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第8話

 御堂が戻ると、剣を放り捨て、様々な目で見てくる人々の中を強引に進み、

クジラの頭部近くにある部屋のハッチをくぐった。

 大理石の机が置いてあり、そこには両脚を机に載せて投げ出し、椅子にもた

れながら電子タバコの煙をふかしている女性がいた。   

「よっ! 丁度呼ぼうと思っていたところだ、海尉」

 ボブでアンシンメトリーの前髪、服はタンクトップに ハーブパンツと軍

靴。整った顔立ちは、楽し気で陽気な表情をしている。二十二歳である。

「紗宮耶(さくや)さんよー、不満なんだがなぁ。あいつ、俺に殺やせてくれ

ないか?」

 勝手な行動にでた反省の色も説明も無く、御堂は不平たらたらに訴えた。

「いいけど、勝てないよ? そんなお金にならないことにこだわる暇はないし

ねぇ」

 あっさりと、した口調で断言する。

「ちょ、もっと言い方あるだろう? わかってるけど、そんなカネのことばっ

か考えるなよ」

 ラ・モールという軍事会社の社長である紗宮耶の考え方に、御堂はうんざり

した様子だった。

「まぁ、勝たせてあげるけどねー」

 薄く笑う。

「ほう……」

 御堂も我が意を得たりと口元を歪ませる。

「だから余計な心配いらないよ。全部決まってたことだから」

 いつものように、気楽そうだがどこか恍惚とした不思議な雰囲気である。

「……まぁ、だろうなぁ」

 紗宮耶は燈霞と脳を高度にリンクさせている。

 彼女には、未来が見えるのだ。

 御堂が自分の命令を無視することも、悠真を仕留められなかったことも予測

していた。 というよりも、わかっていた。    

「けど、こんな半端なので良かったのかよ?」

 御堂は結果の不満を会社の業務に転嫁させる。

「ああ、大丈夫だよ。ちゃんと戦闘は行ったしそのデータも形としてとれた。

それを送れば先方も納得するだろう。それよりも、だ」

 紗宮耶は、机の引き出しからアンプルと浸透圧注射器を取り出した。

 セットして、御堂に差し出す。

「まだ身体がわめいているんだろう? 少しは楽になるぞ」

「あー、別の事を考えてたんだが」

「女か。それで満足できる状態とは思えないけどね」

「……お見通しだねぇ」

「大体、戦闘前に一度加賀美の水を打ってるだろう、おまえ?」

 苦笑した御堂は、素直に机の上の浸透圧注射器を取って、首筋に打つ。

 だが、パッとした効果は無かった。

 訝し気にする彼に、紗宮耶は笑む。

「用がすんだら、もう行きな」

「ヘイヘイ。約束は頼んだぜ」

「大丈夫だよ。もう決まってる。おまえは勝てるよ」

 紗宮耶は煙を吐きつつ、確信をもってニヤリとした様子をみせた。

 満足したようにうなづいく御堂は、無言で部屋からでた。

「……裏璃(りり)のやつ、覗いてたなぁ」

 今回の唯一不快な点だ。

 多賀見神社の御神体を奉る童子が、社の中でじっと様子を見ていたのだ。

 沙宮耶にとってしても、不気味な存在だった。

「……御堂……様?」

 ハッチのする隣に、女性が立っていた。

 長い黒髪で、フリルのついたシャツと長いスカートをはいた、細身で小柄な

身体付をしている。

 容姿は端麗だが、目元にクマがあり、目はどことなく虚ろだ。

「あの……祝福を与えてくださると思って待っていました……」

 御堂は一瞬驚いた顔になったが、すぐに平静な態度に戻った。

 少々不満だが、良いだろう。

 彼女との関係一度ではなく、相性も悪くない。

 なによりも少々乱暴に扱えば扱うほど喜び狂うようなところが彼のお気にい

りでもあった。

「ああ。部屋に行くか」

 御堂は先に歩き出した。

 だが、急に意識が朦朧と始める。

 不思議に思う間もなく、身体から力が向けて床に倒れこんでしまった。

「……なん、だ?」

 薄れゆく意識の中、彼が見たのは、嬉し気な暗い笑いを浮かべながら顔を覗

き込んで来る少女の顔だった。




 不測の事態にはなれている。

 だが、今回は少し訳がわからな過ぎた。

 大体、どうしてクジラが空を飛んでいるのだ?

 悠真は深羽を連れて、階段を下ると、無言のままリンゴ飴を一つ買って与え

て一緒に車に乗る。

 シボレーは迷うことなく、来た道を高速で取って返している。

「何かわかんなかったけど、お祭りは楽しかったな!」

 深羽は意外と上機嫌で、りんご飴をかじっていた。

「……それは何よりだ」

 短く答えた悠真は、山腹の神社でのことを気にしていなさそうな深羽を訝し

んだ。

 電子タバコは咥えたままである。

「今って、お祭りの季節?」

「そうだな」

「じゃあ今度、浴衣着て別のところにも行こう!」

「あー、それもいいな」

 あまりの無邪気さに呆れ気味になる。実際、追われている身である自覚はな

いのだろうか。

 浴衣というのは、祭りの客たちの姿を見た時に説明して覚えたものだった。

 アパートにつくと、祥無が夕飯に三種類のポタージュを作って待っていた。

「スープばっかりかよ」

 すでに奥で着ぐるみのような部屋着に着替えていた深羽は、鍋に用意されて

いる状態の料理を覗いていた。

「ああ、一つはチキンとかたっぷり入ってますよ?」

「問題なし!」

 すぐに納得する。

「祥無、話がある」

 イマジロイドの少年は、うなづいた。

「食べながらでも良いでしょう」

「……まぁ、いいなら」

 ちらりと深羽を見るが、彼女は普段通りの態度でポタージュを汲み、テーブ

ルに並べているところだった。

 悠真は神社での出来事を一通り、祥無に説明した。

 横では、普段の過剰な元気さとは反対に、上品に深羽がスプーンで食事を進

めている。

 祥無は理解したとばかりに、一つうなづいて見せた。

「まずクジラの一団ですが、ラ・モールという名の軍事会社です。東久瑠コミ

ュニティと関係があり、当然燈霞の影響下にあります。特に社長の紗宮耶とい

う女性はかなりの上位同調者ですね。しかし、加賀美神社に深羽を連れて行く

とは、大胆なもんですねぇ」

 淡々としているが陽気なリズムを刻む口調だ。

「……あー、ちょっと確かめたかったんだよ。あそこ燈霞の影響をかなり反映

させた場所だろう?」

「つまり、まだ信用できなかったわけですね?」 

 ニヤニヤする悠真に悪びれた様子はない。

 祥無は祥無で温和な微笑みを浮かべているだけだった。

「まぁ、信用はした。池ごとこいつに襲い掛かるとは思わなかったが」

「慎重にお願いしますよ? 燈霞自身はギリギリで自制したようですが」

 軽い調子で、逆に納得しているかのような言い方をする。

「あーね。まぁ任せとけよ。で、クジラな、飛んでたんだけどわかるように説

明できるか?」

「ラグランジュ・ポイントを捻じ曲げているんです。磁気単極子を使って」

「わからん。それ以上はいらないわ」

 即答だった。

「そうですか。ただ、普通に空飛ぶ技術なんてあるじゃないですか、規制され

ているだけで」

「……それはそうだけどなぁ」

 納得がいかないと煙を吐きながら、悠真は立ち上がった。

「あれ、どした? 食べないのか? チキンわけてやろうか?」

 不思議そうな目で深羽が見上げてくる。

「ちょっと出かけてくる」

「忙しいなぁ……」 

 眉を寄せた深羽は、不満そうだ。

 悠真は無言でアパートを出た。

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