頑張る! と言った沢田くんだけど、二時間目も三時間目も残念ながら私が号令をした。号令しようとすると、どうしても周りが気になるらしい。
【み、みんなが俺を見てる……! なんでっ⁉︎ はっ! もしかして、俺の失敗を待っているのか……⁉︎】
緊張のあまり、目がイっちゃっている。
落ち着いて、沢田くん。みんな号令を待ってるだけだよ!
私はついに痺れを切らし、沢田くんに一言物申すことにした。
「沢田くん。ちょっと来て」
四時間目が始まる前の休み時間に、黒板を消し終えた沢田くんを捕まえて、私は屋上まで彼を連れて行った。
【ど、どうしよう。佐藤さん、怒ってる? さすがに三時間連続無言はまずかったかな。゚(゚´Д`゚)゚。】
無言でピヨピヨしている沢田くんに向かって、私は息を吸い込んで言った。
「沢田くん。もしかして、号令するのが恥ずかしいの?」
「……!【あっ、また佐藤さんてば鋭い!】」
沢田くんは険しい顔で小さくうなずく。
私はにっこりと口角を上げた。
「じゃあ、ここで大きな声を出す練習しよ? 今ならちょうど誰もいないし」
「……!【ええっ! 練習か……! 考えたこともなかった!! 佐藤さん、天才か⁉︎】」
そこまで褒められると照れちゃうな。
ニマニマしないように頑張ってこらえながら、私はこの三時間で考えた作戦を繰り出す。
「実はね、私も号令が苦手なんだ。小三の頃、起立って言おうとして間違えて『カツレツ』って言っちゃって、最後の『つ』しか合ってねーよって笑われたのがトラウマでね……」
もちろん、そんなおかしなエピソードは私の普通すぎる人生の中では一度も起きていない。
沢田くんのトラウマよりもっと恥ずかしいトラウマを披露することによって、下には下がいると安心してもらうための作戦だ。
「でも、こんな私でも練習したらすっかりトラウマを克服できたんだよ! だから沢田くんも、頑張ろ?」
すると沢田くんは。
【佐藤さん、マジですか……号泣。゚(゚´Д`゚)゚。心臓強いな、佐藤さん。俺が佐藤さんだったら即不登校だよ。さすがに俺でも起立とカツレツは間違えない。そんな致命傷を負いながら強く生きている佐藤さん。そこにシビれる、憧れる……!】
どうやら、私のことを尊敬の眼差しで見始めたようです。(嬉しくない)
「沢田くんに必要なのは、大きな声を出す勇気と、大きな声を出しても大丈夫だって自信をつけることだと思うの」
【勇気と自信か……。さすが佐藤さん、いいこと言う……!】
沢田くんはメモを取りたそうな顔で真剣に私の話を聞いている。可愛い生徒を持った先生のような気持ちで、私は続ける。
「ここでちょっと起立って大きく言ってみて」
「き……起立」
「まだ声が小さいよ。40人に聞こえるように意識して!」
「き……起立っ」
【は、恥ずかしいっ! 今ちょっと声がうわずった!】
沢田くんはそんなことを思っているけど、全然そんなことはなかった。
むしろ沢田くんの声は透明で、大きく発声さえできれば超人気声優みたいにカッコ良くなりそうだった。
「沢田くんの声、すっごく綺麗だったよ! 自信を持って!」
「……!【佐藤さん、俺なんかの声を必死に褒めてくれてる。そうだよな、俺が号令かけるようになれたら、もう佐藤さんは起立の時カツレツって言っちゃうかもしれない恐怖と戦わなくて済むんだ。佐藤さんのためにも、俺がやらなきゃ……!】」
沢田くんは私のトラウマの話を真に受けて、成長しようとしてくれている。
なんだか胸がキュンとしてきた。
「頑張って、沢田くん! あっそうだ、今度は沢田くんが恥ずかしいと思っていることを思い切って叫んでみたらどうかな? 勇気を出す特訓だよ!」
「えっ……【俺が恥ずかしいと思っていること……⁉︎】」
沢田くんはさすがにたじろいだようだった。
起立というだけでも必死の沢田くんに対して、叫ぶワードの難易度をランク上げするなんてちょっと鬼だったかもしれない。
でも。
【ああああ、恥ずかしいことかああ! いろいろありすぎてどれを叫んだらいいのか分からない!! とりあえず、今が一番恥ずかしいけど⁉︎ 佐藤さんに特訓されてる俺、めっちゃ情けなくて恥ずかしいーー!! 例えるなら格ゲーで知らない人に対戦申し込んだら急にその人が本気出してきて、壁まで追い詰められて無抵抗のままフルコンボ決められてる感じ……! めっちゃ恥ずかしい!!】
恥ずかしさに耐えている沢田くんの赤い顔と潤んだ瞳が可愛いから撤回しない。
やっぱ私って鬼かもしれない。
「これを克服したら、沢田くんは無敵だよ! なんでもいいから、叫んでみて!」
【恥ずかしいこと……どうしよう……! あ、あれ言ってみるか】
沢田くんは何か思いついたようだ。期待を込めて見つめていると、やがて彼がキリッとした顔で口を開いた。
「ち、ちん……!」
ええええええええええ!!!
私はびっくりして息を呑む。
まさか、それは放送禁止用語じゃ……!! と思った瞬間。
「っ……!【だめだ、これ以上は恥ずかしい! チンゲンサイが食べられるようになりたい、なんて言えない──!!】」
いや、そこで最後まで言わなかったら逆にだめだろ。
余計な想像をしてしまった私が恥ずかしいよ!!
無駄にドキドキしたので深呼吸していると、再び沢田くんが息を吸い込んだ。
「まん……!!」
あああああっ、今度こそヤバいやつじゃ……!!
私は自分の頬を両手で覆い隠す。
すると沢田くん、
「っ……!!【だめだ、言えない!! マンティコアってよく聞くけどどんな生物? なんて、恥ずかしいこと、聞けない──!!】
……いや、だからそこで止めんなって。