「ほんと、黒王子って何考えてるか分からないよねー」
唐揚げを箸で拾い上げながら、唐突に麻由香ちゃんが言った。
それは昼休みに教室でお弁当を食べていた時のことだった。確固たる派閥が出来る前の、近くの席の子たちが何となく形成したグループに、私はいた。メンバーは私たち佐藤三人衆の他、一年の時に麻由香ちゃんと仲が良かった安藤さん、栗田さんがいた。
今はまだ男子は男子で、女子は女子でそれぞれグループ化しているけど、そのうち誰かと誰かが付き合いだしてごちゃ混ぜになっていくんだろうなあ。そんなことを考えながらガールズトークに参加していると、さっきの麻由香ちゃんのセリフだ。私以外のメンバーは「うんうん」と全員うなずいている。
「あのー。黒王子……って誰?」
一瞬、私も知ったかぶって「うんうん」言いそうになったけど、ちょっと気になるから聞いてみた。黒王子って、まさか──。
「沢田くんに決まってるでしょ?」
ですよね。そんな気がしました。
「うちのクラスのイケメン二人のこと、森島くんが『白王子』で沢田くんが『黒王子』って呼ばれてるの、知らなかった?【ジョーシキだよ】」
私はへえ〜っと思わず感心する。
確かに森島くんは明るい茶色の髪で、性格も明るい。沢田くんは黒髪で、ぼっち。どっちが白でどっちが黒かって言えば、一目瞭然なのかもしれないけど。
黒王子か……。
沢田くん、心の中は真っ白なのになあ。
「黒王子、こっちが話しかけてもガン無視だよね。目線冷たいし、絶対私ら女子のことうるせーって思ってんだろうな」
いやあ、多分沢田くんはその時、こう思っていたと思う。
【あっ、あっ、どうしよう、なんて答えたら正解⁉︎ この人を不愉快にさせないためにはどうしたら⁉︎ いや無理だって! 存在自体不愉快なんだから。何を言ってもスベっちゃうよ。暴走族の集会で漫談しろってムチャブリされた芸人並みに何も言えねえ……ガクガクブルブル((((;゚Д゚)))))))】
沢田くん、見た目は
「でも、景子ちゃんは黒王子派なんでしょ?」
「へっ⁉︎」
私は口に入れたサラダ豆を鼻から出しそうになった。
景子ちゃんって誰⁉︎
あ、私か。
名前が普通すぎて自分でも忘れてたよ。
「二時間目の後、沢田くんから何かもらってたよね? めっちゃ喜んでたの、後ろから見てたよ〜?」
麻由香ちゃんがいやらしい目で私を見る。
「何もらったの? 黒王子とどうやって仲良くなったの? 【モブなのに】」
「あれは、ただ……消しゴムを貸したら返されただけだよ」
もらったの、デュー◯東郷だし。
「なーんだ。【そんなことだろうと思ったけど】」
みんなは一斉に納得する。何だかめっちゃ悔しいな。
「何の話?」
突然割り込んできた男の子の声に、私はドキッとしてサラダ豆を箸から落とした。
【俺の話かな?】
この自信満々な感じはあの人だろうと思って顔を見れば、案の定、森島くんだった。キャア、と麻由香ちゃんが急に女子になる。
「どうしたの? 森島くん【カッコイイ♡】」
「俺、今日弁当忘れちゃってさー。みんなからおかずを一つずつもらって回ってんだよね【っていう口実で女子と自然に会話しちゃう俺、天才】」
「えー可哀想。私ので良かったら好きなの食べて!【手抜きでごめんっ】」
「ありがとう、助かるよ【さーてどの弁当が一番うまそうかチェックx2♫】」
照れた笑顔を浮かべる森島くんだけど、心の中は真っ黒だ。
【麻由香の弁当、手抜き。冷凍食品ばっか。杏里ちゃん……購買のパンか。残念。安藤さんは、肉多すぎ。バランス悪。栗田さんは……まあ、この中ではマシか】
うーん、やっぱりこの人好きになれない。
【佐藤さんは】
私は森島くんの視線が届く前にお弁当に蓋をした。
「あれ? どうしたの、景子ちゃん」
「えっと、そういえば私、先生に呼ばれてたんだった。行かなくちゃ」
慌てて立ち上がり、お弁当箱を胸に抱えて退散した。そんな私の背後から、森島くんの声が飛んでくる。
【なんか変なもん入ってたのかな?(笑)】
失礼な。絶対この人の方が黒王子だよ!!
プンスカ怒りながら、私は教室を出た。
そういえば……沢田くんはどこに行ったんだろう。教室にはいなかったみたいだけど。
きっとどこかで一人寂しく食べてるんだろうなあ……。
気になる。ちょっと、探してみようか……。