「壬堂(みどう)海尉、何人連れてゆくか上が確認したいとのことです」
異様なまでの近寄りがたい雰囲気に、伝令官は距離を置いて声を上げた。
重苦しいとかそのようなものではない。
ただどこか空間が違うような気がしてならないのだ。
椅子に長身痩躯の男が鼻歌交じりに片足でリズムを踏みながら座っていた。
防弾繊維の長衣にずぼん、軍靴を履いている。、鋭い目に短めの髪を後ろに
なでつけていた。
「……いらねぇだろう、他に人数なんてよ」
御堂はそばにある浸透圧注射器を首筋に当てて打った。
汲み取った加賀美(かがみ)の池の水から取った成分で、一気に身体が冷え
るかのように鋭敏化する。
無意識に反応して身体が軽く震えたのが可笑しくて、皮肉に口の端を釣り上
げる。
伊瑠コミュニティのリンク・チップ等よりも数倍の効果がある。
「俺だけで十分十分」
「……し、しかし、未確認の存在も現れています。今のところ敵意はないよう
ですが、どう転ぶかわかりません」
御堂は立ち上がり、ロッカーから巨大な厚刃の剣に長い柄のついた武器を軽
々と片手でとりだしてから、伝令官に横目をやった。
「どう転ぶか? わかりきってる。あの子を殺せば敵になる。捕まえても敵に
なる。不満ならおまえらがアレの相手をして散らせばいいじゃないの」
「いや、あの……それではどうすれば……?」
「連絡いれたんだろう? 東久瑠に。俺たちの仕事を何だと思ってるんだ?
雇われ軍事会社だぞ? 余計なことは考えなくていいんだよ」
伝令官は思わず黙った。
御堂は押し殺した笑みを漏らす。
「清々しいまでの高揚。実に気分が良いな。あいつを殺したらさらに良い快楽
を得られそうだ。ほんと、楽しいねぇ」
上機嫌に呟いて、後部ハッチに向かった。
伝令官は身体が固まったようにその背を見守ることしかできなかった。
ザトウクジラから一条の光が降りてきたのを目にすると、悠真はポケットか
ら小さな球を取り出した。
圧縮可変粒子携帯機である。ロジスティック・ボール、略してロジ・ボール
ともよばれている。
軽く握ると、途端に刃渡り二尺三寸ほどの日本刀になる。
鋭利な刃は燈霞の明かりで不気味なほど澄み切った青白い輝きをみせた。
彼の目の前に、長身で巨大な剣をもった男がゆっくりと地面に降り立った。
内心、規格外の連続に、呆れ切っていた。
今度は斬馬刀をさらに巨大にした武器をもった人間が目の前に現れたのだ。
拳銃から刀にしたのは、弾数が限られている物に不安感を覚えたからだ。
御堂は悠真だけを睨むようにして笑む。
「さてと、ぶち殺すけど覚悟はいいか?」
醒めた目で電子タバコを咥えつつ、悠真は鼻で嗤う。
「……なんか、いきなりでわかんないけどさぁ。おまえの最後になるんだか
ら、もっと気の利いたセリフとかないのかよ?」
「おまえが最後に聞く言葉にふさわしいだろう? 平凡で陳腐な挽歌で死ぬん
だよ」
「勝手に言ってろ」
付き合いきれないとばかりに煙を吐く悠真に、突然、御堂が身体をねじりな
がら間合いをつめてきた。
何の迷いも無ければ余裕も与えないかのように。
だが、同時に悠真はあえて前に跳んだ。
すぐ眼前まで迫られた御堂は構えていた振り被る前の状態の剣の柄をそのま
ま上に撥ね上げる。
御堂の右側に避けつつ、悠真は日本刀を横薙ぎにする。
だが、恐るべき速さで御堂の剣が下からすくい上げられて、火花とともに刃
が交差する。
凄まじい重量感が伝わって必死に塚を握り踏ん張るが、吹き飛ばされそうに
なる。
逃れるようにそのまま脇をぬけようとする悠真だが、御堂が顔面を狙った蹴
りを放ってきた。
電子タバコを無意識に口から落とした悠真は、とっさにしゃがんだ勢いで相
手の後ろに回る。
渾身の袈裟斬りは、踵を踏んだ力をつかって真っすぐに避けた御堂に、空振
りに終わる。
悠真は追撃の片手突きを放つが脇にかわさるも、振り回してくる御堂の剣を
同軌道に弾いてのける。
二人は一旦、距離を取り、動きを止めた。
悠真は泰然としているが、相手がとてつもない脅威を実感していた。
燈霞で強化した身体なのに、全力を出し切って能力オーバーのギリギリで対
処していてこの状況である。
「何、恰好つけて抵抗してるんだよ! さっさと死ねよ、おめーよー!?」
御堂は睨むような目とは反対に笑みを見せる。
「……うぜぇなぁ。ちょっとは察しろ?」
わざと急に緊張を解いて、悠真は電子タバコを片手で拾う。軽くスーツの裾
で拭くとそのまま口に咥えた。
「あー?」
悠真の視線で促され、上空の燈霞にちらりと目をやる。
そこには遠距離で小さくみえる多数の人影が、無言でこちらを見つめてい
た。
「っんだよ、あれ。ホントにうぜぇじゃねぇか」
御堂は苛ついた様子を隠しもしないで、ゆっくりと楽な姿勢にもどった。
一つ息を吐く。そして、再び悠真を睨んだ。
「興覚めだわ。やってらんね。だがな、必ず殺すからな。絶対にだぞ。マジで
おまえは俺が殺す」
言うと、急にクジラから降りてきた光りの柱で、浮くように一気に上に昇っ
て行った。
適当なカマをかけて、なんとか追い払い、悠真は一息ついて肩の力を抜い
た。
あんなのとやりあうなど、冗談ではない。
「……大丈夫か、深羽?」
「あー、ビックリしたー。しっかし、悠真ってすげー強いんだな!」
むしろ、憧憬の視線を向けてくる。
悠真は苦笑するしかなかった。