目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
【Wi-Fi・オブ・ザ・デッド!】 #1

 黄色い臭いを孕んだ風が、オドランド平野を鳴き渡る。墓標めいて屹立する岩山の狭間に響く風鳴は、実際、怨嗟じみていた。野党の仕業か、怪物の餌食か、はたまた気候を侮った愚かだろうか。猛り踊る砂の舞が、苦鳴を押し込め堆積させる。


 オドランド平野は、〝クルースニクの心象〟に於いては珍しい荒野地帯だ。温暖化の影響か、或いは過剰採掘の必然か。或いは、単にそう象られたからか。真偽はもはや砂の底だが、この地で採れるレアメタルは、人の心を惑わした。


 質の高いレアメタルは、フランメ村のワインに次ぎ〝クルースニクの心象〟主要輸出品目だ。異世界へと輸出されたそれらは携帯端末やWi-Fiルーター、ゲーム機やパソコンなどの機器となり、さらに多くの世界へと輸出される。その中には当然、この世界もある。近年目覚ましいデジタル化は、その故もある。


 それらの貿易は、レアメタルなくして始まらない。多くの商人が〝クルースニクの心象〟西部のここに集い、コミュニティを形成し、世界最大の交易都市・レイチェとなったのだった。レイチェには巨大なショッピングモールも造られ、商人のみならず、多くの家族連れで賑わった。


 だが、それもほんの数日前までのことだ。突如として交易都市レイチェとの連絡が途絶えたのだ。この地で何が起きたのか? それを探る部隊が派遣されるのは、さらに数日後の事となろう。この世界は、基本的に。危機的状況への備えが、絶対的に足りていない。


 故に困難に直面した民草は、自助努力を強いられるのが常である。見よ。たった今、レイチェの方より砂塵を掻き分け歩み来る男のようにだ。彼の歩む道は、かつて存在した採掘拠点とを結ぶものだ。傷痕めいて刻まれた道は、かつての往来を無言の裡に語る。だが今、その道を歩むは彼一人。


 男の足取りは覚束ず、頼りない。赤く湿った外套の下からは止めどなくあけが滴り、その彩色を以て足跡としていた。だがそれも、すぐに砂に埋もれ往く。吹き荒ぶ砂風が、亡者の声じみた唸りをあげる。男はふらふらと、しかし足早に歩く。逃げるかのように。


 男の目の前に、木製の看板が現れた。砂と風で風化し、『交易都市レイチェ 人口』と書かれた先は既に消えている。男は砂に足を取られ、転倒した。砂を掴み、ゆっくりと看板の下ににじり寄る。そのまま割れた木材を掴んで体を起こすと、看板にもたれかかった。


 血と砂で汚れた目で、看板を見上げる。男は外套をはぐった。彼の左肩は大きく抉れていた。大型の獣に食い千切られたように、血肉がとなって纏わり付いている。赤黄のまだらになった指でそれを触り、血を掬う。痛苦の呻きを漏らしながらそれを果たし、看板に何事かを書き加えた。


 赤く震えた字で書き綴られたそれを見ると、男は再び看板にもたれた。ぜいぜいと荒い息は整わない。やがて諦めたように大きく息を吐くと、右脇からL字型の鉄の塊……ニッポン製の拳銃を抜き、咥えた。そのまましばし震えていたが、やがて固く目を閉じ、銃爪ひきがねを引いた。


 後頭部から噴き出た血と脳漿が看板に真っ赤な花を描いた。血の花。亡骸。それらにも砂は容赦なく吹き付ける。


 看板には、今やこう書かれていた。


『交易都市レイチェ 人口NO MORE!!

 ヤツらの仲間になるのはイヤだ! 俺はここで死ぬ』






落ちた不死鳥の首

【Wi-Fi・オブ・ザ・デッド!】 #1






 交易都市レイチェを吹く風も黄色い。舞い上がった砂が、堅固な外壁を飛び越えて侵入しているのだ。砂が塞ぐ空は暗く、真昼の誰そ彼をもたらしていた。


 石畳の上に薄く積もり始めた砂に轍を刻みながら、乗合馬車が揺れる。不安げに首を巡らす馬たちと共に、御者も訝し気な視線を周囲に送る。


((なんだろう……すごい静かだなあ))


 人の気配がまるでない。砂が激しく降っているとは言え、ここはメインストリートだ。露店は軒並み無人であり、通りを行き交う人もまた絶無。〝クルースニクの心象〟最大の交易都市とは名ばかりであるかのようだ。


 御者は腕時計ニッポン直輸入スマート・ウォッチ(中古)に目を落とす。相変わらず、乗合馬車組合からのメッセージはない。2日前、トア集落の出立連絡を行ったきり音信不通だ。


((ま、停留所に行ってみりゃわかるだろ……))


 口布の下で息を吐くと、御者は馬たちに軽く鞭を入れた。


 彼は気付かなかった。砂の下に広がる血に。路地裏で動いた気配に。そこから漏れた呻き声に。


 石畳の上に積もる砂に轍を刻みながら、乗合馬車が揺れる。車輪の一つが血を踏んだか。真紅の線が尾を引いて、黄色い闇へと消えていた。




────────────────




 馬車が揺れる度、青いリボンで纏められた、サンゼンレイブンのポニーテールが揺れる。黒々としたそれは、股下まで届く極めて長いものだ。彼は不満げに唇を尖らせ、その毛先を弄っていた。


 豊かで流麗、光を当てると血色の照り返しを見せる。風に揺らめき、黒と赤のコントラストがうねり流れる髪は、それそのものが一個の芸術である。サンゼンレイブンは、そう自負していた。オドランド平野での行動を開始して一週間。乾いた風に髪は疲弊し、ケアする時間も道具もなく、もはや見る影もない。


((レイチェに着いても、この砂だ。最近、ツイてないなぁ……一日くらい休みたいぜ))


 纏う白衣もシャツも、全てが砂に塗れている。もはや髪だけの話ではなく、深刻な衛生問題に発展しかねない。自分は大丈夫だが、医者としての責任がある。


 大きく溜息を吐くサンゼンレイブンは、対面で窓の桟に肘を突き、浅く微睡む女性に視線を向けた。深紅のジャケットを纏い、黄色いスイムバッグを抱えた女性。彼女の栗色の髪と、自分の髪を交互に見やる。


((よし、まだおれの方がいい髪してる))


 優越感にニヤリと笑う。銀の右目と金の左目が光り、だがすぐにそれも失せた。精神的な余裕が無くなっているのを自覚し、彼は頭を振る。


 かつての自分は、いくら気に入りとは言え、一週間ほど髪を手入れできなかったくらいで焦っただろうか? 自分もまた、変化からは逃れられぬと言うことか。


((おれ、まだ19だぞ。年寄りかよ))


 所在無さげに頭を掻く。その指に髪が引っ掛かり、小気味良い音を立てて切れた。それを摘まみ、目を見開く。


((マジか……髪がヘタッて、おお神よ! 黙れ! つまらんわ!))


 歯を剥き出し、馬車の外に切れた髪を放り捨てた。


 馬車が止まったのは、その時であった。銀の右目と金の左目を、訝し気に細める。停留所には、まだわずかに距離がある筈だ(サンゼンレイブンがレイチェを訪れるのは初めてではない)。


「ちょっと、困るよ! 道の真ん中で寝ないでくれよ」


 御者が大声を出すのが聞こえた。声に反応したか、女性が重たげに瞼を開ける。


「……何かあったんスか?」


 目をこすりながら女性は問うた。


「ちょっとー! どいてってば! 小回り効かないんだ!」

「こう言うこと。人か動物かは知らねッす」


 肩を竦めるサンゼンレイブン。懐から闇色のハンカチを取り出し、軽く水で濡らすと女性に手渡した。


「手、砂まみれだから目ェ掻かない方がいいッすよ」

「あ、いや……有難アザっス」


 ハンカチを取り、女性は目を拭う。サンゼンレイブンは既に別のハンカチで口を押さえ、窓から身を乗り出していた。馬車の前方、黄色い闇を見通すように目を凝らす。砂に霞んでいるのは、屈み込んで突っ伏す人間を揺さぶる御者の後姿であった。


「おい、起きてくれ! 砂に埋もれて死んじまうぞ」

((ありゃ、人だったか……こんなに砂が飛び交う日に? 道のド真ん中に人が?))


 サンゼンレイブンの背筋を悪寒が走り抜ける。後ろに気配を感じた。ちらと目をやると、女性もバッグを抱えたまま、同じように頭を出していた。


「あれは……」

「人ですな」

「……こんなに砂が飛ぶ日に?」


 小さく頷くサンゼンレイブン。数秒の無言。少し離れて、風の音と、御者の声だけが響く。そしてサンゼンレイブンは叫んだ!


「そいつから離れろォォォォ────ッ!」

「ンあ……?」


 苛立たし気に振り向く御者。彼の肩に手が掛けられた。それは倒れ伏していた人物の手。異様なまでに、青黒い手!


「GHUU……」

「え」


 獣が如き唸り声を上げるを見、御者は凍り付いた。それは確かに人間であった。だがその目は腐れ落ち、顔の皮は剥げかけていた。まるで死人のように。それは、大口を開け、御者の肩口にかぶり付いたッ!


「あぎゃああッ!? あ、あひいああああッ!?」


 叫ぶ御者! ぶちぶちと音を立てて肉が千切れ、鎖骨が砕ける! そいつの顎すらも軋み、覗く筋肉が悲鳴を上げるように震える。それでも尚、力強く噛み続けるッ! 御者が叫ぶッ!


「ジャッ!」


 女性が窓から飛び出し、建物の壁を蹴り跳んだ! 三角跳び蹴りは噛みつくものの首を過たず捉え、540度回転ボトルキャップ様ねじ切り回転ッ! 御者の肩肉を引き千切りながら、オモチャじみて吹き飛んだッ!


「くッそ、何なんだ急に……」


 バッグを抱えたまま女性が毒づく。それを横目に、サンゼンレイブンは御者に駆け寄った。


「おい、大丈夫かッ!」


 御者を抱え起こすサンゼンレイブン。空気と水音が混ざった、湿った呼吸音。御者は肩から首まで肉を剥がれており、破れた気道が露出していた。血と組織液が流れ込み、窒息しかけているのだ。道具がなく、処置ができない。加えて御者は恐らく常人モータル、耐えることもできまい。サンゼンレイブンは苛立たし気に舌を打った。


「仕方ない。許せッ!」


 介錯の断頭チョップを振り上げたその瞬間、彼の耳を風鳴が打った。先より砂を運ぶ風とは異なる、湿った響き。サンゼンレイブンは御者の首を落とすと、直ちに立ち上がり、周囲を警戒した。


「ヘイ、そこなレディッ!」


 注意を促すまでもなく、女性も戦斗態勢を整えていた。じりじりと足を擦り、どちらともなく背を合わせ立つ。広い道。脇道が多数。風鳴は、そこから聞こえる。そこかしこから聞こえる。


「ARGHWW……」

「WRYYYY……」

「FOOOUUUU……」


 路地より青黒い者共が現れる。彼らは皆、一様に傷を負っている。喉が抉れた者がいる。腹が破れた者がいる。胸が開いた者がいる。致命傷だ。死んでいる。彼らは死んでいるッ! それでも彼らは動くッ! 壊れた肉の間を通る空気が唸りとなり、それが合わさり地獄めいた風鳴を奏でていたのだッ!


 そして見よ。先に女性が打倒した動死体ZOMBIE、その有様! 首をねじ切った筈のそれが地を掻き、立ち上がろうとしているではないか! 砂の下にある石畳。剥がれた爪から流れる血が朱色の線が引かれ、のたうつ首無し死体。それは決して反射などではなく、明確な意思を持っているようだった。


「な、何だよこりゃ……」


 女性が戦き漏らす。サンゼンレイブンは懐から葉巻を取り出すと、両端を噛み千切って火を点けた。


「間違いないのは、コイツらはおれらを生かしておく気はないだろうッてことだけさね」

「同感だな」


 女性は左手の指先にバッグの紐を掛け、右手で懐から三日月形の短刀を抜いた。サンゼンレイブンは嘆息した。


「へぇ、カランビットナイフ! こんな場所で使い手見るとは思わなんだな」

「そう言うんだ、これ。かっこいいから使ってただけなんだけどな」


 女性は薄く笑った。


「あんた、かなりの手練れだな? 佇まいでわかるよ」

「お、わかっちゃう? つまりアンタも中々ッてこった……おれはサンゼンレイブン。通りすがりの魔法使いだ」

「ナヴィエ・クラリッサ。通りすがりの……プータローさ」

「プータロー! ヒヒヒ、いいねぇ! どうだ、暫く共同戦線張らねェかィ?」

「いいぜ。あたしもここで死ぬ気はないからな」


 手を叩き笑うサンゼンレイブンに、クラリッサは言った。


「協定成立……よろしく頼むぜ、相棒」


 サンゼンレイブンは粘ついた声で言った。周囲には、動死体の包囲網が形成されつつあった。サンゼンレイブンの白衣から、黒地に白抜きで五芒星が刺繍されたハンカチが、滝めいて流れ落ちた。それと同時に、クラリッサが跳躍した!


「ジャッ!」振り翳すスイムバッグが炎上! それを地に叩き付けると、KABOOOOM!!「「「AAAARGH!」」」爆発し、動死体ゾンビたちを吹き飛ばした! 砂と共に立ち上る煙、クラリッサはその中に着地し、手近なゾンビの首をカランビットで掻き斬る! 一体、また一体! 殺意が連鎖、だが!


「AAAARGH!」首を斬った者の一体が振り向き、クラリッサに襲い掛かる!「おっと! 死んでんだったなこいつら」ブリッジで噛み付きを回避、そのまま脚を振り上げ首をねじ切る!「ジャッ!」そのままムーンサルト跳躍。炎上スイムバッグを振り回し、牽制しながら着地!


 今しがた、首を断ったゾンビを見る。出鱈目に腕を振り回し、周囲の者を薙ぎ倒しながら獲物を探していた。それに加え先に死した後、蠢いていた御者を想起する。「頭潰したくらいじゃ死なねえんだな、こいつら。映画のセオリーはポイだ」手近な者の懐に潜ると、素早く四肢の腱を断つ! ゾンビは倒れ、動くことをやめた!


「死ななくても動きは止まるな」独り言つと、倒れたゾンビを蹴り上げてスイムバッグで撃った! ゾンビは爆散し、周辺に骨肉を散弾めいて撒き散らした!「「「AAAARGH!」」」大きな衝撃に怯む。クラリッサはそこに斬りこむと、さらにスイムバッグでゾンビ爆散!「「「AAAARGH!」」」


「一先ずは良し!」スイムバッグから声が漏れた。「だが連発はするな! お前自身にも被害が及ぶぞッ」「うるせえなあ、ケイトッ!」スイムバッグ……その中にいるケイトに、クラリッサは叫び返す。「自分の体を気にしない化物相手だぞ? こっちにも要るだろ……『覚悟』がよッ!」KA-BOOOOM!!


「ああくそッ」ケイトが叩き付けられたゾンビが爆散し、他のゾンビを傷つけ牽制する! だが飛び散る骨肉片のいくつかは、着実にクラリッサをも削りつつあった……!「クラリッサ、あまり捨鉢になるなッ!」「これでいい。これでいいんだッ」吼え猛りながら、クラリッサは敵陣に斬り込み続ける。


 その頭上で、ハゲタカめいて旋回するものぞあり。それは黒い布でできた鴉だった。白抜きの五芒星を背負うたそれは、突如として短刀に姿を変え、戦場に降り注いだ!


「せいやーッ!」サンゼンレイブンは跳躍。降り来る短刀を掴み取ると、高みより振り下ろした! 赤い軌跡が嵐のように吹き荒れ、数メートル内のゾンビをスライス!「「「AAAARGH!」」」悲鳴と共になお赤黒き血飛沫が上がり、サンゼンレイブンを覆い隠す。血を、降る短刀が貫いた。


水生木すいしょうもく」サンゼンレイブンが呟いた。その瞬間、血が震え、巣穴から身をもたげるが如く、がさついた茶色の表皮持つ蛇が赤より飛び出してゾンビを襲った! 否、それは蛇ではない。樹木の根! 狂ったように踊り、ゾンビを貫き、締め上げ、血を吸い上げて成長する! サンゼンレイブンの指先が忙しなく動く。それを操るようにッ!


「クオオオオン」樹木は血を吸い、今や大樹となった。ゾンビの群れを高々と掲げ、果実めいて垂らす! あるゾンビは仲間を盾に。ある者は幸運にも逃れ、サンゼンレイブンにその手を伸ばさんとす。だがその瞬間、サンゼンレイブンは樹木の生長を打ち切り、それらに相対した!「せいやーッ!」無慈悲なる蹴り上げ!


 接近したゾンビたちは高く打ち上げられ、そこをハンカチ鴉に穿たれ、樹木に縫い留められた。ゾンビたちの緩慢な動作では、それに対応することなど不可能であり、成す術もなく動きを封じられた。「金克木ごんこくもく」サンゼンレイブンが指を鳴らすと、ゾンビたちを横切るように斬閃が奔り、樹木が切断、崩れ落ちた。「木生火もくしょうか!」


 崩れ落ちる樹木が燃え上がった! 紅蓮の炎がハンカチの鴉を、舞い散る砂を焼きながら地に倒れ、転がる炎。ゾンビたちが巻き込まれ、地獄めいた絶叫を上げながら燃えて逝く。サンゼンレイブンは、それから既に興味を失ったかのようにぐるりを見渡し、目を細めた……。




「……ンなぁッ!?」


 ゾンビの群れに襲われる者共より、数ブロック離れたある建物の上。ピンク色のモヒカン男が驚愕の声を上げ、双眼鏡から目を放した。彼の表情には驚愕のみならず、明らかな恐怖があった。


「ま、マジかよ……ありえねェありえねェありえねェッ!」

「何が有り得ないのです? ピロフィリア兄弟」


 ピロフィリアと呼ばれたモヒカンの後ろでハッチが開き、黒髪を後ろに撫でつけた、仕立ての良い紫スーツの男が這い出てきた。ピロフィリアはびくりと体を震わせ、男の方を振り返る。


「あ、あァ……デコンポジションの大将。いや、その。見間違いだ。きっとそうだ」

「ピロフィリア兄弟」


 デコンポジションと呼ばれた男はピロフィリアの肩を掴んだ。デコンポジションの胸には、目とWi-Fiを合わせたような意匠のピンバッジ。彼は、暗黒電脳教会の戦士なのだ。


「先の報告では、サンゼンレイブンを観測したということでしたね。その時、五回くらい言った筈ですよ」

「……ヤツを人間と思うな、ッて? いや、そもそもサンゼンレイブン絡みだなんて一言も」

「無理があるな、ピロフィリア」


 別な声。デコンポジションの後ろに、影のような少年が立っていた。彼の名はS`sエスズ。口元のピアスを弄りながら、デコンポジションの横に歩み出る。


「サンゼンレイブン監視状況で、あの狼狽。アホ鴉以外の事象で、驚くに値することがあると?」

「いやでも本当に勘違いかもしれないし……」

「言え。ピロフィリア」

「……目が合った。気が、する。サンゼンレイブンと」

「何ですってッ!?」


 デコンポジションが、肩を掴む力を強めた。顔を歪めるピロフィリア。それに気付き、すぐに放した。


 そのままデコンポジションは、ぐるぐると歩き始めた。現在の戦力でサンゼンレイブンを相手取るのは困難。状況を見れば、脱兎が懸命だ。だが自分たちを逃がすような相手でないことは明らかである。


「大将、この距離だぜ? きっと俺の見間違いだって……」

「たかが1km程度。有り得ませんね。奴は、我々に気付いた」


 彼の声には、明らかな焦燥が滲んでいた。S`sが溜息をついた。


「大将、少なくともこの状況下では、ヤツにも交渉の余地はあるかもしれん。パルスファングたちに連絡してから、その材料を揃えるのが先じゃないか?」

「ふむ……そうですね。取り乱しました。すみません」


 デコンポジションは歩き回るのをやめ、大きく息を吐くと、携帯端末を取り出した。


「では、そのように。S`s兄弟は決裂時の戦闘準備を。ピロフィリア兄弟は一先ず、歓待の用意をお願いします」


 二人は頷き、建物の中に引っ込んで行った。デコンポジションは椅子に腰かけ、大きく息を吐いた。サンゼンレイブンと交渉? 冗談ではない。S`sめ、ニッポンの育ちでありながら災厄の鴉を知らないのか? 連絡に見せかけた携帯端末をしまう。


 殺るしかない。その算段を立てる必要がある。そして、その準備は既にしてきた。これまでの作戦行動の中で、少しずつ仲間たちを染め上げてきた。勝率は劣悪だが、0ではない。ならば、殺るのだ。自分は、その為にここまで来たのだから。


「さあ……ジャイアント・キリングと洒落込みましょうか」




(つづく)

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?