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第4話

 間接照明が一つ照らされた空間は広く、部屋半分が水槽になっていた。

 その正面近くには、皮の回転椅子とウィスキーの瓶やグラスなどが置かれた

小さなテーブル。

 哉藻(かなも)はグラスを傾けながら、青白くゆったりと揺れる水槽の中身

を眺めていた。アルコールの酔いのせいか、薄ぼんやりとした表情だ。

 黒い髪に切れ長の目、細い身体付をしていて、ワイシャツにスラックス、皮

のブーツを吐いている。

 容貌は鋭さに暗さ、そして皮肉めいた雰囲気がある。 

 水槽の中身には、深海のクラゲを思わせる光体が大小幾つも漂っていた。

 哉藻はテーブルの上にある浸透圧注射にアンプルを入れた。

 首筋に一度打つ。

 すると、辺り中から様々な人の陽気な囁き声が聞こえてきた。

 皆、楽し気に談笑したりふざけあったりと、なかなか賑やかになる。

「……あいかわらず、オモチャが好きね」

 今度ははっきりとした言葉だった。

 いつの間にか、二十二歳の哉藻と同じぐらいの女性が椅子の隣に立ってい

た。

「……ここは立ち入り禁止と言ってあったが?」

 哉藻はたいした驚きも見せずに、低くゆっくりとした口調でいう。

「そうらしいね。私は知らないけど」

 女性は悪びれない。

 セミロングの髪にタンクトップと、ロングコート。ミニスカートをから伸び

た脚はタイツで覆っていた。

「いつまでもこんなオモチャで遊んでいるから、燈霞の子らに逃げられるの

よ」

「まったく関係もなければ、これはオモチャでもない」

 詩衣(しい)は鼻で笑った。

 相変らずの屁理屈小僧だとでも言わんばかりに。

「まぁ、ウチの会社のものに比べたら少しはマシかしら?」

 まとめて小馬鹿にする。                       

 特に何か考えがあるわけではない。これが詩衣という人物なのだ。

「会社ね」

 今度は哉藻が嗤う番だった。

 詩衣はリクナルという中小企業といったところの社員だ。

 もっとも、特殊な形態を取っている今の日本の会社の中では特に変わってい

ると言っていい。

「そういえば、今日ウチで発見したのは、ザトウクジラの姿をしたデバイス

で、約三百人ほどの身体に影響を与えるものだったわ。残念ながら取り逃がし

たけれども、興味深いから追うことにした」

「影響って、どんな分野だよ?」

「フラクタル・スペースをかなり歪ませるものね。簡易ドラッグと変わらない

ものかな」

「造ったのは?」

「それは捕まえてみないとわからない」

「楽しそうで何より」

 哉藻はグラスを傾ける。

 彼の周りでは嬌声があちらこちらで沸いている。

「社長が本気で怒ってるのよね。今回の件」

 隣の女性に目を上げた。

 彼女は、うっすらと笑みを浮かべながら、水槽を眺めていた。

「失敗は失敗で、いくら怒っても事実は変えられない。伝えて置け」

「開きなおり?」

 嘲笑してくる。

「ついでに、癇癪起こしたって子供じゃないんだから思うようになると勘違い

しないようとも付け加えてな」

「私をイジメる気?」

 あくまで嗤ったままだ。

「社長をイジメるの好きだろう、おまえ?」

「あら、酷いことを」

 クスクスとしつつ返事が帰ってくるが、否定はしていない。

「で、お仲間は動いてるのか?」

「そうね。ちゃんとあなた方に協力するように伝えているわ」

「ありがたいね」

 詩衣の周りに陽気な子供たちがまとわりついてい騒いでいるのだが、哉藻し

か見ることができないので気付いていない。

「まぁ、あまり寿命縮めないことね」

 テーブルの上の注射器にちらりと目をやる。

「素人みないなこというもんだな」

 嗤う。

 詩衣はそれには答えず、身をひるがえし、黙って部屋から出て行った。

 ワイワイとする子供たちに囲まれたまま、哉藻は再びぼんやりと水槽を眺め

る。

 できるだろうか。

 期待と不安。

 その二つが一緒になった時、哉藻を一番興奮させる。いわば生きる意味とま

で言ってよかった。

 造れるだろう。

 魂という、架空の存在とされていたものを。

 いや、また失敗か。

 ぼんやりとした意識のなかで恍惚感に包まれていった。



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