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第14話 沢田くんと悩殺スマイル


 やがて私が注文したいちごのパフェがやってきた。

 ヨーグルトソースといちごソースの上にいちごのアイス二つが乗り、さらに上にホイップクリームとカットいちごが盛られた映えるデザートだ。


「可愛い〜! おいしそー! 沢田くんもどうぞ」

「……うん【うわあ、これ俺一人だったら恥ずかしくて絶対注文できなかったやつだ。佐藤さんありがとう! いっただっきまーす!】」


 沢田くんは心の中とは正反対の無表情で、パフェの一部をスプーンですくう。


 好きな人と一緒に食べるパフェ。

 なんて幸せなんだろう。

 パフェは美味しいし、沢田くんは可愛いし。もう、最高──。

 と思った時だった。



【うっ……!】



 突然、パフェを口に入れた沢田くんの目がカッと見開かれた。

 いったいどうしたというのだろうか。



【い……痛ったーーーい!!! お、奥歯が!! 奥歯がーーーっ!!!】



 沢田くんは握りしめたスプーンをプルプルと震わせた。

 奥歯?

 ひょっとして、虫歯かな?


【しまった……! 今の俺の奥歯は甘いものと冷たいものが決して入り込んではいけない絶対領域! アイスは特に招かれざる客! 混ぜるな危険……! 虫歯建設株式会社の奴らがドリルでガガガガ! ってエナメル質を削って来やがるぜ……! でも俺んちのそばの歯医者に行くのは嫌だっ。あの先生怖いって評判だし!】


 沢田くん、歯医者を怖がるなんて君は小五か。


【でも、このパフェは佐藤さんからご好意でいただいているありがたき一品……! こんな僥倖ぎょうこう、この先の俺の人生でもう二度とないかもしれない……!】


 いやいや、そんなことないから。


「大丈夫? 沢田くん。なんだか顔色悪いけど……」

「……大丈夫。【根性出せ! 沢田空! 虫歯なんかにこのラッキーを潰されてたまるかあああ!!!】いただきます」


 沢田くんは震えるスプーンで再びアイスをすくい、口に入れる。



【ぎゃあああああ!!! オーマイガーーーッ!!!】



 沢田くんは涙を浮かべてピクピク震えている。

 仕方ないなあ、もう。



「どうしたの? 沢田くん。美味しくなかった?」

「う、ううん……【美味しかったよ〜〜。゚(゚´ω`゚)゚。でも、奥歯がっ!!】」

「そっか。良かった。私、甘いもの食べるの久しぶりなの。最近まで虫歯が痛くて食べられなかったから」

「へえ……【佐藤さんも虫歯だったのか……】」

「でも、駅前に新しくできた星のデンタルクリニックってところで治療してもらって、すっかり治ったの。先生も優しかったし!」

「……!」


 沢田くんは興味津々の目つきになる。


【なんという耳寄りな情報! 佐藤さん、朝のニュースの12星座占い並みに俺の心に響くことを言う……! 響くといったらさっきから奥歯がジンジン響いているんだが! 駅前の星のデンタルクリニックか……要チェックやーーー!!!】



 これで沢田くんの虫歯問題も解決するだろう。

 私は幸せな気持ちでパフェを頬張る。

 すると、沢田くんが小さな声で言った。



「さ……さ、とう、さん。あ、ありが……とう」



 沢田くんの口角の両端がゆっくりと持ち上がる。

 私はその時、信じられないものを見た。



 沢田くんが……沢田くんが……初めて……



 笑った。




 それはまるで野に咲く黒薔薇のように気高く、そこはかとない気品があった。

 柔らかく歪んだ瞳に浮かぶのは、静かな湖面に煌めく星のよう。

 ──王子様だ。

 尊みがすごすぎて、沢田くんが白馬に乗っている幻覚まで見えてきた。もちろん下半身はかぼちゃパンツに白タイツだ。

 それほど沢田くんの笑顔がヤバい!

 眩しすぎて目が焼かれる!!

 誰か私にサングラスを貸してくれーーーっ!!!


「今日、日直で、いろいろ手伝ってくれて、ありがとう……」


 なんか、めっちゃ長い文章しゃべってるけどどうしちゃったの沢田くん!

 君はいつからそんなにできる男になったんだ⁉︎

 こんなの沢田くんじゃない!

 夢だ、幻だーっ!!


「……佐藤さん? どうしたの?【佐藤さんがどっか行っちゃってる! 大変だ……! もしかして、俺のせい⁉︎】」


 私がボーッとしていたせいだろうか、沢田くんが真顔に戻って青ざめた。


【そういえば……前に母ちゃんに言われたことがある。俺が笑うと女の子の脳が殺されるからむやみやたらと笑うんじゃないって……! なんてこった! 俺のせいで佐藤さんの脳がおかしくなってしまったーー!!!】


 脳が殺されると書いて悩殺。まさしく、沢田くんの笑顔は凄腕ヒットマン顔負けの殺人技だ。危うく私も悩殺されて荼毘だびに付されるところだった。


【俺のバカバカバカーっ! 佐藤さんの脳を破壊するなんて、なんて大それたことを! もう俺、一生笑わない! 急にくすぐられても笑わない! 電車の中で目の前のサラリーマンがくしゃみの拍子にヅラを飛ばしてきても笑わない! 就職の時、面接官に場を和ませるジョークを言われても一切笑わない!!】


 それはやめたほうがいい。私は慌てて首を横に振った。


「ご、ごめん沢田くん。ちょっとぼんやりしちゃった。昨日の夜、日直だと思って緊張してあんまり寝れなくて……」


 私の苦し紛れの言い訳を聞いて、沢田くんはホッとしたようだ。


【なーんだ、そうだったのか! そうだよ、俺の笑顔なんて浮かべようが沈めようが佐藤さんに影響するわけがない……。っていうか、笑ったくらいで誰かの脳を破壊するなんて、俺にそんな悪魔のような力が備わっているわけがない。俺に殺せるのはせいぜいアリとかフンコロガシくらいだよな。あ、でもアリって結構強いからタイマンだと負けるかもしれない。フンコロガシも後ろ足強そうだから侮れない……! じゃあ誰にだったら勝てるんだ? クソッ、誰にも勝てる気がしない……!!】



 よかった、いつもの沢田くんに戻った。(いいのか?)






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