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第9話 沢田くんとXデー


【Xデーが近い……!】


 ある日、隣の席でいきなり沢田くんがそう呟いた。

 Xデーって、何のことだろう?

 今日は4月15日だ。バレンタインデーやホワイトデーはとっくに終わったし、期末テストもまだ先だし。

 誕生日でも近いのだろうか。

 それにしては、沢田くんの表情は険しい。

 まあ、いつも沢田くんは一見怖いような顔をしているのだが。


【あと二日か……どうしよう。仮病を使って休むという手もあるけど、小学生の時それで母ちゃんにめちゃくちゃ怒られたからな。あの阿修羅王みたいな赤い顔、今でも時々夢に見るんだ。どうしよう、おじさん】


 チラッと横目で確かめると、沢田くんは土下座おじさんを握りしめていた。

 よっぽど気に入ってるんだな、あのおじさん。


【沢田空よ。お前の名前のように、広くでっかい心を持つんだ! そうすれば何事もうまくいくものさ。くれぐれもおじさんのように、やらかした後で土下座する男になるんじゃないぞ】

【うん、わかった。俺、おじさんみたいにはならないよ】

【飲み込みが早すぎだよ沢田空! おじさん複雑な気持ちだよ! あー、今夜は飲んじゃおうっかなーっ!!】



 沢田くんの脳内劇場は今日も絶好調だけど、Xデーが結局何のことなのかはさっぱり分からなかった。

 どうやら沢田くんにとっては嫌な日らしいけど。



 結局、Xデーの正体が分かったのは、その当日の朝のことだった。



「今日の日直、沢田と佐藤だな。起立の号令をお願いします」


 私は思わず沢田くんを見た。

 沢田くんは青い顔をして、生唾を飲んでいた。



【つ、ついにこの日が来てしまったーーーーっ!!! どうする、俺!! もしもみんなの前でおっきな声出す時、半端じゃなく裏返ったら……⁉︎((((;゚Д゚)))))))】



 なるほど。ビビっていた理由はそれか。



「どうした、沢田。早く号令をかけろ」


 担任の福田先生が怪訝けげんそうな顔つきになる。

 名指しされた沢田くんはその時、こんなことを考えていた。


【やっベー! めったに声なんか出さないから、ボリューム感が分からない! めっちゃ大きい声が出たらどうしよう⁉︎ その声がめっちゃおっさんみたいな声だったらどうしよう⁉︎ これだから日直は嫌なんだよなー! ああ、昔のトラウマが蘇る。そう、あれは俺がまだ小三だった頃……】


 ええええ〜〜! このタイミングで回想入るのーーー⁉︎

 福田先生がもうイライラしてるんですけど⁉︎


【そう、あれは小三だった頃……あれ? 小四だったっけ?】


 そこ、どっちでもいいーー!!


【まあいいや、小三だったってことにしよう。小二だったような気もするけどまあいいや、小三で。「きりーつ!」っていうところの「つ」がうっかり「ん」になっちゃって、思い切り「キリーン!」って叫んじゃって、「サファリパークかよ」って突っ込まれて大笑いされたんだっけ……】


 おい、長々と回想したわりにはエピソード弱いな!


【でもあの時サファリパークかよって突っ込んだ大西くんの将来の夢がまさかの飼育員だったことには笑ったけど】


 知らんわ、もうええわ!


「起立!」

 私の号令でみんなが立ち上がり、「礼!」でみんなが頭を下げた。

 みんなが着席した頃、ようやく沢田くんはハッと気づいて立ち上がろうとしたらしく、ぴょこんと一瞬だけ頭が上下した。


【ああああ、しまった。佐藤さんに号令を言わせてしまった! 何で俺はこんな時に大西くんのこと思い出したりするんだよ】


 本当に、何でよ。


【佐藤さん……怒ってないかな?】


 沢田くんが私を見ているような気がしたので、私もチラッと彼に目を向けて怒ってないよと微笑んでみる。


【うわああああ! 俺、ヘタレでごめんね佐藤さーん!!!。゚(゚´Д`゚)゚。 次こそはきっとちゃんとやるよーっ! 佐藤さんに幻滅されないように頑張るよーーっ!!!】


 沢田くんは申し訳なさそうにペコッと頭を下げて、正面を向いた。

 号令くらい、なんてことない仕事なのに。

 でも沢田くんにはトラウマがあるのだ。私にとっては低いハードルでも、彼にとってはそうじゃないのだ。


 頑張って、乗り越えてほしい。

 沢田くんならきっと出来るって、私は信じてる。


【そうだがんばれ、沢田空! おじさんも応援してるぞっ】




 うわっ、いいシーンだったのに最後沢田くんの脳内劇場の土下座おじさんに全部持ってかれた。



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