週末。
金曜の夜からずっと『サンクチュアリ・レジェンズ』をプレイしていた俺は、朝になってようやく寝た。
そして現在。
「今何時だ……?」
俺は起床したが、時間の感覚がなく頭がボーッとしていた。
変な時間に寝たせいか……。
目を擦りながらベッドの横に置かれた時計は、十六時八分を示している。
つまり土曜日の夕方だ。
「せっかくの休日を無駄にした気分だ」
しかも頭が重くて、ちゃんと寝た気がしない。
「先週末は割と充実してたんだけどな……」
先週の土曜日はフィリスと出かけて、一緒に昼ごはんを食べていたのに、一週間でひどい変わり様だ。
そう言えば、結局今週はフィリスと顔を合わせることなく週末を迎えたな。
まあ、ただの隣人なら毎日会う方がおかしいか。
「さて……独り身で予定がないからって、ここでダラダラ過ごしたら終わりだな」
既に半日以上を無駄にしてしまったけど、せっかくの休日だ。
独り身なりに、有意義にすごさないともったいない。
そこで俺は溜まっていた家事を済ませることにした。
洗濯なんかはリモートワークしながらでもできるけど、一人暮らしだから数日に一度まとめてやっている。
「とりあえず洗濯機は回したから、次は掃除だな」
掃除は普段から家にいても、仕事しながらだと本腰を入れてやるのは難しい。
だから今日は気になっていた細かい箇所を全部綺麗にしよう。
俺はまず風呂のカビ掃除をして、ペットのカメの水槽の水換えをした。
一通り掃除を終えた頃には洗濯機の終了音が鳴ったので、洗濯物をベランダに干す。
「もう日が沈み始めてるけど……まあ明日乾けばいいか」
最後に軽くリビングと寝室を掃除機がけして、俺は満足した。
コーヒーを淹れてソファーに座り、達成感を得ながらくつろぐ。
「やれやれ、実に有意義な一日だったな」
お一人様としては、条件がつくけどな。
それはともかく、気づけばもう十九時だ。
本当に有意義な休日を過ごしている人間は、今ごろ誰かといるんだろうな。
「はー……」
思わずため息が出てしまうが、まあないものねだりをしても仕方がない。
「夕飯の支度でもするか」
買い物にでも行こうかと思ったその時。
インターホンが鳴った。
「やあ、フィリス」
モニターに見覚えのある人物が映っていたので、俺は玄関の扉を開けた。
「お久しぶりです、翔太さん」
フィリスが訪ねてきた。
その両手には、何やら鍋を持っている。
「ああ、久しぶり」
言われた手前そのまま返したけど、一週間ぶりに会ったというのは隣人の割にはよく会っている方だと思う。
「それで今日はどうしたの?」
「実はカレーを多めに作ったので、ご迷惑でなければ一緒に食べませんか?」
なるほど、鍋の中身はカレーか。
推しにそっくりな美少女のお手製カレーなんて、食べたいに決まっている。
「迷惑なんてとんでもない。嬉しいよ」
「よかったです。前に翔太さんが在宅でも仕事しながら料理するのは大変だと言っていたので、作ってみたんです」
フィリスは笑顔でそんな気遣いを口にした。
フィリスの持ってきたカレーを盛り付けて、食卓で向かい合って食べる。
「おいしいな」
「お口に合うようで何よりです」
「先週はコンロの使い方も分かってなかったのに、これを一人で作ったんだ?」
俺は素直に感動していた。
「は、はい……実は最近、料理を練習していたんです」
フィリスは少し恥ずかしそうにしながら、近況を語り始めた。
「へえ、すごい成長速度だな」
「と言っても、スマホでレシピを調べて、書いてある通りに市販の品を使っただけなんですけどね」
「それも、スマホを少しずつ使いこなせるようになってきた証拠だよ」
「翔太さんに教えていただいたおかげで、必要なことを検索する習慣ができました!」
フィリスは少し得意げだった。
「とにかく、最近は新生活に慣れるのに忙しかったってことか」
「そんなところですね。翔太さんは最近どうしていましたか?」
カレーを食べながら、俺たちは会話する。
「俺はいつも通り、ひたすら仕事だよ。忙しいから大変だ……」
「そうでしたか……お疲れ様です」
フィリスは笑顔で労ってくれた。
推しと同じ顔でそういうことをされると、眩しすぎて直視できない。
「仕事と言えば、私もアルバイトの面接を受けて、来週から働くことになったんです」
「おお。働く場所が決まってよかったね」
今週はそんなこともしていたのか。
どうりで顔を合わせる機会がないわけだ。
「はい。初めてのことなので緊張しますが、頑張ります!」
そうやって意気込んでいるフィリスだが、お嬢様っぽい雰囲気だし実家にいたら働かなくても生きていけそうなイメージがある。
まあ、そんなのは俺の勝手な想像に過ぎないけど。
元の環境を離れて今の場所にいるってことは何か理由があるんだろう。
「ところでフィリスは急な一人暮らしでアルバイトして、何かやりたいこととか目標があるの?」
最近はフィリスと割と気心が知れてきたつもりでいた俺は、あまり深く考えずにそう聞いた・
「えっと、それは……」
フィリスの言葉の歯切れが悪くなった。
「やりたいことというか、やるべきことはあるのですが……今は実現不可能なので、当面はここで頑張って生きていこうと思っているんです」
そう言うフィリスの困ったような笑顔を見て、俺は自分の不用意さに気づいた。
フィリスは出会った当初からどこか訳ありという感じだったのに、少し個人的な事情に踏み込み過ぎたか。
「あー、えっと」
「そうだ! 私のことより、翔太さんのことを聞かせてくれませんか? 翔太さんがお仕事を頑張る上での目標があるなら、聞いてみたいです」
微妙な空気になったのを察したのか、フィリスは話題を変えた。
「さっきは自分で聞いておいてなんだけど、難しい質問だな……あまり不満はないなりに、なんとなく仕事で忙しいまま生きてきたから。強いて言うなら、今は生きがいを見つけるのが目標かもしれないね」
学生時代に仲が良かった奴らや会社の同期など、同い年の連中は結婚のことを考えていたり、既に家庭を持っているような奴もいる。
そういう人たちにとっては、結婚相手や子供が生きがいだと言えるんだろう。
だけど今の俺にはそんな存在はいない。
あ、これ自分で言っていてつまらない答えかもな。
「目標がなくても、不満がなかったのなら忙しいなりに幸せな証拠ですね」
俺の面白みのない答えにも、フィリスは笑顔で受け入れてくれた。
でも、これだけで終わるのはさすがに微妙だな。
何か話をしないと……あ。
「強いて言うなら、週明けに発売するゲームがとりあえずの目標かな」
「げーむ……ですか?」
もはや毎度のことではあるけど、フィリスはゲームを知らなかった。
「なんて説明したらいいかな……娯楽とか遊びの一種なんだ」
「娯楽ですか! 楽しそうですね。私もいつかやってみたいです」
「それなら、バイト代で買うのを目標にするのはどうかな?」
「はい、そうします!」
フィリスは深くうなずいた。
「はは。また今度やり方教えないとな」
「でしたら、その時はまたご飯を持ってきて一緒に食べてもいいですか?」
予想外のことをフィリスが聞いてきた。
少し考えてから、俺は答える。
「隣人と会う度にそこまでしてもらうのは申し訳ない気がするけど……」
「翔太さんと私は……ただの隣人ですか?」
フィリスは寂しそうに、首を傾げた。
確かに、俺とフィリスは今やただの隣人以上の関係だ。
「訂正するよ。俺にとってフィリスは友人だ」
「友人ですか……」
俺の答えを聞いたフィリスは何やら難しそうな顔をしていた。
あれ、もしかしてこれも求めていた答えと違ったか……?
頭を悩ませていると、フィリスが俺の方を見た。
「友人ということでしたら……私が作ったご飯を一緒に食べるのは問題ないですよね?」
「ああ、大歓迎だよ」
「良かったです! 明日も何か作りますね!」
その言葉を聞いて、俺は思う。
え、明日も作ってくれるのか?
まさか毎日とか言わないよな……。
そんな疑問が浮かんでくるが、フィリスの嬉しそうな様子に水を刺したくなかったので、何も聞かなかった。