枠の中にはいたものの、小学生の沢田くんももちろんハイスペックな顔立ちだった。
サラッとした黒髪、色白の肌、現在の沢田くんを彷彿とさせる切長の目。
文句なく可愛いのでここだけ切り取って家に持って帰りたい。
って、沢田くんばっかり見ていちゃダメでしょ。
小野田くんを探さないと。
そんなふうに我に返る間もなく、私の目は小野田くんを見つけ出していた。
小野田くんはなんと沢田くんの隣の枠にいたのだ。
「さ、沢田くん! これ見て!」
「?【なになにー? テンション高いな佐藤さん】」
「ほら、この人だよ! さっきの!」
私は小野田くんを指さした。
現在の小野田くんを彷彿とさせる細い目で今にも相手を殺しそうな不敵な笑みを浮かべている金髪の小学生。こんな子供は小野田くんしかいない。
「ねっ、やっぱり同級生だったでしょ?」
笑顔を浮かべて横にいる沢田くんの顔を覗き込むと、沢田くんは両手で顔を覆っていた。
【俺の写真、恥ずかしくて見れないっ】
なんでやねん。見てくれないと困るんだけど!
【そもそも俺、写真写り悪すぎるんだよなー! みんながいい笑顔の時、俺だけ半目だったり、とんでもない寝癖がついていたりするから、なるべく写真には写らないようにしてたのに。そういえば修学旅行の時、女子グループで撮ってた写真にたまたま通りかかった俺がカメラ目線で写っちゃったの、みんながキャーキャー言いながら焼き増ししてたことがあったけど、あれ絶対心霊写真だと思われてるよな。「もの珍しがっているとこ悪いけど、それ俺なんだ」ってどうしても言えずに卒業してしまったのが悔やまれる……】
いや、その女子たちは「沢田くんこっち見てる! かっこいい!」と思いながら焼き増ししていたんだと思うけど。
私は4組の修学旅行や体育祭の様子などを写したイベントページを見てみた。
沢田くんはどの写真にも目線を外して、必ず端っこの方でポツネンとしていた。プロの写真家ですらきちんとその姿を捉えることができないなんて、沢田くんは幻のポ◯モンですか。カメラ目線の写真がゲットできたらまさにレアなんだろうな……。
そんなことを考えながら沢田くんの写真を見ていた私は、そこに必ず金髪の男の子も写り込んでいることに気がついた。
絶妙な距離感で遠くからじっと沢田くんの方を見ている小野田くん……。
この頃から友達になりたかったんだね、と思うとなんだか泣けてきた。
「とにかく、小野田くんは知らない人じゃないってこと、これでわかったでしょ?」
【同級生だったのか、あの人……。全然分からなかった。そりゃそうか、人の顔なんて真っ直ぐ見たことないもんな。怖そうな人は特に、目を合わせたら即殺されそうな気がするから見てなかった……】
沢田くんが小野田くんを覚えていなかったのはそういうわけだったらしい。
アルバムの中の小野田くんを珍しいものを見るように眺めている沢田くん。
この人見知りというか臆病というか内気な性格は可愛くて大好きだけど、そのせいでずっと彼は孤独に生きてきたのだ。
もったいない。
私みたいなモブとは違って、沢田くんは主役になれる素質を持った人なのに。
「小野田くん、見た目よりずっと優しい人だから、今度会ったら気楽に話しかけて、お友達になったらいいんじゃないかな」
男友達も一人くらいいた方がいいと思って私はそう言った。けど、沢田くんの表情は曇っていた。
【悪いけど……あの人は気楽に話しかけられるような顔じゃないよ】
確かにそうかも。
【それに、俺には佐藤さんがいるから……他には誰もいらないよ】
綺麗な横顔がそんなことを呟くから、私はドキッとしてしまった。
勘違いしちゃダメだってば。
沢田くんは私のことを友達だと思っているだけなんだから。
別に、異性として私のことを好きなわけじゃない。
今まで何度も呪文のようにそう言い続けてきた。でも──。
【昨日、佐藤さんが俺といると楽しいって言ってくれてから……なんか変だ】
【佐藤さんのこと考えるとワクワクしてテンションがおかしくなっちゃう。こんな気持ち、初めてでどうしたらいいか分かんない……】
【それに、佐藤さんといるとドキドキする。ほっぺた熱くなる。ああ、また熱が出たのかな? なんでだろ。佐藤さんのこと考えただけで、なんで息まで止まりそうになるんだろう】
波のように絶え間なく押し寄せる沢田くんの声は、私を勘違いさせるのに充分な要素を含んでいて、まともな判断を狂わせる。
極めつけにこの一言。
【俺、昨日からずっと佐藤さんのことばっかり考えてる……】
ズギュゥゥゥン! と私の心臓が何かに撃ち抜かれた。
勘、違い??
勘違いかな??
勘違いだよね??
そんなわけないよね!
うんうん、あるわけない。
沢田くんが私に、本当に……恋……しているなんて──。
【どうしたんだろ、俺……。こんなにドキドキするなんて、もしかして……】
沢田くんは赤い顔をして胸を押さえる。
その顔が可愛くて、私も息ができない。キュンが止まらない。
沢田くん。あなたのその異変は、やっぱり、もしかして……!!
【狭心症か、心筋梗塞かもしれない】
だよね!!! 私もそう思った!!!
──じゃないよ!!
狭心症か心筋梗塞なわけないでしょ。なに全力で肯定しちゃってんの。
そうじゃなくて、このドキドキは絶対「恋」でしょ⁉︎
でも……。
【どうしたら治るんだろう。とりあえず強心剤飲んどく?】
沢田くん、全然気がついていないしな!
どうしよう。
「沢田くん、それ恋だから」なんて私の方からは口が裂けても言えない!
そんな大胆なセリフが吐けるのは悪役令嬢ぐらいのものだろう。即ざまあされるやつ。
っていうか、本当に私のこと好きなのかなあ?
単に、友達ができた喜びで興奮しているだけだったりして。まだちょっと半信半疑だよ。
【あれ?】
その時、ドキドキしている私の頬に、沢田くんの視線が注がれているのを感じた。
「佐藤さん……【佐藤さん、さっきより顔が赤い気がする。もしかして、俺の風邪がうつったんじゃ……!】」
「えっ?」
突然、沢田くんが私のおでこを触った。
じゅっ……と私のおでこから湯気が出そうになった。
きゃああああ〜〜!! 助けてーーっ!!
真剣な眼差しが私を襲ってきて、メロメロに溶かそうとするんですが!!
【熱いのかよく分からないけど、耳まで真っ赤だな……。なんてこった!! 佐藤さんに風邪をうつしてしまうなんて〜〜!! ごめんなさいごめんなさい佐藤さん!! 何やってんだ俺!!ゴラア(((((;`Д´)≡⊃)`Д)、;'.・】
「ごめん……風邪うつした?」
「う、ううん! 違うよ、私は大丈夫……」
「【でも、顔赤い】大丈夫じゃない」
キリッとした表情で、沢田くんは私を見つめて言った。
【心配だよ。佐藤さんは俺の命より大事な人だから】
ぎゃあああああーーーっ!!!
私は心の中で血反吐を吐く。_:(´ཀ`」 ∠):グハァ。
確かに、大丈夫じゃないわ!!
早くここから逃げ出さないと、沢田くんに殺される。キュン死にする!!
恋に無自覚のくせにやたらとワードが強いんだって!
沢田くんのそれ、ものすごい殺し文句なの、気付けーーー!!
「わ、私そろそろ帰るから……! 沢田くんもお大事にね」
私は瀕死の状態で今日の授業ノートのコピーをカバンから取り出し、沢田くんに押し付けた。そのまま慌てて沢田くんの部屋を出て行こうとした時だ。
【もう行っちゃうの? 寂しい……】
背中に沢田くんの可愛い声が刺さった。
私は思わず立ち止まって、彼を振り返った。
ほとんど動かない沢田くんの表情。
でも、心の中では全力で私を心配してくれている。
【とりあえず一緒に強心剤飲む?(´・ω・`)】
だから、狭心症じゃないってば。
ちょっと和んで、笑ってしまう。
「また明日、学校でね」
「……うん」
沢田くんはほんの少し微笑んだ。その笑顔に私の胸はまたキュンとする。
……ねえ、沢田くん。
私、頑張っちゃってもいいのかな?
モブだけど、こんな私でも頑張ったらいつか、沢田くんの彼女にしてもらえる日が来るって、信じてもいい……?
恋する気持ちさえ知らない沢田くんに、どう頑張ったらいいのか、私もまだ分からないんだけどね。
《第一章 沢田くんと心の声 完》