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【Wi-Fi・オブ・ザ・デッド!】 #2

 化石じみたコンバーティブル超絶旧式軍用4WDの無骨なタイヤが、黄色い風吹くオドランド平野に荒々しい轍を刻む。読者の皆様はもはやお忘れかも知れないが、本来〝クルースニクの心象〟に存在するような機械ではない。つまり、他の世界から持ち込まれたものだ。


 それを操るはチェスターコートの男。いかなることか、砂含む風の中にあって、彼の衣服には些かの汚れも見えない。白い髪を揺らしながら、ゴーグルの奥に潜むアンバーの瞳を輝かせる。


「やれやれ、ようやく見えた。俺の方向音痴もどうにかしたいね、ホント」


 透き通った声。だが、その中には何かドス黒いものが感じ取れる。彼が通った後、砂すらも腐敗するが如き邪気が、残り香じみてわだかまっていた。薄く鋭い唇を吊り上げる彼はぞっとするような美しさすら湛え、ただ前を見つめる。その視線の先は、死の都と化した交易都市レイチェ。


 車両の後ろに積まれるはアンテナ。恐らくはWi-Fiの中継アンテナだ。だがそれは禍々しく捻くれ、この世のあらゆる邪悪を鋳固め作られたかのようであった。明らかに尋常のアンテナではない。まさに暗黒。まさに悪。その体現を、車は積んで走る。


 風に乗る砂が濃さを増した。暗黒行為を覆い隠すように。彼の魔手が、レイチェへと伸びていた。


 それはケイトらが交易都市レイチェへと入る、わずか10分前のことであった。




落ちた不死鳥の首

【Wi-Fi・オブ・ザ・デッド!】 #2




 サンゼンレイブンは暗黒電脳教会の闘士たちから目を外し、ぐるりを見渡した。燃えながら倒壊した巨木が一面に転がり、ゾンビたちの進行を阻む。しかしそれでも僅かな隙間から躙り寄り、生きた肉を食もうとしていた。


 数が多い。街の人間大半がなったのではなかろうか? 自分にとってはピクニックのようなものだが、クラリッサはどうか。先も姿見えぬ何者かと話をしていた。早くも疲労がピークなのだろうか。先に発見した暗黒電脳教会の者も不安分子だ。


「何にせよ、三十六計キメるとするか」


 呟くと同時に、身を低く沈めた。血色の力が足に溜まり、目に見えるほどの奔流が渦となって湧き上がる。ゾンビたちはそれに気づきもせず、むしろ動きを止めた獲物に高揚したように、火を潜り殺到した。その瞬間、血色が爆発し……サンゼンレイブンは、乗合馬車の上に立っていた。


 数秒遅れ、血色が炎を貫き、サンゼンレイブンの軌跡を辿るようにゆっくりと伸びた。それが彼の元に辿り着いた瞬間、炎が円く抉れ、軌道上にいたゾンビ全てが五体を千切られ、はじけ飛んだ!「フウーッ……」サンゼンレイブンは葉巻を口から外し、大きく煙を吐くと、ちらと馬を見下ろした。


 群がっていたゾンビは、先の攻撃の余波で皆、細切れになっていた。三匹いた馬は二匹がゾンビに四肢と腹の肉を噛み抉られ、既に絶命していた。見下ろすサンゼンレイブンを震える瞳で見返し、歯をがちがちと噛み鳴らす。ゾンビ化しているのだ。残りの一匹は、噛み千切られた首から血を流していた。


 サンゼンレイブンは、ゾンビ馬の首を落としながら降り立った。彼は馬の傷口を見ながら、口を弓なりに逸らした。彼に満ちているのは、殺気だった。


「おうおう、派手にやられたなァ。これで声も出せなかったんだな? 繋がれてるから逃げも出来ず。可哀そうになァ」


 ぽきりと鳴らした拳を傷口に宛がう。その瞬間、馬はびくりと身を震わせるが、全身を拘束されているかのように、それ以上のことは出来なかった。千秋の如き数秒の後にサンゼンレイブンが手を放すと、馬の傷口は全く塞がれていた。馬はぶるると鳴き、首を振った。


 DOOOOM! 背後で爆炎が立ち上った。クラリッサは未だ律儀に相手をしている。サンゼンレイブンは溜息をつくと、馬を繋ぐ軛を破壊した。即座に走り出そうとした馬に、鴉はひらりと飛び乗る。馬は走り出そうとしたのと同様、即時に動きを止めた。震えていた。


「おいおい、ゲロ吐きそうなほど怖がらなくていいだろ? 安心しろよ」


 鴉は笑いながら、馬の腹を蹴った。馬は体を跳ねさせ、足をもつれさせながら走り出した。サンゼンレイブンはまたも溜息をつくと、馬の首を掴み、クラリッサの方へと向けさせる。


「クラリッサ! 逃げるぞ、乗れッ!」

「はぁ!?」


 カランビットと燃え盛るスイムバッグを振り回しながら、深紅のコートが叫び返した。栗色の髪が揺れ、その顔には驚愕と困惑が刻まれていた。


「急だなおいッ!」


 クラリッサとサンゼンレイブンの間に現れるゾンビたち。サンゼンレイブンは馬に容赦なく踏み越えさせると、高く跳ねさせた。


「AAAARGH!」


 やはりゾンビを踏み散らさせながら着地すると、走りながら鴉は手を差し伸べた。


「ああくそッ」


 クラリッサはスイムバッグを担ぐと、ゾンビを蹴り倒しながらそれを掴んだ。速度が体を抜け、しかしすぐに同化する。サンゼンレイブンはクラリッサを引き上げ……その足を掴む腕ぞあり! ゾンビがクラリッサに縋りついていた!


「ンだテメこのッ!」


 走る馬に縋りながら、ゾンビを蹴り落すクラリッサ。落ちたる生屍は馬に頭を潰されるが、それと同時にスイムバッグが落ちた!


「あ、しまッ……!」

「ゲーッ!」


 一匹の鴉が飛び、スイムバッグの紐を咥えた。白い五芒星を背負うた鴉は飛び戻るとクラリッサの肩に止まり、それを差し出した。クラリッサは馬に這い上がると、ぱちくりと目を瞬かせる鴉から、バッグを受け取った。


「ンゲ」

「お、おう……サンキュ?」

「礼ならおれに言えよ」


 鴉はクラリッサの肩から飛ぶとサンゼンレイブンの手に収まる。すると鴉はたちまち平面となり、ほどけて一枚のハンカチとなった。


「おれの式神。カワイイだろ」


 サンゼンレイブンはにんまりと笑う。クラリッサはしっかりと馬に跨ると、改めて周囲を見回した。


 砂に塗れた通りは広く、そこかしこに馬車だったものが転がっている。 この騒動の中途に逃げようとしたものだろうか。脇道から聞こえる風は、逃げ遅れたであろうものの怨嗟じみており、時折そこからゾンビが顔を覗かせる。


 黄色い風がクラリッサの胸を吹き抜ける度、砂のスクリーンに浮かび上がるのは、滅びた生まれ故郷の姿。最終の決を与えたのは確かに自分だが、それまでには多くの悪意がフランメ村を蝕んでいた。


 ゾンビ。生ける屍。本来なら有り得ざるそれ、自然の摂理に反し得るそれの出現に、何らかの悪意が関わっている可能性は極めて高い。フランメ村を包んでいたより大きなものが、だ。


 自分の心は決まった。ケイトは? わからないが、自分と離れられないならば付き合わせる。では、目の前の男は?


「なあ、サンゼンレイブン」


 クラリッサは前に声を掛けた。サンゼンレイブンは、僅かに振り向き聞いていることを示すと、再び前を向いた。


「お前、これからどうするんだ?」

「どうって言われてもな……」


 サンゼンレイブンが言い淀んだその時、馬がつんのめり、止まった。


「ふぎゅっ!」


 クラリッサはサンゼンレイブンの背に鼻面をぶつけた。サンゼンレイブンはそれに何らの反応を見せることもなく、馬から降りた。彼は異様な雰囲気を纏っており、文句を言おうとしていたクラリッサは、閉口するしかなかった。


 前方を見れば、砂の向こうに紫色のツーピース・スーツを纏った男と、ピンクモヒカンの男がいた。神の子を唆す蛇のように鋭い眼光が、サンゼンレイブンを射抜いている。彼らの襟元には、目とWi-Fiを掛け合わせたような意匠のピンバッジ。暗黒電脳教会に属すものの証であった。


 クラリッサの脳内を、フランメ村の記憶が再びどよもす。まさか、交易都市レイチェのゾンビ騒動も……!


「……」


 怒気の漏れ出すクラリッサを止めたのは、サンゼンレイブンだった。彼はクラリッサを遮るように腕を出しながら、殺気交じりの冷ややかな視線をクラリッサに向けていた。


「ちッ」


 クラリッサは舌を打つと、乗り出していた身を収めた。それを確認すると、サンゼンレイブンは教会の者らに近寄る。


「お初にお目に掛かる、サンゼンレイブン殿」


 スーツの男が、仮面じみた笑顔を貼り付けて、腐食を踏み躙るように歩み寄って来た。


「ご覧の通り、我々は暗黒電脳教会の雇用闘士です。早速本題に入りたいのですが」

「ごちゃごちゃうるせえな」


 彼の言葉を遮るように、サンゼンレイブンは名刺を構えた。


「敵意がないにしろ、ニッポンの戦士なら名刺から。だろ?」

「……仰る通りだ」


 男はゆっくりと頷くと、懐から名刺を抜いた。二人は歩み寄る。一歩。二歩。三歩。間合いが触れ……重なり……二人は、同時に相手の名刺を受け取った。


「デコンポジション、ね」


 サンゼンレイブンは名刺に書かれていたであろう名前を読んだ。デコンポジションは、ええ、と頷き、サンゼンレイブンの名刺をしまった。鴉もまた、彼の名刺を懐にしまい……。


「せいやーッ!」


 デコンポジションにボディブローを放ったッ!「ごふぇ」突然の事態にデコンポジションは反応できず、完全なる直撃ッ! サンゼンレイブンは続けざま肘をカチ上げ、腹を押さえ屈もうとしたデコンポジションを無理矢理に立たせる!「おごッ!」


「ちょ、サンゼンレイブンッ!?」慌てたように馬から降りるクラリッサ。それを無視して、サンゼンレイブンはデコンポジションに猛攻ラッシュを浴びせるッ! デコンポジションはそれを辛うじて防ぎながら距離を取ろうとするが、「何ッ」足を踏まれているッ!「せいやーッ!」「グワァァーッ!」


 高くハネ上げられるデコンポジション。彼の肩に楔が突き刺さる。それには鎖が連なり、その出元はサンゼンレイブン!「せいやーッ!」サンゼンレイブンはフック・ショットを引き戻す。勢いよくサンゼンレイブンに引っ張られるデコンポジション。鴉は彼に、肘を叩き付けた!


 乾いた音と湿った音。血飛沫と骨肉片を撒き散らしながら、鎖骨を割り、胸骨を開いた。サンゼンレイブンは脈打つ心臓を露出させたデコンポジションの首を掴むと、モヒカンに目を向けてせせら笑った。


「はッ。部下に助けも貰えないとはな。アンタひょっとしてコイツ嫌い?」

「……あーっと」

「ま、因果応報ッてこって」


 サンゼンレイブンは笑うのをやめ、死に体のデコンポジションを睨んだ。


「オマエ。確かうちの病院に弟を殺された、とかで営業妨害かまして来たりした立村電機の何某だったな?」

「貴、様……覚えて……」

「ニッポンの医者は、患者に手出ししたヤツを絶対に忘れねえ。タイガーの尾を踏んだんだよ、オマエの弟は。そしてオマエもな。企業だと? 

「ひ……」


 サンゼンレイブンはデコンポジションを地に叩き付け、その頭部を粉砕した。びくんと彼の体は痙攣し、動かなくなった。数秒の後、彼の体だけが黒ずみ、ゲル状の物質になって溶解。紫色のスーツが残された。


 サンゼンレイブンは、モヒカン男の方を向いた。モヒカンは起きたことをぽかんと見つめていたが、やがてゆっくりと両手を上げた。サンゼンレイブンは興味なさげにクラリッサに向き直ると、親指と人差し指を立て、それをクラリッサに向けた。


「ぅあ?」

「BANG!」


 ぽかんとそれを見つめるクラリッサ。鴉の行動に疑問が浮かんだ頃、背後に気配が生じた。振り返れば、馬に落ちた自分の僅かな影の中から、暗黒電脳ピンバッジを付けた影のような青年が這い出ていた。彼は口元のピアスを弄ると、モヒカンに倣うように両手を上げた。


「いつの間に……」


 困惑するクラリッサ。彼女が気付くかに関わらず、如此、暗黒電脳教会の闘士二名が、災厄の鴉の虜囚となったのだった。



────────────────



 Wi-Fi信仰は、Wi-Fiによって創造された世界群・ロマンティカにおいては極めて普遍的なものだ。ロマンティカの一角である〝クルースニクの心象〟も然りである。デジタル正教。無線プロテスタンティズム。様々なWi-Fi教が入植し、その教えを広めている。交易都市レイチェの主たる宗教は、インターネット共同会。インターネットによる人々の繋がりを重視する宗派である。


 荒れ果てた礼拝堂、説教壇上方に掲げられたWWWワールドワイドウェブ六芒星は、インターネット共同会のシンボルである。黒々とした、虚無的な瞳にそれを収めるパルスファングの目には、何らの感慨もない。彼女のバストは、豊満である。


 リスキリングと共に傭兵として様々な世界を渡り歩き、時として虐殺に加担すらもした。どこの世界も、決して変わりはしない。〝クルースニクの心象〟はのんべんだらりとした世界と聞いていたが、一皮剥けば、それは全くの誤りだった。人の手が入らぬところには獣が縄張りを張り、その付近には山賊が住まう。結局Wi-Fiだろうが何だろうが諍いは絶えず、傭兵の仕事が無くなることはない。


 そうして暗黒電脳教会に雇用戦士として末席を汚し、来たる教会にてデコンポジションらよりの連絡を待っている。六芒星から幾らか左に視線を動かせば、掛けられたニッポン製デジタル時計の時間は11時。午前の定時連絡は、未だ来ない。


「どうだ様子は?」


 休憩していたリスキリングが礼拝堂に入って来た。アーミー・パンツが血に染まっている。外での『狩り』に興じていたのだろう。血の赤さから、獲物には生存者も混ざっていた筈だ。最初の内はそれを咎めもしたが、最早そんな気も起きない。


「何もないよな。しばらく待ってりゃ100万円。ボロい仕事だ」

「……そうね。何もない」


 パルスファングはうっそりと頷く。


「だから問題なのよ」

「……」


 目を細めるリスキリング。彼の雰囲気は張り詰めていた。


「定時連絡も、か?」

「ええ」

「それは、問題だな。緊急連絡は?」

「なし」

「……一番困る状況だ。まあ、そもそも街全体がエマージェントな状況だ。確認の必要があろうよ」


 リスキリングは大きく溜息をつくと、腰に提げた鞭を確かめる。そのまま充電ケーブルからパルスファングのモバイルWi-Fiルーターを取り、彼女に投げ渡した。パルスファングはナイフの切っ先で回すようにそれを受け止め、弾いてホルスターにしまった。


「行きましょう」


 パルスファングが微笑みかけると、リスキリングは力強く頷き返した。拳を打ち合わせ、礼拝堂の外へと向かう。






「せいハーッ!」


 裂帛と共に、パルスファングとリスキリングの横腹を何かが貫き、壁に縫い留めた! 


「ごブ……!?」


 血を吐き目を見開き、襲撃者に目を向けるパルスファング。礼拝堂の柱の陰から、チェスターコートの青年が歩み来たっていた。豊かに湛えた白い髪の下、穏やかに笑うアンバーの目が二人を眺めていた。


「お……ま、え、いつから……」


 血泡を吹きながらリスキリングは言った。青年はにこやかに笑いながら口を開く。


「だいたい『どうだ様子は?』の辺りからかな。まさかここまで気付かれないとは思わなかったけどね」


 パルスファングは拳銃を抜き、青年に向ける。だが次の瞬間、拳銃は青年の手の中にあった。パルスファングが構える最中、腕を掴み、捻り、拳銃をもぎ取っていたのだ。本人にすら悟らせずに!


 青年は銃をリスキリングに向け、一瞬の躊躇も無しに銃爪ひきがねを引いた。弾倉が空になるまで、傭兵の頭に銃弾を叩き込む。リスキリングは呻く間もなく即死した。


「よし」


 青年は満足気に頷くと、慣れた手付きで銃を分解して投げ捨てる。唇を震わせながら、パルスファングはそれを見ていた。青年はにっこりと笑い、彼女の顎に指を添える。


「いや別にね。キミのことを殺そうと思ってるわけじゃあないんだ。ウチの信者たちは『純粋な心で死んでWi-Fiの下に』とか何とか言ってるけどさ。ぶっちゃけ俺、そう言うのどうでもいいんだよね。おかしいかな? いち宗教の教祖としてさ。……ま、それこそどうでもいいけどね」

「あ……あんたは、何者なの……」


 赤毛の下、黒々とした目に恐怖を満たしてパルスファングは問うた。青年は明るく、人懐っこい笑みを浮かべる。


「あ、そうだよね。自己紹介まだだよね。俺はマクシーム・ルキーチ・ソコロフ。暗黒電脳教会ッてWi-Fi教会の教祖なんてやってるんだ。つまり、君たちのクライアントッてコト」

「クライ、アント」


 譫言めいて復唱する。クライアント。雇い主。それが、自分たちを殺しにきた。明確な背信行為である。


 パルスファングは、真っ赤な怒りが染み出すのを感じた。モバイルWi-Fiルーターを取り出し……その手に、マクシームの指が絡み付いた。ごきごきと小気味よい音と共に、パルスファングの手からルーターがこぼれ落ちた。指関節を全く外したのだ。マクシームはルーターをキャッチすると、にんまりと笑った。


「よし、NEWOネオは貰ったよ。……そんな心配そうな顔しないでよ。他人のルーター使う手段なんていくらでもあるからね。その辺は大丈夫さ」


 マクシームはルーターをポケットにしまいながら、ハンズフリー通話を起動する。呼び出し中、ガチガチと歯を鳴らすパルスファングを撫でるように、彼女の頭に手を置く。


「さっきは殺そうと思ってる訳じゃないッて言ったけど……ごめん、あれ嘘だった。俺が用あるの、キミのNEWOだけだからさ。命は、いらない」


 頭を掴み、捻る。頭から首、腹、脚へとその回転が伝播するように伝わる。渦を巻いてパルスファングは捩れ、呻き声すらあげずに絶命。漆黒のゲル状物質へと蕩ける。その時、マクシームは既にパルスファングから興味を失っていた。


 電話から声が響いた。


『何の用だ』

「いきなり喧嘩腰? デッドスタンプくん」


 マクシームは苦笑し、パルスファングらを一瞬にして貫いたものを壁から抜く。悪意を鋳固めたようなアンテナ。悪逆暗黒アンテナであった。


「いくら〝トウヤ湖条約〟上級戦士と言えど、外様にも礼は持つべきだよ」

『自ら立ち上げた組織を裏切る者に払う礼など、持ち合わせていないのでな。それで?』

「そりゃそうなんだけど。祖国を滅ぼしかねない秘密結社に言われても、説得力がな……」


 マクシームは、口を尖らせながらパルスファングのWi-Fiを弄ぶ。


「いや、いいもの手に入れたからさ……少しだけアンテナの起動を延期して欲しいんだよね」

『いいもの?』

「少しプログラムを見直せば異世界ニッポン化ジャパンフォーミングの規模と速度を大幅に上げられるかも知れない。アンテナを五本くらい省けるかも」


 電話の向こう側で、デッドスタンプは思案するように息を吸う。


「後で楽をする為の苦労……表でプログラマーやってる君ならわかるんじゃない?」

『……こちらで判断する。余計な工程だったらタダでは置かんぞ』

「へいへい。持っていくまで少し時間掛かっからね。ゾンビ共に食われるヘマすんなよ」


 デッドスタンプは、返答することなく通話を切った。マクシームは大きく溜め息を吐き、天を仰ぐ。


「全く……余計な工程? 各地を回ってジャパンフォーミングなんて、それこそ余計じゃないのかね。と言うかジャパンフォーミング、要る? この俺が居るんだぞ。そうさ、浅知恵なんて無意味な『力』を、条約の連中は何故、使おうとしないんだ? 俺の目的も、教えてやったと言うのに!」


 パルスファングのWi-Fiを懐にしまうと、熊めいて歩き回りながら独り言つ。その目には、狂熱の炎がちらつく。


「この世界で信じられるのは力だけさ。みんなは見たことがないから、そう思えないんだ。

いや、俺だけでいい。分かるのは俺だけでいい。力の美しさを知るのは俺だけでいい! 戦場いくさばを渡り歩く鴉。黒赤の死神。三千世界を焼き尽くす絶対暴力の現し身!」


 目を見開き叫ぶ。その声すらも熱を帯び、それよりなお熱き魂に従い叫ぶ!


「焦がれているんだサンゼンレイブンッ! 一時たりとも君を忘れたことはない!

三千サンゼンの死で築かれた惨憺サンたんたるゼンの上、燦然サンゼンと輝く君の姿が俺を捉えて放さないんだッ!

レン、全ては君の為にある。俺の全ては、君の為にあるんだ。早く君に会いたい。

ああ、交易都市レイチェよ。〝クルースニクの心象〟よ、早く消えてくれ。こんな戯言に付き合っている時間が、惜しくてたまらない!

ああ、ああ! その時、君はどんな顔をしてくれるかな……? うふ、うふふふふ…………うふふあはははは…………あはははははははは……」


 哄笑しながらアンテナを床に突き刺すと、踊るように礼拝堂を抜けた。アンテナに付着した黒いゲルが、涙じみて伝った。




(つづく)

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