。
「代わりはいないよ、祥無。君こそやることは残ってるんだし」
「おや、要らぬお節介でしたか」
彼は苦笑する。
「大体、君が行っちゃダメでしょ」
言って、離璃は一歩前にでた。
意識をヴァリスにリンクさせて、内部に意識を広げる。
『おや?離璃、いらっしゃい』
「他人行儀だなぁ、いらっしゃいじゃなくて、おかえりなさいでしょ」
『そうでしたっけ? いつも隠れていたんで忘れてましたよ』
「伊達に御隠れ様とか言われてないからね」
さらにヴァリスの中で拡大させて行くが、意外と抵抗はない。
不思議に思ったが、ようやく気が付いた。
ヴァリスという、内包する意思は、元々は離璃と一体なのだ。
ヴァリスことが離璃であり、離璃は燈霞が産んだ一つだったのだ。
そうなれば、離璃にとって乗っとることは簡単だった。
大きく広げた意識を掬うように、ゆっくりと狭めてゆく。
ヴァリスは離璃に囲まれながら、同時に境界をなくして溶けていった。
気泡のようなものが空高く上がっていった。
透明で外界を映しながら、中に粒子だけを内包した空っぽの泡だ。
見たものもいれば、見なかったものもいた。
ただ、燈霞はヴァリスとともに、軌道をずらして地球から離れて行った。
秋葉原の外れにある道路にテーブルを置いた店で、男はぼんやりとハイボー
ルを飲みつつ、熱い唐揚げを食べていた。
店の商品はこれだけで、価格も食べ飲み放題で千と安い。
昼間の通りに人通りは絶えず、空にはところどころの雲。風はない。
月も見えない青空である。
いた。
深羽は泣きそうになった。
涙でにじんだ目をこする。
ここが現実だ。
これこそが、現実なのだ。
「美味しいの、それ?」
深羽はふらりと近づいてきて、彼に尋ねた。
「あー、美味いな」
「ふーん」
少女は隣に座り、勝手に唐揚げを取って、小さい口で齧る。
「いいな、こういうのも」
「呑気だなぁ」
男は鼻で笑って、ハイボールを飲むと電子タバコを咥えた。
煙を吐いて、首を鳴らす。
「で、どうなってるんだよ深羽。これは?」
深羽は微笑んだ。
「燈霞から助けてくれたんだよ、悠真がね」
「ああ? おれはあの時、死んだぞ?」
「フラクタル・ネットでね。ここはワールド・ネット。燈霞の存在しない世界
だ」
煙をくゆらせ、どうでもよさそうに肘をつく。
「あ、そう。相変らず訳が分からないな。まぁいいや。終わったのか?」
「うん。終わった。全部ね」
「じゃあ、これからどうする?」
「それよりさあ、どっか行かない? とりあえず、唐揚げより、ラーメン食べ
たい」
「あー、ハイハイ。わかったよ」
よっこらしょと声にだした悠真は車の形をした店の窓口までいって、トレイ
を片づけた。
「ラーメン屋、どこにあったかな」
「それぐらい、調べろよ?」
「豚骨? 醤油?」
「塩!」
「渋いねえ」
悠真は笑うと、深羽を連れて歩きだした。
少年が一人、彼らとすれ違った。
どこかで見たような気もするが、どこにでもいそうな若者だ。
歩道は人でいっぱいだ。
日差しは案外鋭い。
「暑いな」
「服も買いたい!」
「贅沢いうなよ」
「んだよ、ケチィな!」
深羽はぶーたれた。