ある日、その映像はさくらの頭の中に
聖が黒ずくめの男たちに誘拐され、
映像は
誘拐されるのがいつなのかわからない、それは今かもしれない。
そう思ったさくらはいてもたってもいられなくて、聖を探すため走り出した。
今日は休日で学校は休み、外出の予定はないはずだから、聖は屋敷のどこかにいるはずだ。
午後三時、いつもならティータイムを自室で楽しんでいる頃だ。
さくらは聖の部屋へ向かった。
ドアの前に立ち、
「はい」
中から聖の声が聞こえた。
ひとまずさくらはほっと胸をなでおろす。
さくらが部屋に入ると、聖は窓辺で紅茶を飲みながら本を読んでいるところだった。
「さくら、どうしたの?」
いつも通りの優しい笑顔がさくらを出迎える。
「紅茶のお
「そうだな……、うん、もらおうか」
さくらが紅茶を用意していると、なぜか聖の視線を感じ、さくらは緊張した。
「あの……何か?」
ふと気づくと、さくらの近くまで聖が迫ってきていた。
「いや、さくらはいつも可愛いなと思って」
「なっ」
突然の発言に、さくらの顔が真っ赤に染まった。
聖の手がさくらの頬に添えられる。
慌てて一歩下がろうとするさくらの腰に手を回し、聖はさくらを引き寄せた。
聖の顔がドアップになり、さくらの息が止まった。
ドキドキと心臓が脈打つのを体全身で感じ、時が止まったような錯覚を覚えた。
「さくらって、旭と仲いいよね……彼のこと好きなの?」
耳元で
膝に力が入らなくなり、体制が崩れたさくらを聖が支える形となった。
「あ、旭さんのことは、仕事仲間として尊敬しています。
いつも助けてもらい、感謝もしています……でも、それだけです」
私が好きなのは聖様だけです、という言葉はなんとか
じっとさくらを見つめる聖の瞳に吸い込まれそうになる。
さくらの顔に聖の顔がゆっくりと近づいてきた。
が、動きが急に止まり聖は顔を背けた。
「ごめん、どうかしている。これじゃあ、セクハラだ」
聖はさくらから離れると、近くの椅子に腰を下した。
ため息をついて外の景色を眺める。どこか遠くを見つめ何か
聖が静かに語り出す。
「さくらとはじめて会った日のことを思い出すよ……。
あの日はとても寒い日で、雪が降っていた。
僕はその日、何もかも嫌になって家出したんだ。資産家の息子なんてみんなが思うよりいいものじゃない。
もうどうなってもいいや、なんて
雪の中うずくまり、体に雪を積もらせ今にも
僕が助けないとこの子は死んでしまうかもしれない。僕はこの子に会うために今ここに存在しているんじゃないかと、そのとき本気でそう思った。
君と瞳が合った瞬間、とても愛しく感じた。この子を守りたいって、直観的にそう思った。
そのためだったらもう一度あの家で生きようって。
……君のおかげで今の僕があるんだ。
君が思うより、僕は君が大切なんだよ。……君を誰にも取られたくない」
真剣な眼差しを向けられ、さくらは戸惑う。
そんな告白、急にされてもどう受け止めていいかわからない。
今まで、さくらの方が一方的な想いを寄せているとばかり思っていた。まさか聖がそんな風に想っていてくれたなんて、想像していなかった。
聖がさくらに優しいのは、彼が誰にでも優しいからだと思っていた。
「私は聖様に拾われたあのときから、あなたのものです」
それはさくらの本心だった。
さくらは親に捨てられ、何処へも行く当てがなく、自分の存在価値も見出すことができず、自分なんてどうなってもいいと思っていた。
あのまま雪に
それを救ってくれたのは聖だ。
聖はさくらに全てを与えてくれた。
家も食事も仕事も存在意味も、そして無くしかけていた心を与えてくれた。
人の温もりや愛を教えてくれた。
聖がいなければ存在していないのはさくらの方なのだ。
「私のことは聖様のお好きになさって構いません。
あなたのお役に立てることが私の最高の喜びなのですから」
さくらの言葉を聞いて、聖が寂しそうな顔をした。
「僕が求めているのは、そういうことじゃないんだけどな……」
何かを訴えるような目でさくらを見つめるが、さくらは不思議そうに見つめ返すだけだった。
聖は複雑そうな表情を浮かべると優しくさくらに微笑んだ。
「いいんだ、さくらはそれで。今はそれでいい」
少し寂し気な笑みを見せる聖に、さくらの胸は痛んだ。
しかし、聖の言っている意味がわからないさくらは微笑み返すことしかできなかった。