「なぁ、おまえ。そろそろどちらかに決めたのか?」
ビールを一杯飲んだあと、親父が聞いてくる。一杯ひっかけた後、この頃は大体この話題になる。僕もビールを一杯飲んで答える。よくある父と息子の晩酌の光景だ。
「うーん、決めかねているというのが正直なところなんだよな……二者択一ってのは難しい問題だよ。それに人生を揺るがす一大選択なんだから」
「そうはいってもだな、そろそろどちらかに決めないと大判へ失礼になるからな」
「わかってるけどさ、そもそも親父が大判の親父さんと、酒飲み約束をしたのが始まりじゃないか。娘ができたら僕に嫁にやる……とか。今時そんなことで相手を決めることなんてある?」
ビールを飲み終え、親父に向き直る。なんかつまみが欲しいところだ。
「なんだ、おまえ乗り気じゃないのか。贅沢な話だな。大判の娘はいい子だと思うぞ、父さんは」
「そりゃ大いに乗り気だよ。だから困ってるんだ。約束なら一人にしてくれって話じゃないか」
「仕方ないだろう、俺も大判も予想できなかったんだ。約束してから一年後だ。まさか大判に双子の女の子が生まれるとはなぁ……」
親父はグラスの底にやや残っていたビールを飲み大きく息を吐いた。ただ、目は笑っていて機嫌は良さそうだった。
「まぁいい、彼女たちが二十歳になるまでに決めておくんだぞ。そうでないと大判に顔向けができなくなっちまうからな、わはははは」
そういって親父はつまみを探しに立ち上がった。何やらゴソゴソと冷蔵庫の中をあさっていたがめぼしいものは無いようだった。
大判さんには二人の双子の娘がいる。姉が
とはいえ、二人は双子といえど全く性格も違う。
「あ、よく来たね、入って入って」
大判さんの家に遊びに行くと、
「髪染めたんだねぇ、よく似合ってるよ」
「えへへ、ありがと……でもさ、美容師さんがあんまり上手くなくってさ、なんかまだらになってる気がするんだよね、マーブルチョコっぽくない?」
「そんなことないよ、可愛い可愛い」
「誉め言葉がおざなりだなぁ……ま、いいか。お姉ちゃんもいるからさ、玄関先じゃなんだし上がってちょうだい」
「そうだね、お邪魔します」
「あら、いらっしゃい。やだわ、お化粧もしてないのに」
リビングに入ると
「おかまいなく、いつも通りちょっと遊びに来ただけだから」
「お姉ちゃんも髪染めたんだよ、だけど全然変わらないの。気が付いた?」
「言われなきゃ気がつかなかったけど、ちょっとだけ紫が入ってる……のかな?」
「ふふふ、ご名答。よくお分かりになったわ」
そういって
「やぁ、よく来たね」
と大判さんの親父さんが部屋に入ってきた。
「で、どうだ、どっちかに決めたか?」
大判さんの親父さんは十八番の台詞を言ってきた。
「えええ、またその話ですか、あはは……」
「やだぁ、お父さん。またその話をするの?」
「そうよ、いつもそんなこと言って困らせるんだから」
「ホント、しようがないなぁ、お父さんの話は聞き流しといて」
「ええ、私たも大人なんだから、自分たちのことは自分で決められるわ」
と言いつつも、二人はやや頬を赤らめるのだった。
「ほら、次はあっち」
と言いつつも、次のライドの行列を見ては理不尽に不平を並べたりもする。
「暑いなぁ、なんか頭の中溶けちゃいそう。人ごみの中にいるとそう感じない?」
「そうかなぁ」
「そうよ、これ乗ったら冷たいパフェでも食べて一休みしよ!」
「……変わらないなぁ」
「退屈じゃないですか?つい見入っちゃってごめんなさいね」
「いやいや、大丈夫。それにしても好きなんだねぇ」
「なんか、こう……どういったらいいのかしら。書にしろ器にしろ、凛とする感じが好きなの。背筋が伸びるような気がして、自分もしゃんとしなきゃって」
「あら、喫茶室があるわ。一緒にお善哉でもいただきましょうか」
「……変わらないなぁ」
そうこうしているうちに時間だけは容赦なく過ぎていった。
いつまでもこの時間のまま、決断を先延ばしにすることはできなかった。
僕は、人生の決断をすることにした。
「どうなさったの、急に呼び出したりして」
僕の前には
「……その、
「はい」
「いや、
「はい?」
僕は勇気を振り絞った。
「
「……はい」
そう、大学に入ってから二人をさん付けで呼んでいた。下の名前で、しかも呼び捨てで呼ぶなんて、小学生以来だった。
「
「そう……でもそのお話だと、私か
「
「……だけど?」
「僕は……」
僕は大きく深呼吸をした。言え、言わなきゃだめだ。
「
「僕と?」
精一杯考えていたプロポーズの言葉は、僕の頭の中から消え失せていた。代わりにポケットから小さい箱を取り出した。
「
僕は
「本当に……私でいいの?」
「ああ、本当だ。嘘じゃない。本当だよ」
僕は
「
「ええ、私も……こんなに幸せなの初めて」
1分ほどだろうか、僕と
「お願い、しっかりと、プロポーズの言葉を聞かせて?私、一生覚えてるから」
「あ、ああ、分かった」
迂闊にも僕は、しっかりとしたプロポーズの言葉を伝えていなかった。
「よく聞いて……
「嬉しい……ありがとう」
もう、迷いはない。これは運命なんだ。
なぜなら、僕の苗字は「小倉」だからだ。
小倉