「ちょっと進行が早いですねぇ」
主治医が血液検査と身体のスキャンの結果を机の脇に置きながら、悠真に言
った。
悠真は聞いているようで聞いていなかった。
「あなたの燈霞病は、本来なら今すぐに入院させて手術するべきところまでき
ているのですがね」
もう付き合いのかなり長い主治は感情を混めない淡々とした口調だった。
「で、治る見込みのないままの入院生活かい? さっさとクスリ出しといてく
れ」
「頑固だなぁ」
「やることがあるんでね」
悠真は要は済んだとばかりに診察室を出た。
何だこれはと、悠真は絶句する。
病院の帰り、祥無の指示で生活用品などを買い物に出た道順をたどっていた
途中だった。
シボレーではなく歩きだ。
彼は警戒している時はあえて車に乗らない。
ただスーパーへ行くだけだったが、人がいるところに変わらない。
夕方が過ぎ、夜のとばりでスーパーが閉店する寸前に入れる時間だ。
大通りを避けてはいうが、すぐに出れるルートだった。
街灯のほとんどない薄暗い古めの建物が連なっている住宅地を縫うように移
動していると、たまに人とすれ違うが時間のせいかすれ違う人もほとんどいな
い。
ただ各家からは夕飯の匂いが鼻をくすぐる。
言われた通りに進んでゆくと、路地の片隅に眼が自然といった。
車庫の中だが当の車は無い。奥に人の気配を感じ、伺うように入り口に立
つ。
感覚を燈霞に繋げて鋭敏化させる
目が暗さになれると、それは姿を現わした。
両腕を広げて身体をたらしている。手の平に野太い釘が打ち込まれた髪の長
い女性だった。
まだ体温を感じた。
黒いシャツに綿のズボンを履いている。その腹部は切り開かれて、足元の血
だまりの中に内臓が落ちていた。
すでに息絶えているが、この惨状はなんだ?
どこかのコミュニティの犯行らしき形跡はない。彼らなら、意味を持たせた
殺人を犯すだろう。
悠真でもそうしている。いわば処刑としてのアピールだが、これは残虐さし
か感じない。
ここは一応、伊瑠コミュニティの保護下にある。おかげで治安は良いはずだ
った。
異常事態と言っていい。
ただの殺人事件とは思えない。
治安要員の仕事が増える事になるなと冷静に考えつつ、報告のために携帯通
信機をポケットから出そうとした時だ。
眼前の死体の姿はゆっくりとぼやけてゆき、いきなり真っ黒な影が悠真をす
り抜けて行った。
振り返ると、入口から明らかに若い男とわかる人物が、足音も立てずに走っ
て消えていった。
慌てて車庫から出て追い駆けようとしたが、燈霞で強化した感覚でも捕える
こともできなかった。
まさにかき消えたのだ。
悠真は舌打ちすることしかできなかった。
携帯端末機に意識をリンクさせて、事態の報告と調査をコミュニティ構成員
に命じつつ、路上を歩きだした。