応接室には聖、梨華、智彦、そして梨華の父親がいた。
聖と智彦が同じソファに座り、その向いのソファに梨華と梨華の父親が座っている。
まさにお見合いの席という空気感が
「失礼いたします」
さくらが紅茶を
紅茶を持ってきたのがさくらだと知り智彦と聖は驚いたが、客前なので冷静を装う。
しかし、聖はさくらが気になり目で追ってしまっていた。
それを梨華は見逃さなかった。
聖を見つめながら視線を動かしさくらの方を見る。その目は何かを探っているようだった。
さくらが紅茶を梨華の前にそっと置いた。
「あなた、ここのメイドさんよね。……とても可愛らしい」
梨華がさくらに微笑みかける。
突然声をかけられたさくらは戸惑いながらも笑顔で答えた。
「はい、黒崎家に仕え、6年になります」
梨華が驚いて目を開き、口元を手で隠した。
「その若さですでに6年も?
小さな頃からこのお屋敷にいらっしゃるのね……
梨華は少し落ち込んだように肩を落とす。
皆が不思議な顔をして梨華を見た。
注目された梨華は少し照れたように頬を染めた。
その姿は本当に可愛らしく、女性のさくらでさえ見とれてしまう程だった。
「いやだわ、ごめんなさい。メイドさんに焼きもちなんて」
そう言うと、
聖はそんな視線など見向きもせず、さくらばかり見つめていた。
「私、幼き頃より聖様のことが好きでした。
この度、聖様の婚約者に選ばれてすごく嬉しかったんです。
……でも、こんな可愛いメイドさんがずっと聖様の傍にいたかと思うと、心配で」
梨華がため息をつきながら下を向く。
この空気はまずいと思った智彦がすぐさまフォローに入った。
「梨華さん、何をおっしゃいますか!
このメイドはただの使用人です。使用人が
私が許しません! 聖はあなたと結婚するのですから」
智彦はさくらに下がれと合図を送る。
指示に従いさくらは静かにその場から立ち去った。
その姿を横目に見ながら梨華が口を開いた。
「そうですよね、私ったらごめんなさい。変なこと言って。
聖様が素敵な方だから、誰かにとられないかと不安なんです」
梨華が聖を見つめると、まだ聖はさくらを見つめていた。
智彦が聖を
「ほら、おまえ梨華さんに何か言うことはないのか。梨華さんはおまえのことを好いてくれているんだぞ」
聖は梨華を見た。
梨華が熱を
疲れたようにため息をついた聖ははっきりとした口調で断言した。
「僕はあなたと結婚する気はありません。
申し訳ありません、梨華さん。他にいい方を見つけてください」
それだけ言うと聖は立ち上がり一礼する。
そして梨華に背を向け歩き出すと、出口付近で待機していたさくらの手を取り一緒に出ていった。
それを見ていた梨華がショックで泣き出してしまう。
「黒崎さん、これはどういうことですか! このような態度は梨華を
娘を
智彦はどうにか相手の怒りを
「申し訳ありません、どうか
聖にはよく言って聞かせますので。どうか今回はお許しを」
智彦は頭を下げ、謝り続ける。
しかし、梨華の父の怒りが収まることはなかった。
その夜、聖は智彦に呼び出された。
「……おまえ、どういうつもりだ?
梨華さんは泣き出すし、御父上はお怒りで。もうこちらの話を聞いてくれない。
北条家との関係が悪くなったらどうしてくれるんだ! 北条家と繋がりを持てるなんて幸運なことなんだぞ!
梨華さんだってあんなに美しくて優しそうな方じゃないか。何が不満なんだっ」
智彦がいくら言い聞かせても、聖は聞く耳をもたない。
もう心は決まっているというように。
「さくらか……。あの娘がおまえを
智彦が少しの間、黙って何かを思案しているようだった。
そして、決定的な言葉が放たれた。
「ならば仕方ない。さくらはこの屋敷から出ていってもらおう」
今まで黙っていた聖が急に叫んだ。
「父上! そんなこと、私が許さない!
そんなことしたら私はこの家と縁を切ります」
聖は冗談ではなく本気で言っているのだと智彦にもわかった。
眉を寄せ、大きな息を吐いた智彦は聖を見つめる。
「わからん、そこまでしてあの女と一緒になりたいのか?
父を裏切っても? この家を捨ててでも?」
智彦の問いにしっかりと頷く聖。
その瞳には何にも屈しない信念が見え隠れしていた。
そんな聖を見て、智彦は深く考え込む。
しばしの沈黙のあと、智彦の表情が少し
「負けたよ、おまえの想いがどれほどか……。
婚約のことは
今まで鋭い目つきで智彦を睨んでいた聖の表情が
「本当ですか?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
聖の表情は喜びへと変化した。
「ありがとう、父上!」
聖は智彦におもいきり抱きついた。
「おおっ、おまえに抱きつかれたのなんて何年ぶりだ?」
「だって、認めてもらえるなんて思わなかった! 父上、大好きですっ」
智彦は聖を愛しそうに見つめ、大切そうに頭を撫でる。
「私はおまえを愛している。おまえのためならなんだってする」
聖を見つめる智彦の表情は硬くどこか冷めたものたった。
しかし、浮かれていた聖はそれに気づくことができなかった。