結局、沢田くんと再び目を合わせることが出来ないまま、私たちは無言で教室に戻った。
廊下を歩いている間、沢田くんの心の声はずっと私に聞こえてきていて、何だかとても申し訳なかった。
【佐藤さん、どうしちゃったのかなあ。急に元気がなくなっちゃったなあ。もしかして、本当は飲んだくれおじさんじゃなくて土下座おじさんの方が良かったのかな? それとも……俺とおそろいのシャーペン買ったことを後悔してる? そうだよ、俺みたいなコミュ障のどうしようもないクズ野郎とおそろいなんて嫌に決まってる。恥ずかしいよな、俺なんかと筆記用具が被っちゃうのって】
ううん、恥ずかしいのはそこじゃないの。
否定してあげたいけど、どうしたらいいのか分からなかった。
このままじゃ沢田くんのこと、好きになっちゃいそうで怖い──。そんなことを言ったら、沢田くんはますます困ってしまうから。
自分がこんなにチョロい女だったとは驚きだ。どんなにイケメンでも、絶対にフラつかない自信があったのに。
沢田くんが悪いのだ。
顔がいい上に、心の中が真っ白なんだもん。
【せっかく佐藤さんと仲良くなれそうだったのに、このまま嫌われるなんて嫌だよーー。゚(゚´ω`゚)゚。 どうしたらいいの、俺? 教えて、土下座おじさん!】
授業中もずっと、沢田くんは土下座おじさんを見つめながら真剣に私のことを考えてくれていた。
耳がほてっちゃう。
嬉しいけど、その画はシュールすぎて腹筋が痛い。
【沢田空よ。男は黙って土下座! 土下座あるのみ! 俺の生き様を見よ!! こうやって俺は何度もピンチを乗り越えてきたのだ!!】
うわ、ヤバい。土下座おじさんが沢田くんの脳内劇場に客演で出てきたよ。
これ以上笑わせるのはやめて──!!!
【お前も俺のようなビッグな男になりたいだろ?】
【え、嫌です】
即、断ってるし!!
【お前はそれだからダメなんだ! プライドなんてシュレッダーにかけて燃やしてしまえ! って、こないだおじさん言われたよ。うん、それで本当にシュレッダーの書類燃やしたら会社が半焼しちゃって……その結果が今の俺さ。はははは、情けない】
おじさん、土下座の理由それ──!!
【バカなこと考えている場合じゃない】
散々おもしろ脳内劇場を繰り広げた挙句、沢田くんは急に我に返った。
【佐藤さんに、謝らなくちゃ】
チラッと右隣を見てみると、真剣な横顔の沢田くんがいた。ずっと真面目に授業を聞いていたとしか思えない、澄んだ眼差しにキュンとしてしまう……。
謝るのは私の方だ。
ごめんね、沢田くん。
私みたいな名前も顔も普通の女の子が沢田くんと釣り合うわけないのに、勝手に好きになろうとして。
頭、冷やさなくちゃ。
私は沢田くんの声を聞かないように、右側だけ頬杖をつくフリをして耳を塞いだ。
♢
「あ……【あの、佐藤さんっ】」
沢田くんの声が聞こえてきたのは、授業が終わった時のことだった。
ドキッとして振り向くと、ちょっとコワイ顔をした沢田くん。
【あっ、こっち向いた。ヤバい! キンチョーして顔がこわばっちゃうよー。゚(゚´ω`゚)゚。ごめんね、ごめんね、佐藤さんっ_( _´ω`)_ペショ】
ちくしょう。クッソ可愛いな!!
私はニヤニヤしそうになるのを必死で堪える。
「何? 沢田くん」
「これ……【もらって】」
「え?」
沢田くんはコワイ顔をしたまま、私に何かを差し出した。
それは、私が半分こにして沢田くんにあげた消しゴムに、ノートを切り取って作ったのだろうか、フニャフニャの手足がついたマスコットだった。
その手足が、土下座の形に折りたたまれている。
【土下座おじさんを譲ってくれたお礼……伝わるかなあ】
お礼なんだ、これ。言われなかったら分からなかったかも。
でも、素直に嬉しい。
「あ、くれるの? ありがとう! わあ、土下座おじさんそっくりだね! 可愛い〜!」
私は大喜びでそれを受け取った。
「ありがとうね、沢田くん! すっごく嬉しい!」
「いや……【佐藤さん、すっごく喜んでる……。良かった、機嫌直ったみたい】」
沢田くんのほっとした心の声が聞こえて、私もほっとする。
【ありがとう、土下座おじさん】
【良かったな、沢田空】
【おじさんのおかげだよ!】
あっまた脳内劇場が始まった。
【やっぱり男は黙って土下座だね、土下座おじさん。佐藤さん、おじさんのこと可愛いって。おじさんの可愛さに嫉妬】
【はっはっは。おじさんが可愛いからって佐藤さんへのプレゼントにおじさんの顔描いちゃダメだろ。まったく、困ったやつだな沢田空よ】
えっ? おじさんの顔?
私はもらった土下座消しゴムを裏返してみた。するとそこには、ゴ◯ゴ13のデュー◯東郷みたいに劇画チックな渋い顔をしたおじさんが土下座という行為に反する不敵な笑みを浮かべていた。
なんだこのアンチテーゼは。
っていうか、沢田くん無駄に絵が上手いんだけど、マジで何者なのーー⁉︎