部屋でお礼がしたいと言うフィリスを連れて、俺は帰宅した。
「お邪魔します」
フィリスはお行儀よくそう口にしているが、一体何をするつもりなんだろう。
女の子を部屋に連れ込んでお礼をしてもらうって、どこかいかがわしい響きに聞こえるけど……フィリスに限ってさすがにそれはないか。
一瞬変な妄想をしそうになったが、思い直した。
「何か飲む?」
玄関からリビングの方に向かって歩きながら、俺はフィリスに聞く。
「大丈夫です。それより、さっそくお礼をさせてもらおうと思うので、そこに座ってもらえますか?」
フィリスはリビングのソファーに座るよう促してきた。
なんだろう。
疑問に思いながらも言われた通り座ると、フィリスがその背後に立った。
「フィリスは座らないの?」
気になったので、俺は背後を向く。
「はい。私はお礼をする側ですから」
「でも、お客さんを立たせたままなのは気が引けるような……」
「お構いなく。翔太さんはそのまま、リラックスして座っていてください」
「そうか? だったら、お言葉に甘えようかな」
フィリスがそこまで言うのなら大人しくしておこう。
「実は私、人に癒しを届けるのが得意なんです」
「癒しを届ける?」
「はい。今日やるのは本来とは違うやり方なのですが、ここでは準備が難しいですから」
「準備?」
「そろそろ始めましょうか。翔太さん、前を向いていただけますか?」
「あ、ああ」
俺は疑問が尽きないまま、前を向いた。
その直後、俺の両肩にフィリスの手が触れてきた。
「……!?」
俺が驚いていると、フィリスが肩を揉み始めた。
「……お礼って、マッサージのことだったのか」
「はい。お加減はいかがですか?」
フィリスに聞かれて、俺は少し考える。
フィリスの手は小さいが、程よい力加減で気持ちがいい。
「あー……ちょうどいいかな」
「それは良かったです。翔太さんの肩、すごく凝っているみたいですね。仕事でお疲れですか?」
「ずっとデスクワークだから、肩は特にね。自分で思っていたよりも疲労が溜まっているのかもな」
「それは大変ですね……翔太さん、いつもご苦労様です」
フィリスは優しく囁きかけるような声でそう言った。
……なるほど、確かにこれは癒されるな。
そのままマッサージされていた俺だったが……やがて眠くなってきた。
つい、口を開けて欠伸をしてしまう。
「寝不足ですか?」
「まあ、昨日は結構遅くまで起きてたから」
「翔太さんはいつも頑張っているんですね」
フィリスは俺が遅くまで仕事をしていたと受け取ったのか、何やら感心していた。
……今日のことを考えたり、ゲームをしていたせいで眠れなかったとは言いにくいな。
「……」
「翔太さん、少し横になりますか?」
肩をマッサージされながら黙り込んでいた俺に対し、フィリスがそう問いかけてきた。
「……ああ。そうしようかな」
俺は眠い頭で深く考えずにうなずく。
するとフィリスが隣に座ってきた。
「……?」
俺は不思議に思いながらその様子を見ていると。
「さあどうぞ」
フィリスは当然のように、自分の脚を枕にするように促してきた。
「どうぞ、って……」
俺は逡巡するが、純粋な顔でこちらを見るフィリスを前に、心が揺らぐ。
この優しさに対して、下心を抱いたりするのは失礼だな。
「じゃあ、失礼しようかな」
俺は膝枕されることにした。
ゆっくりと横になって、フィリスの脚に頭を乗せる。
「……重くないかな?」
「ええ。大丈夫ですよ」
柔らかいフィリスの声音が、頭上から聞こえてくる。
下からは、人の温もりを感じる。
こんな風に、人と触れ合うのはいつ以来だろう。
なるほど、これがフィリスの言う癒しか。
思えば俺は、今日以外にもフィリスに癒されているかもしれない。
社会人になって以来、仕事以外で人との繋がりがなかったから、身近に誰かがいることで日常に彩りを感じている。
俺はその気持ちを、言葉にした。
「ありがとう、フィリス」
「……! どういたしまして、翔太さん」
フィリスは嬉しそうだったが、俺はその表情を確認することはなかった。
会話の中で瞼が重くなっていき、そのまま閉じてしまったからだ。
「翔太さん、おやすみなさい」
俺はそのまま、眠りについた。
しばらくして。
俺は目を覚ました。
ゆっくりと、目を開ける。
どうやら眠り込んでいたみたいだ。
一体どれくらい寝ていたんだろう。
とりあえず時計の方を見て、状況を確認しようと思ったその時。
ぐー、と気の抜けたような音が間近で聞こえてきた。
「うぅ……」
次にどこか恥ずかしそうな、漏れ出すような声が聞こえてくる。
「あー……」
そう言えば俺、フィリスに膝枕されていたんだった。
ってことは、今のはフィリスのお腹がなる音か。
ゆっくり上を見ると、フィリスが顔を赤くしていた。
……さすがは美少女、こういう表情も映えるな。
って、そんな場合じゃない。
これ以上膝枕をさせているのも、恥ずかしい思いをさせるのも申し訳ない。
俺は体を起こした。
時計の方を見ると、時刻は昼の十二時を少し過ぎた頃だ。
フィリスが空腹でお腹を鳴らすのも納得だな。
あ、そうだ。
「もし良かったら、昼ごはん食べていく?」
俺はふと、思いついたことをフィリスに提案した。