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第10話

 部屋でお礼がしたいと言うフィリスを連れて、俺は帰宅した。


「お邪魔します」


 フィリスはお行儀よくそう口にしているが、一体何をするつもりなんだろう。

 女の子を部屋に連れ込んでお礼をしてもらうって、どこかいかがわしい響きに聞こえるけど……フィリスに限ってさすがにそれはないか。

 一瞬変な妄想をしそうになったが、思い直した。


「何か飲む?」


 玄関からリビングの方に向かって歩きながら、俺はフィリスに聞く。


「大丈夫です。それより、さっそくお礼をさせてもらおうと思うので、そこに座ってもらえますか?」


 フィリスはリビングのソファーに座るよう促してきた。

 なんだろう。

 疑問に思いながらも言われた通り座ると、フィリスがその背後に立った。


「フィリスは座らないの?」


 気になったので、俺は背後を向く。


「はい。私はお礼をする側ですから」

「でも、お客さんを立たせたままなのは気が引けるような……」

「お構いなく。翔太さんはそのまま、リラックスして座っていてください」

「そうか? だったら、お言葉に甘えようかな」


 フィリスがそこまで言うのなら大人しくしておこう。


「実は私、人に癒しを届けるのが得意なんです」

「癒しを届ける?」

「はい。今日やるのは本来とは違うやり方なのですが、ここでは準備が難しいですから」

「準備?」

「そろそろ始めましょうか。翔太さん、前を向いていただけますか?」

「あ、ああ」


 俺は疑問が尽きないまま、前を向いた。

 その直後、俺の両肩にフィリスの手が触れてきた。


「……!?」


 俺が驚いていると、フィリスが肩を揉み始めた。


「……お礼って、マッサージのことだったのか」

「はい。お加減はいかがですか?」


 フィリスに聞かれて、俺は少し考える。

 フィリスの手は小さいが、程よい力加減で気持ちがいい。


「あー……ちょうどいいかな」

「それは良かったです。翔太さんの肩、すごく凝っているみたいですね。仕事でお疲れですか?」

「ずっとデスクワークだから、肩は特にね。自分で思っていたよりも疲労が溜まっているのかもな」

「それは大変ですね……翔太さん、いつもご苦労様です」


 フィリスは優しく囁きかけるような声でそう言った。

 ……なるほど、確かにこれは癒されるな。

 そのままマッサージされていた俺だったが……やがて眠くなってきた。

 つい、口を開けて欠伸をしてしまう。


「寝不足ですか?」

「まあ、昨日は結構遅くまで起きてたから」

「翔太さんはいつも頑張っているんですね」


 フィリスは俺が遅くまで仕事をしていたと受け取ったのか、何やら感心していた。

 ……今日のことを考えたり、ゲームをしていたせいで眠れなかったとは言いにくいな。


「……」

「翔太さん、少し横になりますか?」


 肩をマッサージされながら黙り込んでいた俺に対し、フィリスがそう問いかけてきた。


「……ああ。そうしようかな」


 俺は眠い頭で深く考えずにうなずく。

 するとフィリスが隣に座ってきた。


「……?」


 俺は不思議に思いながらその様子を見ていると。


「さあどうぞ」


 フィリスは当然のように、自分の脚を枕にするように促してきた。


「どうぞ、って……」


 俺は逡巡するが、純粋な顔でこちらを見るフィリスを前に、心が揺らぐ。

 この優しさに対して、下心を抱いたりするのは失礼だな。


「じゃあ、失礼しようかな」


 俺は膝枕されることにした。

 ゆっくりと横になって、フィリスの脚に頭を乗せる。


「……重くないかな?」

「ええ。大丈夫ですよ」


 柔らかいフィリスの声音が、頭上から聞こえてくる。

 下からは、人の温もりを感じる。

 こんな風に、人と触れ合うのはいつ以来だろう。

 なるほど、これがフィリスの言う癒しか。

 思えば俺は、今日以外にもフィリスに癒されているかもしれない。

 社会人になって以来、仕事以外で人との繋がりがなかったから、身近に誰かがいることで日常に彩りを感じている。

 俺はその気持ちを、言葉にした。


「ありがとう、フィリス」

「……! どういたしまして、翔太さん」


 フィリスは嬉しそうだったが、俺はその表情を確認することはなかった。

 会話の中で瞼が重くなっていき、そのまま閉じてしまったからだ。


「翔太さん、おやすみなさい」


 俺はそのまま、眠りについた。




 しばらくして。

 俺は目を覚ました。

 ゆっくりと、目を開ける。

 どうやら眠り込んでいたみたいだ。

 一体どれくらい寝ていたんだろう。

 とりあえず時計の方を見て、状況を確認しようと思ったその時。

 ぐー、と気の抜けたような音が間近で聞こえてきた。


「うぅ……」


 次にどこか恥ずかしそうな、漏れ出すような声が聞こえてくる。


「あー……」


 そう言えば俺、フィリスに膝枕されていたんだった。

 ってことは、今のはフィリスのお腹がなる音か。

 ゆっくり上を見ると、フィリスが顔を赤くしていた。

 ……さすがは美少女、こういう表情も映えるな。

 って、そんな場合じゃない。

 これ以上膝枕をさせているのも、恥ずかしい思いをさせるのも申し訳ない。

 俺は体を起こした。

 時計の方を見ると、時刻は昼の十二時を少し過ぎた頃だ。

 フィリスが空腹でお腹を鳴らすのも納得だな。

 あ、そうだ。


「もし良かったら、昼ごはん食べていく?」


 俺はふと、思いついたことをフィリスに提案した。


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