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甘い選択
おてー
文芸・その他ショートショート
2024年10月01日
公開日
3,491文字
完結
「そもそも親父が大判の親父さんと、酒飲み約束をしたのが始まりじゃないか。娘ができたら僕に嫁にやる……とか。今時そんなことで相手を決めることなんてある?」

甘い選択

「なぁ、おまえ。そろそろどちらかに決めたのか?」

 ビールを一杯飲んだあと、親父が聞いてくる。一杯ひっかけた後、この頃は大体この話題になる。僕もビールを一杯飲んで答える。よくある父と息子の晩酌の光景だ。

「うーん、決めかねているというのが正直なところなんだよな……二者択一ってのは難しい問題だよ。それに人生を揺るがす一大選択なんだから」

「そうはいってもだな、そろそろどちらかに決めないと大判へ失礼になるからな」

「わかってるけどさ、そもそも親父が大判の親父さんと、酒飲み約束をしたのが始まりじゃないか。娘ができたら僕に嫁にやる……とか。今時そんなことで相手を決めることなんてある?」

 ビールを飲み終え、親父に向き直る。なんかつまみが欲しいところだ。

「なんだ、おまえ乗り気じゃないのか。贅沢な話だな。大判の娘はいい子だと思うぞ、父さんは」

「そりゃ大いに乗り気だよ。だから困ってるんだ。約束なら一人にしてくれって話じゃないか」

「仕方ないだろう、俺も大判も予想できなかったんだ。約束してから一年後だ。まさか大判に双子の女の子が生まれるとはなぁ……」

 親父はグラスの底にやや残っていたビールを飲み大きく息を吐いた。ただ、目は笑っていて機嫌は良さそうだった。

「まぁいい、彼女たちが二十歳になるまでに決めておくんだぞ。そうでないと大判に顔向けができなくなっちまうからな、わはははは」

 そういって親父はつまみを探しに立ち上がった。何やらゴソゴソと冷蔵庫の中をあさっていたがめぼしいものは無いようだった。


 大判さんには二人の双子の娘がいる。姉が杏子あんこで妹が千代子ちよこ。二人とも美人で気立てもいい。さらに、大判さんと親父の関係は小学生からの友人なので、僕は二人が生まれたときからの幼馴染というわけだ。幼いころはアンコちゃんチョコちゃんと読んでいたぐらいに仲がよかった。家も近所で幼稚園も同じ。家族ぐるみで遊びに行ったり、お互いの家を行き来したりとの関係は、僕が生まれてから二十年程続いていた。


 とはいえ、二人は双子といえど全く性格も違う。杏子あんこは子どもの頃から、絵を描いたり折り紙で遊んだりと、大人し目な女の子だった。対して千代子ちよこは、外で泥遊びをしてまっ茶色になるような、やんちゃで活発な女の子だった。


「あ、よく来たね、入って入って」

 大判さんの家に遊びに行くと、千代子ちよこが玄関に出てきた。大学に入ってから、千代子ちよこは髪の毛をハーフアップにして、薄茶色のメッシュを入れていた。もともとの髪の毛の色が焦げ茶色なので、メッシュがいいアクセントになっていた。

「髪染めたんだねぇ、よく似合ってるよ」

「えへへ、ありがと……でもさ、美容師さんがあんまり上手くなくってさ、なんかまだらになってる気がするんだよね、マーブルチョコっぽくない?」

「そんなことないよ、可愛い可愛い」

 千代子ちよこは僕の顔を覗き込んで笑った。ブラウンのチェックのベストに、クリーム色のスカート。昔から千代子ちよこは暖色系の服装を好んでいたし、今日もそういったコーディネートだ。

「誉め言葉がおざなりだなぁ……ま、いいか。お姉ちゃんもいるからさ、玄関先じゃなんだし上がってちょうだい」

「そうだね、お邪魔します」


「あら、いらっしゃい。やだわ、お化粧もしてないのに」

 リビングに入ると杏子あんこがちょっと慌てたように僕の顔を見て微笑んだ。

「おかまいなく、いつも通りちょっと遊びに来ただけだから」

 杏子あんこは肩まである髪の毛を両手で整えた。おとなしめの性格から、あまり派手なことはしないのか、髪も黒いロングヘアを後ろで束ねており、服装はややシックなマルーンのワンピース。和風柄のブローチも派手ではなく全体的にシックにまとまっていた。モノトーンややや暗めの服を好んでいて、これもいつもと変わらない。

「お姉ちゃんも髪染めたんだよ、だけど全然変わらないの。気が付いた?」

 千代子ちよこが笑いながら麦茶を運んできた。冷たい麦茶をいただきながら杏子あんこの髪の毛を見たところ、濃い紫のメッシュがわずかに入っているのを見つけた。

「言われなきゃ気がつかなかったけど、ちょっとだけ紫が入ってる……のかな?」

「ふふふ、ご名答。よくお分かりになったわ」

 そういって杏子あんこはちょっとはにかんで見せた。


「やぁ、よく来たね」

 と大判さんの親父さんが部屋に入ってきた。

「で、どうだ、どっちかに決めたか?」

 大判さんの親父さんは十八番の台詞を言ってきた。

「えええ、またその話ですか、あはは……」

「やだぁ、お父さん。またその話をするの?」

「そうよ、いつもそんなこと言って困らせるんだから」

 千代子ちよこ杏子あんこが口をそろえて抗議する。大判さんの親父さんはわはははと笑いながら、僕の肩をバンバンと叩いた。

「ホント、しようがないなぁ、お父さんの話は聞き流しといて」

「ええ、私たも大人なんだから、自分たちのことは自分で決められるわ」

 と言いつつも、二人はやや頬を赤らめるのだった。


 千代子ちよこと出かけるときは、千代子ちよこの好みで各地のテーマパークへよく行った。千代子ちよこはその性格から、いろいろなライドに乗るのが大好きだった。

「ほら、次はあっち」

 と言いつつも、次のライドの行列を見ては理不尽に不平を並べたりもする。

「暑いなぁ、なんか頭の中溶けちゃいそう。人ごみの中にいるとそう感じない?」

「そうかなぁ」

「そうよ、これ乗ったら冷たいパフェでも食べて一休みしよ!」

「……変わらないなぁ」


 杏子あんこと出かけるときは、やはり杏子あんこの好みの美術館や博物館へよく行った。特に、日本画や茶器など、自分の部活のテリトリーのものを好んで見ていた。

「退屈じゃないですか?つい見入っちゃってごめんなさいね」

「いやいや、大丈夫。それにしても好きなんだねぇ」

 杏子あんこはちょっとはにかみ笑いを浮かべた。

「なんか、こう……どういったらいいのかしら。書にしろ器にしろ、凛とする感じが好きなの。背筋が伸びるような気がして、自分もしゃんとしなきゃって」

「あら、喫茶室があるわ。一緒にお善哉でもいただきましょうか」

「……変わらないなぁ」


 そうこうしているうちに時間だけは容赦なく過ぎていった。

 いつまでもこの時間のまま、決断を先延ばしにすることはできなかった。


 僕は、人生の決断をすることにした。


「どうなさったの、急に呼び出したりして」

 僕の前には杏子あんこがいる。今日は大判さんの家に出向いて、杏子あんこを呼び出したのだ。

「……その、杏子あんこちゃん」

「はい」

「いや、杏子あんこさん」

「はい?」

 僕は勇気を振り絞った。

杏子あんこ

「……はい」

 そう、大学に入ってから二人をさん付けで呼んでいた。下の名前で、しかも呼び捨てで呼ぶなんて、小学生以来だった。

杏子あんこ、真面目に聞いてほしい。今まで親のいう約束なんて馬鹿げてると思ってた。そんなのただの酒飲み話だって。でも、僕の中ではだんだんそれが本当の話になっていって……」

「そう……でもそのお話だと、私か千代子ちよこのどちらかね。私が言うのもなんだけど、千代子ちよこはとてもいい、自慢の妹だもの」

 杏子あんこはそう言ってゆっくりと目を伏せた。

杏子あんこ、違うんだ。落ち着いて聞いてほしい。千代子ちよこ》》》》さんは確かに素敵な女性だ。それは間違いない。だけど……」

「……だけど?」

 杏子あんこはゆっくりと顔を上げ、真剣な眼差しで僕を見る。

「僕は……」

 僕は大きく深呼吸をした。言え、言わなきゃだめだ。

杏子あんこじゃなきゃ駄目なんだ。杏子あんこ、僕と」

 杏子あんこも大きく息をのんだ。心なしか瞳が濡れているように見えた。

「僕と?」

 精一杯考えていたプロポーズの言葉は、僕の頭の中から消え失せていた。代わりにポケットから小さい箱を取り出した。

杏子あんこ、これを受け取ってほしいんだ」

 僕は杏子あんこの手を取り小さい箱を手渡した。バイト代でためたプラチナリング。

「本当に……私でいいの?」

「ああ、本当だ。嘘じゃない。本当だよ」

 杏子あんこは指輪の箱を大事そうに胸の前に抱えた。小さい肩は震えていて、今にも倒れそうだった。

 僕は杏子あんこの肩を引き寄せた。そうして、ゆっくりと抱きしめる。

杏子あんこ……大好きだよ」

「ええ、私も……こんなに幸せなの初めて」

 1分ほどだろうか、僕と杏子あんこは抱き合っていたが、お互いに照れくささもあいまって、ゆっくりと体をほどいた。

「お願い、しっかりと、プロポーズの言葉を聞かせて?私、一生覚えてるから」

「あ、ああ、分かった」

 迂闊にも僕は、しっかりとしたプロポーズの言葉を伝えていなかった。

「よく聞いて……杏子あんこ、僕と結婚して下さい。僕と同じ苗字になってほしい」

「嬉しい……ありがとう」

 もう、迷いはない。これは運命なんだ。


 なぜなら、僕の苗字は「小倉」だからだ。

 小倉杏子あんこ…そう、小倉はあんこでなければ駄目なのだ。

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