その日は雪が降っていた。
雪はしんしんと降り続き、少女の小さな体に降り積もる。
少女は冷たい手を暖めたくて、はあっと息を吐いた。
全身氷のように冷たくてもう動く気にもなれず、少女はその場にしゃがみ込んだ。
なんだか眠くなってきて、そのまま寝てしまおうかとゆっくりと
「大丈夫?」
ふと声がする。とても穏やかで優しい声。
そっと
「こんなとこで寝ちゃ駄目だよ、お家はどこ?」
少年の
「私に家はないの、帰るところなんてない」
少女の瞳は
少年は少女に優しく微笑みかける。
「だったら、僕の家においで」
「え?」
突然の提案に少女は驚いて瞳を大きく開くと少年を見つめた。
「僕の家、広いから。君一人くらい来ても大丈夫。ね、いいでしょ?」
少年は少女にそっと手を差し出した。
その眼差し、声、
少女は生まれてはじめて、すがりたいと思った。
孤独に一人で闘い続け、疲れ切った少女の心に、その瞬間温かい何かが
少女がたどたどしく手を取ると、少年はその手を優しく握り返した。
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月日は流れ……。
あの日の少女、さくらはメイドとして忙しい日々を送っていた。
「それ、取って」
「はい」
「次、これね」
「はい」
「それが終わったら、こっち手伝って」
次々、先輩メイドたちから与えられる命令を従順にこなしていく。
ここは、
さくらは黒崎家のメイドとして働いていた。
さくらを拾ったあの少年は、有名な
黒崎家は資産家で有名な財閥一族だ。あらゆる経済に
長い歴史を持つ
さくらはそんなすごい一族の屋敷でメイドとして働かせてもらっていた。
今は朝食の準備にメイドたちが
普段から調理は料理長やコックたちが担当し、準備や後片付け、盛り付けや
朝食、昼食、夕食の前は大忙しだ。
他のメイドたちも料理長の指示に従い、
「さくら、邪魔よ」
「すみません」
「ほんと、あんたはとろいんだから」
メイド長からまたお
その様子を見ていた他のメイドたちがクスクスと笑っている。
さくらはメイドの中でもあまり出来のいい方ではなく、いつも怒られることが多かった。
そんなに器用でなく、どこか
そんなさくらを馬鹿にしたり見下す者も多く、厳しい環境の中、頑張っていた。
どんなに苦しくても、
「さくら、おはよう、今日も大変そうだね」
厨房を覗いたのは、黒崎家の次男の
爽やかな笑顔をさくらに向ける。
聖が顔を出した途端、メイドたちが色めき立った。
「聖様だわっ」
「いつも素敵―っ」
「見てるだけで癒されるわ」
彼はメイドたちからすこぶる人気が高かった。
決して
可愛らしい顔立ちをした
どこか
そして、黒崎家の次男……。
人柄、容姿、家柄、すべて
しかし、それらはさくらにとってどうでもいいことだった。
ただ、聖に救われた。それだけが真実。
聖がどんな身分だって、どんな容姿だって構わなかった。
さくらにとって聖は世界で一番大切な存在で、彼がいない世界などなんの意味ももたない。
「聖様、おはようございます。もうすぐ朝食のご用意ができますので、食堂でお待ちください」
さくらはいつも通り、メイドとして聖に接する。
聖は少し寂しそうな表情をしたあと、複雑そうに微笑んだ。
「うん、ありがとう。それじゃあ、あとで」
本当はさくらともっと話したいのだが、他のメイドたちの手前、聖は引くことにした。
さくらは今仕事中だ、邪魔をしてはいけない。
後ろ髪を引かれる思いで聖は厨房をあとにする。
聖が姿を消すとメイドたちが
聖が特別扱いしているのが気に食わないらしく、さくらはメイドたちから酷いいじめを受けていた。
悪口、陰口、嫌がらせ、仲間外れ。
どれも、最初は辛かった。しかし、さくらは耐えられた。
聖の傍にいられるだけで幸せだったから、あとのことは大抵我慢できた。
「はいはい、もうすぐお食事の時間ですよ」
執事の
さくらに目くじら立てていたメイドたちがそそくさと仕事へ戻っていく。
ふと、さくらが旭の方へ目を向けると目が合った。
旭が優しく微笑んだので、驚いたさくらはすぐに視線を外し仕事へと戻る。
なんだかあの目で見つめられるとすべてを見透かされているようで、なんだか恥ずかしくて、居心地が悪い。
彼は黒崎家の執事で、さくらがここへ来る前からこの家に
黒崎家のことを全て把握しており、彼よりこの家のことを知っている人物はいないだろうと思われる。
彼の仕事はいつも完璧だった。
家のこと、仕事のこと、
旭は黒崎家の完璧な執事だった。
そして、彼もまたメイドたちから人気があった。
執事としての仕事は完璧、周囲のサポートもそつなくこなす。メイドたちのへの
さらには彼もまた一般でいう魅力的な男性の部類に入る
そんな彼に好意をもつメイドが多いのも必然。
彼はなぜかさくらが困っていると現れ、いつも助けてくれる……ような気がした。
きっとドジばかりのさくらが、旭は気になって心配になるのだろう。
彼はさくらと違い、すべてをそつなくこなす完璧な人だから。
しかし、そのせいでまたメイドたちからの圧力が増えていることをさくらは実感しており、ほとほと困り果てているのだった。