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第11話

「もし良かったら、昼ごはん食べていく?」


 俺が思いつきでそう提案したら、フィリスは小さくうなずいた。

 フィリスも空腹には耐えられなかったらしい。


「……ぜひお願いしたいです」

「よし、そういうことならさっそく支度を……」

「翔太さん。ただご馳走になるのは申し訳ないので、一緒に作りたいのですが、だめでしょうか?」


 フィリスがそんなことを聞いてきた。


「フィリスはお客さんだから、手伝いなんかしなくてもいいのに」

「お手伝いしたい気持ちもありますが、単に私が料理の仕方を教わりたいという理由もあるんです」


 なるほど。

 フィリスがもしお嬢様なら、自分であまり料理とかしてなさそうだからな。


「ちなみに普段の食事はどうしているの?」

「今は出来合いのものを買うか、手間のかからないものを作る程度ですね。ただ、いずれは色々な料理を作れるようになりたいと思っています」


 どうやらフィリスなりに、一人暮らしをするにあたって自炊できるようになりたいという意気込みがあるみたいだ。


「そういうことなら、一緒に作ってみようか」


 そうして俺たちは二人でキッチンへと向かった。




「教えるって話だったけど、俺だって別に料理が得意ってわけではないんだよな」


 キッチンに立ってまず、俺はそう言った。


「そうなのですか……?」

「ああ。だから今日の昼ごはんは料理と言っても簡単なものになるけどいいかな」

「はい、その方が私としても助かります!」


 横に立つフィリスはやる気に満ち溢れていた。

 さて、何を作ろうか。

 米は朝の外出前に炊いておいたから、準備できている。

 昼はどこかで外食する可能性も考えていたけど、夜まで予定が長引くとは思っていなかったから、あらかじめ用意しておいたのだ。

 では米と何を合わせるかだが……そう言えば、卵が余り気味だったな。


「よし。オムライスにでもしようかな」

「オムライス……ですか?」


 この反応にもあまり驚かなくなってきた。

 フィリスはオムライスが何か知らないらしい。


「オムライスっていうのは、ケチャップで炒めたご飯を卵で包んだような料理だよ。ほら」


 俺はそう説明しながら、スマホでレシピサイトを開いて画像を見せた。


「作り方はスマホで検索して出てきたサイトを見ればわかるから、フィリスも参考にしてくれ」

「おお……スマホは便利ですね!」


 フィリスは感動していた。


「基本的にはこのレシピ通りに進めた方がフィリスも覚えやすいだろうし……まずは材料を切ろうか。ピーマンと玉ねぎ、あとは鶏肉だな」

「それくらいなら私にもできそうです! やらせてもらえますか?」


 フィリスが材料を切る役割を買って出た。

 正直少し心配だけど……ここは本人のやる気を尊重しよう。


「分かった。お願いするよ」


 俺はひとまずフィリスに任せることにした。


「ありがとうございます。実は私、包丁捌きならそれなりに自信があるんです」


 フィリスは手を洗って準備をしながら、そんなことを言う。


「それはお手並み拝見だな」


 危ないようならフォローしよう。

 そう決めて、具材を切るフィリスの様子を見守っていた俺だったが、いい意味で予想が裏切られた。


「フィリスって意外と包丁捌きが上手だな」

「意外でしたか?」

「あ、悪い」


 俺が謝ると、フィリスがくすりと笑った。


「いえ、気にしていませんよ。こちらの料理には詳しくないですが、元いた場所ではよく料理をしていたので、それなりに包丁は使えるんです」

「へえ。それなら俺が手伝う必要はないかな」

「はい! 私にお任せください」


 フィリスはどこか得意げだった。

 さて、こうなると俺のやることが少ないな。

 このキッチンはそこそこ広いが、正直二人同時に作業できるほどのスペースはないし、そもそも道具がない。

 ……今の内にフライパンとかの準備でもしておくか。




 少しして、フィリスが具材を切り終わった。

 次は具材を炒める段階だ。

 フィリスはコンロの使い方を知らなかったので、まずは使い方を教えた。


「やってみます……!」


 フライパンの持ち手を掴んで意気込むフィリスの姿は様になっていたが、火力の調整はミスっていた。


「あー、もう少し火を弱めた方がいいかも」

「え? そうですか……加減が違って難しいですね」


 どうやら自分なりの感覚があるみたいだけど、その感覚とのズレを感じているようだ。

 それにしても、料理をすること自体に慣れている割にコンロを使ったことがないって、どういう状況だ。

 ガスコンロじゃなくてIHで調理していた……とか?

 不思議に思っていると、フィリスが話しかけてきた。


「翔太さんはいつもご自分で料理をされるんですか?」

「いつもって程ではないね。在宅中心とは言え、仕事しながらだと毎日ちゃんとした料理を作る余裕はなくて、簡単な内容になりがちなんだ」

「そういうことでしたら……誰かに作ってもらえたら嬉しかったりしますか?」


 フィリスはじっと俺の方を見た。


「まあ……否定はしないけど、そんな人はいないからな」

「なるほど……」


 フィリスは前を向いて、何やら考え込んでいる。

 そのせいで、炒めていた具材が焦げそうになっていた。


「なあフィリス、ちょっと火を通し過ぎかも」

「え!?」


 フィリスは慌てて火を止めた。

 ちょっとしたアクシデントはあったが、その後は問題なく料理を進めていき、オムライスが完成した。




 皿に盛り付けたオムライスをリビングに持っていき、フィリスと食卓を囲んだ。


「いただきます」

「いただきます」


 二人でそう口にしてから、オムライスを食べ始めた。


「オムライスという料理を食べたのは初めてですが……とてもおいしいですね!」

「俺も心なしかいつも自分で作ってるオムライスよりもおいしい気がするよ。材料とかは同じなんだけどな……」


 不思議に思っていると、俺の向かい側に座るフィリスが笑った。


「きっと、二人で一緒に作ったからですね」

「確かに……そうかもしれないね」


 俺は自然とフィリスの言葉にうなずいていた。

 自分のために作って一人で食べるだけの料理よりも、誰かと一緒の方がおいしい。

 よく聞く話だけど、社会人になってからずっと独り身だった俺にとって、最近は馴染みのない感覚だ。


「なんだか家族が増えたみたいな感覚だな」

「そ、それって……私がお嫁さんみたいという意味だったりしますか?」


 フィリスが何やら動揺した様子で、よく分からない質問をしてきた。

 少し考えてから、俺は気づく。

 今のはもしかして、口説いているみたいに捉えられたのか?


「……俺としては、そういう意味ではなかったんだけど」

「では、どういう意味ですか?」


 フィリスは興味ありげな眼差しを俺に向けてくる。


「深い意味で言ったわけじゃないんだ。こうして一緒に食卓を囲うのが家族みたいでいいと思って……ただそれだけだ」

「そう、でした。私、早とちりしてしまいました……」


 そう言って顔を隠すように俯くフィリスの耳が赤くなっているように見えた。

 まるで、何かを期待していたけど、それが外れたような様子だ。

 これはこれで思わせぶりな態度……に見えなくもない。

 などと勘ぐる俺だったが、同時に別のことが思い浮かんだ。

 何と言うか、こうして動揺しているフィリスはどこか子供っぽいな。 

 今まではフィリスに対して、外見や世間知らずさの割に、振る舞いは大人びているという印象を持っていたが、こうして見ると年相応の反応だ。

 そんなフィリスの姿を見ていて、ふと思う。


「俺に妹がいたら、やっぱりこんな感じなのかな」

「妹ですか? やっぱりって……もしかして、具体的な誰かを思い浮かべていたり?」

「ああ。従妹がいて、祖父母の家に行った時によく会う機会があったんだけど……そいつが妹みたいに懐いてくれていたんだ」

「翔太さんにそんな人が……」

「いつものフィリスはどちらかと言えば大人っぽいけど、今はその従妹みたいに子供っぽい動揺の仕方だったから、なんとなく雰囲気が重なったんだ」

「む、そうですか……」


 フィリスはどこか腑に落ちない様子だ。


「もしかして失礼だったかな?」


 一人で色々思い出して盛り上がってしまったかもしれない。

 そう懸念したが、フィリスは首を横に振った。


「失礼なんて思っていませんよ。翔太さんに身近な存在だと思っていただけたなら、むしろ嬉しいです」

「それなら良かったけど……」

「はい。まだ妹とのことですので、これから精進したいと思います」

「……?」


 精進って何のことだ。

 フィリスの言葉と笑顔の意味が、俺には分からなかったけど。

 俺だけではなく、フィリスの方もこの状況に対して居心地がいいと思っているという、手応えのようなものを感じた。



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