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第7話 苛立ち

 誠一に呼び出されたさくらは、彼の部屋へ向かっていた。


 なぜ誠一に呼び出されたのか見当けんとうがつかないさくらは不安でいっぱいだった。


 さくらは誠一が苦手だ。

 どこか近寄りがたくいつも不機嫌そうな彼は人を寄せつけないオーラを放っている。さくらのことも嫌っているように感じられた。


「さくらです、失礼いたします」


 部屋に入ると、誠一が椅子に腰かけ足を組み、鋭い眼差しでこちらを睨んでいた。

 さくらはなんだかへびに睨まれているような感覚におちいり、逃げ出したくなった。が、引き返すことはできない。


「誠一様、何か御用でしょうか」


 誠一はさくらをめるように見つめ、静かに口を開いた。


「おまえ……未来が見えるのか?」


 いきなり核心かくしんをついたその言葉に、さくらは動揺する。


 誠一は凝視して固まってしまったさくらを見て、笑った。


「ははっ、当たったか。

 まさかそんなことがあるとはな……驚いたよ」


 さくらはどうするべきか悩んだ。

 ……まだ誤魔化ごまかせるか?


 頭のいい誠一に嘘でつらぬき通すことなんてできるのだろうか。


「なぜ、そう思うのですか?」


 さくらの問いに誠一は余裕の笑みを見せる。


「以前からおかしいと思っていた。

 おまえはときどき不可思議ふかしぎな言動を取っていたからな。

 まるで未来が見えているかのような。

 特に最近気になったのは、食事のときグラスに指紋しもんがついているのをいち早くおまえが気づいたこと。

 よく見ないとわからないわずかな指紋を事前に気づくなんて……しかも旭ではなくおまえが。

 そして紅茶の件、間違って用意されていた紅茶の缶をおまえが気づいて取り換えた。よほど注意していないと違う葉だなんて気づかないだろ。

 あのときもおまえの行動に違和感を抱いた。

 決めつけは、聖の誘拐事件だ。

 最近のおまえはやたらと聖のことを監視していただろう。きっと聖に何か起こるからおまえが監視していると俺は考えた。

 そうしたら、本当に聖の誘拐が起きた。

 それで俺は確信を得た。おまえには未来が見えるのではないかと。

 見えた未来がよくないことだった場合、おまえがそれを回避するように仕向けていた。

 ……そうじゃないか」


 誠一が言ったことはすべて合っている。


 やはり頭が切れる彼をこれ以上誤魔化ごまかすことはできそうもない。

 さくらは覚悟を決めた。


「……はい、私は未来が見えます」


 その言葉を聞いた誠一が目を大きく開いた。

 そして、下を向いて顔を手で覆う。

 肩が揺れだし、小さな笑い声がだんだんと大きくなっていった。


「さくら、おまえなんで今まで黙ってた、そんな素晴らしい能力!」


 誠一が歓喜かんきに震え、両手を広げ喜びをアピールする。


 さくらは訳がわからなかった。

 今まで一度も素晴らしい能力だなんて思ったことがなかったから。


「私は普通ではないので、気味悪がられるかと……」

「何を言ってるんだ、その能力は使えるよ。その能力を他に知ってる奴はいるのか?」

「いいえ、誠一様だけです」


 さくらの返答に、誠一は意味深いみしんな笑いをらす。


「なあ、さくら……、おまえ聖にこのこと知られるの嫌だろう?」


 誠一が探るような目を向けると、さくらの顔は一瞬で青ざめていく。


「お願いです! 聖様に言わないでください!

 ……誰にも言わないでください」


 さくらが酷く焦っている様子を見て、誠一は嬉しそうな笑みを浮かべる。


「いいぜ、黙っててやるよ……その代わり、俺の言うことを聞いてもらう」


 何かたくらんでいる様子の誠一を前に、さくらは嫌な予感が胸の中に渦巻うずまくのを感じていた。





 次の日から、さくらは誠一専属のメイドになった。


 誠一が智彦にさくらを自分の専属にしたいと頼み込んだ。

 聖のお気に入りのさくらを誠一専属にすることを、智彦はなかなか承諾しょうだくしなかった。

 しかし、誠一の熱意に負けた智彦は渋々しぶしぶ承諾してしまう。


 誠一からさくらに強要されたのは一つ。


 仕事に付き添い、そこで会う人たちの未来が見えたときは誠一に報告すること。

 ライバル企業や取引先、誠一にとっての重要人物たちにさくらを会わせていった。


 さくらは見えた未来の内容を誠一に報告していく。

 その後、誠一がその情報をどう使用したかはわからない。


 しかし、現実に誠一の仕事は好調で、彼の地位はみるみる上がっていった。


「誠一、最近よく頑張っているらしいな」

「ありがとうございます」


 智彦に褒められた誠一は爽やかに微笑む。

 そして横にいるさくらに目をやり、ニヤリと不適ふてきに笑うのだった。





 夕食のあとのティータイム、さくらは聖に呼び止められた。


「さくら、ちょっといいかな」


 聖はさくらを自室へと招いた。

 なんだか聖の表情が暗いことが気になったが、さくらは素直に聖の後ろをついていく。


 誘拐事件以来、聖とは気まずい空気になってしまいお互いすれ違っていたので、聖から誘ってくれたことがさくらは嬉しかった。


 部屋に入ると、急にさくらは聖の手により壁に追いやられる。

 さくらの肩を壁に押しつけ、聖が迫ってくる。


 すぐ目の前に聖の顔があり、さくらの頭は混乱し目が回ってしまう。


「ど、どうしたんですか?」

「どうした……はこっちの台詞せりふだよ。なんで兄さんの専属になったの?」


 聖は悲しみと怒りを込めた目でさくらを見つめた。

 さくらは今まで見たことも無い表情をした聖に驚き、まともに目が見られず視線をらしてしまう。


 どう答えればいい? どう言えば納得してもらえる?


「誠一様はお仕事が忙しいらしく、手伝ってくれる人が欲しかったようで……私が指名されました」


 必死に考えた答えがそれだった。すぐさま聖が追及ついきゅうしてくる。


「なんで君なんだ? 他にもメイドはいる」

「それは……私にはわかりません」


 さくらが黙ると聖もしばらく黙ってしまう。

 先に口を開いたのは聖だった。


「僕は、我慢していたんだよ……。

 僕だって昔からさくらを専属にしたかった。でも、そんなことしたら君が嫌かもしれないとか、他のメイドたちから何か言われるかもとか、色々考えてやめていたんだ。

 専属にしてもいいなら、僕の専属にしたかった!」


 聖は苦しそうに息を吐いて下を向く。


 そんな風に想っていてくれたなんて……。


 また、さくらの知らない聖の想いを知り、嬉しくて、さくらの心は満たされていく。

 聖への想いが破裂しそうになるのを必死で押さえるので精一杯だ。


 私だって聖の専属になりたかった、と言いたい、けど言えない。


 さくらも苦しげに息を吐き、天をあおぐ。


 突然さくらの顔は両手で掴まれ、聖の方へと向かされた。

 かと思うと、あっという間にさくらの口は聖の唇にふさがれる。


 一瞬止まったかのような時が流れる。


 え? どういうこと? 何が起きているの?


 さくらが固まって動かずにいると、聖の唇がさくらの唇からゆっくりと離れていく。


「……ごめん」


 そうつぶやいた聖は、さくらを残してその場から走り去っていく。


 一人残されたさくらはたどたどしく両手を唇にあてた。

 しばらく呆然としていたが、徐々に涙がこみ上げてくる。


 唇にはまだ彼の感触と温もりが残っていた。


 本当なら死ぬほど嬉しいのに、素直に喜ぶことができない自分が悔しくて、彼の想いを受け止めたいのに、受け止められないことが辛くて。


 涙が次々溢れてくる。


 さくらは声を押し殺し、その場にうずくまりいつまでも泣き続けるしかなかった。


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