俺とフィリスが向かったのは、駅前のスマホショップだ。
店に入ると、既に多くのお客さんがスマホを選んだり受付を待ったりしていた。
「他にもお客様がたくさんいますね……」
「まあ、土曜日だからね。事前に来店予約をしておいたから、俺たちは待たずに対応してもらえると思うけど……その前にどの機種を買うか選んでおこうか」
「機種選びですか。でも、私にはどれが良いのか……」
フィリスは店内に並ぶ様々な機種のスマホを眺めて、困ったような声を漏らした。
「まあ、そうなるのも無理ないか」
「よくわからないので翔太さんと同じ機種にしたいのですが、どう思いますか?」
「良いと思うよ。俺の使っている機種はシェアが高いから、対応している付属品とかも多いし」
「あ、そういう意味もありますが、そうではなくて」
「うん? 利便性の話じゃないなら、価格とか?」
「そういう話でもなくて、ただ……」
フィリスは言葉の続きを口にするか迷っている様子だ。
「ただ?」
「……翔太さんとお揃いにしたいと思ったんです」
「あー、なるほど」
俺は年甲斐もなく返す言葉を失った。
推しにそっくりな女の子から心を揺さぶられるような一言を告げられて、どう反応したらいいか分からなかった。
「駄目、でしたか?」
「……いや。いいんじゃないかな。俺と同じ機種だったら、フィリスがもし使い方に困ったりした時とかに教えやすいだろうし」
「そうですよね……! では翔太さんとお揃いにします!」
フィリスは満面の笑みを浮かべていた。
少しして、予約していた時間になったので受付カウンターに呼ばれた。
契約するのはフィリスだが、俺も付き添いとして隣に座る。
「機種はお決まりとのことですので、契約する料金プランの方を決めていきましょう」
対応してくれるのは二十代後半と思われる女性店員さんだ。
「ぷらん?」
予想通りではあるが、フィリス はよくわかっていない様子だ。
「まあフィリスの場合は無難なプランでいいと思うよ。このスタンダードプラン……とかでいいんじゃないか」
俺は助け舟を出そうと、受付の女性が提示してきたいくつかのプランの中から無難そうなものをオススメする。
しかし店員さんは別の提案をしてきた。
「そちらのプランも確かに良いのですが……もしかしたら他に最適なプランがあるかもしれません」
「というと?」
何か不要なオプションでも付けられるのでは……と身構える俺に対し、店員さんはあくまで営業スマイルだった。
「差し支えなければお聞きしたいのですが、お客様のスマホはどこのキャリアを利用されていますか?」
「俺ですか? 俺はここのキャリアですけど」
「ご利用ありがとうございます! でしたらお二人にオススメできるプランがあるかもしれません!」
「二人に……?」
話を振られて俺が首を傾げている中、店員さんはセールストークを続けた。
「はい。当キャリアには家族割のプランがあるのですが、実は同棲しているカップルであれば本当の家族でなくてもプランの適用対象になるんです!」
「ど、同棲……!?」
隣に座るフィリスが動揺の色を見せていた。
「あれ、まだ同棲はされていませんか?」
「同棲なんてしていませんし、カップルでもないですね」
どうやらこの店員さんは何か勘違いしているみたいだ。
「えー? そうなんですか、お似合いなのにもったいないなあ」
店員さんは気さくな態度でそんなことを言う。
「……! お、お似合いに見えますか……?」
「はい!」
フィリスは一体何を聞いているんだ。
そして、なんで店員さんはさも当然のようにうなずいているんだ。
これもセールストークの一環なのか……?
「とにかく、俺とこの子は店員さんが想像するような関係ではないので、通常のプランでお願いします」
「うーん……お二人の間でまだすれ違いがあるみたいですが、分かりました! そういうことでしたら、お客様が先程おっしゃっていたスタンダードプランで手続きを進めましょうか」
店員さんは俺とフィリスの関係について、まだ何か納得いっていない様子だったが、仕事を進めてくれた。
「……はい、ありがとうございます。では次に、身分証と支払い先情報がわかるものを提出いただけますか?」
順番に契約の手続きを進めていく中。
店員さんが口にした言葉を聞いていて、俺の中に一つの疑問が浮かんだ。
そう言えばフィリスって、身分証とか銀行口座を持っているんだろうか。
万が一、ゲームのキャラという妄想が本当だとしたら、持っていないはずだ。
「はい。こちらでお願いします」
俺の考えは、やはり妄想だったらしい。
フィリスは平然とした様子で身分証とキャッシュカードを取り出して、店員さんに提示していた。
「……ちゃんと準備していたんだな」
「部屋を借りる時に必要だったので、今回も必要になるかなと思ったんです」
フィリスはそう説明した後「持ってきて正解でした」と微笑んでいた。
なるほど、確かにフィリスは自力で俺の隣の部屋を借りたんだ。
身分証や銀行口座について考えが回るのは、何もおかしくないし驚くのが失礼なくらいだ。
何もおかしくないはずなんだけど……日頃のフィリスの世間知らずぶりを見ていると、こんなことすらどこか引っかかりを覚えてしまう。
まあ、考えすぎか……。
俺は頭に過ぎる妙な違和感を振り払って、その後はフィリスの契約を手伝った。
店員さんは人の良さそうな顔をしてなんだかんだで余計なオプションをオススメしてきて、フィリスがそれに翻弄されたりもしたが、俺がキッパリと断っておいた。
そうして無事に契約を済ませて、スマホショップを退店した。
「これが、私のスマホですか……!」
店を出てすぐ、 フィリスは購入したスマホを両手で握りしめて、感慨深そうにしている。
「良かったね。スマホは現代社会で生きる上で必須級のアイテムだから、これがあるだけで色々便利になると思うよ」
「翔太さん、今回も色々とお手伝いいただいてありがとうございます。翔太さんがいなかったら、いらないおぷしょん? というものまで契約してしまうところでした」
「あれくらいは何かした内に入らないよ。まあ、あの店員さんみたいに人の良さそうな商売上手が世の中にはたくさんいるから、これからは自分で気をつけられると良いかもね」
「なるほど、勉強になります!」
フィリスは何やら尊敬の眼差しみたいなものを俺に向けていたが、大げさ過ぎる気がする。
「さて。用事は済んだけど、この後はどうしようか」
「翔太さんは、これから何か予定がありますか?」
「いや、特にないよ」
「でしたら……一つお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」
フィリスはおずおずとした様子で聞いてきた。
「お願いって……何かな」
「今から翔太さんの部屋に行っても良いですか?」
「俺の部屋に?」
「はい。いつもお世話になっているので、翔太さんにお礼がしたいんです!」
フィリスは何かを決意したような顔で、そんなことを言ってきた。