吟遊詩人⁉︎
何それ、RPGに出てくる職業みたいなんだけど⁉︎
私は驚いて沢田くんを二度見した。すると、小野田くんが怖い顔で沢田くんの胸ぐらを掴んだ。
「おい、ふざけんなよ沢田! それはゲームの職業だろ? お前の父ちゃん、世界を救う旅にでも出てんのか?【吟遊詩人なんて初期は役に立たねえんだよ! どうしてもっていうならスーパースターへの転職目指せ! 頑張れ、沢田父!!】」
「……!【うわあああん。゚(゚´Д`゚)゚。本当のことなのに、何なんだよこの人! 俺の父ちゃんの職業疑う前に、自分のあらくれキャラを直してよ! 囚人服がめちゃくちゃ似合いそうだよー!!】」
ド○クエやってる人にしか分からない会話が見事に心の中で戦わされている。
「ちょっと、小野田くん! 沢田くんは病人なんだからもっと優しく!」
私が止めに入ると、小野田くんはやっと沢田くんから手を離した。
「大丈夫? 沢田くん」
「うん【佐藤さん……やっぱり天使】」
沢田くんはキラキラした瞳で私を見つめた。病気で弱っているせいか、頬が赤くて目が潤んでいてもう可愛いったらない。
「それにしても、吟遊詩人って本当にいるんだね。初めて知った」
「うん……【みんなびっくりする】」
「やっぱり、世界中を旅してるの?」
「うん。今は日本にいるけど……すぐにいなくなる【放浪癖がすごくて、急にいなくなるんだ……。気がつくと帰ってきて、俺の部屋にお面だけ置いていってまたいなくなる、みたいな】」
沢田くんのお父さんはずいぶん破天荒な人のようだ。沢田くんも大変だろう。
「そんなに旅ばっかしていて、金はどうしてるんだよ? 歌なんか歌ったって稼げねえだろ?」
「……分かんないけど、うちは母ちゃんが稼いでるから……」
「ヒモかよ。情けねえなあ【可哀想な沢田(;ω;)】」
小野田くん、言動と心の声の不一致が過ぎる。
「じゃあ、沢田くんのお母さんはどんな仕事してるの?」
私はフォローのつもりで尋ねてみた。
すると再び沢田くんは恥ずかしそうに私から目を逸らして言った。
「……女王」
ちょっと待て。
吟遊詩人より衝撃的なの、来たんですけどーーー!!!
またもや非現実的なワードが飛び出してきたな。沢田くんちはいったいどうなってるの⁉︎
「おい、ふざけんなよ沢田!! それもゲームのキャラクターだろ⁉︎【え、違うの? えすとかえむとかのあっち系? ちなみに俺は何系が好きかと聞かれれば迷わずN700系を選ぶがそれは新幹線だろっていうツッコミは期待していない……!】」
小野田くんもこんらんしているようだ。メダパニ効かせすぎだよ、沢田くん。
「あ、でももう違うんだった……。女王は引退して、今はただのアルバイトしてる……」
沢田くんは困ったようにうつむいた。
元女王がなぜアルバイトに?
謎が深まるけど、あんまり突っ込んで聞くのも申し訳ない気がしてきたので追求はやめておく。
「あ、そういえば、沢田くんって何かペットとか飼ってたりする?」
確か、チャッピーっていう名前の(私の予想では)小型犬がいるはずだ。
ところが、沢田くんは【いない】と首を横に振った。
あれ?
じゃあチャッピーは何者??
「わんわんっ」
その時、部屋の隅から可愛い子犬の声がした。
「あ、チャッピー」
沢田くんがそっちに向かう。なんだ、やっぱりいるんじゃないの。
もしかして、拾った子犬を親に内緒で飼っているとか、そんな微笑ましいエピソードが……なんて考えていた時だった。
【沢田空! 死ねええ!!】
いきなり知らないおじさんの声がしたかと思ったら、沢田くんが「痛っ」と声を上げた。
「沢田くん⁉︎ どうしたの⁉︎」
慌ててそばに寄ると、沢田くんの手にふわふわした子犬のぬいぐるみが噛みついていた。
「えっ? な、何?」
「あ……驚かせて、ごめん……ただのぬいぐるみ。【道に落ちていたぬいぐるみのチャッピー、どこかに電池が入ってて勝手に動くんだよな……。佐藤さんびっくりさせちゃってごめん(>人<;)】」
なーんだ、ただのぬいぐるみか。でも、さっきのおじさんの声は……?
「な、なーんだ。ただのぬいぐるみかよ。そんなもんで遊んでるなんてガキだな、沢田は【あーびっくりしたあ((((;゚Д゚)))))))何事かと思ったぜ〜!!】」
汗をかきながら笑い出した小野田くんを、沢田くんがちょっと怖い顔で睨み返す。
【しょーがないじゃん、何度捨てても気がついたら勝手に家に戻ってくるんだから】
……え?
待って沢田くん、今、なんて……?
冷たい汗が私の背筋を流れた。その時、
【沢田空、死ねえ〜〜! お前を殺して俺がお前に成り代わってやる〜〜! ケケケケケケ!!】
沢田くんの手に噛みついたぬいぐるみのチャッピーから、変な声が……。
やばい、そのぬいぐるみ、呪われてるよ!! 沢田くん!!!