【ズキュウウウウウウウン!!】
突然、銃声のような声がしたと思ったら、沢田くんが自分の胸を押さえていた。
「ど、どうしたの? 沢田くん!」
「……お、面白い……?」
沢田くんが絶え絶えの息で、震えながら呟く。
いったいどうしたというのだろうか。
「うん、超ウケたよ! 沢田くんって本当にいつも面白いね」
「う……!!」
沢田くんは何故か苦しそうな表情を浮かべた。
【聞き間違いじゃない……。佐藤さん、やっぱり俺のこと、面白いやつだって……! これは、ひょっとしてだが……万が一にもっていうやつだが……】
沢田くんが涙目でおそるおそる私を見つめる。
【佐藤さんはもしかして、俺といて……楽しいのだろうか……⁉︎】
「……???」
私は思わず首をひねってしてしまった。
何言ってるんだろ、沢田くんは。そんなの当たり前なのに。
しかし沢田くんにとって、それは天地がひっくり返るほどの驚くべき出来事だったらしい。
【信じられない……! いや待て、あ、慌てるな! こんなのただの社交辞令かもしれん! あんまり浮かれるんじゃない、調子に乗るんじゃないよ! 冷静になってよく考えてみろ! 俺と一緒にいて楽しいなんて、普通はあり得ない! こんなに無口でつまらない人間はこの世で俺だけしか存在しないくらいなのに!】
いやいや。こんなに面白いおしゃべりを聞かせてくれるのは沢田くんしかいないくらいだけど。
【でも佐藤さんが嘘をついているとも思えない……。だめだ、俺一人じゃ冷静な判断が下せない! オーディエンスに助けを求めよう!】
誰だ、オーディエンスって。
すると沢田くんはおばさんのボールペンを手に取った。
【おばさん、お願いします】
って、こいつかーい!
まあ、予測はできていた。
【おばさん、どう思う? 佐藤さんは俺と一緒にいて楽しいのかな?】
沢田くんの問いに、おばさんはのりせんべいをかじりながら答えた。
【あらやだ。バカねー。そんなわけないじゃない。男っていつもそう。ちょっと甘い顔をするとすぐに勘違いするんだから。やんなっちゃうわ、まったく。バリバリバリバリ(せんべいをかじる音)】
せんべい音まで。
沢田くん、心の声なのに芸が細かい……。
【男ってほんとバカよね。おばさんも今はこんなんだけどね、昔はいろんな男たちからさんざん魔性と呼ばれ恐れられたものよ。ウフフ。その話聞きたい?】
【大丈夫でーす】
沢田くん、即答。
このオーディエンス必要だったのかな?
【やっぱり俺と一緒にいるのが楽しいなんて、そんなわけないか……。いくら佐藤さんが優しいからって、期待しちゃダメだよな】
沢田くんは勝手な妄想をした結果、勝手に落ち込み始めた。
そんな彼に、私はそっと手を伸ばした。
「……楽しいよ」
沢田くんの制服の袖をつまんだら、沢田くんがハッと息を呑むのが分かった。
「沢田くんといると、めちゃくちゃ楽しい」
沢田くんの目が最大限に丸くなった。私は急に怖気づいて、彼から手を放した。
しまった。私ってば、なんて恥ずかしいことを。
「……ごめん、変なこと言って」
フリーズしている沢田くんに背を向けて、私は購買部から逃げ出した。
どうしよう。変な態度取っちゃった。沢田くん、私のことどう思ったかな。
沢田くんが好きだっていうことも、バレちゃったかもしれない。
やだな、もう。沢田くんの顔をまともに見られない……。
【待って、佐藤さん】
その時、私の手首が後ろから掴まれた。
驚いて振り向くと、沢田くんが息を呑むほど精悍な顔をしていた。
うわ、イケメン!
やっぱり沢田くんはあらためてびっくりするほどのイケメンで間違いない。
でも。
「あ、あの……【今のはいったい、どういう意味でしょうかーーーっ!!!((((;゚Д゚)))))))】」
このビビりまくりの心の声よ。とてもイケメンとは思えない。
「た、た、楽しい……って?【楽しいって何? 美味しいの? 付け合わせの野菜はアサガオでよろしいでしょうか? いえいえ、アサガオは花の名前です。それを言うならアジサイです。いえいえ、アジサイも花の名前です。サイはサイでもヤサイじゃないよ、ハハハ。いや笑ってる場合か、落ち着けーーっ!!】」
……壊れてる。沢田くんの中であまりにも予想外なことが起こったので、どこかがおかしくなっちゃったようだ。
とりあえず私の恋心には気づいてなさそうでホッとした。
「そのままの意味だよ。沢田くんといると、私は楽しい」
「な、なんで……?【うわ、バカ、そんなこと聞くなって! この欲しがり屋さん! 佐藤さんにもっと楽しいと言わせたいだけだろ! いっぺん死ね! 転生して異世界救ってこい! 異世界だったら俺のつまらないキャラも活きるような気がする。いや、大きく出過ぎました。すみません】」
いえいえ。沢田くんならきっと異世界を平和にできると思うよ。
っていうか、さっきから気になることが一つある。
「沢田くん、後ろ……」
「え?」
沢田くんが私の手首を掴んで引き止めたのとほぼ同時ぐらいだっただろうか。
沢田くんの手首を、購買部のおばさんがガッシリと掴んでいた。
「キミ、商品持ったまま外に出ないでよ。万引きなの?【いくらイケメンだろうと】お金払ってくれないと警察突き出すよ?」
沢田くんが掴まれていた手首の先には、のりせんべいをかじるおばさんがついたボールペンがまだ握られたままだったのだ。
【ふふっ。罪な男ね、沢田空……バリバリバリバリ(せんべいをかじる音)】
うん。これは本当に罪だわ。