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第6話

 スーパーから大きな袋を二個、両腕に持ちアパートに戻る。

 悠真は事件のことを二人には伝えず、食べ物や食器を袋から取り出していっ

た。

 衣類や家電家具は通販ですでに注文を終えている。

アパートの部屋はすっかりと人の住める空間になっていた。

「暇だぞ」

「もう夜だ」

 深羽の不満に、悠真は即答する。

「うるさいな! 暇ったら暇なんだよ!」

 ちらりと祥無に目をやるが、彼は肩をすくめただけだった。

 悠真はふと思いついて、口元をかすかに歪ませた。

「……ちょっと出かけるか」

「よし! 決定だ!」

 飛び上がらんばかりの深羽は、早速玄関に向かった。

「行ってらっしゃい」

「おまえは来ないのか、祥無?」

 彼はニッコリと笑った。

「ええ。嫌な予感がするので」

「失礼なやつだな」

 悠真は笑って返した。




 燈霞を使った警戒は怠らない。

 悠真はシボレーの助手席に深羽を乗せ、高速道路を飛ばしていた。

 深羽は終始興奮しっぱなしという様子だ。

 他の車を追い越せば歓声をあげ、追い上げてくる相手には軽い敵意をもって

悠真を煽る。

 運転技術もそこらの走り屋には負けない悠真は、あっという間に目的のゲー

トをくぐって高速道路を降りた。

 街灯が並ぶ風景は田園畑と、ところどころに家が建っている田舎そのものだ

ったった。

「おお、何もない! すげーーー!!」

 何がだろうか。

 あえて言わずに、シボレーを進ませると、やがて巨大な山の裾野に到着し

た。

 提灯が大量に吊るされて、どこから湧いてきているのか、大勢の人々が集ま

っている。

 屋台が並び、なかなかに賑やかだ。

 車を停めて外にでた悠真に、目を輝かせた深羽が近づいてきた。

「何これ!? みんな何やってるの?」

「あー、お祭りだなぁ」

 山の裾根には、大きな鳥居があり、そこから上に向かって長い階段が続いて

いた。

 そのわきに永遠とぼんやりとした明かりの提灯が吊るされているのがわか

る。

「ちょ、面白そーなんばっかりじゃねぇかよ!」

 屋台の列を覗き、深羽は興奮している。  

「とりあえず、何が良い?」

 意外にも気前がいい悠真だった。

「あれ!」

 深羽が指差したのは、綿菓子だった。

 買ってやると、手で一部をぶつしたり、口に入れたりと遊んでいたが、満足

したのだろう。満面の笑みを見せてくる。

「美味しい!」

「手がべたべただろう?」

「あー、それなら……」

 彼女は遠慮なく金魚すくいの水槽に両手を入れて洗い出した。

 店主が、金魚を手づかみで追っているとでも勘違いしたのか、快活に笑って

いる。

「嬢ちゃん、やってみるかい?」

 深羽は悠真に振り返り見上げた。

 電子タバコを咥えた悠真は、黙ってうなづく。

 飛び上がって喜んだ深羽は、最中とお椀を手に構えると早速しゃがんで、真

剣そのもので金魚を狙う。

「うりゃーーーー!!」

 勢いよく下からすくい上げた最中は根元から折れて、しぶきだけが上がっ

た。

 次も同じ失敗を繰り返す。

「くっそーー……」

 結局、五回やって五回とも、変わらない結果となった。

「おまえは学習というものを知らんのか」

「何だよ、面白かったからいいじゃねぇかよ」

 なかなか達観した意見である。深羽は上機嫌だった。

「じゃあ、まぁ行くぞ。迷子になるなよ?」

「どこに?」

「もっと良いところ」

 言ってのんびり進みだすと、深羽は悠真の手を小さな手の平で握ってくる。

 屋台の列も過ぎ、人影も少なくなると山が眼前にそびえて立っていた。

 鳥居をくぐり階段を昇りだすと、早速、深羽が根を上げる。

「これずっと行くの!? 死んじゃうでしょ、さすがに!!」

「あー、はいはい。おんぶしてやるから」

「ガキ扱いすんじゃねぇよ!」

「じゃあ、黙ってろ」

「……連れてくって言った責任は取れ」

 言って、深羽は悠真の背中にしぶしぶという風に乗っかった。

 細く小柄な身体は軽い。

 とはいえ、目的地まではかなりの段数がある。

 息も切れて、半ばよれよれの状態になりながらも、悠真は小一時間かけてや

っと昇り切った。

 汗だくだ。

 急に視界が開けた。

 山腹だが平らな場所で、草花が土の間のところどころに生えている。

 深羽を降ろすと、その場に座り込んで電子タバコを咥えた。

「何ここ、すげぇ!」

 奥には澄んだ池があり、その壁には脇の岸壁に流れる水と鳥居の小さな社が

おかれている。

 涼し気な清涼感で辺りの空気は満ち、夜空から星々と燈霞の輝きが、水面を

照らして神々しくすらあった。

「あー、言っとくが絶対に池に近づくなよ、俺が行くまで。絶対だ」

 深羽はちらりと振り返って、脚を止める。

 意外と素直だった。

 悠真はのんびりとした目で風景を眺めながら、電子タバコで疲労を取りつ

つ、覚醒物質を身体に充満させて煙を吐く。

 体調が戻ったことを確認すると、悠真は電子タバコを咥えたまま立ち上がり

深羽のそばまで来た。

「ここはなぁ、一般的にパワースポットって言われているところなんだがな。

別名、御隠れ様って呼ばれてる」

「うん、そんな感じする! 隠れ里っポイ」

「まぁ、ちょっと一緒に池まで近づいてみるか」

 口調のそのままに、ゆっくりとした足取りで進みだす。

 深羽も横についてくる。

 あと十メートル近い場所まで来た時、急に池が異変を起こし始めた。

 水底のいたるところから泡が吹き出し、それはどんどんと巨大なものになっ

てゆく。

 まるで池が沸騰しているかのようだった。

 次の瞬間、水が吹き上がり、渦を作った塊になって、二人に向かって来た。

 深羽は驚いて、思わず悠真の後ろに隠れた。

 だが、渦は悠真の目の前にある見えない壁にぶつかり、四散する。

「……なるほどね。これは面白いな」

「何が!? 何が!? な・に・が!?」

 深羽は安全とわかると激怒して悠真のスーツを思い切り引っ張るが、彼はび

くともしなかった。

 悠真が口を開こうとした瞬間、別のものに目を奪われて一瞬茫然とする。

 深羽も見上げた。

 夜空に、巨大なザトウクジラ一匹とマッコウクジラが二匹、池の上空を回遊

していたのだ。

「クジラって、空を飛ぶんだな……」

 悠真は呆れ気味な言葉を吐いた。

 クジラたちは明らかに池から何かを吸収している様子だった。

 そして、それぞれの視線が、二人を捕える。

 優し気なモノでも、心癒えるモノでもない。

 逆だ。

 敵意と殺意がありありと見えた。

「これは面倒くさいなぁ。深羽、すこしだけ離れていろ」

 悠真は燈霞と脳をリンクさせた。感覚が異様に鋭敏になる。

 彼はクジラたちの様子をうかがいつつ、電子タバコの煙を吐きだした。

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