目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第11話

 手詰まりだ。

 悠真は内心イライラしつつ、眉間に皺を寄せてアパートに戻った。

 パズルは完成間近だった。

 お帰りと、陽気に迎えられるが、悠真は黙ったまま煙を吐き、二人の近くに

座った。

 何とはなしに悠真が残ったピースをはめてゆくと、風景画は完成した。

「おお、いいとことってくじゃねぇかよ!」

 感動したように深羽が笑顔で叫ぶ。

「あー? これぐらいならなぁ」

 少しだけ、満足感を見とめつつ、悠真はニヤリとしてみせる。

 祥無も満足そうだ。

「よし、飾ろうぜ!」

 深羽は額縁を持ってきた。

 ふと、気付いたように、悠真と祥無を見る。

「写真もいれない?」

「良いですねぇ」

「……あー?」

「なにその気乗りなさげな声?」

 ムッとした顔を悠真に近づける。

 悠真は職業柄、写真は余り好きではないのだ。

「お願いしますよ」

 祥無が、穏やかに悠真に頼み込む。

 結局、満面の笑みの笑みと、ピースサインの祥無、そして仏調面で視線を外

して電子タバコを咥えた悠真が風景がのなかに入った。

「もっと良い顔できないもんかねぇ」

 深羽は眉間に眉を寄せながら、額縁のパズルを眺める。

「まぁ、良いじゃないですか」

「いいだろう、べつに……」

「いいけどさ」

 間を置いた深羽は、手を伸ばして突然、悠真をの脇をくすぐった。

「お、おい、やめ……!」

 無理やり笑わされたところを、祥無に写真を取られる。

 そして、額縁の端っこに貼り付けられることとなった。

 悠真は勝手にしろとばかり、不機嫌にそっぽを向いたが、深羽と祥無は満足

げだ。

 呑気なもんだ。

煙を吐きつつ、あえて気分を抑えながら思った。

「で、彼女は何の話をしてきたんです?」

 祥無が、水をむける。

 目だけやった悠真は、鼻で笑った。

「何のために来たか、わかってたようじゃないか。あえて俺から聞くのか?」

「疑問もあろうかと」

 少年は悪びれる様子もない。

「……どうするつもりだよ、おまえは。どうして俺のところに来たんだよ?」

「どうしてでしょうね。深羽の意思、でしょうか」

「あー? 何だそれは? ありゃ偶然だろう?」

「結果、深羽が決めたことです」

「なんでだよ?」

 悠真は、パズルに見入る深羽に目をやり、呆れたような顔を祥無にやる。

「さあ?」

「随分と無責任だな」

 祥無はあえてニッコリ笑っただけだった。

 こいつも喰えない。

 悠真は軽く舌打ちと同時に煙を吐く。

「まったくどうしていいかわからんのだけどね?」

 はっきりと、悠真は腹のうちを晒す。

「僕もわかりません」

 笑顔は変わらないままの答えだった。

「……やってられねぇ……」

 悠真は煙だらけの天井を仰いだ。




 ビジョンでは、心霊特集が流行ってから廃れることがなかった。

 詩衣は、むしろわざとらしくおどろおどろしい街中を冷笑を込めつつ、オー

ルド・カーのアストンマーティンを運転していた。

 国民たちの怪異趣味は増すばかりで、一種の娯楽として流行していた。

 なにしろ、誰一人そのようなものを信じてはいないのだ。

 都市部になればなるほど、派手さが増してゆく。

 だが、朝に見るその風景は滑稽以外の何物でもない。

 皆、わかっていてやっているのだから、暇なものだと詩衣は鼻を鳴らすこと

すらしなかった。

 彼女の務めるリクナル本社は、半壊したヨーロッパの古城の姿を取ってい

た。

 アストンマーティンを駐車場にとめて、そのまま中に入り自分のオフィスを

覗くと、三十名ほどのスタッフがすでに席について勤務していた。

 課長用のブースにある席に座り、まずは報告文書に目を通す。

 リクナル社は主にイマジロイドの医療器具や各種パーツの製造・販売を行っ

ている。

 詩衣の第十二課は、新たな技術の研究を統括する部署だった。

 報告文書の一つに彼女は目を止めた。

 昨晩、取引先の医療機関から危篤状態のイマジロイドを保護したが、原因不

明の誤作動などでリクナルの研究所に搬送されたという。

 信用できる取引相手だ。そこで、処理しきれないイマジロイドの状態という

ものが引っかかった。

 部下に資料を送るように指示しつつ、早速席を立つ。

 脳に直接報告書を流しつつ、すぐに、本社から郊外にある研究所まで自分の

車で向かう。

 研究員に迎えられてラボまで来ると、ベッドに寝かされた十代半ばと思われ

る少年が半裸で眠っていた。

「……ああ」

 詩衣は何者か一見してわかった。

 少年の右目下に、逆さ十字のタトゥーがいれてあった。

「トライ・クロス・クスのメンバーだ」

 彼女がいうと周りにいた研究員の数名が眉をひそめた。

 トライ・クロス・クスとは、ストリート・ギャングのなかでも有名な集団だ

った。

 決して主流ではないが、ギャングや半グレ集団の裏の調停役として特異な地

位にある。

 調停に名が出せるということは、それなりの実力を持たねばならないが、そ

れを発揮した事件などは一度もない。そのくせ、目立たない訳でもない。

 いわば曲者集団だった。

「……心臓と脳は活動していますが、意識が回復しないのが現状です。幾ら刺

激を与えても、反応がありませんパルス自体にすら」

 余計な説明をはぶき、そばに立った研究員が言った。

 詩衣はくすっと皮肉気に笑んだ。

「ワザとだろう。偽死だ。本人は死ぬつもりなんてないさ。別にいい、切り刻

んで捨ててしまえ」

 楽し気な声だった。

 研究員たちは一瞬目を合わせていたが、上司の命令である。手術での肢体切

断の準備を始める。

「……そんな面倒なことをしなくてもいい。鉈とか斧とかで叩き斬れ」

 余りに無造作な言い方に彼らは絶句するも、緊急時の防災用斧などを持って

くる。

 迷いなく、少年の身体に数人が斧を振り降ろす寸前、素早く回転した身体が

ベッドの下に潜った。

 幾本の斧が叩きつけられ、布団が覆われた金属製のベッドは鈍い音とともに

ひしゃげる。

 悲鳴とともに、研究者の数名が崩れるように倒れた。

 その隙間からナイフを握った少年が飛び出し、一気に出口に駆けだした。

 だが、ドアは硬く閉ざされて彼は小さく舌打ちした。

 無言で振り返り、詩衣を睨みつける。

 詩衣は脳に焼けるような衝撃を受けたが、すぐに壁を造ってフラクタル・ス

ペースからの攻撃を防いだ。

 一方の残った研究者たちは、あっという間に全員が顔を歪ませて床に身体を

崩す。

 二人きりになった研究室で、詩衣は冷笑を浮かべた。

「観乃(みの)君ね。麻深(おみ)って下の名前の方がいいかしら?」

 麻深は何も口を閉じたままだった。

 睨むような視線も変わらない。

「釘打ちの犠牲者そばで意識を失っていたそうね。ここに運ばれたの、感謝し

てほしいわ。余計な口出しする連中はいないから」

「……で?」

 ようやく、呟くような反応があった。

「経緯が知りたいわ」

「……たまたま通りすがっただけだ。何も知らない」

「トライ・クロス・クスは?」

「釘打ちみたいな奴に興味持つ訳がない」

 詩衣は、思わず笑った。

「……確かにそうね」

「出せ。殺すぞ?」

「釘打ちをあなた方が調べるというのなら、いいわよ?」

「言ったろう。興味ない」

「素直なのねぇ。たしか、十五歳だっけか」

 詩衣は微笑ましいとばかりに唇の片方を釣り上げる。

 平均的な高さの肢体は均衡がとれた細身で、無駄な肉がない。エスニック系

のシャツにズボン、スニーカー。跳ねの多い髪は一本だけみつあみを左側の耳

の前から肩口まで伸びていた。

 麻深は憎悪を込めた目になった。

「あなた方は信用商売だものね。当然か。でも、あなたがここに来たって話、

みんなにどう説明するつもり?」

 何枚も上手だと、麻深は認めざるを得なかった。

 彼は相手をただの堅気の商売人と舐めてかかっていたのだ。 

「……わかった。条件は噂を流さないこと」

「良い子ね、お小遣いもねだらないなんて」

「もういいだろう。出せ」

 詩衣は無口でプライドの高い少年をからかうのが楽しかったが、度が過ぎる

のも考え者だとして、うなづいた。

「ドアは開けたわ。釘打ちの件は頼んだわよ」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?