異変にはすぐに気がついた。
私の決死の提案のあと、沢田くんの声が途絶えたのだ。
「沢田くん……?」
おそるおそる沢田くんの顔を覗き込むと、彼の意識は完全にどこかへ飛んでいた。目を開いたままなのに焦点があっていない。
「沢田くん、しっかりして!」
「えっ! あ、うん【あ、うんってなんだよ。金剛力士像か俺は】」
あれ、このやりとり激しくデジャヴ。
もしかして沢田くん、この小説の3ページ目まで意識が飛んでたの⁉︎ もう9万字到達しているのに、88000字遡っちゃったのっ?
意識飛びすぎだよ、沢田くん!
【いや、待って。ええええええええええーーーっ!!! 佐藤さん、今なんて⁉︎ 俺の手と佐藤さんの手をどうしろって⁉︎ 絶対に離れない接着剤で朝までくっつけておこうって──⁉︎】
そこまで言ってないよ! っていうかそれ別の話!
「驚かせてごめんね沢田くん。やっぱり、ダメだよね……?」
私はうつむいて沢田くんを見ないようにした。見つめてしまったら、沢田くんがプレッシャーを感じて逃げ出してしまいそうで怖かったのだ。
無理って言われそうで、怖かった。だから私の方から逃げた。それなのに。
「むり……!」
予防線を張っても、それが聞こえた瞬間、ズキッと胸が痛んだ。
ああ、やっぱり沢田くんにはまだそこまでの勇気、ないよね。
ガッカリしちゃダメだ。
自分が勝手に高いハードル置いたくせに、ガッカリするなんてひどいよね。
冗談だよって言って笑っちゃおうか。ほら、笑え景子!
岩のように固まったほっぺをグニグニ引っ張ってやろうかと思った時だった。
【佐藤さん……かわいい無理かわいい。可愛すぎて逆に無理。この可愛さ天使級。え、お化け屋敷? 嘘だろ、天国の間違いだろ! ここだけは佐藤さんと手をつないでもオッケーだとか、どんだけ幸せ俺に与える気なのお化け屋敷。アホか!! 逆に死ね!!】
えっ、と思わず顔を上げると、沢田くんはプルプル震えながら私に向かって手を出した。
「……これでいい?」
わざと目をそらして呟いたその横顔に、私のハートはズッキュウウウウウン!!! と撃ち抜かれた。
え、なにこのお化け屋敷。嘘でしょ、天国の間違いでしょ! どんだけ幸せ私に与える気なの、アホか!! 逆に死ねーーーーっ!!!!
「次の方、どうぞ」
係員さんの声かけに、私と沢田くんが同時にドキーン! と背筋を伸ばした。
「い、行くよ、沢田くん」
「……うん【あわわわわ、いよいよ佐藤さんの手を……!(;´д`)】」
見つめあって、どちらからともなく指が近づき、手を握る。
きゃあああああああああ〜〜!!
【はああああああああああ〜〜〜!!!(*´Д`*)】
私の絶叫と同時に、沢田くんからもそのまま昇天してしまいそうな声が聞こえてきた。
沢田くんの手は想像通りおっきくて温かくて包み込むような優しさで……もうとにかく最高!! とか思っていると沢田くんも。
【佐藤さんの手、なんでこんなにちっちゃくて柔らかくて可愛いの⁉︎ この世のものとは思えない!! これが女の子の手、いや、天使の手か!!Σ(゚д゚)尊すぎて前が見えない!!】
前が見えないのは、真っ暗なお化け屋敷に突入したせいだと思うけど。
いきなり照明が足元だけになる中、怪しげな水音のSE、不気味に吹いてくる風などが私と沢田くんの恐怖を煽ろうとする。
でも今の私たちはそれどころじゃない。
【どうしよう、もし手汗が半端なく出ちゃってたら──佐藤さんが不快に思ってしまう……!】
沢田くんの頭は手汗の心配にいっぱいいっぱいで、突然の音や光にもまるで動じない。心の声さえ聞こえていなければ、なんて頼もしい人なんだろうと思うところだ。
かくいう私も永遠にこの時間が続きますようにと祈っていて、目の前に首吊り死体が落ちてきても悲鳴ひとつ上げなかったけどね。
すると突然、誰かの心の声が耳に入った。
【なんだよ、またカップルか。お化け屋敷で手なんか繋ぎやがって、イチャイチャしに来てんじゃねえよ! しかも高校生か? こちとら大学二浪で彼女いない歴=年齢の安月給バイトだっていうのによ! ムカついた、思いっきり驚かせてやる!!】
……ああ、おばけ役の人の声か。
忘れてたわ、自分の能力。
こんなの聞こえちゃったら、怖がる方が難しいよ……。
【早く来い、来い、来い! よし、今!!】
「ポオオオオオオオオ〜〜〜!!」
曲がり角でいきなり飛び出してきたゾンビに、私はもちろん怯えなかった。
タイミングとか心の声でバレバレの上、なんか声裏返ってるし。気合が裏目に出たね、バイトさん……。
と、思った時だ。
【うわああああああああ〜〜!!((((;゚Д゚)))))))】
ギュッと沢田くんが私の手を強く握った。
そうか、沢田くんには心の声が聞こえないから、ゾンビが出てきて素直に驚いたんだ。
【ああっ、どさくさに紛れて佐藤さんの手をギュッとしちゃった(*´Д`*)♡ ありがとう、ゾンビの人】
でもやっぱり私との手つなぎの方が威力が上だったみたいです。
ごめんなさい、ゾンビの人。