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第4話 推しにそっくりな美少女とランチに行った。

 俺はスマホを使って、フィリスの部屋に必要な家具家電をネットショップで一通り注文した。


「よし。これで最低限の物は頼んだかな。他は必要に応じて後から買い足していけば問題ないと思うよ」

「このスマホという道具をぽちぽちしただけで品物が購入できるとのことですが……不思議です」


 フィリスは俺がスマホを操作する様子を横から覗き込んで不思議そうにしていた。


「多分明日にはいくつか届くと思うよ」

「明日ですか!? すごいですね……」


 今時ネットで買い物をするなんて割と当たり前のことだと思うけど、やはりフィリスには常識が通じないらしい。


「ちなみに、これから届く家電の使い方は分かりそう?」

「それは……」


 まあ、そんな予感はした。


「また届いた時に使い方を教えるよ」 

「何から何まで、ありがとうございます……」


 フィリスは丁寧に頭を下げた。

 色々教えることを苦とは思わないけど、毎度恭しい態度を取られるのも少し困るな。

 とはいえ俺たちはたまたま部屋が隣になっただけの他人だから無理もない。

 せっかくこれから近所で暮らすわけだし、もう少し親睦を深めてもいいよな。


「ところでフィリス、昼ごはんはもう食べた?」

「いえ、まだです」


 思ったけど、フィリスは普段の食事をどうしているんだろうか。

 放っておいたら自分で食事もできない気がするけど……。


「そういうことなら、どこかで一緒に食べないか?」

「そう……ですね。私もちょうどお腹が空いていました」

「ついでに近所を案内するよ。俺もそろそろ昼休みなんだ」

「つまり、二人で街を歩くということですか?」

「まあ、そういうことになるかな」

「それではまるで男女の逢引のよう……こほん」


 フィリスが何かを言いかけて、咳払いをした。


「どうした?」

「……なんでもありません。お言葉に甘えさせてください」


 そうして俺たちは部屋を出て食事に向かうことにした。





 俺の仕事はリモートワークかつフレックス制という働き方なので、昼休みを取る時間が比較的自由だ。

 気まぐれに少し早めに休憩する時もあるし、会議のせいで遅い時間になることもある。

 基本的には家で簡単に食事を済ませることが多い。

 だから今日のように昼休みに外出することは稀だった。


「この辺は駅前にお店が集中してるんだ。大きな駅じゃないから栄えてるってほどでもないけど、生活する上では困らないと思うよ」

「これほど賑やかで人通りが多いのに、栄えていない……のですか?」


 駅前には飲食店やスーパー、薬局などのお店が並んでいるが、通りから一つ裏の道に入ったらもう住宅街、というのがこの辺りの立地だ。

 都内の基準で言うなら、住むには最低限揃っているけど少し物足りないレベルかな、と思っていたんだけど。

 フィリスの基準だと違うらしい。


「渋谷とか新宿に行ったらもっと……大都会って感じだろ?」

「この街よりも都会な場所がいくつもあるのですか? こちらの世界の文明は一体どれだけ繁栄しているのでしょうか……」

「うん? どういう意味?」

「あ、いえ。なんでもありません……」


 俺の疑問に対し、フィリスから歯切れの悪い答えが返ってきた。

 世界とか文明とか、一体なんの話だろう。

 本人が答えにくそうにしているし、無理に聞かない方がいいんだろうけど。

 まるで本当に別の世界から来たみたいな口ぶりだ。


「フィリスって、日本に来てから日が浅かったりする?」

「え? そうですね。こちらに来たのは最近です」

「その割には日本語が上手だよな……あ。苗字が花咲だし、両親のどちらかが日本人とか?」

「はい。そのように思っていただければ」 


 フィリスは小さくうなずいた。

 別の世界から来た、なんて流石に俺の妄想が過ぎるにしても、フィリスが慣れない場所で新生活を送ろうとしているのは間違いないようだ。


「ところで、翔太さんはいつも私のことを気にかけてくださいますが……よろしいのでしょうか?」

「よろしいのか、って……ああ。仕事のことなら問題ないよ。さっきも言ったけど、今は昼休みだから……」

「いえ、そういう意味ではなくて」


 少し悩んでから答えようとした俺の言葉を、フィリスは遮った。


「じゃあ、どういう意味?」

「えっと。翔太さんの……その。恋人にご迷惑はかかっていませんか?」 


 フィリスは少し言いにくそう……と言うよりは照れたような調子で聞いてきた。

 なるほど。

 余計な心配だ。

 なぜなら。


「安心してくれ、俺には恋人なんていないから」

「え? 翔太さんくらいの年齢の方なら、恋人がいたり、結婚していたりするのが普通だと思っていたのですが……そうなんですね!」


 それはつまり……アラサーで独り身の俺はモテないって暗に言われてるのか?

 口元に笑顔を浮かべているのもよく分からない。

 フィリスは他人の不幸を喜んだり馬鹿にするような人ではないように見えるけど。


「なんだか、妙に嬉しそうだな?」

「い、いえ! そんなことはありません……よ?」


 そこで疑問形なのはだめだろ。


「ふふ。翔太さんはお一人様なのですね」


 やっぱりどこか嬉しそうだし。


「わざわざ繰り返さないでくれよ」


 腑に落ちない思いを俺が感じている間に、目的地のファミレスに到着した。



 駅前には有名チェーンや個人店などが、一週間で毎日違うものを食べられる程度には揃っているが、無難にファミレスにした。

 昼時でも、周辺が住宅街なので並ばずに座ることができる。


「ま、またこのスマホという端末を操作する必要があるのですね……!」


 席に着いて早々、フィリスは卓上に設置された注文用のタブレット端末を見て苦悶の表情を浮かべていた。


「厳密にはスマホじゃないけど、使い方は同じだね。画面をタッチするんだ」

「画面をたっち……翔太さんがぽちぽちと触れていたあれですね」


 フィリスはタブレット端末を凝視しながら、恐る恐るといった様子で画面に手を伸ばしている。


「使い方は分かりそう?」

「食べたい料理の絵をタッチすれば良いのですよね、多分」

「操作方法は大体あってるよ。絵というか画像だけどね」

「画像……というのですね。呼び方は分かりましたが、料理の画像だけ見てもどのような味か想像できませんね」


 フィリスは注文用のタブレット端末を眺めながら、悩ましげな顔をしている。

 お嬢様すぎて日本のファミレスには縁がないのかもしれない。


「もしかして、フィリスはこういう店にはあまり来ない?」

「はい。ですから何を選べばいいのか分からなくて。どの料理も豪華に見えるので、きっとおいしいと思うのですが……」

「定番は日替わりランチかな。俺はいつもこれにしてるんだ」


 俺はタブレット端末を操作して、日替わりランチを表示した。


「そうなのですね……では私も同じものにします! えっと、ここを触ったらいいんですよね。数量を二にして、注文かごに入れて……」


 フィリスはタブレット端末をゆっくりとした手つきで操作して、注文を済ませた。


「……できました!」


 フィリスが嬉しそうな顔で俺の方を見てきた。

 俺はその勢いに少し驚いてから、思う。

 やっぱり推しにそっくりな美少女が明るい表情をすると破壊力があるな。


「あー……よかったね」

「はしゃぎすぎました……」


 すぐにフィリスは恥ずかしそうに視線を落としたが、そんな光景も微笑ましかった。




 少し待っていると、注文した料理が届いた。

 今日の日替わりランチはトマトソースのかかったハンバーグがメインで、サラダとライスがセットになっていた。

 ここのファミレスのランチはそこそこコスパが良くて安定感がある。

 しかし言ってしまえば、ファミレスとしてはよくある内容で見た目通りの味でもあるんだけど。


「こ、こんなにおいしい料理を食べたのは初めてです……!」


 フィリスはハンバーグを食べて目を輝かせていた。


「はは、それは良かった」

「翔太さん、このお店は高級店なのですか?」

「まさか。どこにでもある普通の店だよ」

「これほどの料理を食べられるお店が、どこにでもある……こちらはすごいのですね」


 フィリスは感嘆の声を漏らしてから、またハンバーグを口にした。




 食後しばらくしてから、俺たちは店を出た。


「ごちそうさまでした、翔太さん。結局また奢っていただいてしまってすみません」

「別にいいよ、これくらい。フィリスの新鮮な反応が見られておもしろかったし」 

「もう、おもしろがらないでください……」


 フィリスと俺はそんなことを言いながら、笑い合った。


「色々違いはありますが、こちらでもお腹が満たされると気持ちが落ち着くのは変わりませんね……」


 少ししてから、フィリスが言った。

 口ぶりの割に、どこか不安そうに見える。


「フィリス、大丈夫か?」

「はい。お気遣いありがとうございます。私は頑張ります、翔太さん」


 俺の声かけに、フィリスは笑って答える。

 大丈夫とは、言わないんだな。

 やはりフィリスは俺の知らない何かを抱えている。

 それが何かは、今の俺にはまだ分からなかった。


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