退勤した俺はフィリスの部屋に来た。
届いた家電の使い方を教えるためだ。
「設置する段階から俺がやる必要あるかと思ったけど……その心配はいらないみたいだな」
フィリスの部屋は、前に訪れた時と様変わりしていた。
届いた家具や家電があるべき場所に設置されており、以前と違って人が居住するための環境が整っている。
「配達してくださった方のご厚意で設置まではしていただいたんです」
「へえ、それはありがたい話だ」
注文の際に設置のオプションはなかったので、本当に厚意でやってくれたんだろう。
やっぱり美人だと何かと得することが多いのかもな。
「さて、色々あるけど何から使い方を教えようかな」
「あ、ではこちらの大きな板? のような物についてお聞きしてもいいですか? 他の家電は名称や設置場所からなんとなく使い道が想像できたのですが、これに関しては全く分からなくて……」
そう言ってフィリスが指さしたのは、テレビだった。
「一応聞くけど、本当に全く知らない?」
「はい、お恥ずかしながら……」
「気にしなくていいよ。これはテレビって言うんだ。使い方は……見た方が早いか」
現代に生きていてテレビを知らないと言うのは信じがたいけど、嘘をついているようには見えない。
俺はフィリスに説明するために、テレビのリモコンを手に取って電源ボタンを押した。
次の瞬間、テレビに映像が映し出され、音が流れる。
「わ……! これは一体? この方々はどなたでしょうか……こちらに話しかけているみたいです」
フィリスは不思議そうにテレビの画面を覗き込んでいる。
「この時間はドラマを放送してるみたいだね。ちなみに、フィリスに話しかけているわけではないよ」
「あ、そうでしたか……」
フィリスは少し赤面してから、何かに気づいた様子でまたテレビを見る。
「それにしても、ドラマとは……もしかして、演劇のような娯楽ですか?」
「まあ、俳優が演技をしているって意味では近いかな」
「つまりテレビとは、劇場に赴かなくても演劇を観ることができる装置なのですね!」
「間違いじゃないけど、テレビで観ることができるのはそれだけじゃないんだ」
俺はリモコンを操作してチャンネルを変更した。
「今度は別の方が映し出されました……! これはドラマ、というものではなさそうですね?」
「ああ、これはニュースだね」
「ニュース……」
「これを見ておけば、世間の最新の情報が手に入るんだ」
「なるほど、それは便利そうですね」
「ああ。フィリスは世間について知らないことが色々多いみたいだから、何かしら情報収集できる手段が必要だと思ったんだ」
「確かに私にはそうした道具が必要ですね……お気遣いありがとうございます!」
正直な話、このご時世だと一人暮らしの家にテレビを置いていないという人も多い。
しかしテレビは情報を得る上で扱いが簡単な機器だから、フィリスに向いていると思ったのだ。
「本当はスマホがあるともっと便利なんだけどね」
「スマホ……翔太さんが色々な目的で使っている道具ですよね? 地図を見たり、品物を注文できたり……確かにあれば便利そうです!」
「まあ、逆に今時ないのは色々と不便だよね。一手間あるから、家具家電を注文した時にはスマホを後回しにしたんだけど……」
「一手間というと?」
「一度買ったらそのまま使える家具家電と違って、スマホは回線の契約とか、月々の支払いがあるからね。その辺りも手伝えたらいいんだけど……流石に仕事中に行くのは難しいし、どうしようかな」
この時間だと携帯電話の販売店も営業していないだろうな。
かと言って、昼間にフィリスが一人で行ってスマホの契約をするのは難しいだろう。
「そういうことなら……翔太さんがお休みの日に一緒に行っていただけませんか? もしよろしければ、ですが……」
フィリスは少し遠慮する様子を見せながら、そんなお願いをしてきた。
「構わないけど……」
「もしかして、ご予定がありましたか?」
「いや、特にないよ。ただ、フィリスの方からそういうお願いをしてくるのが少し意外だったから」
「私にも心境の変化があったと言いますか……恋人のいない翔太さんなら遠慮しなくて大丈夫ですからね」
「なんだか引っかかる言い方だけど、頼られるのは悪い気はしないよ」
「そうですか? でしたら良かったです」
フィリスは上機嫌そうだ。
「あ、もうひとつ気になることが」
「なんですか?」
「その……スマホを買うお金の方は大丈夫そう? 聞いていいのか分からないけど、既に色々買ってるから少し心配になって」
家具家電の注文は俺がスマホから代わりに行ったが、支払いは当然フィリスが行った。
俺としては一時的に肩代わりしても良かったけど、フィリスが自分で用意すると言っていたので代引きにしたのだ。
引越ししてきたばかりのフィリスは、色々出費が多い状況だ。
「実はあまり余裕はないんですが……ここは奮発しようと思います!」
フィリスは逡巡した末にそう言った。
フィリスはお嬢様のようだけど、見るからに訳ありという感じだ。
仮に家が金持ちだったとしても、そのお金を自由に無限に使えるわけではないんだろう……と俺は推測してから、うなずいた。
「そういうことなら、分かった」
「はい、お願いします。お金のことに関しては、私もこの状況が続くのはあまり良くないと思っているので、近い内に何かお給金がもらえるお仕事……アルバイトというものをしてみたいと思っているんです」
「確かに生活を維持する上では大事なことだな。バイトをするとなったら尚更スマホが必要だし……今週の土曜日に行こうか」
こうして俺たちは土曜日に二人で出かけることになった。
「お休みの日に二人でお出かけなんて、楽しみですね」
フィリスは喜んでいた。
喜んでいたが……少し引っかかるというか、思わせぶりな言い回しに聞こえた。
いや、俺が変に意識しているだけか?