「先輩って、好きな人とかいますか」二人きりの放課後。図書室のカウンターに並んで。わたしは憧れの先輩に思い切ってそう聞いてみた。先輩は「いるよ、一応」と答えた。どこか憂いを帯びた、理知的な横顔にドキドキする。「だけど、その人は僕じゃなくてポストが好きなんだ」「え?」わたしは思わず聞き返した。「人間じゃなくてポストが好きなんだ、その人。ポストだけが恋愛対象」先輩は遠い目をしてため息を吐いた。「ポストって、あの赤い、手紙を入れるあれですか」「そのあれだよ」「あー、そんな人、いるんですね」「うん。だから僕はポストになりたい。最近、僕は人間がポストになるにはどうしたらいいかばかり考えてしまう」先輩がそんなことを考えていただなんて知らなかった。ポストしか愛せない人を好きになってしまったなんて、これでは先輩が可哀想だと思う。「ポストになるのを諦めて、新しい恋を探してみるのはどうですか」「それも考えたけど、まだ人間がポストになれないと決まったわけではないから、諦めるのは早すぎると思うんだ」「なれなくないですか? ポストはさすがに」「ポストについて理解を深めるために、郵便局の前に一日中、立ってみたり、ハガキを食べてみたりしたのだけど」「はあ」「ポストに少しだけ近づけたような気がするんだ」「気のせいじゃないですか?」「実際、僕という人間は今、3%くらいはポストなんじゃないかと思う」「微妙ですね」「それに、もう少しでポストの真髄をつかめるような気もするんだ」「ポストの真髄」「そうさ。ポストの真髄さえつかめれば、ポストになれる日も近いと思う」「本気ですか」「うん、僕は本気さ」「先輩って、やっぱりすごいですね。近づけたようで、だけど実際はずっと遠くにいるんですね」「そうかな?」「はい、だけど、そんなところが先輩らしくて、素敵だと思います」「なんだか照れるよ」わたしはその時の先輩のはにかんだ笑顔を一生忘れない。「わたし、いつか先輩がポストになれるように応援しますね」「うん、ありがとう」先輩、好きです。そのひと言が言えなかったあの日から、五年。先輩はもう、ポストになることができただろうか。街でポストを見かけるたびに、これが先輩だろうか、と懐かしく思う。