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【リボーン・イン・フレイム】 #3

 空は未だ、黒い煙で塗り潰されている。もはやフランメ村に、正常な陽光が差すことはないのではないか。マクシーム・ルキーチ・ソコロフは、抱いた感想について深く考えることはしなかった。どう考えても、この村は滅ぶ。この村に愛着もない。寧ろ、そんなことをするのは失礼だろう。


 暗黒電脳教会聖堂を容易く脱出したマクシームは、瓦礫と死体に満ちた街並みをぼんやりと歩いていた。少しずつ腐臭が漂い始めていたが、それも彼の関心を引くには至らない。彼の興味は、ただ〝クルースニクの心象〟のどこかにあるであろう不死鳥の存在にのみ、今は注がれている。


 それは、どこにある? 何故、この世界にある? どれだけ考えども、答えは未だ出ず。ただ、このフランメ村にはない。そう結論するには十分な調査は行った。


 マクシームは足を止め、聖堂を振り返った。聖堂内の調査を行う時間を稼ぐ為に使った女、ナヴィエ・クラリッサ。彼女は、きちんと脱出したのだろうか? 自分が彼女を囮としたように、彼女も自分を囮とできただろうか。ただそれだけの関係だったが故に、村そのものよりも気になってしまった。


「こんなところに生き残りがいたか」


 意識の外から、否、単に視界の外から声が聞こえた。マクシームはしかしそちらを見なかった。目の前に、それが飛び降りて来た。赤いローブ。上級修道戦士。だが、何か妙な感覚があった。


「ふふ……思わぬ僥倖。また一人Wi-Fiへと召せば、神も喜ばれるというもの」

「君、誰? 暗黒電脳教会の人じゃないよね」

「……ほう」


 修道戦士は、目深に被ったフードを跳ね上げた。彼の顔は黒い布が何重にも巻かれて全く隠れており、その下にある銀の瞳がマクシームを睨んでいた。


「何故わかった、とは聞くまい」

「……マジで誰?」


 マクシームは眉根を寄せ、尋ねた。彼の声音は平易であったが、詰問するような威圧があった。目の前の怪人は怯むことなく、芝居がかって頭を下げる。


「おれはコントン。お初にお目にかかる。マクシーム・ルキーチ・ソコロフ……暗黒電脳教会『教祖』殿」

「……何?」


 マクシームから殺気が迸った。ある種の和やかさを保っていた雰囲気は、瞬時に必殺の場と変わった。


「それ、どこで知ったの? 厳重に隠してたつもりなんだけど」

「暗黒電脳教会は、ニッポンで宗教法人として登録されているだろう?」

「……そういや、そうだった。けど、それもう言うなよ。次言ったら殺すよ」

「暗黒電脳教会教祖」


 次の瞬間、マクシームはコントンの後ろにいた。やや遅れて光が散り、彼の手刀が描いた軌跡を、コントンの首を刈らんとした殺意の道を詳らかにした。コントンは倒れ込まんばかりに大きく体を傾ぎ、躱していた。


「君、マジで何? 自殺なら他所でやってくれない?」


 マクシームは苛立ちと殺意を隠す素振りもなく、振り返って言った。コントンは、喉奥を鳴らすように笑う。


「いや、何。同じものを求める者同士、少し挨拶でもと思ってね」

「何……?」


 コントンは、連続バク転で建造物残骸の上へと登った。


「マクシーム・ルキーチ・ソコロフ。我々〝町田〟は不死鳥を手にしたぞ!」

「……!」


 その瞬間であった。


 KA-BOOOOM! 空を砕かんばかりの振動が音となって轟いた。マクシームが反射的にそれを見やれば、教会聖堂から、地と天を繋ぐ鎖じみた火柱が立ち上る。いくつかの疑問はあるが、マクシームは敢えてそれを押し殺しながら視線を戻す。コントンは、既に消えていた。


「……アレが不死鳥か。死体置き場までひっくり返したのにさっきは何故、見つけられなかった? 手にしたってどういうことだ? それに〝町田〟だと?」


 整理するように、マクシームは口の中だけで呟く。その時、近くで何かの呼吸音がした。


「そこ、何者かッ!」

「うわ……ひ……」


 マクシームの鋭い問い掛けに、潜んでいた者は叫び、姿を見せぬまま固まってしまった。だがその声は若く、幼かった。


「……子供?」


 マクシームは眉根を寄せ、声の出元に駆け寄った。物陰に隠れていたのは、赤毛の少年であった。少年の歯の音は合わず、目は恐怖に見開かれ、震えている。マクシームはばつが悪そうに、頭をガリガリと書いた。


「あー、さっきの話聞いちゃってた? 大丈夫だって、言わないって約束してくれれば何もしないから」

「う……嘘だッ! だ、だったらナジミ姉ちゃんと、シヌ、シヌーンを……」

「うーん……参ったな、こりゃ」


 呆れるように溜息をつくマクシーム。不死鳥を確認すべく、聖堂に戻らねばならない。しかし子供を放置するのは気が引ける。フランメ村に、もはやDMZ非武装地帯は存在しないのだ。


 マクシームが困り果てた、その時であった。


「こんなところに生き残りがいたか」


 頭上から声が降り注いだ。赤ローブ4人がマクシームらを囲むように、何処からともなく降り来たった。


「思わぬ僥倖。神たるWi-Fiも喜ばれるだろう」

「……今日、二回目。何? 今度は本当に教会の人みたいだけど」

「……何?」


 訝るように見合わせる戦士たち。信仰の歓喜が混ざり弛緩していた空気は、やがて鋭い殺気に変わった。


「……貴公、コントンと面識が?」

「あの変態ならあっちに行ったケド」


 マクシームは、コントンが消えた方を指した。実際にはその瞬間を見ていない為、最後にいた場所からの推算ではあるが、大きな間違いはないと踏んでのことだ。しかし戦士たちはそれを見抜いたように。目を細めた。


「……微妙に信用ならんな。体に聞かせて頂くしよう」

「ホントなんだけどなあ。多分」


 次の瞬間、上級戦士の一人がマクシームの眼前にいた。瞬時の巨体肉薄が爆発的な風を生み、岩のような拳がマクシーム顔面無残粉砕殺を狙い……空を切る。マクシームは上級戦士をすり抜け、赤い影と背中合わせに立っていた。上級戦士の首は縦に180度回転しており、糸が切れた人形めいて倒れ、絶命した。


「な……! オナン兄弟ッ!」

「君たちさ、流石に舐め過ぎじゃない? ……暗黒電脳教会、教祖をさ」

「……馬鹿な。いなくなった筈」

「宣伝はしてないからね」


 戦士たちの間に動揺が走る。マクシームは事も無げに、少年にウインクを投げかけた。


「逃げな、少年」

「あ……」

「腰が抜けたか。しゃーない、じっとしてな」


 マクシームは、残る三人の赤ローブに手招きした。


「来な。暗黒電脳教会教祖様が、直々に遊んでやる」






落ちた不死鳥の首

【リボーン・イン・フレイム】 #3






 センダーは突撃する炎をブリッジで潜り躱すと、ブレイクダンスめいた動きで隙を消し、地に足を叩きつけて跳躍した。極小殺戮竜巻じみて回転し、不死鳥の背後から狙うは首断ち!「ほああああッ!」不死鳥はそちらを見もせず首裏に爪を翳した。蹴りが火花を散らす。回る。蹴りを! 弾く!


 KRACK! センダーは一際強く弾かれ、打ち上げられた! 否。敵の力を利用し、さらに高く再跳躍したのだ! 未だ立ち上る火柱で溶解を始めた天井に、センダーは天地逆転状態で着地。無造作にチョップを揮う。斬閃が縦横無尽に迸り、分厚い天井が、不死鳥に向け崩れ落ちた!


 不死鳥は怯むことなく跳躍。瓦礫を蹴り跳び、その中に潜むセンダー殺害を狙う! 燃える脚は、瓦礫を踏む度にそれをガラス化させる。輝く光が乱反射する不可視の牢獄と化し、しかしそこにセンダーの姿はなし!「ほあッ!」下! センダーはガラス塊を蹴り、不死鳥の圧殺に掛かった!


「AAAARGH……」多方向からHIT! 不死鳥の下半身が潰れた!「このままでは終わらんッ!」センダーは周囲に浮くいくつかのガラス塊を蹴り上げると同時に、不死鳥圧潰ガラス塊を蹴り落とした。KRASH! 橙のプリズムを煌めかせながら砕けるガラス。そこに、さらにガラスを叩き落とす!「ほああああッ!」SMAAAASH!


 高みからの瓦割パンチが、ガラスごと床ごと不死鳥を砕いた! 崩落する石の下、センダーが空中に投げ出されたのは大聖堂! 彼は落下の中で、千々に離散する炎を、ガラスに反射しながら散って逝く光を見た。しかし些かも緊張を緩めはしない。未だ肌を焼く殺気。不死鳥は、これしきでは死なぬ!


 彼が見たものを読者よ、あなた方も見るがいい。もはや火の粉と化した炎は揺れながら寄り集まり、爆発し、再び不死鳥の……ナヴィエ・クラリッサの姿を紡ぎ出したではないか!「ジャッ!」不死鳥の拳をセンダーはいなし、打ち返す。数合の打ち合いの後に互いを蹴り離れ、大聖堂の床に傷を刻みながら制動!


 速度が死ぬ前に、両者は疾走を始めた! 赤と橙、二つの色彩は風となって交じり、離れ、激突する! 火花が散り、焼けた空気がうねる! 滅殺必至の破壊旋風! 風は交差しながら壁を蹴り、上空へ。大聖堂中心上部で二つは絡み合い、稲妻めいて落ちた!


 センダーと不死鳥は、背中合わせに膝を突いていた。跳び蹴りの余波が彼らを混ぜたのだった。そしてそれに幻惑される未熟は、彼らにはない!「ジャッ!」「ほあッ!」同時に回転裏拳を放ち、同時にいなす! それは次なる拳の布石であり、敵もまた同様! 歯車めいて噛み合う格闘の宇宙が生まれる!


((強い……! 先までの腑抜けた格闘とは、まるで位が違う))


 打ち合いの中、センダーは唸る。不死鳥から放たれる攻撃は、小手調べのような一撃でさえ必殺の気迫を伴っていた。ただの一回、ほんのわずかにボタンを掛け違えれば、忽ち死が待つだろう。


 異世界にて移植された網膜スクリーン表示を、視界の端で確認する。不死鳥は『フェーニクス』という名のWi-Fi電波を放っている。優にバリ60を越える、凄まじい電波強度だ。確か、魔王と呼ばれる強力な存在がバリ70強。それに迫るWi-Fiであり、最大の死線。センダーは覚悟を決める!


((いいでしょう。凡俗に見せる価値なしとして先は収めた、我が格闘の真髄をお見せしましょう。人外魔境の戦闘術、魔術を!))


「ほあッ!」回転を伴うバックステップで、センダーは至近距離での押収を打ち切った! 体を這うような鉤爪アッパーカットが空を切り、瞬間的な無防備を晒す不死鳥。「ほああああッ!」それを見逃さず、回転の勢いを乗せた蹴りを不死鳥の側頭に叩き込んだ!


 よろめく不死鳥、その蹴り跡に煌めくプリズム。見よ、揺らめきながら刹那に消えるそれは、氷であった。センダーの蹴りの軌跡。そこに残る凍て不死鳥の熱気に瞬く間に搔き消され、生まれた温度の間隙を縫い、稲妻纏いしセンダーの拳が迸る!「AAAARGH!?」不死鳥が呻く!


 格闘を超えし格闘、人外魔境の戦闘術、即ち魔術! その中で最も著名なものがこれ、T.M.A! 空気と武器・拳の風圧で氷を生み、摩擦で雷撃を起こし、炎を燃やす! 達人であらば真空でさえ奇跡を生む! センダーは未だその階梯に至らずや、しかしその破壊力に不足なし!


((そして不死鳥よ。あなたとの戦を糧とし、また一段高みへと昇らせて頂きましょうッ!))センダーは畳みかけた! 矢継ぎ早に繰り出される拳と蹴り!「AAAARGH!」氷が生み出すプリズムに「AAAARGH!」稲妻の煌めきに「AAAARGH!」不死鳥は追いつけない!「ほああああッ!」「AAAARGH!」


 氷と雷絡み合う超電導サマーソルトキック! 殺人的な円弧が跳ね上がり、不死鳥の首を刈り取った! ゴールし損ねたバスケットボールめいて跳び往く首。しかしセンダーは慢心せぬ。((完全なるトドメを、刺すッ!))両の手を真っ直ぐに構え……その手を、首のない不死鳥が掴んだ。「なッ……!」


 驚愕した瞬間に腕を引かれ、交差状態で固められた。「う、うおお……!」炎熱が腕を焼く。肉が溶け、癒着する! 引き剥がすことすら封じられた!


飯事ままごとは終わりか?」


 地獄めいた声が、不死鳥の首……その断面から、炎と共に溢れた。


「飯事は、終わりか」

「な……」


 動かない腕が、さらに圧される。肉の下で骨がとろけ、しなりながら胴に巻き付けられる。もはや腕からは熱さすら感じない。自分の腕は……どうなっている!?


「ほあッ!」


 センダーは、自らの体を這わせるかのように、外側からの蹴りを放った。稲妻纏うそれを不死鳥は容易く受け止めると脇に抱え込み、自らも倒れるようにしながらセンダーを引き倒した。


「馬鹿な! 何故だ!? 我が魔術が……! 我が格闘がッ!」


 不死鳥の首があった場所から漏れ出る炎が悍ましく蠢く。盛り上がり綯い合わさり、やがてそこには新しい炎の首が生まれた。


「戯事が!」

「ひ……」


 地獄の窯を熱する焔が如き視線がセンダーを射抜いた時、不死鳥は既にセンダーの脚をねじ切っていた。焼け溶けて血が流れず、痛みすらも伴わない傷口を見た瞬間、センダーは絶叫した。不死鳥はセンダーの肺を両の貫手で貫徹し、潰した。


「……!」


 もはや彼の口から、如何なる音も漏れなかった。ただ、恐怖のみがそこにあった。


「ジャッ!」


 不死鳥はセンダーの胴を何度も貫くと、やがてそれを高く掲げた。ぱくぱくと動く口から血が流れ落ち、不死鳥の炎へと消えて行く。不死鳥は満足げに目を細めると、センダーの首を逆手の手刀で断った。ゴールポストに弾かれたボールじみて飛ぶ首は燃え、トルソーじみた胴からは、血は流れない。


「くッ……」


 不死鳥の口から、音が漏れた。センダーの胴が燃え、灰となって不死鳥にこぼれた。


「呵呵呵呵呵呵呵呵!」


 不死鳥は、それを払うかのように体を仰け反らせ、哄笑した。もはや聞く者もなき、無人の地獄さながらの笑いだった。


「呵呵呵! 呵呵呵呵呵呵呵! 呵呵呵呵呵呵呵呵!」


 やがてバネ仕掛けめいて跳ね起きると、熱い風と余燼を残し、不死鳥は走り出した。


 炎は、未だ聖堂を蝕んでいた。聖堂が、崩れ始めた。



────────────────



「ぐわッ……」


 瓦礫に腰から叩きつけられ、サクラメントは肺の空気を全て絞り出した。纏いし神聖赤ローブ、その衝撃吸収能力が全く役に立たない。腰から、嫌な音が聞こえた気がした。そしてこの痛み。腰骨が折れた。


 地を鬼の如く強く踏みしめ、迫り来るマクシーム・ルキーチ・ソコロフ。彼には一片の返り血すらなく、しかし見渡せば、力なく落ちた赤いローブから止めどなく血が流れている。テスタメント。アベル。初撃で死んだオナンを除いても、三人がかりで傷一つ与えられなかった。


((有り得ない。我らは上級修道戦士だぞ? 暗黒電脳教会の、教会の……))


 ……教会の?


 信仰の歓喜に押し退けられていた疑問が、サクラメントの脳裏を過った。この男は暗黒電脳教会教祖と名乗った。何故、それが、自分たちを襲ってくる? 自分たちはただ、教義に従っているだけだというのに!


「辞世の句でも詠む気になったかい?」


 マクシームが、決断的に歩みながら問うた。


「く……ならば、ならば聞かせ給えッ! 我らが教祖よッ!」

「せいハーッ!」


 マクシームの拳がサクラメントの腹を貫いた。焼けた瓦礫にサクラメントを縫い留めると、痙攣を始め焦点の合わぬ目を、アンバーの瞳で覗き込む。彼は笑っており、無言の裡に言葉の続きを促していた。


「何故……貴方は、我らの邪魔をする。御自らが作り上げた教会の!」

「あのね、サクラメント兄弟。俺、別に今の教会の在り方を認めてる訳じゃないんだよね。むしろ逆、みんな楽しく過ごせたらいいよねって。そう思って立ち上げたんだよね、暗黒電脳教会。だから行く行くは、君ら全員処分するつもりはあったんだ」


 マクシームの声音は、酷く平易だった。サクラメントは恐れた。マクシームは、この状況に何の感慨も抱いていない。この男の底には……深淵が潜んでいる!


「うおおおおおおおッ!」


 サクラメントは自らの腹を裂くようにしながら、マクシームの戒めより逃れた。筋肉の力だけを動員し、石畳に焦げ跡を刻みながら、再びマクシームと向き合う。マクシームはニヤリと笑うと腕を瓦礫から引き抜き、それに応じた。


「根性だけはあるみたいだけど……今の君に何ができるのかな?」


 嘲笑うような言葉が出た瞬間、サクラメントは身を翻した。逃走である。逃げて、未だ生き残る同志に伝えねばならない。この怪物の存在を。少しでもそれをスムーズにする為の布石は既に……。


「せいハーッ!」


 サクラメントを阻んだのは、正面から肘鉄であった。マクシームはサクラメントが駆け出すと同時に瓦礫を蹴り跳び、その正面に回っていたのだった。


「ゴボッ」


 折れた胸骨を胸から飛び出させ、たたらを踏むサクラメント。マクシームの佇まいに、殺意には一片の濁りもない。


「終わりにしよっか」

「ぞ、増援が来るぞッ!」

「手間、省けていいね」


 マクシームは拳を鳴らすと、それを大弓めいて目一杯に引いた。その瞬間であった。


「せやぁぁぁぁッ!」

「!」


 上空から裂帛が轟き、砲弾めいた風が落ち来たった。マクシームは素早いバックステップでそれを躱す。風が微かに地を抉り、ふわりと舞った石片を目印にするかのように、白と赤、二つの影が攻撃的質量を伴って落下。石畳を爆砕した。


「ははッ、怖いな。味方ごと潰す増援? ンなモン、いつの間に呼んだのやら」


 濛々と立ち上る粉塵に向かい、マクシームは冗談めかして笑う。爆風が吹き荒れ、粉塵が吹き払われた。そこから現れたのは、サクラメントを抱える別の赤ローブ。そして、爆風迸らせた蹴りの力を、上げた片足に漲らせた白ローブであった。白ローブはゆっくりと足を下ろし、しゃんと背筋を伸ばした。


「お初にお目に掛かる。我らが祖よ」


 白ローブは、布で陰になった顔から剣呑な視線を向けた。彼は、胸元に長方形の紙片を翳していた。暗黒電脳教会フランメ村支部長、ステュクス。それは名刺であった。


「なんだ。君、企業戦士あがり?」


 マクシームは応じるように、自らの名刺を構えた。シュカッ。次の瞬間、互いの名刺は投げられ、相手の手の内に収まった。名刺交換は、ここに成った。


「……暗黒電脳教会教祖、の記載がありませんな」


 ステュクスはマクシームの名刺を見咎めた。


「我らが祖よ、貴殿にとって、教会はその程度のものと?」

「始める人より、それを広める人の方が大変じゃん? だから功績もそっちに行く方がいいじゃん。今回の場合、主教君かね」

「……そういう話では、ないと思いますが」


 ステュクスの怒気が膨らんだ。後ろに控え、サクラメントを抱えたままの赤ローブに目だけを向ける。


「カイン兄弟。サクラメント兄弟を連れ、撤退するように。聖堂ではなく……ここではなければ、どこでもいいでしょう」

「委細承知」


 カインと呼ばれた上級修道戦士が退こうとした、その瞬間であった。


 黒い煙で塗り潰された空に、太陽が灯った。場に居合わせる決死の視線が、全て上向き太陽を見る。それは揺らめきながら火勢を増し、全ての者を苛もうと……。


「いや、違う!」


 誰かが叫んだ。


「落ちて来ているぞッ!」


 KRAAAASH! 暗黒電脳教会の者らを目掛け落ちてきた太陽は、逃げ遅れたカインとサクラメントを容赦なく引き裂き殺した。断面を焼き塞がれた半身が、ガラス化したクレーターの傍に転がっていた。危うく側転で逃れたステュクスと、そもそも攻撃圏外にいたマクシームはクレーターに向き、備えた。


「ジャッ!」


 裂帛と共に穴の底から飛び出したのは炎で象られた肉体を持つ人型であり、猛禽のような鉤爪を備えていた。そしてそれは、暗黒電脳教会聖堂に捕らえられていた女、ナヴィエ・クラリッサの面影を残していた。


「ほう……クラリッサ、君が不死鳥だったのか」


 マクシームが唸った。


「いや。不死鳥に成った……と、言うべきかな?」


 クラリッサ……否、不死鳥の視線は、ステュクスに向いていた。この場にいる全ての者が直観した。彼女は、記憶と肉体に染み付いた憎悪の下に動いている。


 その瞬間、ステュクスは懐からモバイルWi-Fiルーターを抜いた。


『ステュクス』


 起動音が響いた。ステュクスの足元がさざめき、しかしそれが凍てる前に不死鳥は飛び掛かり、拳の連撃を見舞った。ステュクスは対応するが、その顔には確かな驚愕と焦りがあった。


 数合の打ち合いの後、二人は飛び離れた。凍った荒波の如くに地面が砕け、巨大な透明腕のビジョンが現れる。そこから伸びた鎖が、不死鳥の首に繋がった。不死鳥は真っ直ぐにステュクスを見ていた。その瞳は、地獄の炎を生み出す炉であった。


「怪物め」


 ステュクスはNEWOネオを誇示するかのように、油断ならぬ格闘を構えた。不死鳥が跳躍した!




(つづく)

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