目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第15話 沢田くんと壁ドン


「……とりあえず教室に戻ろっか。みんな待ってるみたいだし」

「……うん」


 私たちは保健室を後にし、微妙な距離感を保ったまま無言で廊下を歩いた。

 無言と言っても、もちろん沢田くんの心の中はおしゃべりだったけど。



【佐藤さんになんて切り出そう……。俺とデートしたいですか? って、死ねよバカ! 高飛車のナルシストか!! むしろ俺の方から五体投地でお願いするところだろ!! で、でもなんて言えば⁉︎ ストレートに言うのはあまりにも恥ずかしい……。ああ、こんな時に夏目漱石先生がいてくれたらな。「月が綺麗ですね」的な遠回しでおしゃれなフレーズを腐るほど教えていただくのにっ……!】



 沢田くん、必死すぎか。

 笑っちゃうのをこらえていると、前方から森島くんと森島ガールズたちが歩いてくることに気づいた。


 彼らは決勝トーナメントに進んだせいかテンションが高く、○ちゃんの仮装大賞で合格点を取った人たち並にはしゃいでいた。

 ちなみに決勝トーナメントはこれから始まるお昼休憩の後に行われる予定だ。


【おっ。沢田のやつ、暗い顔して歩いてるな。フフ】


 森島くんは勘違いしているけど、沢田くんは顔に出ないだけでテンションの高さだけは決して彼らに負けていない。



【佐藤さんとデートしたいですって言え、俺ーーーっ!! 伝われ、この想い!! ふおおおおおおお〜〜〜っ\\\٩(๑`^´๑)۶////】



 自らに攻撃力を上げる呪文をかけていて、森島くんたちのことさえ目に入っていないようだ。



【よし、ちょっとからかってやるか】

 森島くんは一瞬だけ意地の悪い笑みを浮かべて私たちに声をかけてきた。



「やあ、沢田と佐藤さん。さっきはいい勝負だったね。そっちはちょっと残念だったけど、俺たちが沢田たちの分まで優勝目指して頑張るから!」



 その瞬間、沢田くんは、笑顔の森島くんの横を無言で通り過ぎた。



【あの野郎、この俺を完全スルーだと……⁉︎ せっかく俺の方から声をかけてやったのに!】



 森島くんは不穏な目つきで沢田くんを振り返る。

 スルーされて残念だったね、森島くん。

 ちょっぴり申し訳ない気持ちもするけど私も横を通り抜けようとした。

 すると。


「あっ、佐藤さん!」


 森島くんが私を呼び止めた。またもや嫌な予感がすると思ったら、やっぱりこんな声がした。



【こうなったら……佐藤さんをあいつから奪ってやる!】



 えっ、私をなんですと??



 ギョッとして固まった私に、森島くんは恐怖のエンジェルスマイルで話しかけてきた。

「佐藤さんも、さっきはごめんね、背中にボール当てちゃって。大丈夫だった?」


【ん? 佐藤さん?】

 沢田くんはようやく私たちに気がついて立ち止まり、振り返った。


「全然大丈夫だから!」と沢田くんを追いかけようとすると、森島くんは私の行手を遮るように体をすべり込ませた。


「今度お詫びに一杯奢らせてよ。この前のファミレスとかどう?【ちゃんとした店に誘うとこの手のタイプは遠慮して断っちゃうからな。気兼ねのない場所での放課後デートで敷居を低くしてやらないと】」


 モテ男さんはいろいろと考えているのですね。

 森島ガールズはそれでも不満があるようで、


【なんで佐藤さんなんか誘うの?】

【森島くんと一対一デートしたくて頑張った私らの立場は?】

【モブ女のくせに生意気!】


 私をガン見していらっしゃいます……。

 でもそんな彼女たちより必死なのが、沢田くんだった。



【佐藤さん、もしかして森島くんにデートに誘われているっ……⁉︎ そ、そんな……。゚(゚´Д`゚)゚。だめーーーっ!!】



 沢田くんは凛々しい顔をしてこちらに大股で戻ってきた。

 心はぴよこなのに、その姿のなんてかっこいいことか──もう、胸がキュンとしちゃう!



「沢田くん……!」

「ん?」

 私の声につられて森島くんが振り向いた時だった。



【佐藤さんは、俺が先にっ……あっ、足がっ!】



 大きく踏み込んだ沢田くんの足が滑る。そして──。


 ドン!!


 沢田くんは、廊下の壁で勢いよく森島くんに壁ドンをしてしまった。


【しまった、足が滑って……こんなイケイケな体勢に!((((;゚Д゚)))))))】

【なっ……! 沢田の奴、俺に壁ドンしやがった! そんですっげー俺のこと睨んでる!! めっちゃ近くでめっちゃ睨んでる!!((((;゚Д゚)))))))】



 私をめぐって、沢田くんと森島くんがシリアスに睨み合っている……ように見える!

 なんだこの胸キュン展開は。



「な、なんだよ沢田。何か文句ある?」

「……【やばい、ビビっちゃって体が動かない((((;゚Д゚)))))))ごめんよ、森島くん!!(>人<;)】」

「……!【くっ、沢田の奴、目がすわってやがる! 俺はこいつを本気で怒らせてしまったのか……!】」


 森島くんは内心沢田くんを恐れているけど、強気に見せる笑みを浮かべた。


「文句があるならはっきり言えよ、沢田」

「……!【そうだ……はっきり言わないと】」



 沢田くんの眉間に皺が寄り、切ない顔つきになった。



【佐藤さん……俺は、佐藤さんと──!】



 ドキドキしている私の前で、沢田くんは美声を押し殺して言う。



「佐藤さんとデートするのは──俺だ」



 ズキュウウウウン!!

 やばい、今のはやばいよーっ!!



【い、言っちゃった……!((((;゚Д゚)))))))】


 ああっ、その心の声さえなければいいのに!!









この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?